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11 魔法の言葉
151 トラウマ
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父の部屋から出るまでの間は冷や汗が止まらなかった。
いいや、それは正しくない。僕はあの家から出るまで、ずっと恐れ続けていた。父に支配されるという恐怖と、そしてその支配から解放されるという事に対して。
結局それは最後まで叶わなかった。
だから僕は、いまだに恐怖と言うものを克服できていないのだろう。
「――それが魔法においてもっとも重要なことよ」
突然、そんな言葉が頭に入った。
それで僕は思い出す。そうだ、これは走馬灯だった。
「戻って来たわね。ケン君の抱く恐怖の根源、それが何だったかを聞くつもりはないけど……どうやらそれを克服するのは、まだ無理なようね」
見ていた景色が突然切り替わり、目の前にケントニスが現れた。彼女は少しだけ困り顔だ。
「どういうことです?」
困惑する僕を見て、ケントニスは大きなため息を吐く。
「言ったでしょ、魔法は実践が重要だって。魔法を使うためには、それに対応した感情をうまくコントロール出来る必要がある。今回は『恐怖』の感情をね」
「恐怖をコントロール?」
それで、彼女はずっと僕を脅かし続けていたのか。
でも恐怖の根源である父にはもう二度と会うことが出来ない。つまりもはや恐怖を完全に克服することは出来ないはずだ。
「そう。恐怖、不安、嫉妬、悲しみ、怒り……負の感情は、獣人が生きて行く上で欠かせないものだけども、それをある程度コントロールするのは魔法使いにとっては重要なことなのよ。それが出来なければ、言葉の魔法は使えない。世界に脅かされるような世界では、負の感情をコントロールすることは難しい。だから、私はそれが出来る人間をずっと探していた」
「僕には無理ですよ」
妹のために出来る限りのことをするつもりだ。
だけど、人が目に見えない存在をいつまでも恐怖の対象とするように、僕の父はもう目に映らないところにしか存在しない。恐怖の根源を見つけることも出来ずに、それを克服することは不可能だ。
「また諦めるつもり?」
ケントニスがそう問いかける。
その瞬間、彼女が僕の父とかぶったような気がした。まるで、父と対面した時のような重圧感を感じて、僕は心が押しつぶされそうになる。
「諦めるんじゃありません。僕にはその実力がないだけです……」
「それは違う。あなたのお父さんの言うとおり、あなたはただ諦めただけ。自分は家族より劣っていると、物わかりがいいようなことばかりを考えて、ただ努力するのをやめただけ」
「違う! 僕は努力した! その結果が今の僕なんだ!!」
「最低限の努力だけね。それで、ペットの犬に泣きついて、わかってくれるのはその犬だけだと甘えた考えで、他人を――家族を理解しようともしない。家族の気持ちさえも理解する努力もしない。あなたの父は本当にケン君の考えるような恐ろしい人だったのかしら? メリーは君の考えるような弱い獣人なのかしら? 君が勝手に理想を押し付けているだけじゃないのかしら?」
「分かったようなことを言うなぁ!!」
僕は怒りの感情に身を任せるままに、地面に拳を叩きつける。
ケントニスのようにはいかないらしい。地面には傷一つつかない。傷ついたのは僕の拳の方だ。だけど、それで少しだけ冷静さを取り戻せた。
「分かりませんよ。人の感情なんて……自分の感情すらわからないんですから」
「甘ったれてばかり。それじゃあ、何も理解できない」
彼女の右拳が僕の左頬にめり込む。
間一髪で、左頬に魔力を集めることが出来ていたので、いつもほど吹き飛ばされることはなく、数センチだけ後ろに押し寄せられる程度で済んだ。
「……っ!」
痛みには何とか耐えた。だけど、次の拳が僕の右頬に向けられている。
一度、痛みを知ってしまえば、それは恐怖へと変わる。
『殴れれば痛い』、それは痛みを知っているからわかることで、殴られたことのない人間は想像でしか語れない。
僕はケントニスの拳に恐怖を感じている。
「痛みに耐えることは出来ても、普通の獣人は痛みを克服することは出来ないわよ!」
「耐える必要も、克服する必要もありませんよ。当たらなければ、痛みなんてないんですから!」
僕は足に魔力を送り、ケントニスの拳をわずかに躱した――はずだった。
「……っく!!」
躱したはずなのに、僕は痛みを――恐怖を感じている。
今度は頬に魔力を込める時間すらなかった。僕は後方に数メートル飛ばされ、背面からのダメージに備えるために、後頭部と背中に魔力を込めた。
凄まじい恐怖が僕を襲う。
ケントニスとの訓練が始まった日のことを思いだす。『死』というものがかなりの距離まで僕に近づいた時のことだ。一度染みついた恐怖というのは、なかなか離れてくれないらしい。
幸い、今回は死を覚悟するほどの痛みはなく、そのまま地面に倒れることになったが、それでも心臓の鼓動は異様に早まった。
「だから言ったでしょ? 人は痛みを克服できないって」
