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11 魔法の言葉
152 覚悟
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「どうやって……」
僕は確かに躱したはずだ。なのに、ケントニスの拳は僕の頬に当たった。
どうやったのかはわからないが、とにかく、僕が彼女の拳を躱すことは出来ないらしい。
「恐怖を感じるのは仕方ないことよ。でも、恐怖から逃げることは許さない。それじゃあ意味がないからね」
倒れている僕を見下ろして、なおケントニスは拳をかまえている。
恐怖を克服するまで、僕のことを殴り続けるつもりだろうか……それだけで恐怖がこみあげてくる。
その恐怖に対抗するために僕は立ちあがる。
「それでいいのよ」
立ち上がった僕を見て、不敵に笑うケントニス。
その瞬間、さらに緊張が走る。
「それも魔法ですか?」
「おしゃべりは終わりよ」
再びケントニスの右拳が、目に見えないスピードで僕の頬に向かってくる。
躱すのが無理なら、そのまま受けるしかない。だけど、対策もなしにそのまま受けてしまえば、さっきと同じように吹き飛ばされてしまう。
だったら、魔力を込めて防御を固めればいい。そうすれば、痛みを避けることは出来なくても、多少なりとも痛みを軽減することは出来るはずだ。
「ふぅ……」
息を吐き、溢れ出る恐怖を何とか押さえつける。
恐怖とは死を避けるためにあるものだが、時として思考を鈍らせて、反応を遅れさせることもある。反応が遅れれば、死を避けるための恐怖心は、反対に死をもたらすものとなることだろう。
完全に恐怖を打ち消すことは出来ない。恐怖の根源である父を乗り越えることは出来ない。それでも、僕は……
「折角、二度目の人生を与えられたんだ。逃げてばかりはかっこ悪いもんな!」
僕は妹のために……親友だった彼のために……いいや、僕自身のために恐怖を乗り越えたい。
「覚悟を決めたところ悪いけれど、痛みからは――恐怖からは逃げられない。『私はあなたに痛みを与える』」
魔力を込めたはずの左頬に先ほどよりも遥かに強い衝撃が走る。頭がうまく回らない。
痛みを弱めるための努力はしたはずだ。それなのに、どうして。なんてことを考えられるほどの余裕はあるものの、死を錯覚させるほどの強い痛みが頬にまだ残っている。
数秒たって、ようやく思考がまとまってきた。
自分の足元を見て気が付いた。地面は遠く、そして地面を抉り取ったような跡は一切残っていない。どうやら、吹き飛ばされずにはすんだらしい。
「……っく!!」
「理解できない『痛み』は怖いでしょ? でもケン君はそれに耐えた。ほんの少しは恐怖の感情をコントロールできたみたいだね」
「いだいんでずげど……」
さっきの一撃で、口を切ってしまったらしい。話すのが少しだけ辛い。
でもまあ、あれだけの痛みがあったのにその程度ですんだのは運がよかった。本来なら、声を発することすら出来ないほど痛みを今でも感じているはずだ。死ぬほどの痛みを感じたことはないが、たぶん、骨折していてもおかしくないほどの痛みはあったはずだ。
あったのは痛みだけだった。
「獣人だって、痛みで死ぬことがあるからね。表面上の傷はなくても、心のうちに恐怖は浸透するんだよ」
ケントニスの言葉には重みがあった。死線を切り抜けて来た彼女だからこそ、その言葉は僕の心に強くのしかかるのだろう。
たったそれだけの言葉で恐怖が何倍にも膨らんだ。
「痛みは最も身近な恐怖だからね」
またケントニスが構えた。
一動作はゆったりとしているが、ひとたび攻撃動作に入ればその次が僕の目には捉えられない。
勘に頼って、一撃目をかろうじて躱すことが出来たとしても、目にも留まらぬ二撃目は防げない。魔力で防御力を高めたとしても、どうやったのかはわからないけど、さっきみたいに痛みによる精神的なダメージを避けることは出来ないだろう。
「どっちにしても、痛みはあるんだ。この際、痛みは受け入れるしかないか……」
かなり気は重いけど、今の僕に出来ることは肉体的ダメージを軽減させることぐらいだ。
痛みによって廃人、もっと悪ければ絶命してしまう事もあるらしいが、それは忍耐力で何とかするしかない。ケントニスは僕が恐怖を克服するまで同じことを繰り返すつもりだろうし、どうせこの世界で生きて行くなら恐怖を克服しなくちゃいけない。
