ショートショート

真白 悟

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SF

世界の終わりに

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 僕はよく知らないのだが、世界というのは終わってしまったらしい。
 なぜって、理由を聞かれても知らないものは知らない。ともかく終わったと言うことを聞いただけだ。
 何が終わったのかすら知らないし、知りたくもない。

「ご主人様、お加減はいかがでしょうか?」
 雑音混じりの声が部屋に鳴り響く。
 もちろん、メイドや家政婦のものではない。ほんの数十年前に流行った女性型ロボットから発せられたものだ。

「大丈夫だよ」
 いつも同じ時間に同じやりとりをする。
 部屋から出ることも出来ない僕にとって、彼女の機械的な対応が、唯一の娯楽といっても過言ではない。
 僕が子供だった頃は、彼女のような家庭用ロボットなんて考えられなかった。
だからこそ、僕は彼女が発売されてすぐに大枚をはたいて購入した。
 何百万もしたが、今でも後悔はしていない。

「如何なさいました?」
 物を尋ねる時の仕草も、人間を彷彿とさせるぐらいに精巧に作られている。初めて見たら人間かどうかわからない程だ。
 しかし、搭載されたAIがかなり旧型のもので、会話のレベルだけは一向に進化しない。
 それがかえって可愛らしくも感じる。

「いやなんでもないよ」
 ただ単に、彼女がセンサー機能で反応していると知っていても、返事をしてしまう自分がいる。
 彼女も、そのことに喜んでいるような顔をするので、なおさらだ。

「そうなんですか……そうだ!お出かけに行かれませんか?」
 無邪気にも、彼女はそう言った。
 もう、10年近くは同じやりとりをしているだろうが、僕は外に出る気は全くない。

「僕は君と一緒に居たいんだよ」
 こう言えば、だいたい彼女は頬を赤らめる動作をして、別の行動に移る。
人間よりも、扱いやすく、関わりやすい。
 だから彼女と一緒に居たい。
 だけど、今回は様子が違った。

「ご主人様はいつもそう仰られて、外には出られません」

 まさか言い返されるなんて、これっぽっちも思って居なかった僕だ。何十年生きてきた中で、一番驚いたと思う。
 彼女のAIでは、それほどの反応が返せるはずがないからだ。

「壊れかけのガラクタが……僕の何がわかるってんだ!?」
 予想外の反応も、あったからだろう。僕は思わず声を荒げる。
 何かに対して、怒りというものを感じたのはいつ以来だろう……おそらく、まだ人間らしい生活を送っていたころのことだ。今となっては、怒りなんていう感情はすでに失われているとさえ思っていた。
 僕はおそらく、彼女のように機会になりたかった。
 だから、怒りすら忘れて、最後の時を送ろうと考えたのかもしれない。

「すみません」
 彼女は目に見えて落ち込んでいる。
 それ自体は昔から彼女が持ち合わせていた機能の一つだ。別段驚くようなこともないし、僕にとってはどうでもいいことだ。

「いや、僕が悪かった。君を貶すなんてどうかしてたんだ……許してくれ」
 思ってもいないことを口にする僕。自分で自分が嫌になる。
 人間だけではなく、ロボットにすら気を使う始末だ。

「頭を上げてください。ご主人様の言葉を理解できない私が悪いのです……あなた様は何も間違っておりません」

 プログラミングをはるかに超えて、彼女はインプットすらされていないような言葉を口にした。
 旧世代ロボットである彼女には、きちんとした会話をする機能だって存在していない。いや、長い間ともにしてきた中で、今回のように反論されたことなど一度もなかったはずだ。
 彼女にできる会話は、僕の体調管理、タイマー、ニュースの読み上げ、肯定ぐらいなもんだ。
 昔携帯に入っていたアシスタント機能、それを少しだけすごくしたもの。それぐらいでしかない。

「故障か?」
 プログラムのエラーでこういったことが起きらしい。
 あくまでうわさで聞いた話だ。
 もしかしたら、エラーかもってくらいのことだが、ともかく通常ではないということだけはわかる。

 そんな僕に対して、彼女は「違います」と断言した。
 目から涙のような雫が流れている。
「ありえない……」

 内蔵されたデータが変化してしまうことは、もしかしたらあり得るのかもしれないが、ハード面は、誰かが取り替えなければ変わるはずなどない。
 僕が寝ている間に誰かが、改造してしまったということか?

