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10 伝説の魔法

133 伝説の魔法8

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  ◇


 結局、みっちり10時間もの時間を魔力放出に使わされた。
 最後の方は体に重りでもつけられたように、立っていることすら出来なくなって、正確には9時間と50分ほどしか訓練していないがそれも誤差の範囲だろう。

「ケン君! 情けないよ!」

 ケントニスが地面にあおむけに寝ころぶ僕の顔を覗き込んだ。
 近くで見れば見るほどあどけない女の子にしか見えない彼女だが、その内面はイチゴよりも遥かに厳しくて、リグダミスよりも遥かに恐ろしい。特にきょう1日は鬼教官の称号にふさわしいかった。
 もはや声を絞り出すことすら出来なくなった僕は、まどろむ目で彼女の瞳を覗き込む。近くで見てようやく気が付いたが、彼女の瞳の中には星のような何かがキラキラと輝いていて思わず見とれてしまう程に綺麗だ。

「私の顔に何かついてる?」

 そんなロマンチックな景色も彼女の声によってかき消される。
 もちろん彼女の声が気持ち悪いとかそう言う事ではない。むしろ声は透き通るように綺麗ではあるのだが、その中にある思い出がすべてを穢す。
 この数日で彼女の恐ろしさの真髄をすべて知り尽くしたと勘違いしていたが、今日の出来事があってよくわかった。もし彼女が誰よりも『優しい人』であったとしても、それと同時にもっとも『恐ろしい人』なんだと。たった1日でそれを思い知らされた。
 僕がそんなことを考えているとはまるで知らない様子で、彼女は完全に脱力して倒れ伏している僕の腕をつかんで幼い女の子とは思えない力で軽々と引き起こした。

「……ぇ!?」と、声にもならない声をかろうじて絞り出した僕だが、起こされたことよりも、引っ張られた腕がまるで痛くなかったことの方に驚いてしまう。
 腕が引きちぎれておかしくないほどの力で引っ張られたはずだけど、腕は何ともないし、もっと言うならほかの部位も痛くもなんともない。そもそもがおかしく、物理法則すら無視していたようにすら思えた。これもケントニスの魔法なのだろうか。

「なんでも魔法じゃ片付けちゃダメだよ!」

 僕の心の声が聞こえたのだろうか、彼女はそんな風に僕を叱った。そして彼女は僕をそのままその小さな背中に背負う。

 思えば妹以外の女性と、修業以外でこれほど密着したのは前世も含めてはじめてかもしれない。正直僕には幼女趣味とかはまるでないのだけれど、なぜだかこの男らしい幼女に心惹かれているのは女性経験がまるでないからだろう。さっきまで死ぬ思いをさせられていたのに、なぜだかドキドキが止まらない。これが吊り橋効果というやつだろうか。

 そんなくだらないことを考えていると、「明日も早いんだから早く帰るよ!」とこれまた恐ろしいことを口にして、僕の気持ちを一気に冷めさせた。
 そうして僕はずるずると引きずられながら、何とか帰路に着くのであった。

「――またボロボロになって……」

 引きずられながら入って来た僕をメリーが店先で迎えてくれる。それだけで疲れ切った精神が回復する。
 メリーはいつも僕をこうして迎えてくれるんだけど、いつもぼろ屑のように成り果てている僕とは対照的で、どんどん精神的にたくましく成長している気がする。イチゴの教え方がいいからだろうか……もしそうだったら、僕もイチゴに習いたい。

「ただいま、メリー!」
「お帰り、兄ちゃん。それにケントニスさん」

 天使のあいさつにケントニスも「ただいま!」と返した。
 そのままメリーがケントニスから僕を半分だけ受け取ると、「表から入ったらイチゴさんが怒るから……」と申し訳なさそうに裏口まで運んでくれる。

 幼女二人に運ばれる僕はさながらロリコンであるかのような誤解を受けるのではないかと心配になるが、実際のところこの世界では、幼女趣味という人種は確かに存在しているものの世間ではそれほど広がっていないのである。だからその心配もすぐに吹き飛んだが、ケントニスはともかく、妹が僕をケントニスと2人でとはいえ、軽く運んでいることにショックを受ける。
 見た目こそそれほど変わっていないけど、妹は確実に僕をすぐにでも追い越すであろうスピードで運動能力が向上していた。兄としての威厳はどうなるのだろう。

「――じゃあ、私はこれで失礼するね!」

 店の裏口から僕をベッドにまで運ぶと、ケントニスはすぐさまに部屋を後にした。それから数分してメリーも「仕事があるから」とだけ言い残して去っていく。
 それからすぐに僕は深い微睡にのまれていくのだった。
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