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9 過去の英雄
87 魔力提供者達
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◇
リグダミスを睨み付けながらも僕を見送ってくれたイチゴの店を後にして、僕は裏通りを連れられて見たこともない場所へとやって来た。
この間、アニーに連れられて行った闇市もそうだったが、この街に来て結構な時間が経っているはずなのに僕の知らない場所がまだまだたくさんあるらしい。と言っても、裏の住人が暮らすような暗い場所ばかりでわくわくもしないのだけれど。
「あまりキョロキョロするな……ここはある意味では私の権力が及ばない場所だ。こんな場所で厄介な奴らに目をつけられても、私はお前を助けるつもりはないぞ」
「それはどうも……」
リグダミスはそんな無責任なことを言って、こちらを振り返ることもなく足早にどこかへと向かう。
そんな恐ろしいことを言われたら余計にあたりを警戒するために見回したくなる。足元に放置された異臭を放つ何かの液体……僕はそれの正体を知っているような気もするが、あまりにも気持ち悪くて長時間は見ていられない。
壁に描かれた奇妙な落書き、文字を読めない僕だからというわけではないだろうが、そこに何が書かれているのかはよくわからない。おそらくどこか、地方の言語だろう。見たことすらない文字だ。それも呪われたような幻覚を感じてみるのをやめた。僕にそういった知識があるわけでないが、それを見たとたん呪術という言葉が頭をよぎる。そんなものがこの世界に存在するのかはわからないが、リグミダスの脅しはそんなオカルトチックなものを想像させた。
「提供者の中にはベスティア文字はおろか、この国の言葉すら話せない者もいる」
僕の視線から何かを察したのか、リグダミスが突然そんな話をした。
なるほど、僕と同じような底辺の獣人を集めたという事か。賃金を安く押さえようという算段だ。突然、こんな暗い場所に連れて来られてどういうことか困惑していたが、あまり表には出て来られない人物たちを集めたと考えれば納得だ。
「――おっと、これは裏切り者のロットワイラー公じゃねえか!?」
通りを歩いている僕たちの行く手を阻むように、汚らしい灰色の毛並みをした犬種の大男が立ちふさがる。その背後にはこれまた手入れすらしていない伸びっぱなしで枝毛になってしまった毛を見せびらかすようにたなびかせている犬種の集団がいる。
「雑種が……」
目の前の大男を前にして、ひるむこともなくリグダミスが大きなため息をついた。
「護衛も連れずに、こんなところに来るとは……ようやく俺様たちに殺されに来たという事か?」
「勇気とは無知のことを指す。いや無知は恐れを知らない? ともかく、雑種が私の前に立ちはだかるという事は、恐れについて教えを乞いに来たと考えてもいいのだな?」
静かな怒りを感じる。イチゴのように激動的ではなくほんのわずかに変化し、冷徹な怒りの感情が少し、また少しとあたりを包んでゆく感じだ。そこに圧倒的な殺意は存在しないが、それでも今まで感じた誰のさっきよりも刺刺しく恐ろしい。
僕は唾をのみ込んでゆっくりと下がる。おそらく戦闘になれば、リグダミスは僕のことなんて気にもかけてくれないだろう。
「恐れを教えるだぁ? ははっ! これはいい。誰が教えてくれるっつうんだっ!? そこの新しい護衛か? 護衛にしてはずいぶんとちいせえな……おっと失礼、まさかそっちの気があるとは思いもよらなかったよ!」
なんてことを大男は僕を指差して大げさに笑いながら言う。それにつられて、彼の背後にいる犬種たちも笑い声をハミングさせた。
呆れてものも言えない。僕程度の冒険者でも理解できるほどの力量差に、素人とはいえ街でゴロツキなんてやっている奴らが感じ取ることもできていない。
僕はあたりに充満し始めた冷気に恐れをなしてさらに一歩後退した。
「彼は……まあ、こういう言い方は好きになれないが、いわゆる客というやつだ。客と言っても自分の身ぐらいは自分で守ってもらうつもりだが――大丈夫だ。思いのほか、感覚が優れているようだからな。同じ犬種という底辺でも才能は別格というわけだ」
