転生したら、犬だったらよかったのに……9割は人間でした。

真白 悟

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2 助けられる

12 優しいマスター

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「まああれだ。ケンの言うとおり、ロットワイラーが何か言ってくるとは限らないわけだし……今考えなければならないのは、明日の任務についてだ」
 頭をかきむしりにながら、イチゴは困ったような顔をして目を僕からそむける。
 イチゴなりに気を使っているのだろうが、気を使っているというのがバレバレで、かえって気になる。

「僕のこと馬鹿だと思ってるでしょう?」
 彼女の表情を見てなんとなくそう思った。
「……よくわかったな? 頭も足りない……力も足りない。それでどうやってロットワイラーに借りを返そうというのか……馬鹿でなければ楽天家すぎやしないか?」
 僕の予想は的中した。いや、予想と呼ぶには実にちんけな推理だ。僕だって、自分の力を知らなければ自分のことを愚か者だと思うだろう。それほどに、愚かなことを言ったのだから。だから、予想なんてする必要もなく、彼女が僕を愚かだと思うことは当然だった。
 僕は微笑して、彼女に同意する。
「僕もそう思います。僕は実に愚か者です」
「そう思うなら……どうしてだ?」
 困惑した表情を浮かべながら、イチゴはそうつぶやいた。
 根拠もなく人を信用できるほど、世界というのは甘くできてはいない。信じてもらうためには、その担保となるを見せるのが当然だ。
 そうは言っても、本当の力について話すことなど到底できるはずもない。――さて、どうしたものかな……少しだけ脚色して、肝心なところは誤魔化すしかないよな。
 これからどうするか……それを考えただけでもため息が出る。
「はぁ……わかりました。僕の職業……その力の一端を見せましょう」
「ケンの職業? そういえばお前の職業はなんなんだ?」
 職業を唯一知るお姉さんを抑え込むのだって、かなり面倒くさかったわけだ。あれをもう一度やるって言うのもかったるいし、何よりも、本当のことを知る人間は少ない方がいい。信頼できる人物だからと言って本当のことを話すべきではないだろう。かといって、嘘をつくっていうのも何となく憚られる。
 本当のことだけを話して、どうにか魔法使いだと思い込んでもらおう。なあに、簡単なことだ。誰にも疑われることもなく魔法使いを演じてみせるさ。
「まあ、ちょっと珍しい職業ですよ」
 もちろんこれは本当のことだ。『使者』という職業に就く人物は、おそらく僕以外にはいないだろう。それは冒険者における『魔法使い』も同じことだ。
 だからこそ、僕の職業を『魔法使い』だとミスリードすることが出来るだろう。
「珍しい?」
「ええ、というか、あまり冒険者にはあまりなる人がいないでしょうね」
 嘘はついていない。『使者』になったものが、冒険者になる必要なんてないからな。
「まさか……魔法使いか?」
「ふふ、そんなところです」
 うまくはまるって、こんなにも面白いことなんだな。
 だが、ここからはもっと厄介になるのだろう。魔法使いは冒険者に向かないからな。特に、ソロで冒険者になろうというなら、魔法使いでは不可能だといわれる始末だ。
 次に彼女がどんなことを口にするかは容易に想像できた。
「お前なぁ……魔法使いは確かに極めれ最強と言われているが、あくまでそれはおとぎ話だ。出来ることと言えば――」
「――身体強化ぐらいですか?」

