転生したら、犬だったらよかったのに……9割は人間でした。

真白 悟

文字の大きさ
34 / 170
5 笑われる

33 恩と仇

しおりを挟む
「そこまでにしてもらえるかな?」
 イチゴが僕とリグダミスの間に入ってくる。
 彼女もリグダミスの殺気に気が付いたのだろう。僕をかばうためにそうしたように思える。

「イザベラ……オスをメスが庇うなんて興がそがれることはやめてもらえるかな?」
 冷たいまなざしがイチゴに向けられる。そこには感情というものが一切ないように僕は感じた。軽蔑も、嫌悪も、そういった負の感情すらない。ただ純粋に、リグダミスは反射的に言葉を放っただけで、実のところは何も考えていない、そういった感じだ。
 そんな言葉を投げかけられたイチゴは、彼の冷静さを見て、嫌なことを思い出したかのように口を開いた。

「お前につぶされた同法は嫌というほど見てきた……人懐っこいブルも、我が親友シュナイダーも……お前がいなければ英雄になれた者も中にはいたことだろう」

 二人は昔からの知り合いらしい。それも僕が思っていたよりももっと昔からの、決別した友人であるかのようだ。
 過去になにがあったかは知らないが、ずっと近くにいた者たちが仲たがいするような出来事があったのだろう。そうでなければ、この場の冷たい空気を説明できない。
 それを察してか、メリーは僕の服をつかんだ。

「勘違いしてくれるな、彼らは私のために自ら死を選んだのだ。私の意思に同調してくれたということさ」
「同町? 笑わせるな、脅迫の間違いだろう!?」
「イザベラ……君がどう思おうが事実は変わらない。過去は変えられないのさ。もし君が過去に従順な犬だというのなら、私が最も軽蔑する人種だ」
 凛とした表情で、イチゴの怒りをかわす。それどころか、彼は話題をすり替えてすらいる。たった一度話を聞いただけでは理解できたが、彼はかなり自己中心的な考えの持ち主だ。
 自分の意見は絶対だと思い込んですらいるのだろう。だからこそ、僕は彼とは仲良くできそうにない。

「あんたの嫌いな人種なんて知るか、私が最も嫌いな人種はあんたみたいなやつだ。人のことを考えない、自分のことばかりを考えて、自分だけが正しいと思い込んでいる。シュナイダーたちがあんたの頼みを断れるわけがないじゃない!」
「彼が私の部下だからか? いいや、彼は上司に従順な犬じゃない。そうでなければ、私は彼をこれほどまでに信頼していなかっただろう」
 絶対的な自身がなければそんなことを言い淀むことなく口にすることは出来ないだろう。絶対的な信頼関係……それがリグダミスとシュナイダーとやらの間にあったということだ。そうでなければ、イチゴの言うとおりただの勘違いやろうになる。
 どちらが正しいのかは当事者でもない僕にはわからないが、どちらにつくのが正しいのかはよくわかる。

「僕なら信頼している相手のためなら、なおのこと死ねないけどな」
 僕の言葉を聞いて、リグダミスは今まで見せたこともないような凶悪な形相で僕を睨みつけた。
「お前とシュナイダーを一緒にするな……! 胸糞悪い。お前は何か勘違いしているようだが、私がお前を殺さないのは、勇者の親族だからだ。だがそれは同時に、私の気分が変われば簡単に殺せるということでもある。――わかったら二度とシュナイダーを語るな!」
 何となく理解できたが、どうやら、シュナイダーはよっぽど信頼されていたらしい。
 その信頼も一方通行という可能性は捨てられないが、ともかく、リグダミスは本気でシュナイダーが自分を信頼してくれていたと思っているらしい。

「ふざけるな……あんたこそ、シュナイダーの名を二度と口にするな!」
 イチゴがリグダミスに掴みかかる。
 その瞬間、リグダミスとは違うどこか遠いところから、途方もない量の殺気が溢れ返ってきた。どこかに、彼の私兵がいるのだろう。店の外、店の中、もしくはその両方、いずれにせよ、僕たちは袋のネズミというわけだ。
 なるほど、確かに彼の言うとおり、僕をいつでも殺すことは出来るらしい。それはハッタリなんかじゃない。
 隠す気もない殺気がその証拠だ。

「やめろ……イザベラも、私の友たちも。殺し合いに来たわけじゃない。無知な犬に宣言しに来ただけだ」
 リグダミスは手の平を前にして右手を挙げる。
 それと同時に、5名の兵士たちがどこからともなく姿を現した。いや、装いを見るに、兵士とは言えないかもしれない。彼らは皆スーツを身にまとっているからだ。
 言うなれば、ボディーガードもしくは、シークレットサービスだろう。

