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9 過去の英雄
88 魔力提供者達 2
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「――さて、いつまでもこんなところにいては時間の無駄だ。早いところ目的の場所に向かうとしよう」
リグダミスは服の誇りを払いながら、初めてこちらを振り返りそう言った。
本当に一瞬の出来事だった。相手がそれほど強くなかったという事もあるだろうが、それでも人数を考えればこちらが圧倒的に有利という事はなかったはずだ。むしろ僕一人だったなら、圧倒的に不利だった。それなのにリグダミスは大男の攻撃を受け止めてから、ほんの数十秒間ですべてをなぎ倒し気絶させた。
僕は再び唾を飲み込む。
流石に元勇者のパーティメンバーなだけはある……僕なんかよりもずっと強い。
「どうした? 私はそこで寝転がっている暇人共とは違い、それほど時間を持て余してはいない。早くしないなら報酬は……なるほど、私もずいぶんと甘くなったようだ。そうだな、お前が言いたいことはもっともだ」
黙って立ち止まっている僕を見て、リグダミスは1人で納得したように話す。
甘くなった? 言いたいこと? はて、何の話だろう。僕はただ、突然の状況に思考が追いつかずにいるだけなのだが。
「確かにお前の言うとおり、私の時間を奪ったそいつらにはそれ相応のつけを払わせるべきだ。勝者の特権というやつは、本当の勝者にとっては忘れがちになるものだ……なぜなら本当の勝者である私は、あらゆるものを持っているからな。自らの手で得られない物が少ないからつい忘れがちになる」
「何の話でしょうか?」
「だからお前の言うとおり、そいつらの魔力をタダでいただいて行こうと言っているのだ……程度の低いやつらであっても足しにはなるだろう。私のような貧弱な貴族にも劣るような愚か者どもだが、それでも一応は裏町の力自慢らしいからな」
……僕は全く持ってそんなことを口にした覚えはない。というか、そんな盗賊まがいなことを考えたことすらない。どこをどう解釈したらそんなことを言ったことになるのだろう。
全く持って意味が分からない。
だが、確かに彼の言う通りではある。魔力を吸収する力を獣人に対して使用したことはないし、ここは実験がてらタダでもらえてリスクが少ない獣人、すなわち目の前で倒れているゴロツキ達から吸収しておいた方がいい。
「そ、そうです。その方が予算は安く済みますからね」
「いいから、早くするんだ。私には遊ばせておくような時間はない。お前だって遊んでいる暇などないだろう」
「は、はい」
なんだかよくわからないが、そこまで大きな声でもないはずのリグダミスの声に僕は圧倒される。それはおそらくよく通る声のせいだろう。
僕は真っ白な杖を強く握りしめ、それを大男の体にかざした。そうすると薄い青を帯びた光がゆっくりと杖のところに集まってきた。どうやらそれが魔力というやつが可視化された姿らしく、色は個体によって様々であり、場合によっては可視化されない場合もあるった。魔王から魔力を吸い取ることが出来た後で、魔物を実験体に色々試してみてわかったことだ。
獣人から魔力を奪い取るのはどうかと思ったが、なるほど魔力が吸い出しにくい魔物と比べるとずいぶんと簡単に吸い取ることが出来る。獣人の魔力量は魔物よりかなり劣るというのに不思議なものだ。だが本人が気絶しているからだろうか、体表に放出されている魔力がすぐになくなってしまった。
「どうだ?」
眠そうな顔でリグダミスが僕に聞く。
「時間はそれほどかかりませんが、全員分とってもそれほど魔力の足しにはなりませんね」
それでも獣人にも実害がなく魔力を吸い取れるとわかったのだから、利益としては十分だろう。僕としてはかなり満足だ。
「やはりか……ゴロツキなんかになるような奴は、冒険者にすらなれなかったような奴らだ。魔力も大したことはないと思ってはいたが……まあいいだろう。これで人体実験は出来たわけだ。客を待たせるわけにもいかない。そんなゴミ共は放っておいて、さっさと行くぞ」
