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真白 悟

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なにかのたまご

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 たまごにはいろんなものがある。
 鶏の卵だとかそういった話ではない。未熟な者という意味だ。

「好きです付き合って下さい」

 恋に未熟な僕は、思春期に大人の女性に恋をした。
 女性は顔を赤らめて、僕の告白に返事をする。

「私は教師だよ。バカなこと言ってるんじゃない」

「えー……先生も僕のこと好きだって言ったじゃない」

 僕は先生をからかってみる。
 何度も繰り返してきたことだが、今だからこそ新鮮味を感じる。

「私は生徒みんなを愛しているのよ。家族同然にね」

「知ってるよ。僕はそんな先生が好きなんだから」

「言葉というの安くないのよ。何度も同じことを言えばそれだけ言葉に深みがなくなる」

 国語教師である先生は、いつも同じ説教をする。
 だけどそれは僕にとって嬉しいだけだ。

「先生と二人きりなら説教でも、補習でも何でも受けますよ」

「頭はいいはずなのに、補習を受けてるのはそんな理由じゃないわよね?」

 先生は疑惑の目を僕に向ける。
 さすがの僕でも、そんな理由で補習を受けたりはしない。

「いや、怒られるよりは褒められる方が好きですから」

「そんな話してないんだけど!?」

「受験が近いからですよ。受けるべき補習は大体受けてますよ」

 これは嘘ではない。
 だけど、先生と一緒にいたいというのも本当のことだ。
 先生は感心したと、何度も強く頷いた。

「さすが受験生。私の時は授業外に先生と一緒にいるなんて絶対嫌だったけど」

「僕は先生と一緒にいたいけどね」

「そんなに先生が好きなら、ちょうど、もう一つ別の補習があるからそっちにいけば?そっちの方が時間が長いわよ」

 先生は面倒くさそうに言う。
 そりゃそうだろう。ここには僕と先生しかいない。
 つまり僕が来なければ、補習そのものをやる必要がなかったのだから。

「残念ながら向こうの日本史は生徒0です。補習はしてません」

 もともと、理系が多いうちの学校では文系の補習を受ける人は少ない。
 だからこそ、僕は先生を独り占め出来るわけだ。

「ずるーい! だからあいつ学校に来てないんだ……私だって休みたいのに!」

 さすがに先生がほかの教師を『あいつ』呼ばわりはまずいと思う。

「先生!生徒の前ですよ。素を出さないでください。といっても、僕はありのままの先生が見れて嬉しいですけど」

「いいのよ、どうせあなたしかいないんだから」

「僕はいいんですけど、もしほかの誰に聞かれて問題になったら大変です。僕が先生に会えなくなりますよ」

「いや、それはどうでもいいから」

 いくらなんでも酷すぎる。生徒に対して『どうでもいい』はないだろう。
 さすがの僕も思春期で傷つきやすい年頃だ。実際問題、邪険に扱われても別に嬉しいのだが、反撃はするべきだろう。

「先生!!」

「なによ……突然大声をだして」

「好きですっ!!」

 僕は、出せる限りの声を絞り出した。

「……あなたの発言の方が、よっぽど問題よ。他に聞こえたら勘違いされるでしょう!?」

「僕はその方が嬉しいです」

「いや、私はクビになりかねないから。生徒と教師なのよ?」

「大丈夫だ。問題ない。です」

「大ありです! 私は教師ですからっ!!」

 先生は黒板の方に向き直った。

「早く授業を終わらせましょう。こんな不毛なやりとりするより、よっぽど有意義でしょう?」

「いえ、先生と一緒にいる方が有意義です」

 僕の返答に先生は大きくため息をついた。

「あなたは将来なにになりたいの?」

「先生のお嫁さんになりたいです」

「逆でしょ!? お婿さんでしょ! ってそんな話はしてないわ……あなたは夢とかないの?」

 先生は突然に進路相談を始める。

「……なりたいものがないから、なんでもやってるんですよ」

 僕はなにものかの『たまご』になれる人が羨ましい。『たまご』になれるのは夢がある人だけだからだ。
 夢がない。それは人間にとって不幸なことだ。

「いいことじゃない。やりたいことがわからない大人もいっぱいいるわよ。私だってその一人なんだら……」

「先生は先生になってるじゃないですか?」

「私は私みたいに夢がわからない子供に、夢をもってもらうために教師になったのよ。そんなもんでいいのよ」

「先生……」

「人生なんてそんなもんだからね」

「僕決めました! 先生の恋人になります!!」

「その夢は一年早いわよ!」

「……えっ!? 一年!?」

 たまごは、年が進むにつれて、鳥を目指しているようだ。
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