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9 過去の英雄

89 魔力提供者達 3

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 建物の中へと入ってゆくリグダミスを追いかけ中に入る。
 薄暗い外から見ていたらわからなかったが、中は思っていた数倍はきれいに掃除されており床も壁も真新しい。建ってからそれほど時間が経っていないのだろう。扉の中と外ではまるで世界が変わったような錯覚さえ覚える。

「どういうことだ……」

 何も説明されないままついて来ただけの僕にしてみれば、到底理解できることではなかった。しかし、そこには誰もいない。それどころか人が住んでいる痕跡すら一切ない。家具どころか本当に一切何も存在していない。正方形の空間に何本か柱が立っているだけで、あとは無駄にスペースが広い以外は何の感想も生まれない。
 真っ新な空間で僕とリグダミスだけがぽつりと部屋の真ん中で立っているだけだ。そんなリグダミスも僕の驚きには何の関心も抱くこともなく、ただひたすらに部屋の中央部分を歩き回っては、時折何かを確認するように足で床を叩いた。

「確かこのあたりだったか……」
 丁度僕の耳にその言葉が入ってきた時に、床の叩かれる音が明らかに変化した。
 彼が探していたのはどうやら床の空洞らしい。先ほどまでは地面をけるのと何ら変わらない音だったが、今度は薄い壁でもノックしたかのような音が響き渡った。
「どういうことですか?」
「優れた人間の誰しもが表で生きて行けるわけじゃないってことだ。なら表で生きて行けない獣人はどうする?」
 全く持って質問の回答にはなっていない気がするが、おそらく今言われたことが僕の質問に対する解答に何らかの関係があるという事なのだろう。
 僕は彼の質問に少しだけ頭を悩ませてから、思い当たることを口にした。

「裏の世界に入るってことですか?」
 以前、表通りであった裏社会のアムールと呼ばれた男のことを思いだした。彼は人望も厚く、おそらく能力だって人並み以上にあるはずだが、それでも裏の世界で生きていた。
「いいや、話はそんな単純ではない……冒険者は最底辺職ではあるが、実のところこの国で最も重要な職業とも言える。しかしなり手は年々減る一方だ。理由は分かるだろう?」
「危険だからですか? でも、……僕達犬種は冒険者になるほかありません!」
 僕だって他の仕事に就けるというなら、安全で安定的な仕事に就いていただろう。それが出来ないから仕方なく冒険者なんて職業を選ばざるをえなかった。一発逆転で大金が稼げるというなら話は別だが、冒険者は賃金もあまり高くない。超有名冒険者になったとしても、国の平均賃金よりすこし給料がいいというぐらいだ。

「そうだ。危険で、そのうえ給料が安い仕事に就く……かなり良質な愛国心とやらを持ち合わせた人物になら出来るやもしれないが、この国ではそんな殊勝な人物は存在しない。それほどまでにこの国は腐敗している。国王ですらまともに対応することはないだろう……そんな中で重宝されるのが優れているのに表で生きて行けない獣人だ」
「裏社会ではなく、冒険者になると?」
「なるのではない。んだ。そして、それ以外に生活の術がないがために怪我を負って保証が下りるまで戦い続ける」
「もしかして、ここに怪我をした元冒険者が?」

 リグダミスは僕の言葉に返答せず、床の板を外した。そこには地下へと続く階段があり、彼はその先へとゆっくりと降りていく。
「答えをおしえてやる。ついてこい」
 しばらくしてから、そう言って僕を誘った。
 僕は言われるがままに階段を一番下まで下る。
 床下は灯りもなく、ただただ薄暗く足元もほとんど見えないような悪条件だ。降りてきた穴からわずかに光が差し込んでくるが、それでもほとんど何も見えない。すぐそばにいるはずのリグダミスの姿すらほとんど見えないほどだ。

「ついてきているな……転げ落ちて来るんじゃないぞ。巻き添えはごめんだ」
 その言葉は僕に気を使ってのものではなく、言葉通りの意味だろう。こんな暗闇の中で転げ落ちればただでは済まない。それはいかに強い獣人であっても変わらない事実だ。
 僕は足元に十分注意を払って、ゆっくりと下へ降りて行く。

「ここだ」

 姿が見えるわけではないが、目の前を歩く人物が止まったのが気配で何となくわかった。犬ならば夜目が聞くはずなのに、そこに人間が混じると犬の特性を殺してしまう。やはり、人間とは相容れぬようだ。
 しかし、ようやっとうす暗闇の向こうから僕の瞳に少量の、それでいて十分な用の光が入り込んだ。暗闇から光のもとに出るときは、徐々に明るい方を見て目を光に慣らすらしいが、なぜそんな回りくどいことをするのかがようやくわかった気がする。小さな光でも、暗闇に交じるとかなり眩しく感じる。
 僕は目を軽く手で覆いながら、ゆっくりとリグダミスとの距離を詰める。
「どこですか?」
「この奥だ。ようやくお待ちかねの提供者と……過去の英雄……我が懐かしき仲間たちにお目通りだ」
 リグダミスの仰々しい言い方とは裏腹に、その口調はどこか面倒くささを感じさせる。彼はその過去の英雄とやらに会いたくないらしい。
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