転生したら、犬だったらよかったのに……9割は人間でした。

真白 悟

文字の大きさ
137 / 170
10 伝説の魔法

135 伝説の魔法10

しおりを挟む
 ◇

「体が痛い……」

 1日寝れば治るなんて甘いことを考えていた。
 僕の体は治るどころか、昨晩よりも痛いまである。それに加えて、かなりの空腹感が襲いくる。疲れて頭が働かないのに、体のあらゆる器官は正常に働いているらしい。

「腹減った」

 思えば昨日の朝から何も食べていない。
 10時間にほんの少しの休憩をはさんで、ほぼぶっ通しで修行していてご飯を食べる時間すらないままに眠りについた。あれだけ過激な修行をして何も食べていないのだから腹は減るに決まっている。

 僕はベッドの横に置かれている時計を見た。時刻は6時丁度を指しているので、丸1日眠っていた場合を除き現在が朝の6時であることは間違いないだろう。どうやら12時間近く眠っていたらしい。疲労というのは恐ろしいものだ。
 隣のベッドにメリーの姿はもうない。たぶん朝の仕込みを手伝っているのだろう。
 最近は修行ばかりしていて仕事もロクにしていない僕とは大違いだ。メリーとイチゴも勇者としての特訓に励んでいるだろうに……僕はなんて体たらくなのだろう。

「くだらないこと考えてないで、さっさと起きよ」

 ベッドから起き上がって気が付いたが、どうやら僕は服を着替えていたらしい。まるでそんな記憶はないのだけど、文字通り引きずりまわされて汚れていた服のまま布団に入っていたら大変なことになっていただろうから良しとしよう。
 ケントニスはいつも朝の7時ぐらいにはやってくる。早く準備しておかないと、眠気眼で激しい訓練を受けることになるわけだ。命がいくつあっても足りない。
 というより、今日に限っては朝食を抜いたら本気で死ぬ。

「――おはようございます」

 ケントニスがいないことを注意深く確認してから店の方に入る。
 ちょうどメリーが開店準備で机を拭いているところだった。そんな妹が僕の方を振り返って「おはよう」と返してくれる。
 微笑ましい朝の日常ではあるものの、状況をよく整理して考えてみるとニートの兄を養う妹の図になる。しかも兄は職業訓練を恐れているわけだ。ケントニスとの訓練を職業訓練というレベルに収めればの話だが。

「ケン、昨日は災難だったな……」

 声の方を振り返ってみると、厨房からイチゴがこちらを覗いていた。

「あんな服、誰が着るんですか?」

『僕以外に』という言葉が先につくが、一体誰に需要があると言うのだろうか。魔法使いは基本的に訓練を受けたりはしないし、そもそも殆どの獣人はそこまで魔力を重視していない。魔力の本当の使い方を知らないし、自然に扱える分で十分なわけだ。僕のような弱者とは違う。
 イチゴもそのことをよく理解しているのだろう、なんとも苦虫を噛み潰したような表情を見せた。

「世界は広い。変なやつは山ほどいるってことだ」

 確かにどこの世界にも変な奴はいるが……着ているだけで命の危険がある服を誰が好き好んで着るだろう。と思ったが、特殊性癖の人間なら迷わず着るかもしれない。僕が知っている世界なんてまだまだ狭いという事だ。どこにどんな奴がいるかなんてわからない。
 一応はイチゴの言い分に納得する。意味深なイチゴの表情は僕の知らない何かを知っているからだろう。彼女も苦労しているのだ。
 僕は「なるほど」と一言こぼして、それ以上はそのことには触れないようにした。

「ところで、ケントニスさんはまだ来られてないんですかね?」

 ケントニスがいつも来店する時刻には早いが、もしかしたら僕のふがいなさを嘆いて早めに来ているかもしれないと思ったが、イチゴは大きく首を振った。
 どうやらケントニスは出勤時間には忠実らしい。思えば修行を切り上げる時間も基本的に同じ時刻ぐらいだった気がする。
 僕は外を行くスーツ姿の獣人たちを横目に、『世界中のブラック企業も彼女のあり方を見習えばいいのに』なんて ことを考える。

「あいつは昔からそうだ。必要以上に働かないし、根性論をすこぶる嫌っている……やりたくないことを必要以上にやっても成長しないってことを理解していたんだろうな」

 昔を懐かしむ口調でイチゴは話す。
 それで最強の魔法使いになれるんだから彼女の才能は僕が女神に押し付けられた恩恵よりも優れていたのだろう。そう考えると女神のチート能力とやらも底が知れる。