なんてことを言って、こちらを振り返ることもなく足早に通路の奥に消えて行く。
なんだ。獣人に対して使用するのが初めてだってことを知っていたのか。
僕はおいて行かれないように走って彼の後を追いかけた。
◇
ついて行った先にあったのは、さびれた小汚い小屋が横に縦にと数多く並び立つ場所だった。
いわゆるスラムというやつだ。通路の隅では、ボロボロの服を着た子供が地面に座り込んでいて、黙ってこちらをじっと見つめている。
「目を合わせるな……ガキはまだいいが、大人は目があっただけで難癖をつけてくるような輩だ……と言っても、私はいつもお前の宿の主に難癖をつけられているから、別に恐れるものなどここにはないがな」
リグミダスのその言葉に、僕はほんの少しだけ強がってみせる。
「難癖つけられるのはいつものことですよ。裏でも表でも」
と言っても、表通りでは助けてくれる人物もいるだろうが、こちらでは助けてくれる人物もいない。いつ殺されたっておかしくない状況ではある。
「しかし、こんなところで魔力水に魔力を注ぐのですか?」
作業中に襲われてはたまったものじゃないが……
「安心しろ、私はお前を守ってやるつもりはないが、おそらくお前を守りたがる奴がずっとそばにいることになるだろうからな……」
呆れた表情と共に吐き捨てられたその言葉の意味は分からないが、足早に奥へと進んでゆくリグダミスにおいて行かれないようについて行くので必死だったからあまり深く考えることはなかった。
「――ついたぞ」
リグダミスの言葉に僕は目の前の建物を見るために呼吸を整えた。
薄暗くて建物の全貌は見えないが、他の小屋よりかは幾分かサイズが大きく小奇麗だ。スラムの中に普通の家が建っている。そんな感じにも思えた。
「こ、ここですか?」
「上客だ。これ以上待たせると、怒りがさらに増幅してしまう。殺されることはなくても、貴族の私が殴り合いの喧嘩をするのは上品さに欠けるからな……さあ、行くぞ」
これまた面倒くさそうにそう呟いて、再びリグダミスは歩みを進める。
殴り合いの喧嘩? はたして、こんな場所に彼と殴り合いの喧嘩が出来る相手が存在するのだろうか。
リグダミスは服の誇りを払いながら、初めてこちらを振り返りそう言った。
本当に一瞬の出来事だった。相手がそれほど強くなかったという事もあるだろうが、それでも人数を考えればこちらが圧倒的に有利という事はなかったはずだ。むしろ僕一人だったなら、圧倒的に不利だった。それなのにリグダミスは大男の攻撃を受け止めてから、ほんの数十秒間ですべてをなぎ倒し気絶させた。
僕は再び唾を飲み込む。
流石に元勇者のパーティメンバーなだけはある……僕なんかよりもずっと強い。
「どうした? 私はそこで寝転がっている暇人共とは違い、それほど時間を持て余してはいない。早くしないなら報酬は……なるほど、私もずいぶんと甘くなったようだ。そうだな、お前が言いたいことはもっともだ」
黙って立ち止まっている僕を見て、リグダミスは1人で納得したように話す。
甘くなった? 言いたいこと? はて、何の話だろう。僕はただ、突然の状況に思考が追いつかずにいるだけなのだが。
「確かにお前の言うとおり、私の時間を奪ったそいつらにはそれ相応のつけを払わせるべきだ。勝者の特権というやつは、本当の勝者にとっては忘れがちになるものだ……なぜなら本当の勝者である私は、あらゆるものを持っているからな。自らの手で得られない物が少ないからつい忘れがちになる」
「何の話でしょうか?」
「だからお前の言うとおり、そいつらの魔力をタダでいただいて行こうと言っているのだ……程度の低いやつらであっても足しにはなるだろう。私のような貧弱な貴族にも劣るような愚か者どもだが、それでも一応は裏町の力自慢らしいからな」
……僕は全く持ってそんなことを口にした覚えはない。というか、そんな盗賊まがいなことを考えたことすらない。どこをどう解釈したらそんなことを言ったことになるのだろう。
全く持って意味が分からない。
