転生したら、犬だったらよかったのに……9割は人間でした。

真白 悟

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10 伝説の魔法

119 兄として3

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 ◇


「――メリー……」

 寝室に戻ると、メリーは椅子に腰かけて待っていた。
 いつも会って話しているはずなのに、なんだかかなり久しぶりに話しかけた気がする。
 それも、家族にあるまじき上っ面だけの話しかしてこなかったからだろうか……もしくは、内心ではメリーのことを避けていたという気持ちの表れなのかもしれない。

「兄ちゃん……大丈夫だよ。私は勇者になんてならないから」
「聞いてたのか?」
「聞かなくてもわかるよ。兄ちゃんの妹なんだから」

 そう言ってメリーは笑う。
 前世の記憶を引き継いでいる僕よりも、はるかに短い時しか生きていないはずなのに、メリーは僕が何を考えて何をしようとしているのかをよく理解しているようにも感じられる。僕よりも遥かにしっかりとした考えを持っているように思えるのは気のせいだろうか。

 僕はほんの少しだけ安堵して、メリーと対面にある椅子に腰かける。

「なるほどな……でも、じゃあなんになりたいんだ?」
「どうして?」
「いや、メリーの口から将来の話なんて聞いたことがないような気がして……」

 思えば、ずっと妹のためにと動いてきたが、本人の意見も聞かずに奔走するのは身勝手が過ぎる。考えても見れば当然のことだが、僕が妹のために動きたいのなら妹の意見も聞いておくべきだ。そんなことをいまさら考えている時点で、兄としては失格なのかもしれない。
 でもだからこそ、今聞いておきたかった。

「将来のこと……?」

 メリーは唐突な僕の言葉に戸惑いを見せる。
 故郷の村にいた時は、仕事の時以外は片時もそばを離れなかったが、今は一緒に居る時間の方が短い。こんな話を何の前触れもなく話すなんて、僕は妹との会話の仕方を忘れてしまったらしい。
 それだけ最近はメリーと話をしていなかったという事だろう。

「いや……そうだな、メリーには夢ってあるのか?」

 そう訊ね直すとメリーは考えるように黙り込んだ。
 聞いておくべきだと覚悟を決めて訊ねてはみたが、こんな話をメリーにするのは酷なことかもしれない。

 夢も、希望も持てないような貧しい暮らしを僕たちは十年近く続けてきた。僕には前世の記憶があったからまだ将来に思いを馳せることは出来たが、世間を知らず、閉鎖された村でひっそりと生きることだけを考えてきた妹は、夢を見ることなどは出来なかっただろう。

 あの村では誰もが実現不可能な夢を見ることは出来ず、少しでも豊かな生活をすることだけを夢に見た。夢を見て村を飛び出すものはいなかった。いたのは、夢の犠牲に村を追い出される者だけだ。両親を早くに亡くした者、魔物を狩るだけの力がない者は容赦なく追い出された。僕と妹は前者だった。
 村を追い出されたことは、僕にとっては都合がよかったが、妹にとってはそうでなかったかもしれない。村には食べ物はなかったが、友達はいたはずだ。友との別れはさぞつらかったことだろう。その点に関しても僕がフォローするべきだった。いまからでもそうするべきだろう。

「夢……なんてまだわからない。兄ちゃんは何になりたいの?」

 予想外の返事に僕は少し戸惑った。
 夢っていうのは自由で、思い描いたり、そうありたいと思うことは誰にだってできることだ。それなのにメリーは『夢なんてわからない』と口にした。それは、夢を現実ととらえているからなのかもしれないし、夢を見るだけの余裕がないのかもしれない。たぶん、彼女は後者だろう。だから僕の夢を参考にしようとしていると信じたい。
 兄として、妹には夢を見ていてほしいと僕が願っている。

「僕は昔……獣医……いや、医者になりたかった」
「お医者さん?」
「ああ、一人の友達を自分の手で作ってやりたいと思ってね」
「友達? 誰のこと?」
「メリーの知らない友達さ」
「その人は?」
「今はもう会えない。痛みや苦しみから解放はされたかもしれないけど……もう二度と会うことはできないんだ」

 メリーはその言葉の意味を理解しているらしく、悲しそうな目をしてうつむいた。僕はそんな彼女の頭を軽くなでてやる。
 こんな話、幼い妹にする話でないことは重々承知だ。
 しかし、僕の夢を語るにおいて、この話は絶対にしておかなければならない。兄として、妹に夢を教えるには、僕のすべてを話しておかなければならない。

「悲しむ必要はない……たぶん、彼だってそれでよかったんだと思う。生きてほしいと思うのは僕のエゴでしかなくて、彼にとってはそれが幸せだったのかもしれない……そうじゃないかもしれないけど、今ではそうだったんだと思えるぐらいには落ち着いているよ」

 僕は自分に言い聞かせるように、それでいて妹を安心させるようにそう言った。

「そうなんだ……」

 妹は半分納得していなさそうだが、僕を傷つけないためにそれ以上は何も言わない。

「その時、気が付いたんだ。医者になるのは僕の夢じゃなくて、手段でしかなったんだって……」
「手段?」
「僕は幸せになりたかったんだと思う。僕にとっての幸せは、友達と一緒にいることで、友達と一緒にいるために僕は医者になりたかったんだって……僕の夢は友達と一緒に生きて行くことだったんだ……」

 犬たちと一緒に暮らしたいというのだって、その延長でしかない。だけど夢っていうのは、それほど些細なことでもいい。夢っていうのは、かなわなかったとしても、どれだけ些細なことだったとしてもいい。それをメリーに伝えておきたかった。
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