「申し訳ございません。ロットワイラー様!」
 その中の1人で、黒髪を腰あたりまで伸ばした猫種の女が深々と頭を下げた。他の4人はピクリとも動かない。
「黒猫。許そう……だが今回限りだ。知っているだろう。私は忠実な僕が欲しいわけじゃない」
 僕に向けたものよりも遥かに強い殺気がリグダミスからは放たれている。だが『黒猫』という従者はそれを意にも返していない。それどころか、大げさに笑って見せた。

「なんて、冗談よ。馬鹿ね、そもそも、リグダミスがあたいに勝てるわけがないじゃない」
 それを聞いて、リグダミスも大笑いする。
「なんだ。冗談か。びっくりしたよ、突然『ロットワイラー様』なんて言うもんだから……そうだ。私に絶対的な忠誠を誓わないお前たちだからこそ、私にふさわしい!」
 はたから見ると、いかにも頭のおかしいやつらにしか思えない。――実際にやばいやつらなのだろう。イチゴも後から出てきた5人を警戒している。
「じゃあ、あの犬種、殺してもいい?」
 黒猫はよどみなくそう言った。
 いかにも普段から獣人を殺しているといった風だ。いや、彼女の雰囲気を見るに殺しているのだろう。リグダミスにとって邪魔な存在を……そしてそれはイチゴの警戒していたことの一つなのかもしれない。
 だが以外にも、リグダミスは黒猫を制止した。

「主人の命令に従わないのはいいが、それはだめだ。勇者の家族とは親密にならねばならんからな」
 そうしてさも仕方のないことだと、首を横に振る。
 まるで僕らのことを仕方ないから生かしてやると言われているようで、少しだけ腹がたった。
「あんなガキ、殺しちゃえばいいじゃない?」
『殺す』という言葉は今まで何度も聞いた言葉だ。なんなら、子供から大人までいろんな馬鹿が口にしてきた言葉だろう。特に差別対象である僕達獣人はよく投げかけられた言葉だし、そうでなかった時も、勘違い野郎たちがよく他人に吐いているのを目にしたことがある。
 だからこそ、よくわかったが、黒猫は本気で僕のことを殺そうとしている。
 どれだけ取り繕おうと、それは恐ろしいことだ。その空気感だけで、ストレスは溜まり胃にダメージが来ている。しかし、リグダミスはそれをよしとはしない。
 彼が僕を殺さない理由があるのなら、その理由となる存在のどんな願いでも聞いてやろう。

「ああ、出来ることならそうしたいさ。本当なら……いやこんな場所で話すことでもないか。とにかく、女神がアルタを救ってくれたのも、勇者メリーのおかげなんだ。だから恩には恩で返さないとね?」
「仇には仇でね」
 リグダミスと黒猫はぴったりと息を合わせてそう言い放つ。
 だがようやく合点がいった。重症だったアルタを女神が救って、その恩として僕たちに手を出さないことを誓わせたのだろう。つまり、僕は女神の言うことを何でも聞かなければならないようだ。――いや、それは違う。リグダミスはメリーのおかげと言った。つまり、僕が何でも言うことを聞く相手はメリーだということだ。
 まあそれは後々考えるとしよう。それよりも重要なことがある。

「それで、その恩とやらが、メリーの秘密を守ってくれるということなのか?」
 もしそうでなければ、依然としてメリーは危険にさらされることになるだろう。それだけは絶対に避けたいことだ。だからそうであることを切に願う。
 そんな僕の想いとは裏腹に、リグダミスは小さく笑う。
 その反応が肯定なのか、否定なのか……どちらか僕にはわからない。

「そうだ。うれしいだろう? だが、アルタ以外の勇者が生まれたという仇に対しては、私からも仇で返そう」
 その言葉に、僕は思わず小さくガッツポーズをした。それと同時にイチゴも安堵したように大きく息を吐いた。1人状況をつかめていないのはメリーだけだろう。
 だが、安堵したところで、リグダミスは言葉をつづける。
「確かケン。お前は犬に囲まれてゆるりと生きたいと女神に願ったそうじゃないか?」
 それを聞いた黒猫は大笑いする。
「犬に囲まれて? ププっ、あたいならそんな地獄みたいな人生ごめんだわ。あははは――」
 つられてリグダミスも笑う。
「ふっふ、笑ってやるな、黒猫。それに他の4人も……可哀想だろう。そんなこと、私がいる限り不可能だというのに」
 結局、彼らは僕の前に立ちはだかる障害というわけだ。
 メリーのことには感謝しているが、だがそれでも、僕の夢を笑うやつは許せない。本当はメリーを傷つけること以外なら何でも許してやるつもりだったが、気が変わった。

