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1 冒険者になる
8 初めての依頼は絶望の幕開け
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長い説明をすべてメモに書き残した。
なんでも冒険者は役所、もしくは、依頼登録所と呼ばれる各地の酒場で依頼を受けることが出来るらしい。しかし、実績のないうちは酒場で依頼を受けようとしても断られることが多いらしく、役所にある初心者向けの依頼を受けて、実績を作っていくのだとか。
まるでフリーランサーだ。資格を持っていようとも、実績がものをいう世界とでもいうのだろう。
「せっかくなので、簡単な依頼を受けてみますか?」
お姉さんは気軽にそんなことを言う。
そんなにお手軽に受けていいのだろうか……まあいいか。
考えるより産むがやすし、とうことだ。
「いますぐにというのは……あれなんですが、明日にでも受けてみようと思います」
そう断りを入れた僕に対し、お姉さんは勿体無いと首を振る。そして長々と説得を始めたのだった。
「依頼には緊急のものもありますが、そもそも初心者の方には、そう行った緊急のお仕事はご紹介しておりません。ですので、ご紹介出来る仕事のほとんどが1ヶ月単位の猶予があるものに限られます。明日に向かわれるのでしたら、明日すぐにでも向かえるように、本日依頼を受けておくと準備も出来てお得ですよ」
グイグイと、僕に迫るお姉さん。理由は知らないが、今すぐに依頼を受けてほしいというのだろう。
そういえば、役所に来ている人、かなり少なかったし……もしかしたら、冒険者自体が少ないのかもしれないな。そんなところに、新規の冒険者が来たもんだから、なんとしても依頼を受けてほしいとか、お姉さんのノルマ稼ぎだったりして。
そんなネガティブなことを考えながらも、お姉さんの気迫に押されて、僕は折れることにした。
「わかりました。ちなみにどのような依頼がありますか? 何分初心者ですので、難しいものは避けたいのですが……」
依頼は受けるが、最初から辛い依頼を受けていると、あとが怖い。何より、ゆるく生きていくには、それなりに働くことが条件だ。働く時間は一日8時間……いや5時間程度がいい。
お姉さんは、「少々お待ちください」と部屋を出て行った。
ちょうどそんなタイミングで、メリーが目を覚ます。
「ケン兄ちゃん……終わった……?」
眠たそうに眼をこすりながら、メリーはこれまた眠たそうに声を発した。
僕はそんなメリーの頭を撫でる。
「もう少しだ。もうちょっと待っててくれ」
慣れないことをした後だ、僕だって早く帰りたいが、もう少しの辛抱だ。
僕はメリーにそう言い聞かせながら、自分自身にもそう言い聞かせた。
それから少しして、部屋のドアが開く。
おそらくお姉さんであろう人物が入ってきた。ドアを軽く蹴り開け、辛そうにしている。表情は両腕に抱えられた大量の依頼書によって隠れて見えないが、その佇まいが辛いという感情を表していた。
腕はかなり下までダラリと下がっていて、今にも持っているものをすべて落としそうだ。
僕は仕方なく手伝うことにして、立ち上がり大量の依頼書を8割ぐらい奪い取った。
「あ、ありがとうご、ございます……」
息も絶え絶えに、お姉さんがお礼を言う。受け取った資料の合間から垣間見えた表情は、やはり辛そうだ。
奪い取っておいてなんだが、8割だけしか持っていないのに、かなり重く、僕ですら落としそうだ。こんなものを何分も持っていたら、腰を痛めてしまうことだろう。それ思ってしまうほどに重量感がある。
僕は確か、『難しい依頼は避けたい』としか言わなかったはずだ。大量の依頼を受けたいだなんて、口が裂けても言っていないはずなのだが、この依頼書の数はどういうことだろう。
困惑しながらも、僕は奪い取った依頼書を机の上に置く。数百、数千では済まないであろう紙の束に、机が壊されてしまわないか少し心配だったが、さすがにそれはなかったようだ。
「それで、これは?」
大量の紙束を前に、僕はお姉さんに訊ねる。
お姉さんは僕と同じように、紙を机の上に置くと、ためらいもなく言った。
「えっと、あなた様に受けてもらいたい依頼の数々です」
僕に受けてもらいたい依頼か……いや、明らかに一人の人間が捌き切れるような量じゃない。というか、神の使徒だとしてもこの量には、『業務量が多すぎるよ!』だなんて怒り狂うに違いない。僕も誰かに同じことをして、同じことを言われた。
ともかく、犬種の獣人に期待を押し付けすぎだ。モーレツ社員じゃないんだから、こんなもの処理できるはずがない!