リグダミスは呆れたように自身の後頭部に右手を当て、軽くなでながらいつものように嫌味を口にした。
それを聞いて、大男たちは怒りを爆発させた。
「犬種が底辺だと……? ぶち殺してやるぅぅっ!!」
一番最初に大男がリグミダスに右手で殴り掛かる。しかし、それは簡単に躱され、あまつさえ殴り掛かった手を手首のところから掴まれた。それに怯んで、大男の仲間たちは動きを止める。
大男が突然殴り掛かったのは、おそらく犬種という種族であることに誇りでもあるのだろう。確かに、犬種は素晴らしい種族だ。獣人の中でも最高クラスの種族だと言っても過言ではない。だがそれは全ての犬種が素晴らしい存在であるという意味ではない。僕は犬のことを敬愛していて、その子孫である可能性が高い犬種のことも十分に好きだ。しかし、人間にも個体差があるように犬にも個体差は存在しており、中には僕が好きになれないような個体も残念ながら少なからず存在している。特に愚かな人間によって間違ったしつけ方をされたような犬は最低で、そして可哀想だ。僕が救ってやりたいと何度思ったことだろう。
しかし、犬に人間という不純物が混ざった犬種の中に存在する残念な個体は、もはや救いようがない。
以前の世界の人類が最後の最後まで愚かだったように、こちらの世界の人類もやはり愚かだと言わざるを得ない。自ら手を出しておきながら、自らを侮辱されてプライドのために暴力を振るう。それはまさに愚かな人間の所業だ。自然界を生き抜くためには必要のない物だ。
プライドのためだけに死ぬことは愚かなことだ。
「殺す? どうやら勘違いしているらしい。そんな選択肢は存在しない。今から行われるのは躾だ。むやみやたらに人様にかみつく野良犬に対して、暴力でわからせてやるという事だ。ああ、勘違いしてくれるなよ? 私は獣人に対して暴力を振るうのではない。突然襲い掛かってきた魔物もどきに対して罰を与えるだけだ。神が人間を裁くようにな……」
リグダミスは薄気味悪い笑みを浮かべながらそう言葉にした。
リグダミスを睨み付けながらも僕を見送ってくれたイチゴの店を後にして、僕は裏通りを連れられて見たこともない場所へとやって来た。
この間、アニーに連れられて行った闇市もそうだったが、この街に来て結構な時間が経っているはずなのに僕の知らない場所がまだまだたくさんあるらしい。と言っても、裏の住人が暮らすような暗い場所ばかりでわくわくもしないのだけれど。
「あまりキョロキョロするな……ここはある意味では私の権力が及ばない場所だ。こんな場所で厄介な奴らに目をつけられても、私はお前を助けるつもりはないぞ」
「それはどうも……」
リグダミスはそんな無責任なことを言って、こちらを振り返ることもなく足早にどこかへと向かう。
そんな恐ろしいことを言われたら余計にあたりを警戒するために見回したくなる。足元に放置された異臭を放つ何かの液体……僕はそれの正体を知っているような気もするが、あまりにも気持ち悪くて長時間は見ていられない。
壁に描かれた奇妙な落書き、文字を読めない僕だからというわけではないだろうが、そこに何が書かれているのかはよくわからない。おそらくどこか、地方の言語だろう。見たことすらない文字だ。それも呪われたような幻覚を感じてみるのをやめた。僕にそういった知識があるわけでないが、それを見たとたん呪術という言葉が頭をよぎる。そんなものがこの世界に存在するのかはわからないが、リグミダスの脅しはそんなオカルトチックなものを想像させた。
「提供者の中にはベスティア文字はおろか、この国の言葉すら話せない者もいる」
僕の視線から何かを察したのか、リグダミスが突然そんな話をした。
なるほど、僕と同じような底辺の獣人を集めたという事か。賃金を安く押さえようという算段だ。突然、こんな暗い場所に連れて来られてどういうことか困惑していたが、あまり表には出て来られない人物たちを集めたと考えれば納得だ。
「――おっと、これは裏切り者のロットワイラー公じゃねえか!?」