 イチゴは愕然とし、時が止まったかのようにピタリと動かない。
 静かに揺れる時計の振り子の音が聞こえるほど、あたりは静寂に包まれて、コーヒーメーカーから雫が落ちる音が聞こる。コーヒーの苦々しい匂いがやけにきつく感じられた。
 一体いつまで、この静けさが続くのだろうか……なんて考えていた時、ようやく、イチゴの硬い口が開かれた。
「……わかっているんじゃないか……で、他に選択できる職がなかったわけじゃないだろう、どうしてその職を選んだんだ?」
 魔法使いのことを理解しているのに、どうして選んだのか、ということだろう。
 もちろん、僕はそれほど愚かでもないので、魔法使いなんて職業を選ぼうなんて考えてもみなかったし、今でもなるつもりもない。だけど、それでも魔法使いを選ぶ理由をひねり出すとするなら、一つだけだ。
「魔力の使い方を一番よく知れるから……と言っても納得できないでしょう。現に、こんな職業を選んでしまったばっかりにアルタにもイチゴさんにもご迷惑をおかけしたわけですからね。本当に申し訳ございません!」
 僕は地べたに正座して頭を下げる。
 魔法使いを選んで、今回の事件が起きたのなら自業自得だ。謝って許されることだとも思えないし、過ちというのは取り返しのつかない問題になりかねない。今僕が置かれた状況っていうのは、イチゴからしてみればつまるところそういうものだ。
 だからこそ、謝罪というのは非常に有効な手だ。
 失敗に対して不快を感じる人がいたとしても、心のこもった謝罪によって不快になる人は存在しない。いや、たぶん存在しない。確かに謝られすぎたら、不快になる人もいるだろうが、それは言葉を軽く感じてしまうが故だ。重要なのはタイミングと、態度……そして失敗した原因を知ることだ。
 そのすべてが正しく機能すれば、悪い気分はしない。現にイチゴの表情が若干和らいでいるのがその証拠だ。

「それがダメだとは言わない。だが、それを最初に選択するのは間違っている。戦士をある程度きわめてからにするべきだ」
 イチゴは、比較的差別心というものを持たない。その代わりに、適材適所という言葉の意味を理解している。
 だからこそ、彼女の口からはそんな言葉が出たのだろう。
 つまり、正当な理由を提示できれば説得できる可能性があるということだ。
「本当にそうでしょうか?」
 僕は自信を持って、畳み掛けるようにそう訊ねた。
 その時、僕は自分の過ちに気がついてしまった。イチゴの表情が少しだけ苛立ちを含んだようなものに変化したからだ。
「……なんだって?」
 彼女は冷静に絞り出すような声で聞き返して来る。
 それが何を表しているのか……もちろん、怒りだ。
 良くも悪くも、彼女は僕よりも博識だ。つまり、僕は彼女よりも無知で無教養だ。それはつまり、彼女にとって僕はなにもしらない子供のような存在だ。何も知らない子が親に反抗するのは、時期尚早だ。――考えても見てほしい、たかだか十数歳の子供が大人に口答えする。それがどれほど不快なことか……僕にとっては、それほど不快なことが別に存在しないぐらいに不快だ。そして、僕が以前にも犯した失敗の一つだ。
 だからといって、引き下がるわけにもいかない。
 今のイチゴは鬼のように恐ろしいが、それでも、今の職業を続けるために、なんとしても説得しなければならない。

「僕はそう思いません。魔力とは、この世で一番強い武器です」

 僕の言葉に、彼女はさらに怒りゲージがたまったのだろう。ものすごく静かで逆に怖い。今にも拳骨とかビンタとかが飛んできそうなぐらい威圧的だ。
 だがそんなことはなかった。
 彼女が僕に対してしたこと、それは大きなため息を吐いたぐらいだ。
「身体強化のことを言っているのなら、確かにそうかもしれない。だが間違っている。魔力による身体強化は確かに冒険家にはなければならないものだし、魔力そのものだって必要だ。だが、一番強い武器は、それぞれの獣人が持つ肉体と技術だ。それらなくしては、武器も魔力も宝の持ち腐れ……どれほどいい物を持っていようが無意味だ」
 やっぱり、彼女はだ。拳でわからせるのは簡単だが、子供の中には口ばかりが達者で、頭があまりよくない者もいる。殴れば、『反論できなかったから殴った』なんて思い込む愚か者もいることだろう。だからこそ口には口で返す。それが正しい教育というものだ。
 何よりも素晴らしいことは、彼女の言っていることが正論であるということだろう。

「イチゴさんの言うとおりです」

 しかし、それを完全に認めることは出来ない。それはあくまで、使に対してだけ言える理論だからだ。
「だったら、なおのこと――」
「――まあまあ、百聞は一見にしかずと言います」
 彼女に口を開かせたら、そのまま論破されてしまいそうだ。ここは、早めに行動するべきだろう。

