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10 伝説の魔法

134 伝説の魔法9

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  ◇ 

「なんだお前か……ってことはケンは帰ってきたんだな?」

 彼女は怪訝な顔をこちらにむける。
 彼女、イザベラは私の正体を知っている数少ない獣人だ。それだけに警戒心も少なからずあるのだろう。

「はい……それよりイザベラさんも女神によって口止めされているんですよね?」
「ああ。女神に直接言われた。何をかはお前にも言えないけどな」
「女神が私にも言っちゃいけないと?」
「そうじゃないが、今のお前は少しだけ信用できない……すまないな」

 そう言うとイザベラは不満そうに顔をゆがめた。彼女の性格からして、私に申し訳なく思ているのだろう。
 そんな彼女を見て、かえってこちらの方が申し訳ない気持ちでいっぱいになった。彼女が私に隠し事をしなくちゃいけなくなったのも、それを申し訳なく思わなくちゃいけなくなったのも、もとはと言えばすべて私の責任だ。

「いいえ、いいんですよ。私にもイザベラさんに言えない秘密はありますしね……」
「『伝説の魔法』か?」

 予想外の言葉に思わず顔がにやける。
 伝説の勇者すら欺けるほどに私は堕ちてしまったのだと自分を卑下せずにはいられない。

 私は大きく首を横に振る。

「それはたいしたことじゃありません。イザベラさんが知りたいというのであれば教えても構いませんよ。私はあなたのことを信頼していますから」
「それじゃあ何を隠している?」
「これから起きることです。どうして私がケン君を……いや、どうして今の状況にあるのかという事を言えないんです」
「何が起きるというんだ?」
「それは言えません。それが私と女神の契約ですから」

 イザベラは明らかに苛々とした様子だ。
 それは今日のように店の客入りが悪いという事もあるのだろうが、自分の気に入った者達が戦いに巻き込まれるのではないかという焦燥感によるものだろう。そしてその予想は的中している。

「私もケン君とメリーちゃんのことは気に入っています……それでも、いまのままじゃどうにもなりません」

 誰だって、知り合いを戦いに巻き込みたくはない。私だってそうだし、信じられないだろうがどこかの大公だってそうらしい。
 そんな私の言葉に「納得した」とイザベラは口にして、続けて確信に迫った。

「だから厳しく当たるのか……誰よりも優しいお前らしいな。ニス」

 それもある。確かにそれが1番の理由だし、家族以外の誰にも興味を持つことが出来ていないけど心の奥底には優しさを秘めた彼にこそ見せてほしい。

「それだけじゃありませんよ……私は見たいんですよ」
「何をだ?」

 そんなこと、決まっている。

「誰も知らない『伝説の魔法』を!」
 
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