9 / 170
1 冒険者になる
8 初めての依頼は絶望の幕開け
しおりを挟む
長い説明をすべてメモに書き残した。
なんでも冒険者は役所、もしくは、依頼登録所と呼ばれる各地の酒場で依頼を受けることが出来るらしい。しかし、実績のないうちは酒場で依頼を受けようとしても断られることが多いらしく、役所にある初心者向けの依頼を受けて、実績を作っていくのだとか。
まるでフリーランサーだ。資格を持っていようとも、実績がものをいう世界とでもいうのだろう。
「せっかくなので、簡単な依頼を受けてみますか?」
お姉さんは気軽にそんなことを言う。
そんなにお手軽に受けていいのだろうか……まあいいか。
考えるより産むがやすし、とうことだ。
「いますぐにというのは……あれなんですが、明日にでも受けてみようと思います」
そう断りを入れた僕に対し、お姉さんは勿体無いと首を振る。そして長々と説得を始めたのだった。
「依頼には緊急のものもありますが、そもそも初心者の方には、そう行った緊急のお仕事はご紹介しておりません。ですので、ご紹介出来る仕事のほとんどが1ヶ月単位の猶予があるものに限られます。明日に向かわれるのでしたら、明日すぐにでも向かえるように、本日依頼を受けておくと準備も出来てお得ですよ」
グイグイと、僕に迫るお姉さん。理由は知らないが、今すぐに依頼を受けてほしいというのだろう。
そういえば、役所に来ている人、かなり少なかったし……もしかしたら、冒険者自体が少ないのかもしれないな。そんなところに、新規の冒険者が来たもんだから、なんとしても依頼を受けてほしいとか、お姉さんのノルマ稼ぎだったりして。
そんなネガティブなことを考えながらも、お姉さんの気迫に押されて、僕は折れることにした。
「わかりました。ちなみにどのような依頼がありますか? 何分初心者ですので、難しいものは避けたいのですが……」
依頼は受けるが、最初から辛い依頼を受けていると、あとが怖い。何より、ゆるく生きていくには、それなりに働くことが条件だ。働く時間は一日8時間……いや5時間程度がいい。
お姉さんは、「少々お待ちください」と部屋を出て行った。
ちょうどそんなタイミングで、メリーが目を覚ます。
「ケン兄ちゃん……終わった……?」
眠たそうに眼をこすりながら、メリーはこれまた眠たそうに声を発した。
僕はそんなメリーの頭を撫でる。
「もう少しだ。もうちょっと待っててくれ」
慣れないことをした後だ、僕だって早く帰りたいが、もう少しの辛抱だ。
僕はメリーにそう言い聞かせながら、自分自身にもそう言い聞かせた。
それから少しして、部屋のドアが開く。
おそらくお姉さんであろう人物が入ってきた。ドアを軽く蹴り開け、辛そうにしている。表情は両腕に抱えられた大量の依頼書によって隠れて見えないが、その佇まいが辛いという感情を表していた。
腕はかなり下までダラリと下がっていて、今にも持っているものをすべて落としそうだ。
僕は仕方なく手伝うことにして、立ち上がり大量の依頼書を8割ぐらい奪い取った。
「あ、ありがとうご、ございます……」
息も絶え絶えに、お姉さんがお礼を言う。受け取った資料の合間から垣間見えた表情は、やはり辛そうだ。
奪い取っておいてなんだが、8割だけしか持っていないのに、かなり重く、僕ですら落としそうだ。こんなものを何分も持っていたら、腰を痛めてしまうことだろう。それ思ってしまうほどに重量感がある。
僕は確か、『難しい依頼は避けたい』としか言わなかったはずだ。大量の依頼を受けたいだなんて、口が裂けても言っていないはずなのだが、この依頼書の数はどういうことだろう。
困惑しながらも、僕は奪い取った依頼書を机の上に置く。数百、数千では済まないであろう紙の束に、机が壊されてしまわないか少し心配だったが、さすがにそれはなかったようだ。
「それで、これは?」
大量の紙束を前に、僕はお姉さんに訊ねる。
お姉さんは僕と同じように、紙を机の上に置くと、ためらいもなく言った。
「えっと、あなた様に受けてもらいたい依頼の数々です」
僕に受けてもらいたい依頼か……いや、明らかに一人の人間が捌き切れるような量じゃない。というか、神の使徒だとしてもこの量には、『業務量が多すぎるよ!』だなんて怒り狂うに違いない。僕も誰かに同じことをして、同じことを言われた。
ともかく、犬種の獣人に期待を押し付けすぎだ。モーレツ社員じゃないんだから、こんなもの処理できるはずがない!