「ひゃくぶん……なんだそれは?」

 聞きなれない言葉に、彼女は困惑している。当たり前だ。国によってことわざなんてものは、かなり違ってくる。世界が違えば、その違いは顕著になるに決まっている。
 だけどそれでいい。聞きなれない言葉を聞いて、困惑している間に僕の理論を叩き込む。これが一番有効な手段だ。
「百回話を聞くよりも、一回見る方がためになるってことです」
「言い得て妙だな。そこまで言うなら見せてみればいい。魔力の力とやらを」
 ようやく、彼女のペースから、僕のペースに持ち込むことが出来た。
 あとは実践あるのみだ。
「わかりました。お見せしましょう」
 僕は集中力を高めて、魔力を体から大量に放出する。魔力消費による体力の消耗が激しいが、それだけに強力な技を発動することが出来る。
 体から放出された魔力が、体にまとわりつくように固まって、薄紫の小さな膜を作り出す。外から入り込む太陽光が反射して、きれいに光る薄紫の膜からは、時折キラキラと光る何かが、膜の内側を漂っているように見えた。そのキラキラと光るものこそが、薄紫の魔力が結合し圧縮された魔力結晶というもので、それがほかの物質と結合することで強度を上げる。

「これは……まさか、魔力による魔力結界!? 魔法使いが、何年もの間、魔力だけを強化し続けてようやく使えるようになる代物じゃないか……」
 なんて、驚いては見せるイチゴだが、どうにもイマイチな表情だ。まあ、イチゴが思っていることは、たぶん僕が最初に思ったことと同じことなのだろう。
「そうです。魔力による身体強化をさらに極めた先にある更なる強化魔法。自身の持つ肉体の硬さを二倍にする力です」
 とはいっても、僕の体が二倍程度硬くなったところで――
「――それだけでは何の役にもたたない」
 イチゴがそう呟くと同時に、僕の頭に激痛が走った。どうやら、彼女が僕の頭を思いっきり叩いたようだ。
 しかし、この痛みこそが、彼女の言うとおり、本来の使用法であるこの体強化が意味を持たないということを表している。
 そりゃそうなんだけど、いきなり殴ることはないだろうに……
「痛いですよ……」
 僕は頭を押さえながら、半分涙目でイチゴを睨みつけた。
「わかっただろう? 肉体が弱ければ、いくらそれを二倍にまで強化できても意味がないって」
 なんて諭すようにイチゴは言うが、たぶん僕にむかついていたから殴るタイミングを見計らっていただけだろう。でなければ、突然そんなことをするはずがない。

「それはそうですけど、段階的に説明するために発動しただけです。見せたいのは別のものですよ」
「別のもの……まだ先の力を持っているということか?」
 突然に、イチゴは興味深そうに目を細めて僕の説明を聞く。
 たぶん、彼女が納得できるような力じゃなけば、職業を変えさせられるんだろうな、なんて考えつつも、僕は咳払いをして説明を続けた。

「守り転じて、攻めの魔力です! 弱い攻撃でも何倍……何十倍の威力を発揮できる代物です」

 使えればかなりすごい技となるだろう。非力である魔法使いとっては救いのような技だ。
 イチゴもこれにはにっこりだ。
「それはすごいじゃないか……この私も初耳だ」
「すごいでしょう?」
「だが、そんなすごい力にデメリットがないはずがない……」
 まさに彼女の言うとおりだ。

「イチゴさんはすごいですね。そうです、この力にはデメリットがあります。自身の攻撃に体が耐えられないということです。魔力は守りと責めに対して同時に使うことができませんからね」
 肉体の持ちうる力の十倍で何かを殴るのだから、それに体が耐えられるはずがない。その使い方を見つけた時はチート級の技だと思ったが、人生はそれほどうまくいかないらしい。実戦で使えるようにするには、どのみち体を鍛えなければならないということだ。
 守りと責め、それらを同時に使うことが出来れば別なのだろうが、魔力を体の外に放出する守りに反して、攻めは体の中に押さえつけなければならない。コントロールできれば別なんだろうが、僕のスキルをもってしてもコントロールできないのだから、きっとどれだけ練習しても無理なのだろう。

