先生と僕

真白 悟

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ドジっ子

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「……今なんと?」
 私はどうやら二十代にして耳がおかしくなってしまったようだ。歳をとるというのは嫌なものだわ……たぶん聞き間違いのはず。

「だ・か・ら! ドジっ子だ!」
 父はわざわざ私が聞き取りやすいように大きな声で、再び同じ言葉を口にした。
 まさか父の口から『ドジっ子』なんて言葉が出るとは……思ってもみなかった。でもドジっ子が問題児というのはどういう事だろう。確かに仕事上支障をきたすことはあるだろうけど、それでもドジというのは半分くらいは不注意によるものだ。そこを治してゆけば、いずれはドジもなくなるだろう。
 それほど頭を抱える問題でもないはずだ。

「それは……大丈夫ですよ。ドジだって精神病みたいなもので、気長に直していくことも出来るでしょう。私は専門ではありませんが、何とかしますよ」
「800回以上……」
「なんです?」
「彼女が中学3年生になってから通知表を記入したであろう日までに転んだ回数だ。もちろん目に見える範囲で、学校の中だけを限定した場合だがな……怪我をしていないのが奇跡だ」
 父はいかにも真剣な表情でそう説明した。
 凄まじい記録だ。

「ま、まあ。学校中にクッションでも敷いておけば何とかなるでしょう……」
 なんてことを私は口にしたが、絶対大丈夫じゃない。だけどそう口にする以外に答えなど見つからなかった。そうじゃないと、私にすべてが押し付けられる。
「53回」
 私が驚いた様子を見せなかったからだろう、再び父がとある記録を口にした。
「な、なんです?」
「彼女がテストで解答欄をずらして記入した回数だよ」
 はたしてそれはドジと呼べるレベルなのだろうか……1度病院で検査を受けた方がいいレベルだ。いや、最初の方の記録もそうだったけど。でも1番教学的なのはうちの高校に合格したことだ。

「よく合格しましたね」
「ああ。差別的な気がしてこの呼び方は好きではないのだが、彼女は注意障がいの可能性がある。もしそうだとするなら彼女を阻む壁は、我々が取り除かなければならないのだよ。それが真の平等というものだ」
「ということは……」
 無理やり合格させたのか。
「いいや、その必要はなかった。彼女は全教科100点満点の回答をしたうえで、そのうち2教科は解答欄をずらして解答していたが、合格点にはギリギリ届いていたからな」
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