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3 依頼を受ける
13 裏社会の男
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――昨日の一件以来イチゴとは口をきいていない。
というより、僕が挨拶しても相槌を打つぐらいで、僕の方を見ようともしない。居候の分際で生意気なことを言ったんだ。それぐらいされても文句は言えまい。
それでも、妹の面倒はしっかりと見てくれるし、なんだかんだイチゴさんは優しい。
「一緒に任務に行く人ってどんな人だろう?」
昨日と同じように、僕は中央通をまっすぐと歩き、役所を目指す。
朝ということもあってか、中央通はますますと活気づいている。スーツを着た男が幾人も僕の横を通り過ぎていき、制服を着た学生たちが騒ぎながら遠ざかってゆく。
そういえば、こっちの世界に来てから学校というものに行ったことがないな。妹だけでも行かせることが出来たらいいんだけど、僕の稼ぎじゃそれも厳しいだろう。
東から昇った太陽が、街を明々と照らしている。だが、それは僕にとってはうっとおしく感じられた。
昔はまるで気にならなかったが、太陽光というやつは、どうにもポジティブな気分とやらを引き出してくる。落ち込んでいるときも、思い悩んでいるときも、大切な人が死んだときだって、いつも僕らの上から、元気を押し売りし、悲しむ時間を奪い取っていく。
人間にだって、犬にだって、落ち込む時間は必要なはずだ。
それなのに、太陽はそれを許してくれないらしい。
「不愉快だなぁ……」
ぽつりとつぶやいてみる。
誰かにそう言いたかったわけではない。単なるひとり言だ。
僕たちのことを助けてくれる人がいたからこそ、何とか生き残ることが出来た。しかし、それがなくなってしまえば、僕とメリーはたちまち餓死することだろう。お金というものはいつかなくなってしまうのだから、それは当たり前のことだ。
そうならないためには、僕がお金を稼げるようになるしかない。
「会社員……あの時はあんなにやめたくて仕方がなかったのに、隣の芝は青いってやつかな?」
今となっては、給料が保障されていたあの生活が懐かしい。
まあ、本気で戻りたいとは思わないけどな。一週間の勤務時間は名目上40時間だったが、残業も含めると80時間……一日に平均すると11時間半程度だ。人生の何分の一を会社で過ごしたことか……安定性と引き換えに、人間をやめたと言っても過言ではない生活だった。
いくら家族のためとはいえど、二度とあんな奴隷みたいな生活はごめんだ。
命がけで日銭を稼ぐ冒険者もごめんだが、あんな仕事に比べれば遥かにマシだ。と言っても仕事がそれしかないわけだ。そもそも選択することなど出来ない。
「いつになったら、自由になれるんだろうな……」
本日何度目かのひとり言に、ようやく返答があった。もちろん望んだものではない。
「そこの犬種! そんなに自由になりたいんなら、この俺様が体という枷から解き放ってやろうか!?」
強面の男が大声を上げて、僕の方へと駆け寄ってくる。昨日、絡んできたライオン種の男とは違うが、これまたライオン種の男だ。顔はごつごつしていて、いかにもやくざ者って感じだが、体つきが細く明らかに素人だ。
ライオン種がいかに優れた種族だったとしても、重量がなければそれほど怖くない。
僕のそばにいたほかの獣人たちは、男の声を聞いて僕から離れていく。
恐怖からそうしているというわけではなく、面倒事に巻き込まれたくはないといった感じだ。
朝っぱら元気なことだ。僕は仕事で忙しいし、聞こえなかったことにしよう。
僕は足早にその場を去ろうとする。
「お前だよ! お前!!」
ライオン種の男が再び騒ぎ始めた。
声だけ取ってみれば、たぶん昨日絡んできた男よりも数倍大きい。
だからこそ、余計に弱そうだ。『弱い犬ほどよく吠える』とは、よく言ったものだ。
「はぁ……不快な思いをさせたのなら申し訳ないです。ですが、急いでおりますので……」
ヤクザとか、マフィアよりもチンピラの方がルールを持たない分面倒くさい。手を出して報復なんてされたら厄介だ。ここは僕が落としどころを見つけてやろう。
「それでいいんだよ。それで? 申し訳ないと思ってるんなら、何か謝礼があるはずだろう?」
強面を持って凄んでくるが、どうやらおつむの方はあまりよくないらしい。
『謝礼』っていうのは、感謝している相手に対してあげる物であって、申し訳ないと思った時にあげる物じゃない。つまり、こういう時に使う言葉としては、『慰謝料』とか『賠償金』だ。
