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11 魔法の言葉
153 見据えた先
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「ケン君、特別に教えてあげるよ。本当の恐怖って言うものを……」
僕の覚悟を折るように、ケントニスは体中から魔力を滾らせる。
でも、僕だって覚悟を決めたんだ。ちょっと威圧されたぐらいで折れるわけにはいかない。そんなじゃ恐怖に打ち勝つことは出来ない。
「どこからでもいいですよ」
なんて、強気なことを言ってしまったが、内心では心臓が破裂しそうなぐらいにドキドキしている。
犬種である僕の動体視力を上回るスピードで繰り出された打撃、それを上回る恐怖を味あわせてくれるって言うんだからちょっとぐらいビビッても仕方ないだろう。
たぶん、僕が知っている前世の人間の誰だって……たとえ、僕の恐怖の権化である父だって無心で立っていることは出来ないはずだ。そう考えると、少しだけ父に親近感が湧く。あんな父だって、全てを思い通りに出来るわけじゃないんだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて――」
その言葉が聞こえた次の瞬間には、ケントニスの姿はもう僕の目には映らない。
彼女の動きによって生じたわずかな風の音を聞いて、攻撃が再び顔に来ることを察知したが手で防ぐのはもう間に合いそうにない。恐怖によって魔力がうまく集められないが、それでもさっきよりはずいぶんと多く魔力を頬に集中させた。
それから一瞬のうちに右頬に何かが触れる閑職があり、僕の脳には脳内麻薬が満たされて、それによってわずかにケントニスの姿を捕らえることが出来た。
「ほんのちょっとだけ恐怖に打ち勝ったんだね?」
なんて少しだけ褒めるそぶりを見せておきながら、ケントニスはそのまま右拳を振り上げた。
よくよく考えてみれば、ケントニスが拳を振り上げる動作なんて僕には見えるわけがない。だからたぶん、わざと僕に見えるようにゆっくりと拳を振り上げていたのだろう。その方が恐怖が強まるから。
僕はケントニスの問いかけに答える余裕すらなく、次の一撃に備え魔力を再び顔に集中させる。
ほんの少しでも判断が遅れれば、それはそのまま死を意味すると考えればそれだけで集中力が散漫になる。
それでも何とか、魔力を高めてケントニスの拳を左頬に受けるが、その痛みはやはり尋常ではない。
「ぐぅ……」
本当に痛い時は声を絞り出すことすら出来ないんだって、嫌なほどに思い知らされる。
思考すらまともに出来ず、ただただ、次に来る痛みに対して恐怖が募るばかりだ。それでも魔力を引き出せているのだから、ほんの少しは恐怖を克服できているのかもしれない。
だけどこのまま攻撃を受け続ければ、精神的に死んでしまう可能性だってある。
何とかして、今の状況を打破しないと。
そうこうしているうちに、次の一撃が僕に迫る。
次に来る痛みを考えると、思わず身がすくんでしまう。
――また諦めるのか?