流石に、全部引き受けろだなんて横暴は言わないだろうが、僕の意見は聞き入れられるだろうか?
僕は恐る恐る尋ねる。
「まずは、一つだけ引き受けるということでもよろしいですか?」
本当は、二つ三つ受けてもいいのだが、仕事はじめてとして引き受けすぎるのも体に毒だしな。ゆるゆるのなかでも、もっともゆるゆるでやりたい。
「ええ、もちろんです。これらの依頼は簡単なものですが、その分賃金が安いので一日一件っていうのは生活が成り立たないかもしれません。もちろん、すべて引き受けてもらおうだなんて思ってませがあと何件か引き受けた方が……いえ、もちろん、新規冒険者が久しぶり過ぎて、依頼がたまりにたまっているから、一件と言わず何十件と受けてもらいたい、なんて訳じゃありませんけど……本当に一件だけですか?」
お姉さんの言葉からは、何十件も依頼を受けろという意思が感じられる。
彼女の言った通り、新規の冒険者があまりいないのだろう。それで依頼がたまってしまったということらしい。
一応、僕のことを『神の使徒』だと思い込んでいるはずのに……えらく困っているんだな。だけど、僕には関係ないことだ。
「事情はわかりました。ですが、まだ初日ですので、一番簡単そうな依頼からお願いします」
お姉さん達の方にどれほどの事情があろうと、そこだけは絶対に譲らない。いろいろ引き受けてしまってからでは断るのも面倒くさそうだし、何より、まずは依頼のことについて知っておきたい。
――複数うけて、僕が思っているようなものとは違った……なんてことは本当に洒落にならないからな。
「はい、では……討伐依頼にしましょうか。ちなみに魔物を狩った経験はありますか?」
落胆しつつも、お姉さんは質問を続けた。
この世界において魔物とは元の世界、つまり地球においての害獣と同じだ。恐ろしいものもいれば、弱弱しいものも存在している。畑を荒らす小さな魔物程度なら、誰だって狩ったことがあるだろう。僕もそうだ。
「畑を荒らす魔物なら、少しは狩ったことがあります」
そんな僕の答えに、お姉さんはすかさず質問で返す。
「それは……ボアですか?」
魔物の名前を聞かれても、僕には答えようなんてないんだけれど、『ボア』という名前から考えるに、たぶんイノシシのような魔物のことだろう。あれを倒した時は結構つらかった。
イノシシのような魔物は、おそらく、鍛えていない犬種が倒せるギリギリの魔物だろう。
「ええ、はい」
僕がそう答えると、お姉さんは目を丸くした。
「ボア……をですか?」
なんだか困惑しているようだが、それほどおかしなことでもないよな? イノシシなんだから、武器さえ持って複数人で対処すれば、けが人こそ出たとしても、討伐することは不可能ではない。
僕はそう思うのだが、お姉さんの反応を見るに、情報の伝達に齟齬が発生しているのかも。一応確認はしてみよう。
「イノシシみたいなやつですよね?」
「イノシシ? イノシシ種の獣人とはかなり異なりますけど……」
お姉さんは再び困惑している。
しまった。この世界には、獣人じゃない方のイノシシはいないんだった。
こうなると、説明するのが非常に難しい。
「えっと、4足歩行で、頭に二本の角が生えているやつですよね?」
「……はい、形状はまさにその通りです。なるほど、やはりボアですか。流石、神様の使徒様ですね……」
なんだか、すさまじい勘違いをされているような気がするが、これ以上説明のしようもないし、いまさら、違うかもしれないなんて言えるはずもない。
僕は大きなため息を吐いて、すべてを肯定することにした。
「……でしたら、一つだけお願いがあるのですが……」
お姉さんは両手を胸の前で合わせて、頭を深く下げる。
余計な勘違いをさせたばかりに、また余計なことに巻き込まれそうだ。
「実は……かなりまずい状況の冒険者がおりまして、その方と一緒に依頼をこなしていただきたいのです!」
まずい状況の冒険者を連れて、初めての依頼なんて普通に考えてノーだ。
「申し訳ございませんが――」
「――この通りです!」
僕が断りの返事をすべて言い切る前に、お姉さんは椅子から立ち上がり、地面に両手をつけて土下座する。
「やめてください……」