どちらにせよ、僕はこの男に対して損害も与えていなければ、精神的苦痛を与えた覚えもない。そんなものを払うようわけがない。
「謝礼ですか? 僕ってあなたに何かしてもらいましたっけ?」
「馬鹿言え、お前が俺にしたんだろうが!?」
なるほど、男の言い分を聞いたうえでわかったことがある。どうやら、僕は見ず知らずの男に、知らない間に恩をうっていたらしい。
「なるほど、僕に謝礼を渡したいということですか……でしたら大丈夫ですよ。僕は礼には礼で尽くす獣人ですから……お礼なんて受け取りません。いつか僕が困っているときに助けていただければいいですよ」
なんて、冗談をいう余裕すらある。
犬種が差別の対象だとはいえ、今は公衆の面前だ。この状況でこれ以上突っかかってくる馬鹿もそうはいないだろう。
「馬鹿にしてんのか? お前が俺にしたんだから、お前が俺に払うんだろう?」
男は更に僕の方に顔を近づけて凄んでみるが、周囲の人たちはみんな笑っている。
周りの人たちの行動がまだ理解できないらしく、一瞬だけあたりを見渡すと、男はすぐに僕の胸ぐらをつかんだ。
「おい、なにをしている?」
僕の足が地面を離れて宙に浮き始めたころ、冷たい男の声が耳に入った。聞き覚えのある声だ。
「アムールさん……」
ライオン種の男が震えた声でつぶやいた。
僕は息が苦しくかったが、かろうじて目を開くことが出来た。僕をつかむ男の顔をちらりと見たが、これは絶望といった感じだろう。死の淵に面した人間がちょうどそんな顔をしていたことを思いだす。
「お前は、私たちのシマで暴力事件を起こすつもりなのか?」
人を殺すことを何とも思わなさそうなドスの聞いた声が僕の左耳に入る。いつか聞いたことのある声だ。
「滅相もありません。アムールさんっ! 俺はただ……知り合いの犬種がいたから驚かせてやろうと思っただけで……」
「お前は、驚かそうとするのにいちいち胸ぐらをつかんだり、恫喝したりするのか? 変わった民族もいたんだな? それはさておき、その手はどうするんだ?」
「はっ……! もちろん離します!!」
突然、僕の胸ぐらを話したものだから、僕は思いっきり石畳にお尻をぶつけた。
「今度シマを荒らしたら……わかってるな?」
眼光鋭く、すべてを突き刺すようなナイフのような睨みを聞かせて、アムールと呼ばれた男はライオン種の男に脅しをかけた。
「はいっ!」
「だったら、とっとと失せろ!」
「はいぃぃ!」
睨まれた男は、すぐさまに頭を90度近く下げて、そのままゆっくりと数歩後ずさったかと思うと、後ろを振り返って全利欲疾走で去って行った。見物人たちは、それをよけるように道を作る。
それを見送った後、アムールは僕に目を向けた。
「それで……お前は確か二度目だったな……問題を起こしたのは? 死にたくて死にたくて仕方がなかったってわけでもないだろう。まあいい、犬種はあまり大通りをとおるな……お前が問題を起こせばボスが不快になる」
静かながらも、内側には怒りの感情がこもっているのがわかる。恐ろしくも冷徹さを宿し、今にも殺されてしまうのではないか……という不安すら抱かせる。それほどに、殺意がこもっていた。
そんな男が、『ボス』という言葉を口にした一瞬だけ優しい顔をした。
きっと、彼はそれほど恐ろしい人物ではない。
前回助けてくれた時もそうだが、助けるために出てきたのかもしれない。お礼はきちんと言っておくべきだろう。
「ありがとうございます!」
だがそれでも、街を裏から支配する組織に所属する男には変わりがない。裏の住人というのは、表から支配する存在よりも借りを作るのが恐ろしい存在だ。
もともと裏の存在だけあって、遠慮というものは存在しない。それこそ、骨の髄までジャブられかねない。それは、彼一個人に対する印象ではない、組織全体においてそうである可能性だ高いということだ。
「アムールさん!」「アムールの旦那!」「アムール!」
僕のお礼を皮切りに、周囲にいた人たちが次々と男の名前を呼ぶ。屋台の店主、主婦のおばさん、小さな子供と実に様々な人が男のもとに駆け寄る。
それも畏れや怒りから出たものではない。まるで、憧れや親しみを持ったような明るいものだ。
「今は仕事中だ……頼みごとなら後にしてくれ。私は古い幹部様のバカ息子を探している最中だ……ライオン種の獣人が犬に突っかかってるって聞いて飛んできたが、全く、無駄足だった……誰か、バカ息子を知らないか?」
男はもはや、僕のことなどどうでもよくなったのだろう、自分の名前を呼んだほかの人たちに何か尋ねごとをしていた。
僕は仕方なく、その場を後にする。