いつの間にか僕のそばまで来ていたケントニスが、威圧感のある目で僕を睨みつけていた。
いいや、それは正しくない。僕はあの家から出るまで、ずっと恐れ続けていた。父に支配されるという恐怖と、そしてその支配から解放されるという事に対して。
結局それは最後まで叶わなかった。
だから僕は、いまだに恐怖と言うものを克服できていないのだろう。
「――それが魔法においてもっとも重要なことよ」
突然、そんな言葉が頭に入った。
それで僕は思い出す。そうだ、これは走馬灯だった。
「戻って来たわね。ケン君の抱く恐怖の根源、それが何だったかを聞くつもりはないけど……どうやらそれを克服するのは、まだ無理なようね」
見ていた景色が突然切り替わり、目の前にケントニスが現れた。彼女は少しだけ困り顔だ。
「どういうことです?」
困惑する僕を見て、ケントニスは大きなため息を吐く。
「言ったでしょ、魔法は実践が重要だって。魔法を使うためには、それに対応した感情をうまくコントロール出来る必要がある。今回は『恐怖』の感情をね」
「恐怖をコントロール?」
それで、彼女はずっと僕を脅かし続けていたのか。
でも恐怖の根源である父にはもう二度と会うことが出来ない。つまりもはや恐怖を完全に克服することは出来ないはずだ。
「そう。恐怖、不安、嫉妬、悲しみ、怒り……負の感情は、獣人が生きて行く上で欠かせないものだけども、それをある程度コントロールするのは魔法使いにとっては重要なことなのよ。それが出来なければ、言葉の魔法は使えない。世界に脅かされるような世界では、負の感情をコントロールすることは難しい。だから、私はそれが出来る人間をずっと探していた」
「僕には無理ですよ」
妹のために出来る限りのことをするつもりだ。
だけど、人が目に見えない存在をいつまでも恐怖の対象とするように、僕の父はもう目に映らないところにしか存在しない。恐怖の根源を見つけることも出来ずに、それを克服することは不可能だ。
「また諦めるつもり?」
ケントニスがそう問いかける。
その瞬間、彼女が僕の父とかぶったような気がした。まるで、父と対面した時のような重圧感を感じて、僕は心が押しつぶされそうになる。
「諦めるんじゃありません。僕にはその実力がないだけです……」
「それは違う。あなたのお父さんの言うとおり、あなたはただ諦めただけ。自分は家族より劣っていると、物わかりがいいようなことばかりを考えて、ただ努力するのをやめただけ」
「違う! 僕は努力した! その結果が今の僕なんだ!!」
「最低限の努力だけね。それで、ペットの犬に泣きついて、わかってくれるのはその犬だけだと甘えた考えで、他人を――家族を理解しようともしない。家族の気持ちさえも理解する努力もしない。あなたの父は本当にケン君の考えるような恐ろしい人だったのかしら? メリーは君の考えるような弱い獣人なのかしら? 君が勝手に理想を押し付けているだけじゃないのかしら?」
「分かったようなことを言うなぁ!!」
僕は怒りの感情に身を任せるままに、地面に拳を叩きつける。
ケントニスのようにはいかないらしい。地面には傷一つつかない。傷ついたのは僕の拳の方だ。だけど、それで少しだけ冷静さを取り戻せた。
「分かりませんよ。人の感情なんて……自分の感情すらわからないんですから」
「甘ったれてばかり。それじゃあ、何も理解できない」
彼女の右拳が僕の左頬にめり込む。
間一髪で、左頬に魔力を集めることが出来ていたので、いつもほど吹き飛ばされることはなく、数センチだけ後ろに押し寄せられる程度で済んだ。
「……っ!」
痛みには何とか耐えた。だけど、次の拳が僕の右頬に向けられている。
一度、痛みを知ってしまえば、それは恐怖へと変わる。
『殴れれば痛い』、それは痛みを知っているからわかることで、殴られたことのない人間は想像でしか語れない。
僕はケントニスの拳に恐怖を感じている。
「痛みに耐えることは出来ても、普通の獣人は痛みを克服することは出来ないわよ!」
「耐える必要も、克服する必要もありませんよ。当たらなければ、痛みなんてないんですから!」
僕は足に魔力を送り、ケントニスの拳をわずかに躱した――はずだった。
「……っく!!」
躱したはずなのに、僕は痛みを――恐怖を感じている。
今度は頬に魔力を込める時間すらなかった。僕は後方に数メートル飛ばされ、背面からのダメージに備えるために、後頭部と背中に魔力を込めた。
凄まじい恐怖が僕を襲う。
ケントニスとの訓練が始まった日のことを思いだす。『死』というものがかなりの距離まで僕に近づいた時のことだ。一度染みついた恐怖というのは、なかなか離れてくれないらしい。
幸い、今回は死を覚悟するほどの痛みはなく、そのまま地面に倒れることになったが、それでも心臓の鼓動は異様に早まった。
「だから言ったでしょ? 人は痛みを克服できないって」
いつの間にか僕のそばまで来ていたケントニスが、威圧感のある目で僕を睨みつけていた。
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