メリーの前だ。土下座ですべて解決すると思われたら、教育上よろしくない。
僕はお姉さんの肩を叩き、顔を上げるように促した。それでもお姉さんは強情で、顔をずっと下げている。綺麗なうなじとともに、キツネのぴんとした耳が二つ立っているのが見える。綺麗な耳だ。ずっと見ていたいぐらいに美しい。
「なにとぞお願いします。あなたが『神の使徒』だということは他言しません!」
突然、お姉さんは顔を上げてそんなことを口走る。
今になってそれを引き合いに出すということは、逆に言えば、依頼を受けなければばらすと脅迫しているのと同じだ。まさか、自分がついた嘘が墓穴になるとは、これからこのお姉さんにことあるごとに、脅されることになりそうだ。
だが仕方がない。僕が『神の使者』だなんて噂が広がったら、きっとこの街にはいられない。
それどころか、神の使いを騙った偽物だとして、処刑される可能性だってあり得る。
「わかりました。その依頼引き受けます」
こうなったらやけくそだ。どんな、無能な人材であったとしても、僕の力で使いこなしてやろう。
それこそが、僕がゆるく生きるための近道になるかもしれないし……だけどやっぱり、中間管理職にはなりたくない。それならばもっと上を目指して、獣人たちを顎で使うぐらいにはなってやろう。もちろん犬種以外のな。
「ありがとうございます。これで、あの子も一安心でしょう。それでは明日、またここにいらしてください。その時、そのお方を紹介します」
「わかりました。明日の何時頃がご都合がよろしいでしょうか?」
まるでビジネスの世界だ。僕はどうしてこんな世界に来てまでも、相手の都合を気にしなくてはいけないのだろう。もっと悠々自適に生きて生きたいというのに。
「では、明日の昼ごろでお願いします」
「わかりました」
ようやく登録と依頼の話が全て終わった。
メリーの方を見ると、再び深い眠りに落ちていたので、両手で抱えていそいそと役所から出る。
時々後ろを振り向くと、ずーと手を振り続けているお姉さんが目に入ったが、おそらく見間違いだろう。
なんでも冒険者は役所、もしくは、依頼登録所と呼ばれる各地の酒場で依頼を受けることが出来るらしい。しかし、実績のないうちは酒場で依頼を受けようとしても断られることが多いらしく、役所にある初心者向けの依頼を受けて、実績を作っていくのだとか。
まるでフリーランサーだ。資格を持っていようとも、実績がものをいう世界とでもいうのだろう。
「せっかくなので、簡単な依頼を受けてみますか?」
お姉さんは気軽にそんなことを言う。
そんなにお手軽に受けていいのだろうか……まあいいか。
考えるより産むがやすし、とうことだ。
「いますぐにというのは……あれなんですが、明日にでも受けてみようと思います」
そう断りを入れた僕に対し、お姉さんは勿体無いと首を振る。そして長々と説得を始めたのだった。
「依頼には緊急のものもありますが、そもそも初心者の方には、そう行った緊急のお仕事はご紹介しておりません。ですので、ご紹介出来る仕事のほとんどが1ヶ月単位の猶予があるものに限られます。明日に向かわれるのでしたら、明日すぐにでも向かえるように、本日依頼を受けておくと準備も出来てお得ですよ」
グイグイと、僕に迫るお姉さん。理由は知らないが、今すぐに依頼を受けてほしいというのだろう。
そういえば、役所に来ている人、かなり少なかったし……もしかしたら、冒険者自体が少ないのかもしれないな。そんなところに、新規の冒険者が来たもんだから、なんとしても依頼を受けてほしいとか、お姉さんのノルマ稼ぎだったりして。
そんなネガティブなことを考えながらも、お姉さんの気迫に押されて、僕は折れることにした。
「わかりました。ちなみにどのような依頼がありますか? 何分初心者ですので、難しいものは避けたいのですが……」
依頼は受けるが、最初から辛い依頼を受けていると、あとが怖い。何より、ゆるく生きていくには、それなりに働くことが条件だ。働く時間は一日8時間……いや5時間程度がいい。
お姉さんは、「少々お待ちください」と部屋を出て行った。
ちょうどそんなタイミングで、メリーが目を覚ます。
「ケン兄ちゃん……終わった……?」