流石に、全部引き受けろだなんて横暴は言わないだろうが、僕の意見は聞き入れられるだろうか?
僕は恐る恐る尋ねる。
「まずは、一つだけ引き受けるということでもよろしいですか?」
本当は、二つ三つ受けてもいいのだが、仕事はじめてとして引き受けすぎるのも体に毒だしな。ゆるゆるのなかでも、もっともゆるゆるでやりたい。
「ええ、もちろんです。これらの依頼は簡単なものですが、その分賃金が安いので一日一件っていうのは生活が成り立たないかもしれません。もちろん、すべて引き受けてもらおうだなんて思ってませがあと何件か引き受けた方が……いえ、もちろん、新規冒険者が久しぶり過ぎて、依頼がたまりにたまっているから、一件と言わず何十件と受けてもらいたい、なんて訳じゃありませんけど……本当に一件だけですか?」
お姉さんの言葉からは、何十件も依頼を受けろという意思が感じられる。
彼女の言った通り、新規の冒険者があまりいないのだろう。それで依頼がたまってしまったということらしい。
一応、僕のことを『神の使徒』だと思い込んでいるはずのに……えらく困っているんだな。だけど、僕には関係ないことだ。
「事情はわかりました。ですが、まだ初日ですので、一番簡単そうな依頼からお願いします」
お姉さん達の方にどれほどの事情があろうと、そこだけは絶対に譲らない。いろいろ引き受けてしまってからでは断るのも面倒くさそうだし、何より、まずは依頼のことについて知っておきたい。
――複数うけて、僕が思っているようなものとは違った……なんてことは本当に洒落にならないからな。
「はい、では……討伐依頼にしましょうか。ちなみに魔物を狩った経験はありますか?」
落胆しつつも、お姉さんは質問を続けた。
この世界において魔物とは元の世界、つまり地球においての害獣と同じだ。恐ろしいものもいれば、弱弱しいものも存在している。畑を荒らす小さな魔物程度なら、誰だって狩ったことがあるだろう。僕もそうだ。
「畑を荒らす魔物なら、少しは狩ったことがあります」
そんな僕の答えに、お姉さんはすかさず質問で返す。
「それは……ボアですか?」
魔物の名前を聞かれても、僕には答えようなんてないんだけれど、『ボア』という名前から考えるに、たぶんイノシシのような魔物のことだろう。あれを倒した時は結構つらかった。
イノシシのような魔物は、おそらく、鍛えていない犬種が倒せるギリギリの魔物だろう。
「ええ、はい」
僕がそう答えると、お姉さんは目を丸くした。
「ボア……をですか?」
なんだか困惑しているようだが、それほどおかしなことでもないよな? イノシシなんだから、武器さえ持って複数人で対処すれば、けが人こそ出たとしても、討伐することは不可能ではない。
僕はそう思うのだが、お姉さんの反応を見るに、情報の伝達に齟齬が発生しているのかも。一応確認はしてみよう。
「イノシシみたいなやつですよね?」
「イノシシ? イノシシ種の獣人とはかなり異なりますけど……」
お姉さんは再び困惑している。
しまった。この世界には、獣人じゃない方のイノシシはいないんだった。
こうなると、説明するのが非常に難しい。
「えっと、4足歩行で、頭に二本の角が生えているやつですよね?」
「……はい、形状はまさにその通りです。なるほど、やはりボアですか。流石、神様の使徒様ですね……」
なんだか、すさまじい勘違いをされているような気がするが、これ以上説明のしようもないし、いまさら、違うかもしれないなんて言えるはずもない。
僕は大きなため息を吐いて、すべてを肯定することにした。
「……でしたら、一つだけお願いがあるのですが……」
お姉さんは両手を胸の前で合わせて、頭を深く下げる。
余計な勘違いをさせたばかりに、また余計なことに巻き込まれそうだ。
「実は……かなりまずい状況の冒険者がおりまして、その方と一緒に依頼をこなしていただきたいのです!」
まずい状況の冒険者を連れて、初めての依頼なんて普通に考えてノーだ。
「申し訳ございませんが――」
「――この通りです!」
僕が断りの返事をすべて言い切る前に、お姉さんは椅子から立ち上がり、地面に両手をつけて土下座する。
「やめてください……」
メリーの前だ。土下座ですべて解決すると思われたら、教育上よろしくない。