助けてもらっておいてなんだけど、これ以上面倒事に関わるのは嫌だからな。
というより、僕が挨拶しても相槌を打つぐらいで、僕の方を見ようともしない。居候の分際で生意気なことを言ったんだ。それぐらいされても文句は言えまい。
それでも、妹の面倒はしっかりと見てくれるし、なんだかんだイチゴさんは優しい。
「一緒に任務に行く人ってどんな人だろう?」
昨日と同じように、僕は中央通をまっすぐと歩き、役所を目指す。
朝ということもあってか、中央通はますますと活気づいている。スーツを着た男が幾人も僕の横を通り過ぎていき、制服を着た学生たちが騒ぎながら遠ざかってゆく。
そういえば、こっちの世界に来てから学校というものに行ったことがないな。妹だけでも行かせることが出来たらいいんだけど、僕の稼ぎじゃそれも厳しいだろう。
東から昇った太陽が、街を明々と照らしている。だが、それは僕にとってはうっとおしく感じられた。
昔はまるで気にならなかったが、太陽光というやつは、どうにもポジティブな気分とやらを引き出してくる。落ち込んでいるときも、思い悩んでいるときも、大切な人が死んだときだって、いつも僕らの上から、元気を押し売りし、悲しむ時間を奪い取っていく。
人間にだって、犬にだって、落ち込む時間は必要なはずだ。
それなのに、太陽はそれを許してくれないらしい。
「不愉快だなぁ……」
ぽつりとつぶやいてみる。
誰かにそう言いたかったわけではない。単なるひとり言だ。
僕たちのことを助けてくれる人がいたからこそ、何とか生き残ることが出来た。しかし、それがなくなってしまえば、僕とメリーはたちまち餓死することだろう。お金というものはいつかなくなってしまうのだから、それは当たり前のことだ。
そうならないためには、僕がお金を稼げるようになるしかない。
「会社員……あの時はあんなにやめたくて仕方がなかったのに、隣の芝は青いってやつかな?」
今となっては、給料が保障されていたあの生活が懐かしい。
まあ、本気で戻りたいとは思わないけどな。一週間の勤務時間は名目上40時間だったが、残業も含めると80時間……一日に平均すると11時間半程度だ。人生の何分の一を会社で過ごしたことか……安定性と引き換えに、人間をやめたと言っても過言ではない生活だった。
いくら家族のためとはいえど、二度とあんな奴隷みたいな生活はごめんだ。
命がけで日銭を稼ぐ冒険者もごめんだが、あんな仕事に比べれば遥かにマシだ。と言っても仕事がそれしかないわけだ。そもそも選択することなど出来ない。
「いつになったら、自由になれるんだろうな……」
本日何度目かのひとり言に、ようやく返答があった。もちろん望んだものではない。
「そこの犬種! そんなに自由になりたいんなら、この俺様が体という枷から解き放ってやろうか!?」
強面の男が大声を上げて、僕の方へと駆け寄ってくる。昨日、絡んできたライオン種の男とは違うが、これまたライオン種の男だ。顔はごつごつしていて、いかにもやくざ者って感じだが、体つきが細く明らかに素人だ。
ライオン種がいかに優れた種族だったとしても、重量がなければそれほど怖くない。
僕のそばにいたほかの獣人たちは、男の声を聞いて僕から離れていく。
恐怖からそうしているというわけではなく、面倒事に巻き込まれたくはないといった感じだ。
朝っぱら元気なことだ。僕は仕事で忙しいし、聞こえなかったことにしよう。
僕は足早にその場を去ろうとする。
「お前だよ! お前!!」
ライオン種の男が再び騒ぎ始めた。
声だけ取ってみれば、たぶん昨日絡んできた男よりも数倍大きい。
だからこそ、余計に弱そうだ。『弱い犬ほどよく吠える』とは、よく言ったものだ。
「はぁ……不快な思いをさせたのなら申し訳ないです。ですが、急いでおりますので……」
ヤクザとか、マフィアよりもチンピラの方がルールを持たない分面倒くさい。手を出して報復なんてされたら厄介だ。ここは僕が落としどころを見つけてやろう。
「それでいいんだよ。それで? 申し訳ないと思ってるんなら、何か謝礼があるはずだろう?」
強面を持って凄んでくるが、どうやらおつむの方はあまりよくないらしい。
『謝礼』っていうのは、感謝している相手に対してあげる物であって、申し訳ないと思った時にあげる物じゃない。つまり、こういう時に使う言葉としては、『慰謝料』とか『賠償金』だ。
どちらにせよ、僕はこの男に対して損害も与えていなければ、精神的苦痛を与えた覚えもない。そんなものを払うようわけがない。
「謝礼ですか? 僕ってあなたに何かしてもらいましたっけ?」
「馬鹿言え、お前が俺にしたんだろうが!?」