眠たそうに眼をこすりながら、メリーはこれまた眠たそうに声を発した。
僕はそんなメリーの頭を撫でる。
「もう少しだ。もうちょっと待っててくれ」
慣れないことをした後だ、僕だって早く帰りたいが、もう少しの辛抱だ。
僕はメリーにそう言い聞かせながら、自分自身にもそう言い聞かせた。
それから少しして、部屋のドアが開く。
おそらくお姉さんであろう人物が入ってきた。ドアを軽く蹴り開け、辛そうにしている。表情は両腕に抱えられた大量の依頼書によって隠れて見えないが、その佇まいが辛いという感情を表していた。
腕はかなり下までダラリと下がっていて、今にも持っているものをすべて落としそうだ。
僕は仕方なく手伝うことにして、立ち上がり大量の依頼書を8割ぐらい奪い取った。
「あ、ありがとうご、ございます……」
息も絶え絶えに、お姉さんがお礼を言う。受け取った資料の合間から垣間見えた表情は、やはり辛そうだ。
奪い取っておいてなんだが、8割だけしか持っていないのに、かなり重く、僕ですら落としそうだ。こんなものを何分も持っていたら、腰を痛めてしまうことだろう。それ思ってしまうほどに重量感がある。
僕は確か、『難しい依頼は避けたい』としか言わなかったはずだ。大量の依頼を受けたいだなんて、口が裂けても言っていないはずなのだが、この依頼書の数はどういうことだろう。
困惑しながらも、僕は奪い取った依頼書を机の上に置く。数百、数千では済まないであろう紙の束に、机が壊されてしまわないか少し心配だったが、さすがにそれはなかったようだ。
「それで、これは?」
大量の紙束を前に、僕はお姉さんに訊ねる。
お姉さんは僕と同じように、紙を机の上に置くと、ためらいもなく言った。
「えっと、あなた様に受けてもらいたい依頼の数々です」
僕に受けてもらいたい依頼か……いや、明らかに一人の人間が捌き切れるような量じゃない。というか、神の使徒だとしてもこの量には、『業務量が多すぎるよ!』だなんて怒り狂うに違いない。僕も誰かに同じことをして、同じことを言われた。
ともかく、犬種の獣人に期待を押し付けすぎだ。モーレツ社員じゃないんだから、こんなもの処理できるはずがない!
流石に、全部引き受けろだなんて横暴は言わないだろうが、僕の意見は聞き入れられるだろうか?
僕は恐る恐る尋ねる。
「まずは、一つだけ引き受けるということでもよろしいですか?」
本当は、二つ三つ受けてもいいのだが、仕事はじめてとして引き受けすぎるのも体に毒だしな。ゆるゆるのなかでも、もっともゆるゆるでやりたい。
「ええ、もちろんです。これらの依頼は簡単なものですが、その分賃金が安いので一日一件っていうのは生活が成り立たないかもしれません。もちろん、すべて引き受けてもらおうだなんて思ってませがあと何件か引き受けた方が……いえ、もちろん、新規冒険者が久しぶり過ぎて、依頼がたまりにたまっているから、一件と言わず何十件と受けてもらいたい、なんて訳じゃありませんけど……本当に一件だけですか?」
お姉さんの言葉からは、何十件も依頼を受けろという意思が感じられる。
彼女の言った通り、新規の冒険者があまりいないのだろう。それで依頼がたまってしまったということらしい。
一応、僕のことを『神の使徒』だと思い込んでいるはずのに……えらく困っているんだな。だけど、僕には関係ないことだ。
「事情はわかりました。ですが、まだ初日ですので、一番簡単そうな依頼からお願いします」
お姉さん達の方にどれほどの事情があろうと、そこだけは絶対に譲らない。いろいろ引き受けてしまってからでは断るのも面倒くさそうだし、何より、まずは依頼のことについて知っておきたい。
――複数うけて、僕が思っているようなものとは違った……なんてことは本当に洒落にならないからな。
「はい、では……討伐依頼にしましょうか。ちなみに魔物を狩った経験はありますか?」
落胆しつつも、お姉さんは質問を続けた。
この世界において魔物とは元の世界、つまり地球においての害獣と同じだ。恐ろしいものもいれば、弱弱しいものも存在している。畑を荒らす小さな魔物程度なら、誰だって狩ったことがあるだろう。僕もそうだ。
「畑を荒らす魔物なら、少しは狩ったことがあります」