僕はお姉さんの肩を叩き、顔を上げるように促した。それでもお姉さんは強情で、顔をずっと下げている。綺麗なうなじとともに、キツネのぴんとした耳が二つ立っているのが見える。綺麗な耳だ。ずっと見ていたいぐらいに美しい。
「なにとぞお願いします。あなたが『神の使徒』だということは他言しません!」
突然、お姉さんは顔を上げてそんなことを口走る。
今になってそれを引き合いに出すということは、逆に言えば、依頼を受けなければばらすと脅迫しているのと同じだ。まさか、自分がついた嘘が墓穴になるとは、これからこのお姉さんにことあるごとに、脅されることになりそうだ。
だが仕方がない。僕が『神の使者』だなんて噂が広がったら、きっとこの街にはいられない。
それどころか、神の使いを騙った偽物だとして、処刑される可能性だってあり得る。
「わかりました。その依頼引き受けます」
こうなったらやけくそだ。どんな、無能な人材であったとしても、僕の力で使いこなしてやろう。
それこそが、僕がゆるく生きるための近道になるかもしれないし……だけどやっぱり、中間管理職にはなりたくない。それならばもっと上を目指して、獣人たちを顎で使うぐらいにはなってやろう。もちろん犬種以外のな。
「ありがとうございます。これで、あの子も一安心でしょう。それでは明日、またここにいらしてください。その時、そのお方を紹介します」
「わかりました。明日の何時頃がご都合がよろしいでしょうか?」
まるでビジネスの世界だ。僕はどうしてこんな世界に来てまでも、相手の都合を気にしなくてはいけないのだろう。もっと悠々自適に生きて生きたいというのに。
「では、明日の昼ごろでお願いします」
「わかりました」
ようやく登録と依頼の話が全て終わった。
メリーの方を見ると、再び深い眠りに落ちていたので、両手で抱えていそいそと役所から出る。
時々後ろを振り向くと、ずーと手を振り続けているお姉さんが目に入ったが、おそらく見間違いだろう。
なんでも冒険者は役所、もしくは、依頼登録所と呼ばれる各地の酒場で依頼を受けることが出来るらしい。しかし、実績のないうちは酒場で依頼を受けようとしても断られることが多いらしく、役所にある初心者向けの依頼を受けて、実績を作っていくのだとか。
まるでフリーランサーだ。資格を持っていようとも、実績がものをいう世界とでもいうのだろう。
「せっかくなので、簡単な依頼を受けてみますか?」
お姉さんは気軽にそんなことを言う。
そんなにお手軽に受けていいのだろうか……まあいいか。
考えるより産むがやすし、とうことだ。
「いますぐにというのは……あれなんですが、明日にでも受けてみようと思います」
そう断りを入れた僕に対し、お姉さんは勿体無いと首を振る。そして長々と説得を始めたのだった。
「依頼には緊急のものもありますが、そもそも初心者の方には、そう行った緊急のお仕事はご紹介しておりません。ですので、ご紹介出来る仕事のほとんどが1ヶ月単位の猶予があるものに限られます。明日に向かわれるのでしたら、明日すぐにでも向かえるように、本日依頼を受けておくと準備も出来てお得ですよ」
グイグイと、僕に迫るお姉さん。理由は知らないが、今すぐに依頼を受けてほしいというのだろう。
そういえば、役所に来ている人、かなり少なかったし……もしかしたら、冒険者自体が少ないのかもしれないな。そんなところに、新規の冒険者が来たもんだから、なんとしても依頼を受けてほしいとか、お姉さんのノルマ稼ぎだったりして。
そんなネガティブなことを考えながらも、お姉さんの気迫に押されて、僕は折れることにした。
「わかりました。ちなみにどのような依頼がありますか? 何分初心者ですので、難しいものは避けたいのですが……」
依頼は受けるが、最初から辛い依頼を受けていると、あとが怖い。何より、ゆるく生きていくには、それなりに働くことが条件だ。働く時間は一日8時間……いや5時間程度がいい。
お姉さんは、「少々お待ちください」と部屋を出て行った。
ちょうどそんなタイミングで、メリーが目を覚ます。
「ケン兄ちゃん……終わった……?」
眠たそうに眼をこすりながら、メリーはこれまた眠たそうに声を発した。
僕はそんなメリーの頭を撫でる。
「もう少しだ。もうちょっと待っててくれ」
慣れないことをした後だ、僕だって早く帰りたいが、もう少しの辛抱だ。