だが、確かに彼の言う通りではある。魔力を吸収する力を獣人に対して使用したことはないし、ここは実験がてらタダでもらえてリスクが少ない獣人、すなわち目の前で倒れているゴロツキ達から吸収しておいた方がいい。
「そ、そうです。その方が予算は安く済みますからね」
「いいから、早くするんだ。私には遊ばせておくような時間はない。お前だって遊んでいる暇などないだろう」
「は、はい」
なんだかよくわからないが、そこまで大きな声でもないはずのリグダミスの声に僕は圧倒される。それはおそらくよく通る声のせいだろう。
僕は真っ白な杖を強く握りしめ、それを大男の体にかざした。そうすると薄い青を帯びた光がゆっくりと杖のところに集まってきた。どうやらそれが魔力というやつが可視化された姿らしく、色は個体によって様々であり、場合によっては可視化されない場合もあるった。魔王から魔力を吸い取ることが出来た後で、魔物を実験体に色々試してみてわかったことだ。
獣人から魔力を奪い取るのはどうかと思ったが、なるほど魔力が吸い出しにくい魔物と比べるとずいぶんと簡単に吸い取ることが出来る。獣人の魔力量は魔物よりかなり劣るというのに不思議なものだ。だが本人が気絶しているからだろうか、体表に放出されている魔力がすぐになくなってしまった。
「どうだ?」
眠そうな顔でリグダミスが僕に聞く。
「時間はそれほどかかりませんが、全員分とってもそれほど魔力の足しにはなりませんね」
それでも獣人にも実害がなく魔力を吸い取れるとわかったのだから、利益としては十分だろう。僕としてはかなり満足だ。
「やはりか……ゴロツキなんかになるような奴は、冒険者にすらなれなかったような奴らだ。魔力も大したことはないと思ってはいたが……まあいいだろう。これで人体実験は出来たわけだ。客を待たせるわけにもいかない。そんなゴミ共は放っておいて、さっさと行くぞ」
なんてことを言って、こちらを振り返ることもなく足早に通路の奥に消えて行く。
なんだ。獣人に対して使用するのが初めてだってことを知っていたのか。
僕はおいて行かれないように走って彼の後を追いかけた。
◇
ついて行った先にあったのは、さびれた小汚い小屋が横に縦にと数多く並び立つ場所だった。
いわゆるスラムというやつだ。通路の隅では、ボロボロの服を着た子供が地面に座り込んでいて、黙ってこちらをじっと見つめている。
「目を合わせるな……ガキはまだいいが、大人は目があっただけで難癖をつけてくるような輩だ……と言っても、私はいつもお前の宿の主に難癖をつけられているから、別に恐れるものなどここにはないがな」
リグミダスのその言葉に、僕はほんの少しだけ強がってみせる。
「難癖つけられるのはいつものことですよ。裏でも表でも」
と言っても、表通りでは助けてくれる人物もいるだろうが、こちらでは助けてくれる人物もいない。いつ殺されたっておかしくない状況ではある。
「しかし、こんなところで魔力水に魔力を注ぐのですか?」
作業中に襲われてはたまったものじゃないが……
「安心しろ、私はお前を守ってやるつもりはないが、おそらくお前を守りたがる奴がずっとそばにいることになるだろうからな……」
呆れた表情と共に吐き捨てられたその言葉の意味は分からないが、足早に奥へと進んでゆくリグダミスにおいて行かれないようについて行くので必死だったからあまり深く考えることはなかった。
「――ついたぞ」
リグダミスの言葉に僕は目の前の建物を見るために呼吸を整えた。
薄暗くて建物の全貌は見えないが、他の小屋よりかは幾分かサイズが大きく小奇麗だ。スラムの中に普通の家が建っている。そんな感じにも思えた。
「こ、ここですか?」
「上客だ。これ以上待たせると、怒りがさらに増幅してしまう。殺されることはなくても、貴族の私が殴り合いの喧嘩をするのは上品さに欠けるからな……さあ、行くぞ」
これまた面倒くさそうにそう呟いて、再びリグダミスは歩みを進める。
殴り合いの喧嘩? はたして、こんな場所に彼と殴り合いの喧嘩が出来る相手が存在するのだろうか。
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