「だったら、障害を取り除くだけだ」
 僕はいつか、リグダミスを取り除く。それがたとえ命を絶つことになったとしても。
 その言葉を待っていたとばかりに、リグダミスは満足げな顔を僕たちに見せた。
「それでいい。この世界は血なまぐさいことを出来る存在だけが力を得て、他人に忠実な犬は死んでいく。お前は私を殺す獣になれ、さすれば私がお前を殺してやろう――」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結保証】科学で興す異世界国家 ~理不尽に死んだ技術者が、「石炭」と「ジャガイモ」で最強を証明する。優秀な兄たちが膝を折るまでの建国譚~

Lihito
ファンタジー
正しいデータを揃えた。論理も完璧だった。 それでも、組織の理不尽には勝てなかった。 ——そして、使い潰されて死んだ。 目を覚ますとそこは、十年後に魔王軍による滅亡が確定している異世界。 強国の第三王子として転生した彼に与えられたのは、 因果をねじ曲げる有限の力——「運命点」だけ。 武力と経済を握る兄たちの陰で、継承権最下位。後ろ盾も発言力もない。 だが、邪魔する上司も腐った組織もない。 今度こそ証明する。科学と運命点を武器に、俺のやり方が正しいことを。 石炭と化学による国力強化。 情報と大義名分を積み重ねた対外戦略。 準備を重ね、機が熟した瞬間に運命点で押し切る。 これは、理不尽に敗れた科学者が、選択と代償を重ねる中で、 「正しさ」だけでは国は守れないと知りながら、 滅びの未来を書き換えようとする建国譚。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん
ファンタジー
ブラック企業で心をすり減らし過労死した俺が、異世界で手にしたのは『ポイント』を貯めてあらゆるものと交換できるスキルだった。 「今度こそ、誰にも搾取されないスローライフを送る!」 そう誓い、辺境の村で農業を始めたはずが、飢饉に苦しむ人々を見過ごせない。前世の知識とポイントで交換した現代の調味料で「奇跡のプリン」を生み出し、村を救った功績は、やがて王都の知るところとなる。 これは、ポイント稼ぎに執着する元社畜が、温かい食卓を夢見るうちに、うっかり世界の謎と巨大な悪意に立ち向かってしまう物語。最強農民の異世界改革、ここに開幕! 毎日二話更新できるよう頑張ります!

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

1歳児天使の異世界生活!

春爛漫
ファンタジー
 夫に先立たれ、女手一つで子供を育て上げた皇 幸子。病気にかかり死んでしまうが、天使が迎えに来てくれて天界へ行くも、最高神の創造神様が一方的にまくしたてて、サチ・スメラギとして異世界アラタカラに創造神の使徒(天使)として送られてしまう。1歳の子供の身体になり、それなりに人に溶け込もうと頑張るお話。 ※心は大人のなんちゃって幼児なので、あたたかい目で見守っていてください。

転生したら幼女でした!? 神様~、聞いてないよ~!

饕餮
ファンタジー
  書籍化決定!   2024/08/中旬ごろの出荷となります!   Web版と書籍版では一部の設定を追加しました! 今井 優希(いまい ゆき)、享年三十五歳。暴走車から母子をかばって轢かれ、あえなく死亡。 救った母親は数年後に人類にとってとても役立つ発明をし、その子がさらにそれを発展させる、人類にとって宝になる人物たちだった。彼らを助けた功績で生き返らせるか異世界に転生させてくれるという女神。 一旦このまま成仏したいと願うものの女神から誘いを受け、その女神が管理する異世界へ転生することに。 そして女神からその世界で生き残るための魔法をもらい、その世界に降り立つ。 だが。 「ようじらなんて、きいてにゃいでしゅよーーー!」 森の中に虚しく響く優希の声に、誰も答える者はいない。 ステラと名前を変え、女神から遣わされた魔物であるティーガー(虎)に気に入られて護られ、冒険者に気に入られ、辿り着いた村の人々に見守られながらもいろいろとやらかす話である。 ★主人公は口が悪いです。 ★不定期更新です。 ★ツギクル、カクヨムでも投稿を始めました。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

処理中です...