転生したら、犬だったらよかったのに……9割は人間でした。

真白 悟

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3 依頼を受ける

21 特別報酬

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 いまさらだが、帰ってきてからずっと不思議だったことがある。
 今朝、僕が開けたはずの穴が消え去っていた。魔法というのは便利なものだ……なんて言葉が言えたのならば、魔力の扱いがうまい僕がこんなにも苦労することはありえない。
 ファンタジックな、床を一瞬にして直してしまうような呪文は存在しない。だからこそずっと不思議だった。
 だがしかし、今はそんなことを聞けるような状況ではないということは百も承知だ。

「アニー……」
「お姉ちゃん……」

 先ほどからずっとあんな感じで、二人は手を握ったまま見つめあっている。
 ここまでくれば、姉妹以上の何かを感じざるを得ないのだが、他の役人たちは「またいつものだよ……」みたいなことを口々にして、普通に仕事に戻っているのだから実際のところはよくわからない。
 未だに報酬すらもらえていないのだから困っている。
「ああなると、1時間はずっとあのままですよ」
 隣の受けつけに座っていた若い男が、僕にそう耳打ちした。いまさらではあるのだが、役所の人たちはどうやら犬種に差別的な思考を持っていないようだ。それは非常にありがたい、有難いのだけれど、男に耳打ちされても何もうれしくない。

 だけど、面と向かってそんなことを言えるはずもなく、僕は適当に「はあ、そうなのですか」と返答した。
 彼女たちがどれぐらいで正気に戻るか、なんてことを聞かされたところで、僕の口から出るのはそれくらいだ。まあ気にはなっていたので、ありがたくないかと言えばもちろんありがたい。
 だけどせっかくなら、二人がなぜそうしているのかを知りたいというのが正直なところだ。

「なんでも、二人は両親を亡くされてから、二人で生きてきただとか……」
 男が続けて僕に耳打ちする。
 どうして、男が僕の知りたいことをこうもたやすく理解して、それを教えてくれたのかはよくわからない。ただ、他人のプライバシーに関することを簡単に教えるのは役人として、いいや1人の人間としてどうかと思う。――人間じゃなく、獣人だけど。
「シェルム!」
「はい、ボスっ!」
 シェルムと呼ばれたおしゃべりな男が、『ボス』と呼んだのは、受付のお姉さんだ。一時間待たずに、あっちの世界から帰ってきたようで、シェルムが勝手に自分たちのことを話したことに関して怒っているようだ。

「普通、人の秘密を勝手に話す? 話さないよねぇ、あなたそれでいつも国民の方々からクレームが来ているのよ。わかっているの?」
「わかっていますよ。ボス……今度からは気御付けるんで、大目に見てください。このとおりです!」
 シェルムは両手を頭の上で合わせて、ひたすらに頭を下げる。それを見て、再びお姉さんは一目もはばからず怒っている様子だ。
 人様の秘密を話すシェルムという男もだが、それよりも客の前で部下を叱りつけるお姉さんもどうかと思う。まあ役所なんてどこもこんなもんか。――そんなこと考えたら、きちんと仕事している人に対して失礼かな。

「それで、どうして二人で手を握りあっていたんです?」
 役人二人組で盛り上がっているようだし、お姉さんと同じように正気を取り戻したアニーに聞いてみた。
「たった二人の家族ですから、お互いの進歩は褒めあうべきです」
 真剣な眼差しでアニーはそう言った。
 はい、全然答えになっていません。むしろ意味不明さがよりましたぐらいです。

「えっと……それでどうして手を?」
「特に意味はない。ただ単にいつもの癖でそうしていただけ」
 淡々と言うアニーだが、彼女の表情を見るに、何か深い理由がありそうだ。
 僕もちょっと気になったという程度だし、言いたくないというならそれ以上聞かないのが吉だろう。

「そ、そうなんですね。それより、僕もアニーさんって呼んでいいですか?」
 話のそらし方へたくそか、僕は……どうして今、呼び方の話なんてしてしまったのだろう。全然そんな話、一ミリ足りとも出てなかったというのに。
「全然かまわないよ。私はウィークでもアニーでもどっちでもいいし」
 そんなへたくそな会話運びに関わらず、アニーは普通に対応してくれた。
「ありがとうございます」
 二重の意味で感謝だ。普通だったら、こんな意味不明なタイミングで名字ではなく名前を呼んでもいいかと聞かれれば、『え、なに? 気持ち悪いんだけど……』みたいな反応されても仕方がないくらいだ。
 実際、僕はそんな感じのことを言われた記憶が残っている。それも転生した後でも残っているというしつこい前世の記憶だ。それだけ嫌な記憶だったということだ。なんて冗談を頭の中で誰かに向けて言ってみる……転生者だから前世の記憶はほとんどそのまま残っている。――忘れたくても忘れられないぐらいだ。
 そんなことはどうでもよくて、アニーとの会話が途切れてしまった。
 お姉さんはシェルムを説教しているし、ほかの役人たちは自らの仕事をしている。
 今度は1人で放置されているというわけではないが、仕事でもなく女の子と2人で放置されるは初めての体験だ。実はこっちの方がよっぽど気まずいらしい。心臓の鼓動が早まるのが耳にまで聞こえている。