そんな僕の答えに、お姉さんはすかさず質問で返す。
「それは……ボアですか?」
魔物の名前を聞かれても、僕には答えようなんてないんだけれど、『ボア』という名前から考えるに、たぶんイノシシのような魔物のことだろう。あれを倒した時は結構つらかった。
イノシシのような魔物は、おそらく、鍛えていない犬種が倒せるギリギリの魔物だろう。
「ええ、はい」
僕がそう答えると、お姉さんは目を丸くした。
「ボア……をですか?」
なんだか困惑しているようだが、それほどおかしなことでもないよな? イノシシなんだから、武器さえ持って複数人で対処すれば、けが人こそ出たとしても、討伐することは不可能ではない。
僕はそう思うのだが、お姉さんの反応を見るに、情報の伝達に齟齬が発生しているのかも。一応確認はしてみよう。
「イノシシみたいなやつですよね?」
「イノシシ? イノシシ種の獣人とはかなり異なりますけど……」
お姉さんは再び困惑している。
しまった。この世界には、獣人じゃない方のイノシシはいないんだった。
こうなると、説明するのが非常に難しい。
「えっと、4足歩行で、頭に二本の角が生えているやつですよね?」
「……はい、形状はまさにその通りです。なるほど、やはりボアですか。流石、神様の使徒様ですね……」
なんだか、すさまじい勘違いをされているような気がするが、これ以上説明のしようもないし、いまさら、違うかもしれないなんて言えるはずもない。
僕は大きなため息を吐いて、すべてを肯定することにした。
「……でしたら、一つだけお願いがあるのですが……」
お姉さんは両手を胸の前で合わせて、頭を深く下げる。
余計な勘違いをさせたばかりに、また余計なことに巻き込まれそうだ。
「実は……かなりまずい状況の冒険者がおりまして、その方と一緒に依頼をこなしていただきたいのです!」
まずい状況の冒険者を連れて、初めての依頼なんて普通に考えてノーだ。
「申し訳ございませんが――」
「――この通りです!」
僕が断りの返事をすべて言い切る前に、お姉さんは椅子から立ち上がり、地面に両手をつけて土下座する。
「やめてください……」
メリーの前だ。土下座ですべて解決すると思われたら、教育上よろしくない。
僕はお姉さんの肩を叩き、顔を上げるように促した。それでもお姉さんは強情で、顔をずっと下げている。綺麗なうなじとともに、キツネのぴんとした耳が二つ立っているのが見える。綺麗な耳だ。ずっと見ていたいぐらいに美しい。
「なにとぞお願いします。あなたが『神の使徒』だということは他言しません!」
突然、お姉さんは顔を上げてそんなことを口走る。
今になってそれを引き合いに出すということは、逆に言えば、依頼を受けなければばらすと脅迫しているのと同じだ。まさか、自分がついた嘘が墓穴になるとは、これからこのお姉さんにことあるごとに、脅されることになりそうだ。
だが仕方がない。僕が『神の使者』だなんて噂が広がったら、きっとこの街にはいられない。
それどころか、神の使いを騙った偽物だとして、処刑される可能性だってあり得る。
「わかりました。その依頼引き受けます」
こうなったらやけくそだ。どんな、無能な人材であったとしても、僕の力で使いこなしてやろう。
それこそが、僕がゆるく生きるための近道になるかもしれないし……だけどやっぱり、中間管理職にはなりたくない。それならばもっと上を目指して、獣人たちを顎で使うぐらいにはなってやろう。もちろん犬種以外のな。
「ありがとうございます。これで、あの子も一安心でしょう。それでは明日、またここにいらしてください。その時、そのお方を紹介します」
「わかりました。明日の何時頃がご都合がよろしいでしょうか?」
まるでビジネスの世界だ。僕はどうしてこんな世界に来てまでも、相手の都合を気にしなくてはいけないのだろう。もっと悠々自適に生きて生きたいというのに。
「では、明日の昼ごろでお願いします」
「わかりました」
ようやく登録と依頼の話が全て終わった。
メリーの方を見ると、再び深い眠りに落ちていたので、両手で抱えていそいそと役所から出る。
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