「まあ、あいつは魔法を勉強することを心の底から楽しんでいたからな……魔法に関することなら寝る時間も惜しんで率先して学んでいたよ」
「前言撤回……」

 思わず僕はつぶやく。
 イチゴはそれを聞いて『何言ってんだこいつ』みたいな表情をした。
 しかし、誰にどう思われようと僕は僕が情けない。人の努力を『才能』という言葉で片付けようとしたのだから。どれほどの天才であったとしても結局のところ努力しなくては天才足りえないのだ。今の僕がそうだ。直接女神から才能を強引にとは言えど授けられたわけだ。それすなわち天賦の才だ。そんな才能に恵まれた僕が彼女の期待に応えられないのは、結局のところ努力不足という事に他ならない。
 口では『妹のため』だとかほざいているが、家族のために努力することすら出来ないダメな人間なのだ。

「ケントニスさんは最初から強かったわけではないんですよね?」
「最初から強い獣人なんているはずがないだろう。むしろ奴は魔力量が通常より少ないんだ……相当苦労していた。まあ楽しんでもいたがな」

 昔を懐かしむようにイチゴは笑う。
『努力する者は楽しむ者には勝てず』と言う言葉を思い出した。確か孔子の言葉だ。やりたくないことを嫌々やっている人より、好きなことを飽きることなくやり続けられる人のほうが身になりやすいということだろう。
 僕はそのどちらでもない。努力すら一人では出来ない怠け者に過ぎなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結保証】科学で興す異世界国家 ~理不尽に死んだ技術者が、「石炭」と「ジャガイモ」で最強を証明する。優秀な兄たちが膝を折るまでの建国譚~

Lihito
ファンタジー
正しいデータを揃えた。論理も完璧だった。 それでも、組織の理不尽には勝てなかった。 ——そして、使い潰されて死んだ。 目を覚ますとそこは、十年後に魔王軍による滅亡が確定している異世界。 強国の第三王子として転生した彼に与えられたのは、 因果をねじ曲げる有限の力——「運命点」だけ。 武力と経済を握る兄たちの陰で、継承権最下位。後ろ盾も発言力もない。 だが、邪魔する上司も腐った組織もない。 今度こそ証明する。科学と運命点を武器に、俺のやり方が正しいことを。 石炭と化学による国力強化。 情報と大義名分を積み重ねた対外戦略。 準備を重ね、機が熟した瞬間に運命点で押し切る。 これは、理不尽に敗れた科学者が、選択と代償を重ねる中で、 「正しさ」だけでは国は守れないと知りながら、 滅びの未来を書き換えようとする建国譚。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん
ファンタジー
ブラック企業で心をすり減らし過労死した俺が、異世界で手にしたのは『ポイント』を貯めてあらゆるものと交換できるスキルだった。 「今度こそ、誰にも搾取されないスローライフを送る!」 そう誓い、辺境の村で農業を始めたはずが、飢饉に苦しむ人々を見過ごせない。前世の知識とポイントで交換した現代の調味料で「奇跡のプリン」を生み出し、村を救った功績は、やがて王都の知るところとなる。 これは、ポイント稼ぎに執着する元社畜が、温かい食卓を夢見るうちに、うっかり世界の謎と巨大な悪意に立ち向かってしまう物語。最強農民の異世界改革、ここに開幕! 毎日二話更新できるよう頑張ります!

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

1歳児天使の異世界生活!

春爛漫
ファンタジー
 夫に先立たれ、女手一つで子供を育て上げた皇 幸子。病気にかかり死んでしまうが、天使が迎えに来てくれて天界へ行くも、最高神の創造神様が一方的にまくしたてて、サチ・スメラギとして異世界アラタカラに創造神の使徒(天使)として送られてしまう。1歳の子供の身体になり、それなりに人に溶け込もうと頑張るお話。 ※心は大人のなんちゃって幼児なので、あたたかい目で見守っていてください。

転生したら幼女でした!? 神様~、聞いてないよ~!

饕餮
ファンタジー
  書籍化決定!   2024/08/中旬ごろの出荷となります!   Web版と書籍版では一部の設定を追加しました! 今井 優希(いまい ゆき)、享年三十五歳。暴走車から母子をかばって轢かれ、あえなく死亡。 救った母親は数年後に人類にとってとても役立つ発明をし、その子がさらにそれを発展させる、人類にとって宝になる人物たちだった。彼らを助けた功績で生き返らせるか異世界に転生させてくれるという女神。 一旦このまま成仏したいと願うものの女神から誘いを受け、その女神が管理する異世界へ転生することに。 そして女神からその世界で生き残るための魔法をもらい、その世界に降り立つ。 だが。 「ようじらなんて、きいてにゃいでしゅよーーー!」 森の中に虚しく響く優希の声に、誰も答える者はいない。 ステラと名前を変え、女神から遣わされた魔物であるティーガー(虎)に気に入られて護られ、冒険者に気に入られ、辿り着いた村の人々に見守られながらもいろいろとやらかす話である。 ★主人公は口が悪いです。 ★不定期更新です。 ★ツギクル、カクヨムでも投稿を始めました。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

処理中です...