「あ、あの……」
 耐え切れなくなった僕は、何か話題を振るべく口を開く。
 しかしすぐに緊張が勝り、僕は口を開いたまま下を向いた。
 落ち着け、彼女は僕よりも社交的ではない女の子だ。少なくとも、僕よりも口下手なはずだし、僕が多少なりともよくわからない話題を振っても特に何とも思わないはずだ。
 それにあれだ。女の人と2人で話すなんて、昔の仕事では日常茶飯事だった。――あああとアレ、彼女は僕の言うことも聞かずつっぱしるような人だ。別に彼女に変な人だって思われても僕は何とも思わないはず。彼女のことを好きなわけでもないし、むしろ若干苦手なぐらいだ。
 よし、大丈夫そうだ。

 僕は自身の両頬を叩き、アニーの方を見直す。
 アニーはポカンとした表情で僕を見つめている。そりゃそうだ。僕の心情を知ることが出来ない彼女にとっては、自分に話しかけてきた男が、話しかけてきておきながら下を向いて自分を叩き始めたところしか見えないのだから。
 いやいや、余計なことは考えるな。話してしまえば、緊張なんて飛んでいく。いつものことだ。
「それにしてもあれですね。床治ったんですね?」
……どうして僕は今『床』の話なんてし始めるんだ。もっと重要なことがあるだろう。依頼の話とか、これからの話とか……
「うん、そうみたい。お姉ちゃんが言うには、所長が『お客様が危険な目にあったら全部張り替えてあげるよ』って言ってたらしいから……たぶんそれで直したんじゃないかな」
 アニーは僕のどうでもいい質問に、真剣に答えてくれる。
 クラフトを持てば性格が『アレ』になるが、普通に話している限りはいい子なのかもしれない。
「へえ、そうなんですね。役所の人たちも大変ですね」
 客が危険な目に合う前に直してほしい。そうすれば僕があんな醜態をさらすこともなかった。

「もっと早く直してくれていれば、ケンさんが傷つくこともなかったのに……その節は本当に申し訳ございませんでした」
 いつの間にか説教が終わったらしく、お姉さんが再びこちらに戻ってきた。シェルムという人は、挨拶すらなくどこかへ行ってしまったみたいだ。
たぶん、お姉さんに出て行くように言われたのだろう。あれだけしゃべり放題だった男が、何も言わずに去っていくわけがない。

 そんな僕の思考を察してか、お姉さんは咳払いをする。
「それより、今回の報酬についてですが……」
 そのまま、お姉さんは報酬について色々教えてくれた。

 今回の報酬はあまり多くない。たかだか、少量の薬草をとってきた程度なのだから、あまり多くても後ろめたいのだが、それにしても少なすぎる。
 三日程度の食費にしかならないぐらいに少額だ。お姉さんはインセンティブがどうだとか、イニシアティブがどうだとかそんなことを説明した。
要約するとこうだ。パーティーリーダーはメンバーよりも報酬が多いとかなんとか、そんなことを口にしたのだ。つまり、パーティーリーダーである僕の報酬は通常よりも多いということらしい。だが、8時間近くかけて得られたのは、三日分の食費……家賃すら稼ぐことは出来なかったということだ。
そりゃ、誰もこんな仕事を受けたがらないに決まっている。
命を危険にさらして、通常よりも安い給金支払われないのであれば、誰が冒険者になんてなる。誰もなるはずがない。

お姉さんが言うには、ボアの角を持って帰っていれば給金は今の5倍にはなったらしく、全身を持って帰っていれば10倍は下らないとのことだ。
どうやら僕の選択が間違っていたらしい。やはり一番重要なのは、先行投資ということだ。明日からはもっと準備をしてから依頼を受けることにしよう。そうしないと、いつまでたっても貧乏生活を送ることになる。

「気を落とさないでください。今回は特別報酬もありますから……」
 気落ちしていた僕に、お姉さんは気になる言葉を投げかけた。
「特別報酬ですか?」
「アニーを同行者として連れて行くというのも依頼です。その依頼を達成したからには、それ相応の報酬があるべきですよね?」
 そう言われても、僕は全然彼女に対して何かしてやったような気がしない。むしろいてもいなくても、さほど変わらなかったとさえ思う。
「もらえませんよ。別に何もしていませんし」
「そうはいきません。神様のし……いいえ、私の妹を助けてくれたんですから、きちんと報酬は払います」
 お姉さんは僕の手を無理やり開いて、特別報酬とやらを握らせた。

「……そういうことなので、明日以降もよろしくお願いします」
 僕にお金を握らせると同時に、お姉さんは耳元でそんなことをつぶやいた。
 釈然としないが、どうやら僕は賄賂を受け取ってしまったらしい。役所を出て行く僕に対して、姉妹二人で大手を振って見送ってくれるが、それがかえってあざとく感じる。
 明日以降、どうなるかが心配だ。
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