いつかしなくちゃいけないことなら、それが少しぐらい早まったってどうってことないはずだ。
僕は決死の覚悟で構えた。
僕は確かに躱したはずだ。なのに、ケントニスの拳は僕の頬に当たった。
どうやったのかはわからないが、とにかく、僕が彼女の拳を躱すことは出来ないらしい。
「恐怖を感じるのは仕方ないことよ。でも、恐怖から逃げることは許さない。それじゃあ意味がないからね」
倒れている僕を見下ろして、なおケントニスは拳をかまえている。
恐怖を克服するまで、僕のことを殴り続けるつもりだろうか……それだけで恐怖がこみあげてくる。
その恐怖に対抗するために僕は立ちあがる。
「それでいいのよ」
立ち上がった僕を見て、不敵に笑うケントニス。
その瞬間、さらに緊張が走る。
「それも魔法ですか?」
「おしゃべりは終わりよ」
再びケントニスの右拳が、目に見えないスピードで僕の頬に向かってくる。
躱すのが無理なら、そのまま受けるしかない。だけど、対策もなしにそのまま受けてしまえば、さっきと同じように吹き飛ばされてしまう。
だったら、魔力を込めて防御を固めればいい。そうすれば、痛みを避けることは出来なくても、多少なりとも痛みを軽減することは出来るはずだ。
「ふぅ……」
息を吐き、溢れ出る恐怖を何とか押さえつける。
恐怖とは死を避けるためにあるものだが、時として思考を鈍らせて、反応を遅れさせることもある。反応が遅れれば、死を避けるための恐怖心は、反対に死をもたらすものとなることだろう。
完全に恐怖を打ち消すことは出来ない。恐怖の根源である父を乗り越えることは出来ない。それでも、僕は……
「折角、二度目の人生を与えられたんだ。逃げてばかりはかっこ悪いもんな!」
僕は妹のために……親友だった彼のために……いいや、僕自身のために恐怖を乗り越えたい。
「覚悟を決めたところ悪いけれど、痛みからは――恐怖からは逃げられない。『私はあなたに痛みを与える』」
魔力を込めたはずの左頬に先ほどよりも遥かに強い衝撃が走る。頭がうまく回らない。
痛みを弱めるための努力はしたはずだ。それなのに、どうして。なんてことを考えられるほどの余裕はあるものの、死を錯覚させるほどの強い痛みが頬にまだ残っている。
数秒たって、ようやく思考がまとまってきた。
自分の足元を見て気が付いた。地面は遠く、そして地面を抉り取ったような跡は一切残っていない。どうやら、吹き飛ばされずにはすんだらしい。
「……っく!!」
「理解できない『痛み』は怖いでしょ? でもケン君はそれに耐えた。ほんの少しは恐怖の感情をコントロールできたみたいだね」
「いだいんでずげど……」
さっきの一撃で、口を切ってしまったらしい。話すのが少しだけ辛い。
でもまあ、あれだけの痛みがあったのにその程度ですんだのは運がよかった。本来なら、声を発することすら出来ないほど痛みを今でも感じているはずだ。死ぬほどの痛みを感じたことはないが、たぶん、骨折していてもおかしくないほどの痛みはあったはずだ。
あったのは痛みだけだった。
「獣人だって、痛みで死ぬことがあるからね。表面上の傷はなくても、心のうちに恐怖は浸透するんだよ」
ケントニスの言葉には重みがあった。死線を切り抜けて来た彼女だからこそ、その言葉は僕の心に強くのしかかるのだろう。
たったそれだけの言葉で恐怖が何倍にも膨らんだ。
「痛みは最も身近な恐怖だからね」
またケントニスが構えた。
一動作はゆったりとしているが、ひとたび攻撃動作に入ればその次が僕の目には捉えられない。
勘に頼って、一撃目をかろうじて躱すことが出来たとしても、目にも留まらぬ二撃目は防げない。魔力で防御力を高めたとしても、どうやったのかはわからないけど、さっきみたいに痛みによる精神的なダメージを避けることは出来ないだろう。
「どっちにしても、痛みはあるんだ。この際、痛みは受け入れるしかないか……」
かなり気は重いけど、今の僕に出来ることは肉体的ダメージを軽減させることぐらいだ。
痛みによって廃人、もっと悪ければ絶命してしまう事もあるらしいが、それは忍耐力で何とかするしかない。ケントニスは僕が恐怖を克服するまで同じことを繰り返すつもりだろうし、どうせこの世界で生きて行くなら恐怖を克服しなくちゃいけない。
いつかしなくちゃいけないことなら、それが少しぐらい早まったってどうってことないはずだ。
僕は決死の覚悟で構えた。
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