そんな父の言葉が頭に浮かぶ。
諦めるもなにも、今の僕にはケントニスの拳をどうにか出来るほどの実力がない。どうすることも出来ないんだ。
なんて、それじゃあ、やっぱり父に馬鹿にされることだろう。
父はたぶん、今の状況をどうにかする方法なんて知らないだろう。だけどそれでも、父はあきらめないんだろうな……何もせずに現実から逃げるなんて事はしないだろう。例え、その結果として死を迎えたとしても。
「僕は父がどんな人だったのか……知らないんです。知ろうとさえしなかったから」
このまま終わったら、たぶんそれを知る機会は二度とない。
もう二度と会えない父だが、それでも生きてさえいれば、父について考える時間はいくらだってあるはずだ。思い出の中の父に向き合うことだって出来るかもしれない。それが出来て、ようやく僕はこの世界に向き合える。
僕はケントニスの拳を目で見据える。
あの拳から痛みが繰り出されるんだと思うと……その拳が僕に向けられていると思うと、恐ろしくて仕方がない。
でも僕はもう逃げない。
父ですら耐えられないだろう痛みを僕は受け入れる。僕は恐怖を受け入れる。
僕の覚悟を折るように、ケントニスは体中から魔力を滾らせる。
でも、僕だって覚悟を決めたんだ。ちょっと威圧されたぐらいで折れるわけにはいかない。そんなじゃ恐怖に打ち勝つことは出来ない。
「どこからでもいいですよ」
なんて、強気なことを言ってしまったが、内心では心臓が破裂しそうなぐらいにドキドキしている。
犬種である僕の動体視力を上回るスピードで繰り出された打撃、それを上回る恐怖を味あわせてくれるって言うんだからちょっとぐらいビビッても仕方ないだろう。
たぶん、僕が知っている前世の人間の誰だって……たとえ、僕の恐怖の権化である父だって無心で立っていることは出来ないはずだ。そう考えると、少しだけ父に親近感が湧く。あんな父だって、全てを思い通りに出来るわけじゃないんだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて――」
その言葉が聞こえた次の瞬間には、ケントニスの姿はもう僕の目には映らない。
彼女の動きによって生じたわずかな風の音を聞いて、攻撃が再び顔に来ることを察知したが手で防ぐのはもう間に合いそうにない。恐怖によって魔力がうまく集められないが、それでもさっきよりはずいぶんと多く魔力を頬に集中させた。
それから一瞬のうちに右頬に何かが触れる閑職があり、僕の脳には脳内麻薬が満たされて、それによってわずかにケントニスの姿を捕らえることが出来た。
「ほんのちょっとだけ恐怖に打ち勝ったんだね?」
なんて少しだけ褒めるそぶりを見せておきながら、ケントニスはそのまま右拳を振り上げた。
よくよく考えてみれば、ケントニスが拳を振り上げる動作なんて僕には見えるわけがない。だからたぶん、わざと僕に見えるようにゆっくりと拳を振り上げていたのだろう。その方が恐怖が強まるから。
僕はケントニスの問いかけに答える余裕すらなく、次の一撃に備え魔力を再び顔に集中させる。
ほんの少しでも判断が遅れれば、それはそのまま死を意味すると考えればそれだけで集中力が散漫になる。
それでも何とか、魔力を高めてケントニスの拳を左頬に受けるが、その痛みはやはり尋常ではない。
「ぐぅ……」
本当に痛い時は声を絞り出すことすら出来ないんだって、嫌なほどに思い知らされる。
思考すらまともに出来ず、ただただ、次に来る痛みに対して恐怖が募るばかりだ。それでも魔力を引き出せているのだから、ほんの少しは恐怖を克服できているのかもしれない。
だけどこのまま攻撃を受け続ければ、精神的に死んでしまう可能性だってある。
何とかして、今の状況を打破しないと。
そうこうしているうちに、次の一撃が僕に迫る。
次に来る痛みを考えると、思わず身がすくんでしまう。
――また諦めるのか?
そんな父の言葉が頭に浮かぶ。
諦めるもなにも、今の僕にはケントニスの拳をどうにか出来るほどの実力がない。どうすることも出来ないんだ。
なんて、それじゃあ、やっぱり父に馬鹿にされることだろう。
父はたぶん、今の状況をどうにかする方法なんて知らないだろう。だけどそれでも、父はあきらめないんだろうな……何もせずに現実から逃げるなんて事はしないだろう。例え、その結果として死を迎えたとしても。
「僕は父がどんな人だったのか……知らないんです。知ろうとさえしなかったから」
このまま終わったら、たぶんそれを知る機会は二度とない。
もう二度と会えない父だが、それでも生きてさえいれば、父について考える時間はいくらだってあるはずだ。思い出の中の父に向き合うことだって出来るかもしれない。それが出来て、ようやく僕はこの世界に向き合える。
僕はケントニスの拳を目で見据える。
あの拳から痛みが繰り出されるんだと思うと……その拳が僕に向けられていると思うと、恐ろしくて仕方がない。
でも僕はもう逃げない。
父ですら耐えられないだろう痛みを僕は受け入れる。僕は恐怖を受け入れる。
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