転生したら、犬だったらよかったのに……9割は人間でした。

真白 悟

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6 勝者と敗者

40 来訪者

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 お姉さんとアニーは片膝をついて頭を垂れた。
 役人にとって、大公は王と同じようなものだ。そういった態度をとるのは仕方のないことだろう。だが、僕にはそのルールは通用しない。僕は膝をつくことも、頭をたれることもなくリグダミスの向かいに座る。
「何の用ですか……?」
 目の前にどっしりと座るリグダミスに対しての警戒は怠らず、僕は単刀直入に尋ねた。
 あれほどイチゴが嫌っていた男だ。僕は彼のことをよく知らないが、犬を嫌いってだけでもよっぽどろくな人間じゃないってことは確かだ。
 以前、どこかの掲示板で見た生き物苦手板に貼り付けられていた写真を見た時のように、はらわたが煮えくりかえるような気分だ。だがそれでも、彼自身に僕は特に何もされていない。むしろ助けてもらった方だ。だからむげにはするつもりはない。

「ほう、犬っころめ……いやに礼儀正しいじゃないか。まあそんなことはどうでもいいが」
 犬を馬鹿にされたようで、僕は少しだけムカッとしたが、それに対していちいち怒っていては心が持たない。僕は不本意ながらそれを聞き流して再び問う。

「要件を言ってください」
 
 感情を隠すということは非常に難しい。それが大切なものを馬鹿にした人間となればなおさらだ。僕は出来る限り怒りを抑えたつもりだったが、それが声の端々から漏れてしまったらしく、自分で聞いても不自然なぐらいとげのある言い方をしてしまった。
 だがそれに対してリグダミスは軽く笑みを浮かべると、何事もなかったかのように話し始めた。
「まあいいだろう。そこの役人から聞いただろう? そのままさ、私はお前に依頼を持ってきた。それ以上でも以下でもない。たったそれだけのために私自ら足を運んでやったのだ」
 リグダミスは押し付けがましくもそう笑った。
 そんな態度でこられて、お願いを聞いてやるなんてまっぴらごめんだ。だけど残念なことに、僕は彼に対して恩がある状態だ。むげにすることも出来ない。

「受けるかどうかは依頼の内容次第です」
「そりゃいい。私はただ従順に働く犬が嫌いだからな……内容を聞かずに依頼を受けていたら殺していたかもしれない」
 まるでおふざけのような口ぶりではあるものの、それが本気であると理解できるほどに強い殺気を放っている。その殺気は、普通に生きてきた人間が出せるようなものではなく、確固たる信念を持ち、いくたびの死線を抜けてきた者にだけ許されたものだ。
 彼は僕よりも遥かに格が上だ。たった二回の顔合わせだけで、嫌というほどそれを思い知らされた。
 それでも僕は出来るだけ下に見られることがないように、高鳴る鼓動を押し殺し冷静に訊ねる。

「それで……依頼の内容は?」
「おっとそうだそうだ。聞いているとは思うけど、それほど難しい依頼じゃない。生死がかかるほどのものではないという意味ではだけど」

 リグダミスは表面上、穏やかに返答するが殺気がまるで隠れていない。
 震える足を押さえつつ、僕は再び質問をする。
「何か探し物でも?」
 そこで初めて、リグダミスからは殺気がなくなった。それどころか、彼の表情は心なしか穏やかになった気さえする。
「話が早いね……つまりそういうことだ。お前だってうちの娘がどういう状態かは知っているだろう?」
 手間が省けたと、リグダミスは笑う。
 もちろん、彼の娘であるアルタが今どういう状況であるかは知っている。
 だがそれは僕だけではなく、どれほど噂に疎い者であったとしても、この街に住む人間なら知っている話だろう。誰もがあちらこちらで噂している。
「ええ、入院されているだとか」
 僕の返答を聞いて、彼はやれやれと首を振った。
「ああ、仲間だと思っていたものに背中から刺されたらしくてね。そんなことをして一撃で死ななかったら大変だし、このタイミングでそんなことがあったのはポーションをなくしたことが原因なのだろうけどね」
 彼の口ぶりからして、大切な娘が傷ついたことによる悲しみより、むしろポーションをなくしてしまったことに対して苛立っているようだ。娘が死なないということを知っているのか、はたまた、娘のことなどどうでもいいのか。ともかく、そこに対して深く突っ込むべきではないだろう。――ポーションのことは僕のせいだし。
 僕はあくまで、彼の心情に気がつかないふりをして、大げさに驚いてみせた。

「仲間に!?」
 まさか僕自身、こんなに演技がうまいとは思ってもみなかった。
 僕の驚きようは、まさに迫真の演技とも言えよう。リグダミスですら、一切の不信感を見せていないのだからたいしたものだ。
「知っているだろう? 改革派であるロットワイラーがいかに大公とはいえ、内側の敵が多い。お前のところにいるイザベラだって敵だし、言ってしまえばお前だって敵みたいなものだろう?」
 正直なところ、僕は別にロットワイラーと敵対しているつもりもなければ、敵対視しているつもりもない。勝手にそっちが敵対宣言してきただけだ。僕にとって、リグダミスは犬を馬鹿にする愚か者程度にしか思ってはいない。
 だが、いちいち訂正するのも面倒だし、話がこじれたら余計に時間がかかるだけだ。