僕はメリーにそう言い聞かせながら、自分自身にもそう言い聞かせた。
それから少しして、部屋のドアが開く。
おそらくお姉さんであろう人物が入ってきた。ドアを軽く蹴り開け、辛そうにしている。表情は両腕に抱えられた大量の依頼書によって隠れて見えないが、その佇まいが辛いという感情を表していた。
腕はかなり下までダラリと下がっていて、今にも持っているものをすべて落としそうだ。
僕は仕方なく手伝うことにして、立ち上がり大量の依頼書を8割ぐらい奪い取った。
「あ、ありがとうご、ございます……」
息も絶え絶えに、お姉さんがお礼を言う。受け取った資料の合間から垣間見えた表情は、やはり辛そうだ。
奪い取っておいてなんだが、8割だけしか持っていないのに、かなり重く、僕ですら落としそうだ。こんなものを何分も持っていたら、腰を痛めてしまうことだろう。それ思ってしまうほどに重量感がある。
僕は確か、『難しい依頼は避けたい』としか言わなかったはずだ。大量の依頼を受けたいだなんて、口が裂けても言っていないはずなのだが、この依頼書の数はどういうことだろう。
困惑しながらも、僕は奪い取った依頼書を机の上に置く。数百、数千では済まないであろう紙の束に、机が壊されてしまわないか少し心配だったが、さすがにそれはなかったようだ。
「それで、これは?」
大量の紙束を前に、僕はお姉さんに訊ねる。
お姉さんは僕と同じように、紙を机の上に置くと、ためらいもなく言った。
「えっと、あなた様に受けてもらいたい依頼の数々です」
僕に受けてもらいたい依頼か……いや、明らかに一人の人間が捌き切れるような量じゃない。というか、神の使徒だとしてもこの量には、『業務量が多すぎるよ!』だなんて怒り狂うに違いない。僕も誰かに同じことをして、同じことを言われた。
ともかく、犬種の獣人に期待を押し付けすぎだ。モーレツ社員じゃないんだから、こんなもの処理できるはずがない!
流石に、全部引き受けろだなんて横暴は言わないだろうが、僕の意見は聞き入れられるだろうか?
僕は恐る恐る尋ねる。
「まずは、一つだけ引き受けるということでもよろしいですか?」
本当は、二つ三つ受けてもいいのだが、仕事はじめてとして引き受けすぎるのも体に毒だしな。ゆるゆるのなかでも、もっともゆるゆるでやりたい。
「ええ、もちろんです。これらの依頼は簡単なものですが、その分賃金が安いので一日一件っていうのは生活が成り立たないかもしれません。もちろん、すべて引き受けてもらおうだなんて思ってませがあと何件か引き受けた方が……いえ、もちろん、新規冒険者が久しぶり過ぎて、依頼がたまりにたまっているから、一件と言わず何十件と受けてもらいたい、なんて訳じゃありませんけど……本当に一件だけですか?」
お姉さんの言葉からは、何十件も依頼を受けろという意思が感じられる。
彼女の言った通り、新規の冒険者があまりいないのだろう。それで依頼がたまってしまったということらしい。
一応、僕のことを『神の使徒』だと思い込んでいるはずのに……えらく困っているんだな。だけど、僕には関係ないことだ。
「事情はわかりました。ですが、まだ初日ですので、一番簡単そうな依頼からお願いします」
お姉さん達の方にどれほどの事情があろうと、そこだけは絶対に譲らない。いろいろ引き受けてしまってからでは断るのも面倒くさそうだし、何より、まずは依頼のことについて知っておきたい。
――複数うけて、僕が思っているようなものとは違った……なんてことは本当に洒落にならないからな。
「はい、では……討伐依頼にしましょうか。ちなみに魔物を狩った経験はありますか?」
落胆しつつも、お姉さんは質問を続けた。
この世界において魔物とは元の世界、つまり地球においての害獣と同じだ。恐ろしいものもいれば、弱弱しいものも存在している。畑を荒らす小さな魔物程度なら、誰だって狩ったことがあるだろう。僕もそうだ。
「畑を荒らす魔物なら、少しは狩ったことがあります」
そんな僕の答えに、お姉さんはすかさず質問で返す。
「それは……ボアですか?」
魔物の名前を聞かれても、僕には答えようなんてないんだけれど、『ボア』という名前から考えるに、たぶんイノシシのような魔物のことだろう。あれを倒した時は結構つらかった。