――いや、メリットがない。

 そんなことをして、何の意味があると言うのだ。
 壊れかけたロボットを改造して、対して必要とは思えない涙の機能を追加するなんて無駄なことだ。

「僕の頭がおかしくなったのかな?」
 考えられるとしたらそれぐらいだ。
 普通に考えて、そっちの方が納得がいく。
 長い間、薄暗い部屋の中に閉じこもっていたのだ。少しぐらい精神がいかれていても不思議じゃないだろう。

「ご主人様はまともです。だからこそ、外の世界を見るべきなんです」
 彼女は涙ながらに訴えかけてくるが、おそらく、僕自身の心にある『そうしなければならない』という感情が、彼女を介して教えているのかもしれない。
 長らく、外に出たいなんて思ったこともないが、『終わった世界』とやらを見てみたいという感情もある。
 そうだ。ちょっとぐらいなら、出てみてもいいかもしれない。
 そう思うと、居ても立っても居られなくなり、僕は数ヶ月ぶりに立ち上がる。

――その瞬間、世界がふらりと揺れた。

 膝から倒れ落ちたのだ。
 以前ならこんな無様なことにはならなかっただろうが、体力がかなり落ちているらしい。
 外に出るなんて、夢のまた夢、いやもう不可能なのかもな。
 そう思うと、涙が溢れて来る。
 人形遊びに明け暮れた僕の自己責任……そんなことはわかっている。
 全て僕が悪いんだ。
 選択を誤り続けた人生だ。最後くらいはまともな選択をしたい。
 僕は再び立ち上がろうとした。

「大丈夫ですか!?」
 どうやら今度は倒れなかったらしい。僕の腕は彼女の暖かい手で支えられている。

「あたたかいくて、柔らかい」
 金属が暖かいわけなどないし、柔らかいなんてありえない。
 わかってはいる。
 僕の脳が勝手に誤った判断をしているだけだと。だが、それでも、ひさびさに触れた人の温かみは心地よかった。
 こんなことなら、もう少し、人と関わりを持てばよかった。

「今からでも遅くはありませんよ。世界は終わっても、次の世界はすぐに来ます」

 いつのまにか、彼女の表情はにこやかなものに変わっていた。
 人間がロボットに恋心を抱く、そんなことはあってはならないことだが、若い僕にはそれがわからなかった。
 その結果が、いまのような状況を生んだのだ。
 だけど、僕は長い間、彼女の笑顔に惚れ、その笑顔を求め続けた。後悔はあれど、心は安らかだ。

「すまないが、外に連れ出してくれないか?」
 命令ではなく、お願いだ。
 僕のささやかな願い事。そして初めての願い事。
 それを彼女は快く引き受けてくれた。『もちろんです』と。

――もはや死ぬまで開くこともないと思っていた扉はいとも簡単に開かれた。
 赤い夕焼けは、まるで神々の黄昏を思わせる。神々しくも儚い。世界の終わりはいつもと変わらず、僕の眼に日常を写し出した。
 するとどうだろう。何度も見た景色を前に、涙が止まらない。

「苦労をかけたね……今までありがとう」

 感動のせいもあったのだろう、僕は初めて心から彼女にお礼を言った。

「これからもですよ」

 彼女は当たり前のことを言うように、言葉をこぼした。
 僕は彼女の『嘘』を生涯忘れることはないだろう。たとえ、それが僕の妄想だったとしても。

「おめでとうございます。ご主人様」

 振り返った部屋の片隅にあるガラクタから、ノイズ混じりの音声が聞こえた気がした。
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