「タダの捨て身の一撃……火事場の馬鹿力じゃないか。一対一の戦いならまだしも、魔物の群れと戦っているときに使うのは自殺行為だ」
 本当に彼女の言うとおりだ。森でこの技を本気で使っていれば、体はバラバラになっていたことだろう。力を抑えて使ったとしても、凶悪な魔物を倒すには至らなかったはずだ。どちらにせよ、扱い辛い技だということだ。

「だから1人じゃ使えない。いわば使いどころの難しい力です。ですが、魔力のすごいところは、調整できるということです。1.5倍程度の力に抑えれば、何とか体を壊さずに使用することは出来るでしょう」
 体を壊さないと言っても、おそらく次の日は筋肉痛で動けないだろうし、なにより――
「――ケンの力が1.5倍程度になったところで、上位の魔物には傷一つすらつけられないだろう。どちらにしても、力をつけなくては意味がない……ということの証明だ。いくら魔力を極めていようと、使いこなせなければな」
 すべて彼女の言うとおりだ。
 やはり、今の僕では彼女を論破することはおろか、対等に討論することすら出来ないらしい。
 それでも、最初ほど彼女は魔法使いをやめるべきだ、とは思わなくなっているだろう。それこそ僕の狙いなのだからそうなってもらわなければ困る。

「そうです。ですので、どこかで鍛えられないかと思うのですが……実戦以外で鍛えるとなれば、お金が必要になります。今回の任務は初心者が受けられる任務とは違い、報酬金がそれなりに高いので、これを逃すと、かなり遠回りすることになります」
「時には遠回りすることも重要だ」
 イチゴは、直接魔法使いをやめろとは言わなくなった。それでも遠まわしに、魔法使いをやめろと言っている。
「わかっています。しかしながら、僕にはお金がありません。妹を養うことすら出来ない無能な兄にはなりたくないんですよ」
 戦士になったとしても、突然に力が強くなるわけじゃない。やっぱりスキルを習得するまでは一人じゃ無理だろうし、仲間と一緒に冒険する必要性が出てくる。だからといって、仲間を雇えるような金もないし、僕のような駆け出しを仲間に入れる殊勝な獣人がいるはずがない。もちろん、戦士になると、武器を持っていないのは不自然だが――そもそも、武器を買う金がない。
 だからこそ、魔力を利用して生きていく以外に方法はないし、戦士が魔力を行使するのは不自然だ。魔法使いを演じるほかに生きていく術がないわけだ。
 第一、この世界において、職業なんてものに大した意味があるとは思えない。イチゴだってそのことに気がついているはずだ。それなのに、それほどに、冒険者を魔法使いにしたくない理由はなんなのだろうか……全く見当もつかない。

「だから……私が援助してやると言っている!」
 僕の置かれた状況を知ってか知らずか、イチゴがそんなことを言う。
 しかし、こんなことを思うのもなんだが、この店にそれほど金銭的余裕があるとは思えない。
 こんなことを話し合っている間にも訪れた客は0……収入は限りなく0に近いだろう。よって、彼女に頼ってばかりいたら共倒れする可能性だってある。そんな人生を懸けた迷惑をかけることは出来ない。

 それを直接口にするのは失礼だろうし、ここは僕のわがままでそうしたいってことにしておこう。
「そうはいきませんよ。今回のことでわかりましたが、イチゴさんにこれ以上ご迷惑をおかけすることは出来ません!」
「同族の面倒を見ることは当たり前だ」
 頑なに引き下がろうとしない彼女に、到底否定できないセリフを投げかけてやろう。
「実のところ、僕の意地でもあるんです……オスとして生まれてきたからには、家族を護る義務がある。僕は男として生きていきたいんです!」
 これを言われてしまうと、他人は何も言えなくなる。過去に何度か実践済みだ。
「勝手にしろ……っ!」
 イチゴはそっぽを向いて、それ以上何も言ってこなかった。
 そんなギスギスとした空気にも関わらず、きちんと晩御飯を作ってくれたのは、彼女の優しさゆえだろう。
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