イノシシのような魔物は、おそらく、鍛えていない犬種が倒せるギリギリの魔物だろう。
「ええ、はい」
僕がそう答えると、お姉さんは目を丸くした。
「ボア……をですか?」
なんだか困惑しているようだが、それほどおかしなことでもないよな? イノシシなんだから、武器さえ持って複数人で対処すれば、けが人こそ出たとしても、討伐することは不可能ではない。
僕はそう思うのだが、お姉さんの反応を見るに、情報の伝達に齟齬が発生しているのかも。一応確認はしてみよう。
「イノシシみたいなやつですよね?」
「イノシシ? イノシシ種の獣人とはかなり異なりますけど……」
お姉さんは再び困惑している。
しまった。この世界には、獣人じゃない方のイノシシはいないんだった。
こうなると、説明するのが非常に難しい。
「えっと、4足歩行で、頭に二本の角が生えているやつですよね?」
「……はい、形状はまさにその通りです。なるほど、やはりボアですか。流石、神様の使徒様ですね……」
なんだか、すさまじい勘違いをされているような気がするが、これ以上説明のしようもないし、いまさら、違うかもしれないなんて言えるはずもない。
僕は大きなため息を吐いて、すべてを肯定することにした。
「……でしたら、一つだけお願いがあるのですが……」
お姉さんは両手を胸の前で合わせて、頭を深く下げる。
余計な勘違いをさせたばかりに、また余計なことに巻き込まれそうだ。
「実は……かなりまずい状況の冒険者がおりまして、その方と一緒に依頼をこなしていただきたいのです!」
まずい状況の冒険者を連れて、初めての依頼なんて普通に考えてノーだ。
「申し訳ございませんが――」
「――この通りです!」
僕が断りの返事をすべて言い切る前に、お姉さんは椅子から立ち上がり、地面に両手をつけて土下座する。
「やめてください……」
メリーの前だ。土下座ですべて解決すると思われたら、教育上よろしくない。
僕はお姉さんの肩を叩き、顔を上げるように促した。それでもお姉さんは強情で、顔をずっと下げている。綺麗なうなじとともに、キツネのぴんとした耳が二つ立っているのが見える。綺麗な耳だ。ずっと見ていたいぐらいに美しい。
「なにとぞお願いします。あなたが『神の使徒』だということは他言しません!」
突然、お姉さんは顔を上げてそんなことを口走る。
今になってそれを引き合いに出すということは、逆に言えば、依頼を受けなければばらすと脅迫しているのと同じだ。まさか、自分がついた嘘が墓穴になるとは、これからこのお姉さんにことあるごとに、脅されることになりそうだ。
だが仕方がない。僕が『神の使者』だなんて噂が広がったら、きっとこの街にはいられない。
それどころか、神の使いを騙った偽物だとして、処刑される可能性だってあり得る。
「わかりました。その依頼引き受けます」
こうなったらやけくそだ。どんな、無能な人材であったとしても、僕の力で使いこなしてやろう。
それこそが、僕がゆるく生きるための近道になるかもしれないし……だけどやっぱり、中間管理職にはなりたくない。それならばもっと上を目指して、獣人たちを顎で使うぐらいにはなってやろう。もちろん犬種以外のな。
「ありがとうございます。これで、あの子も一安心でしょう。それでは明日、またここにいらしてください。その時、そのお方を紹介します」
「わかりました。明日の何時頃がご都合がよろしいでしょうか?」
まるでビジネスの世界だ。僕はどうしてこんな世界に来てまでも、相手の都合を気にしなくてはいけないのだろう。もっと悠々自適に生きて生きたいというのに。
「では、明日の昼ごろでお願いします」
「わかりました」
ようやく登録と依頼の話が全て終わった。
メリーの方を見ると、再び深い眠りに落ちていたので、両手で抱えていそいそと役所から出る。
時々後ろを振り向くと、ずーと手を振り続けているお姉さんが目に入ったが、おそらく見間違いだろう。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
御家騒動なんて真っ平ごめんです〜捨てられた双子の片割れは平凡な人生を歩みたい〜
伽羅
ファンタジー
【幼少期】
双子の弟に殺された…と思ったら、何故か赤ん坊に生まれ変わっていた。
ここはもしかして異世界か?