「僕は犬種に対する扱いさえ考え直していただけたら、別にあなたと敵対する理由はなくなりますよ」
 彼が求めていそうな解答を機械的に口に出す。
 それがよっぽどうれしかったのか、リグダミスは大声で笑う。
「はっはっは、それは不可能だ。お前はゴキブリを目の届く範囲においてはおけないだろう?」
 流石の僕でも、彼の物言いには憤慨した。それでも。自分で思っているよりも遥かに冷静らしい、いや、リグダミスの威圧によって冷静にならざるを得ないのだろう。僕は憤りを口に出すこともなく、会話を続ける。
「あなたにとって、犬種はゴキブリだと?」
「いいや、私はゴキブリが嫌いじゃない。犬に比べれば随分とね」
 リグダミスは犬が嫌いらしく、今回のように犬を貶すような言い回しは何度もあった。
 なぜ、彼はそこまで犬種を憎むのだろう。
 
「つまり、何が言いたいんです?」
 ここまで下手にでるしかない状況は、まるでクラスの人気者からいじめられている……そんなかんじだ。
「私に目に入るなってことだ。目に入ったゴキブリはつぶさなければならないが、そうでなければ執拗につぶしたりしないだろう? お前の望む楽園とやらも、私の目に入らないところでやればいい」
「なるほど、依頼を受けるなら譲歩しようって話ですか……ですが、それは無理です。もし万が一、私が依頼を受けたとしてもあなたの提案には乗れません。僕にも意地がありますかね」
 彼の提案が魅力的じゃないかと言えば、彼の出した案にしてはかなり魅力的だ。だがそれでは意味がない。僕がこの世界に来て、夢に付け加えたものがもう一つあるからだ。それは、妹の自由。それがなければ、僕の夢が叶おうとも何の意味すらない。
 だからこそ、僕は断固として彼の提案を否定した。
「世迷言を……お前だって魔王の存在ぐらいは知っているだろう」
 リグミダスは大きくため息をつく。まるで愚か者に教育でもしてやろうかという風に、嫌々説明を始めたと言った感じで鼻につく。
 だけどそんなことはどうでもよくて、なぜ彼がそんな話を始めたかとことの方が気になった。
「もちろん。それがどうしたんですか?」
「魔王は別に魔物の王じゃない。普通の獣人だった。だがやつは今のお前と同じで、貴族……それも並大抵の貴族ではない。国王の血族に逆らった獣人だ……お前はなぜ犬種が差別されているか知っているか?」
 僕はその質問の答えを知っている。以前にイチゴから聞いた話だ。
「あなたが嫌いだからでしょう?」
 それを聞いてリグダミスは少しだけピクリと眉をひそめたが、何事もなかったかのように説明を続けた。
「確かにそれも理由の一つではある。だが、そうではない。魔王が犬種だったからだ。奇しくも先代勇者と同じでな」
 リグダミスは僕を嘲るようにいやらしく笑みを浮かべる。
「ど、どういうことです!?」
 僕は理解が追いついていない。
 魔王については僕だって人づてに何度も話を聞いている。魔王が犬種だったなんて話は聞いたことがない。というよりも、犬種は他の種族に弱い種族だと思われている。もし仮に、魔王が犬種だと知っているものがいれば、そんな結論に至るはずがない。――魔王は強気者の象徴でもあるのだから。
「人生はそんな簡単じゃないってことだ……そんなことより依頼だ。私ともなると、ポーションのもととなる魔力を集めるのは簡単だが、それを封じ込めるための液体を探すのが困難を極めてね……だから女神の使いであるお前の力を借りる必要があるってことだ」
 これ以上、無駄話はするまいとリグダミスは依頼の話を始める。
 だが僕にとっては、依頼よりも魔王についての方がよっぽど重要だ。

「ちょっと待ってください! 話はまだ――」
 そこまで口にして僕は後悔する。
 リグダミスに比べれば、確かに人生を生きてきた長さは僕の方がはるかに上だろう。だがそんな僕でさえ、今までに感じたことのない殺気を放つのがリグダミスだ。本当の恐怖には、向かうべきだとわかっていても、向かっていこうなんて思うことが許されないらしい。
 僕はそれ以上口を開くことが出来なかった。

「それでいい。私は従順な犬は嫌いだが、うるさい犬はもっと嫌いだ……ともかく、魔力をためることが出来る液体『魔力水』の採取、それが今回の依頼だ。報酬は……まあそうだな、金貨5枚といったところか……採集依頼としては高いが、見つけるまでの時間を考えれば妥当だと私は考える。一人で探せば1ヶ月ぐらいはかかるかもしれないが……女神の恩恵を使えば簡単だろう」
 あれほどの殺気を放ちながら、再び普通に説明を始めるリグダミスを見て、僕は再び底知れぬ恐ろしさを感じていた。
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