通りを歩いている僕たちの行く手を阻むように、汚らしい灰色の毛並みをした犬種の大男が立ちふさがる。その背後にはこれまた手入れすらしていない伸びっぱなしで枝毛になってしまった毛を見せびらかすようにたなびかせている犬種の集団がいる。
「雑種が……」
目の前の大男を前にして、ひるむこともなくリグダミスが大きなため息をついた。
「護衛も連れずに、こんなところに来るとは……ようやく俺様たちに殺されに来たという事か?」
「勇気とは無知のことを指す。いや無知は恐れを知らない? ともかく、雑種が私の前に立ちはだかるという事は、恐れについて教えを乞いに来たと考えてもいいのだな?」
静かな怒りを感じる。イチゴのように激動的ではなくほんのわずかに変化し、冷徹な怒りの感情が少し、また少しとあたりを包んでゆく感じだ。そこに圧倒的な殺意は存在しないが、それでも今まで感じた誰のさっきよりも刺刺しく恐ろしい。
僕は唾をのみ込んでゆっくりと下がる。おそらく戦闘になれば、リグダミスは僕のことなんて気にもかけてくれないだろう。
「恐れを教えるだぁ? ははっ! これはいい。誰が教えてくれるっつうんだっ!? そこの新しい護衛か? 護衛にしてはずいぶんとちいせえな……おっと失礼、まさかそっちの気があるとは思いもよらなかったよ!」
なんてことを大男は僕を指差して大げさに笑いながら言う。それにつられて、彼の背後にいる犬種たちも笑い声をハミングさせた。
呆れてものも言えない。僕程度の冒険者でも理解できるほどの力量差に、素人とはいえ街でゴロツキなんてやっている奴らが感じ取ることもできていない。
僕はあたりに充満し始めた冷気に恐れをなしてさらに一歩後退した。
「彼は……まあ、こういう言い方は好きになれないが、いわゆる客というやつだ。客と言っても自分の身ぐらいは自分で守ってもらうつもりだが――大丈夫だ。思いのほか、感覚が優れているようだからな。同じ犬種という底辺でも才能は別格というわけだ」
リグダミスは呆れたように自身の後頭部に右手を当て、軽くなでながらいつものように嫌味を口にした。
それを聞いて、大男たちは怒りを爆発させた。
「犬種が底辺だと……? ぶち殺してやるぅぅっ!!」
一番最初に大男がリグミダスに右手で殴り掛かる。しかし、それは簡単に躱され、あまつさえ殴り掛かった手を手首のところから掴まれた。それに怯んで、大男の仲間たちは動きを止める。
大男が突然殴り掛かったのは、おそらく犬種という種族であることに誇りでもあるのだろう。確かに、犬種は素晴らしい種族だ。獣人の中でも最高クラスの種族だと言っても過言ではない。だがそれは全ての犬種が素晴らしい存在であるという意味ではない。僕は犬のことを敬愛していて、その子孫である可能性が高い犬種のことも十分に好きだ。しかし、人間にも個体差があるように犬にも個体差は存在しており、中には僕が好きになれないような個体も残念ながら少なからず存在している。特に愚かな人間によって間違ったしつけ方をされたような犬は最低で、そして可哀想だ。僕が救ってやりたいと何度思ったことだろう。
しかし、犬に人間という不純物が混ざった犬種の中に存在する残念な個体は、もはや救いようがない。
以前の世界の人類が最後の最後まで愚かだったように、こちらの世界の人類もやはり愚かだと言わざるを得ない。自ら手を出しておきながら、自らを侮辱されてプライドのために暴力を振るう。それはまさに愚かな人間の所業だ。自然界を生き抜くためには必要のない物だ。
プライドのためだけに死ぬことは愚かなことだ。
「殺す? どうやら勘違いしているらしい。そんな選択肢は存在しない。今から行われるのは躾だ。むやみやたらに人様にかみつく野良犬に対して、暴力でわからせてやるという事だ。ああ、勘違いしてくれるなよ? 私は獣人に対して暴力を振るうのではない。突然襲い掛かってきた魔物もどきに対して罰を与えるだけだ。神が人間を裁くようにな……」
リグダミスは薄気味悪い笑みを浮かべながらそう言葉にした。
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