だが、そこでも双子だったため、後継者争いを懸念する親に孤児院の前に捨てられてしまう。
ようやく里親が見つかり、平和に暮らせると思っていたが…。
【学院期】
学院に通い出すとそこには双子の片割れのエドワード王子も通っていた。
周りに双子だとバレないように学院生活を送っていたが、何故かエドワード王子の影武者をする事になり…。
転生貴族の領地経営〜現代知識で領地を豊かにして成り上がる
初
ファンタジー
ネーデル王国の北のリーディア辺境伯家には天才的な少年レイトがいた。しかしその少年の正体は現代日本から転生してきた転生者だった。
レイトが洗礼を受けた際、圧倒的な量の魔力やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のレイトを辺境伯領の北の異種族の住むハーデミア領を治める領主とした。しかしハーデミア領は貧困に喘いだ貧乏領地だった。
これはそんなレイトが異世界の領地を経営し、領地を豊かにして成り上がる物語である。
転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ
如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白?
「え~…大丈夫?」
…大丈夫じゃないです
というかあなた誰?
「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」
…合…コン
私の死因…神様の合コン…
…かない
「てことで…好きな所に転生していいよ!!」
好きな所…転生
じゃ異世界で
「異世界ってそんな子供みたいな…」
子供だし
小2
「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」
よろです
魔法使えるところがいいな
「更に注文!?」
…神様のせいで死んだのに…
「あぁ!!分かりました!!」
やたね
「君…結構策士だな」
そう?
作戦とかは楽しいけど…
「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」
…あそこ?
「…うん。君ならやれるよ。頑張って」
…んな他人事みたいな…
「あ。爵位は結構高めだからね」
しゃくい…?
「じゃ!!」
え?
ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
『5階にトラック突撃!?ポンコツ女神の使役権と地球通販を得た医学生、辺境の村でワスプ薙刀と現代医療を駆使し最強防衛ライフを始める』
月神世一
ファンタジー
マンションの5階でカレーを作っていたら、なぜかトラックが突っ込んできた件。
外科医を目指す医学生・中村優太(24)は、特製の絶品バターチキンカレーを食べる寸前、マンションの「5階」に突撃してきた理不尽なトラックによって命を落としてしまう。
目を覚ますと、そこはコタツでカップ麺を啜るジャージ姿の駄女神・ルチアナの部屋だった。
「飲み会があるから定時で帰りたい」と適当な理由で異世界転移をさせられそうになる優太だったが、怒りのガラポン抽選でユニークスキル【地球ショッピング】と【女神ルチアナこき使い権】を引き当てる!
かくして、ポンコツ女神を強制連行して剣と魔法の世界『アナステシア』に降り立った優太。
しかし、彼にはただのチートスキルだけではない、元SEALs直伝の「CQB(近接戦闘術)」、有段者の「薙刀術」、そして何より「現代医療の知識」があった――!
降り立った辺境のポポロ村で彼を待っていたのは、クセが強すぎる住人たち。
キャルル: マッハの飛び蹴りを放つ、ファミレス大好きなウサ耳村長。
リーザ: タダ飯とポイ活に命を懸ける、図太すぎる地下アイドル人魚。
ルナ: 善意で市場や生態系を破壊する、歩く大災害の天然エルフ。
ルチアナ: 優太のポイントでソシャゲ課金と酒を目論む、労働拒否の駄女神。
優太は【地球ショッピング】で召喚した現代物資と、自身のサバイバル能力&薙刀術で野盗や魔物を無双! さらには特製のスパイスカレーで異世界人の胃袋を完全に掌握していく。
そして、村人に危機が迫った時。
優太の「絶対に命を救う」という善意の心が、奇跡の黄金ガチャを引き起こす……!
「俺は医者だ。この村の命も、平和な日常も、俺の戦術(スキル)で全部守り抜く!」
現代の【医療・戦術・料理】×【理不尽ギャグ】×【異世界サバイバル】!
凶悪な「ワスプ薙刀」を振るい、ヤバすぎる仲間たちと送る、最強医学生のドタバタ辺境防衛ライフが今始まる!
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる