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1章 刻印を持つ者
1.選ばれし男
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漁が盛んな街は今日も賑わいを見せていた。港には、今日出航するのだろう船が並んでいた。その中にはあの頭(かしら)の船もある。奇しくも今日は神父が行方不明になった日と同じだった。
あの時とは違い、街の中央には、大きな役所が建っている。以前に比べると利便性が増した。
街の東西を分けていた中央通りは、役所の一階部分を突き抜け、依然として街の入り口と港を繋いでいた。
昔から、賑わいを見せる市場はかわらず商業通りにあった。市場では、街で取れた魚はもちろんのこと、どこかの村から出稼ぎで来た者達が果物を売っている。この街では、よそ者だろうが良い物を売る商人は歓迎されるようになっている。
出稼ぎでよそから来たものが、出店を出すのはよくあるが、街に店を持つということは非常に珍しい。普通の街なら、よそ者が常住することを認めない。よそ者を受け入れるというのは、それだけリスクが高いことなのだ。
ところがある1人の神父が言った言葉により、街の人々はよそ者に寛容になる。
『汝隣人を愛せよ。』それは誰もが聞いたことがある言葉だ。ただそれだけに住民の胸には突き刺さる。その言葉を聞いた住民達は涙した。よそ者だから差別するということが、どれだけ罪深いということかに気がついたのだ。
それからというもの、この街では移民を受け入れることも多くなった。そのため、この街には様々な民族がいた。そのためかこの街は、漁の街という名の他に移民の街とも呼ばれた。
移民が増えたためか、街にはなんでもあった。他国の文化を受け入れ巨大化してきたのだ。あの悲劇のあった20年前には想像も出来ないほど、街は発達した。
そんな街には、以前とかわらず中央通りに小さな教会が建っていた。以前も教会は賑わっていたが、今では比べものにならないほど人の出入りが増えた。
その理由の1つは、行方不明になった以前の神父のことがあった。神父は20年経った今でも慕われ続けている。
しかし、もっと重要なこともある。それは、この教会に住む男だった。教会に住む男は、教会よりも有名だった。街の人達は、彼を『働かざる男』と呼んだ。
男の名前はルシフ=セラといった。行方不明になった神父の息子で、現在の神父である。あの神父の面影はあるものの、性格は真反対であった。
ルシフの異名『働かざる男』は、伊達ではない。彼は出稼ぎから帰ってきて4年間まともに働いていなかった。一応神父の格好で礼拝堂に顔を出すも、きちんとミサを行なった試しがない。
だがそれでも、あの神父の息子だ。それだけで一目置かれるのも仕方がないだろう。
ルシフは仕事が終わると、いつものように自室の椅子にもたれかかり、机に乗っている写真立てにかざってある写真を眺めている。写真に写っている男は彼の父だ。いつも厳格な顔つきで布の服を着ている質素な男であった。
ルシフは彼のことが嫌いだった。どう考えても、刻印を忌み嫌い出ていったとしか思えなかったからだ。
ゆっくりと写真を机におくと、ため息をついて祭服を脱いで両手にしていた手袋を外した。手袋を外す右の手の甲には禍々しい刻印があった。
「ああ、働きたくねー……」
そう吐き捨てるまでが、彼の日課だった。20歳になってから、毎日やっている。その日課を終えると彼はしみじみ思う。
(一体どうして、毎日毎日こんなにも人が懺悔にくるんだ?俺は働きたくないのに……)
しかし、彼はその原因が自分自身にあるということに気がついていなかった。ことの発端は丁度一年前ぐらい、ルシフの誕生日の日だった。
————ルシフが働きたくないと懺悔室に篭り、ミサを母に任せてサボっていた時のことだ。
懺悔室はとても蒸し暑く、どうしても動く気にはなれなかった。こんな場所には誰も入ってこないだろうと高を括っていた。しかし、予想とは裏腹に誰かが懺悔室に入ってくる音が聞こえる。その人物は街をまとめていた会長だったが、ルシフはそれを知る由も無い。
会長も相手が『働かざる男』である神父だとは思ってもみなかった。ただ、愚痴が吐ければいい、という程度に考えていた。
それから、会長は小一時間の間、移民の受け入れの多さや、中央通りでの違法屋台を嘆いていた。しかし、話している相手は『働かざる男』だ。まともに話を聞いているわけがない。
それに、働きたくないから誰もこない懺悔室に篭っていたんだから、ルシフはさっさと出ていってほしかった。というか、彼にとっては話をすることすら面倒くさい。
ルシフの面倒くささは限界を超えたようだ。どうすれば相手を追い返せるか考えようとしたが、それすら面倒くさい。だから、誰かが貼った張り紙が目に着いた。
それは『汝隣人を愛せよ』という聖典の言葉を教訓にしろっという戒めの文だった。誰もが、まさかその言葉が、移民問題の改革に繋がるなんて、露ほども思ってはいなかった。
ただ、目についた言葉を適当に発しただけだった。
だが、それを聞いた会長は涙した。自分の情けなさを悔いたのだ。
「結局、私は自分のことばかり考えていたんですね……。神父様、私の懺悔を聞いてくださりませんか?」
会長はそう頼んだ。ルシフは言葉を間違えれば、また長い話が始まることを危惧した。もし、そうなれば今日1日全てが台無しになってしまう。
ルシフは今度ばかりは真剣に考えた。そうして、ついに思いついに最高の一言を思いついた。
「あなたは懺悔するべきことなどありません、それよりもするべきことをしなさい。」
これも、働かないルシフが考え抜いて放った一言だ。会長の心に刺さらないはずがない。
その言葉で、会長は懺悔よりも先にするべきことに気がついた。そうして、「ありがといございます。」とお礼を言い出ていった。
それから、街が大きく発展したことはまた別の話だ。————
その噂を聞いた者達が、彼のことを陰ながら『選ばれし男』と呼ぶようになった。しかし、彼はそのことに未だ気がついていない。
そんな素敵なエピソードがあれば、懺悔室が大盛況なのも仕方がないだろう。
しかし、未だに彼はきちんと仕事をしてるわけではない。適当に返事をしているだけだ。
『そのことはまだ誰にも知られていない。』
あの時とは違い、街の中央には、大きな役所が建っている。以前に比べると利便性が増した。
街の東西を分けていた中央通りは、役所の一階部分を突き抜け、依然として街の入り口と港を繋いでいた。
昔から、賑わいを見せる市場はかわらず商業通りにあった。市場では、街で取れた魚はもちろんのこと、どこかの村から出稼ぎで来た者達が果物を売っている。この街では、よそ者だろうが良い物を売る商人は歓迎されるようになっている。
出稼ぎでよそから来たものが、出店を出すのはよくあるが、街に店を持つということは非常に珍しい。普通の街なら、よそ者が常住することを認めない。よそ者を受け入れるというのは、それだけリスクが高いことなのだ。
ところがある1人の神父が言った言葉により、街の人々はよそ者に寛容になる。
『汝隣人を愛せよ。』それは誰もが聞いたことがある言葉だ。ただそれだけに住民の胸には突き刺さる。その言葉を聞いた住民達は涙した。よそ者だから差別するということが、どれだけ罪深いということかに気がついたのだ。
それからというもの、この街では移民を受け入れることも多くなった。そのため、この街には様々な民族がいた。そのためかこの街は、漁の街という名の他に移民の街とも呼ばれた。
移民が増えたためか、街にはなんでもあった。他国の文化を受け入れ巨大化してきたのだ。あの悲劇のあった20年前には想像も出来ないほど、街は発達した。
そんな街には、以前とかわらず中央通りに小さな教会が建っていた。以前も教会は賑わっていたが、今では比べものにならないほど人の出入りが増えた。
その理由の1つは、行方不明になった以前の神父のことがあった。神父は20年経った今でも慕われ続けている。
しかし、もっと重要なこともある。それは、この教会に住む男だった。教会に住む男は、教会よりも有名だった。街の人達は、彼を『働かざる男』と呼んだ。
男の名前はルシフ=セラといった。行方不明になった神父の息子で、現在の神父である。あの神父の面影はあるものの、性格は真反対であった。
ルシフの異名『働かざる男』は、伊達ではない。彼は出稼ぎから帰ってきて4年間まともに働いていなかった。一応神父の格好で礼拝堂に顔を出すも、きちんとミサを行なった試しがない。
だがそれでも、あの神父の息子だ。それだけで一目置かれるのも仕方がないだろう。
ルシフは仕事が終わると、いつものように自室の椅子にもたれかかり、机に乗っている写真立てにかざってある写真を眺めている。写真に写っている男は彼の父だ。いつも厳格な顔つきで布の服を着ている質素な男であった。
ルシフは彼のことが嫌いだった。どう考えても、刻印を忌み嫌い出ていったとしか思えなかったからだ。
ゆっくりと写真を机におくと、ため息をついて祭服を脱いで両手にしていた手袋を外した。手袋を外す右の手の甲には禍々しい刻印があった。
「ああ、働きたくねー……」
そう吐き捨てるまでが、彼の日課だった。20歳になってから、毎日やっている。その日課を終えると彼はしみじみ思う。
(一体どうして、毎日毎日こんなにも人が懺悔にくるんだ?俺は働きたくないのに……)
しかし、彼はその原因が自分自身にあるということに気がついていなかった。ことの発端は丁度一年前ぐらい、ルシフの誕生日の日だった。
————ルシフが働きたくないと懺悔室に篭り、ミサを母に任せてサボっていた時のことだ。
懺悔室はとても蒸し暑く、どうしても動く気にはなれなかった。こんな場所には誰も入ってこないだろうと高を括っていた。しかし、予想とは裏腹に誰かが懺悔室に入ってくる音が聞こえる。その人物は街をまとめていた会長だったが、ルシフはそれを知る由も無い。
会長も相手が『働かざる男』である神父だとは思ってもみなかった。ただ、愚痴が吐ければいい、という程度に考えていた。
それから、会長は小一時間の間、移民の受け入れの多さや、中央通りでの違法屋台を嘆いていた。しかし、話している相手は『働かざる男』だ。まともに話を聞いているわけがない。
それに、働きたくないから誰もこない懺悔室に篭っていたんだから、ルシフはさっさと出ていってほしかった。というか、彼にとっては話をすることすら面倒くさい。
ルシフの面倒くささは限界を超えたようだ。どうすれば相手を追い返せるか考えようとしたが、それすら面倒くさい。だから、誰かが貼った張り紙が目に着いた。
それは『汝隣人を愛せよ』という聖典の言葉を教訓にしろっという戒めの文だった。誰もが、まさかその言葉が、移民問題の改革に繋がるなんて、露ほども思ってはいなかった。
ただ、目についた言葉を適当に発しただけだった。
だが、それを聞いた会長は涙した。自分の情けなさを悔いたのだ。
「結局、私は自分のことばかり考えていたんですね……。神父様、私の懺悔を聞いてくださりませんか?」
会長はそう頼んだ。ルシフは言葉を間違えれば、また長い話が始まることを危惧した。もし、そうなれば今日1日全てが台無しになってしまう。
ルシフは今度ばかりは真剣に考えた。そうして、ついに思いついに最高の一言を思いついた。
「あなたは懺悔するべきことなどありません、それよりもするべきことをしなさい。」
これも、働かないルシフが考え抜いて放った一言だ。会長の心に刺さらないはずがない。
その言葉で、会長は懺悔よりも先にするべきことに気がついた。そうして、「ありがといございます。」とお礼を言い出ていった。
それから、街が大きく発展したことはまた別の話だ。————
その噂を聞いた者達が、彼のことを陰ながら『選ばれし男』と呼ぶようになった。しかし、彼はそのことに未だ気がついていない。
そんな素敵なエピソードがあれば、懺悔室が大盛況なのも仕方がないだろう。
しかし、未だに彼はきちんと仕事をしてるわけではない。適当に返事をしているだけだ。
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