なるほど、男の言い分を聞いたうえでわかったことがある。どうやら、僕は見ず知らずの男に、知らない間に恩をうっていたらしい。
「なるほど、僕に謝礼を渡したいということですか……でしたら大丈夫ですよ。僕は礼には礼で尽くす獣人ですから……お礼なんて受け取りません。いつか僕が困っているときに助けていただければいいですよ」
なんて、冗談をいう余裕すらある。
犬種が差別の対象だとはいえ、今は公衆の面前だ。この状況でこれ以上突っかかってくる馬鹿もそうはいないだろう。
「馬鹿にしてんのか? お前が俺にしたんだから、お前が俺に払うんだろう?」
男は更に僕の方に顔を近づけて凄んでみるが、周囲の人たちはみんな笑っている。
周りの人たちの行動がまだ理解できないらしく、一瞬だけあたりを見渡すと、男はすぐに僕の胸ぐらをつかんだ。
「おい、なにをしている?」
僕の足が地面を離れて宙に浮き始めたころ、冷たい男の声が耳に入った。聞き覚えのある声だ。
「アムールさん……」
ライオン種の男が震えた声でつぶやいた。
僕は息が苦しくかったが、かろうじて目を開くことが出来た。僕をつかむ男の顔をちらりと見たが、これは絶望といった感じだろう。死の淵に面した人間がちょうどそんな顔をしていたことを思いだす。
「お前は、私たちのシマで暴力事件を起こすつもりなのか?」
人を殺すことを何とも思わなさそうなドスの聞いた声が僕の左耳に入る。いつか聞いたことのある声だ。
「滅相もありません。アムールさんっ! 俺はただ……知り合いの犬種がいたから驚かせてやろうと思っただけで……」
「お前は、驚かそうとするのにいちいち胸ぐらをつかんだり、恫喝したりするのか? 変わった民族もいたんだな? それはさておき、その手はどうするんだ?」
「はっ……! もちろん離します!!」
突然、僕の胸ぐらを話したものだから、僕は思いっきり石畳にお尻をぶつけた。
「今度シマを荒らしたら……わかってるな?」
眼光鋭く、すべてを突き刺すようなナイフのような睨みを聞かせて、アムールと呼ばれた男はライオン種の男に脅しをかけた。
「はいっ!」
「だったら、とっとと失せろ!」
「はいぃぃ!」
睨まれた男は、すぐさまに頭を90度近く下げて、そのままゆっくりと数歩後ずさったかと思うと、後ろを振り返って全利欲疾走で去って行った。見物人たちは、それをよけるように道を作る。
それを見送った後、アムールは僕に目を向けた。
「それで……お前は確か二度目だったな……問題を起こしたのは? 死にたくて死にたくて仕方がなかったってわけでもないだろう。まあいい、犬種はあまり大通りをとおるな……お前が問題を起こせばボスが不快になる」
静かながらも、内側には怒りの感情がこもっているのがわかる。恐ろしくも冷徹さを宿し、今にも殺されてしまうのではないか……という不安すら抱かせる。それほどに、殺意がこもっていた。
そんな男が、『ボス』という言葉を口にした一瞬だけ優しい顔をした。
きっと、彼はそれほど恐ろしい人物ではない。
前回助けてくれた時もそうだが、助けるために出てきたのかもしれない。お礼はきちんと言っておくべきだろう。
「ありがとうございます!」
だがそれでも、街を裏から支配する組織に所属する男には変わりがない。裏の住人というのは、表から支配する存在よりも借りを作るのが恐ろしい存在だ。
もともと裏の存在だけあって、遠慮というものは存在しない。それこそ、骨の髄までジャブられかねない。それは、彼一個人に対する印象ではない、組織全体においてそうである可能性だ高いということだ。
「アムールさん!」「アムールの旦那!」「アムール!」
僕のお礼を皮切りに、周囲にいた人たちが次々と男の名前を呼ぶ。屋台の店主、主婦のおばさん、小さな子供と実に様々な人が男のもとに駆け寄る。
それも畏れや怒りから出たものではない。まるで、憧れや親しみを持ったような明るいものだ。
「今は仕事中だ……頼みごとなら後にしてくれ。私は古い幹部様のバカ息子を探している最中だ……ライオン種の獣人が犬に突っかかってるって聞いて飛んできたが、全く、無駄足だった……誰か、バカ息子を知らないか?」
男はもはや、僕のことなどどうでもよくなったのだろう、自分の名前を呼んだほかの人たちに何か尋ねごとをしていた。
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助けてもらっておいてなんだけど、これ以上面倒事に関わるのは嫌だからな。
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