永劫回帰の黙示録(レヴェレーション)

真白 悟

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5章 智の魔王

7.王国魔術師団

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 自分の行いの恥ずかしさからしばらく、ルシフは立ち上がらなかった。たかだか人間ごときが水面を走ることなど出来るはずはないし、そんなことを考えること自体がおこがましいだろう。

「ははは……これじゃあ結局遠回りをした方が早かったな……」

 乾いた笑い声と、自信が水に浮かぶことで生じるわずかな波の音とのデュエットはなんだか切ないメロディーのように聞こえた。
 ルシフはその気持ち悪い音楽を黙って聞いていられずに勢いよく立ち上がろうとする。だがもちろん足が付くわけもなく、水中に浮かんでいることしかできない。

「これってただの水たまりじゃないのか? ちょっと深すぎやしないか……」

 小言を吐き捨てるルシフだが、いつまでも立ち止まっている余裕もない。必死で陸上まで泳ぐが、何かに足を取られてまったく進まない。それどころか足がもつれて溺れてしまいそうだ。

(あ、これは本当にまずいんじゃ…………)

 足に絡んでいたのは海藻のようなものではない。海などではよく見られるデビルフィッシュと呼ばれる凶悪なまものだ。おそらく海から水を吸い上げた時におまけとしてついてきてしまったのだろう。
 デビルフィッシュはその特徴的な見た目である9本の足を使い、海洋生物はおろか、人間でさえ捕食対象とする魔物だ。もし海でつかまれたのなら人生をあきらめなければならないとされるほどに危険な生物なのだ。それはルシフにとっても例外ではない。
 どんどん水面から深い場所へと引きずり込まれていき、ルシフは死を覚悟した。だが、決してあきらめたわけではない。息を止めてできるだけ酸素を無駄遣いしないように頑張った。それはまだ誰かに助けてもらえるという可能性を捨てていなかったからである。

(誰でもいいから助けてくれ……!)

 非常に望み薄ではあるが、一ミリでも助かる見込みがあるのであればそれに賭けたいと思うのは人間のサガだろう。ただルシフでなければ、ここまで冷静な判断は出来ない。この世で一番死に近いルシフであったからこその機転なのだ。
 だが、そんな奇跡のようなことは常識的に考えても起こりえないことだろう。
 ルシフの体はどんどん水底へと吸い込まれていく。

(息が続かねぇ……)

 ルシフは酸素が不足し、意識も朦朧とし始めた。さっきまでは痛いながらも鮮明に見えていた水の中も今ではあまり見えない。
 ついには口を閉める力すら失い、口からは残った空気が抜けていく代わりに海水が大量に流れ込んだ。『もうだめだ』とそうあきらめたルシフを誰が責められるだろう。いや誰も責められはしない。人間の最後なんて結局は諦めによってもたらされるものであろう。
 遠ざかる意識の中、水面を見上げた。そこには人影が見えたような気がした。だがルシフはもはやお迎えが来たことを憂いでいる。ルシフにとってそれが最後の景色となった――――――――――

―――――――――はずだった。
 
「おいいつまで寝ているんだ! おい、天才!」

 ルシフは誰かが呼ぶ声に目を覚ます。やっとの思いで起き上がるもあまりにも多くの海水を飲み込んだようで、体長はすこぶる悪い。もしかすると永劫回帰とはここまで気分が悪いものなのだろうかなどと、気軽に考えていたルシフだ。
 なぜなら、目の前にあるその姿は何度も見た姿であったからだ。

「お前か……俺にはとても懐かしい顔だが…………こういうべきなのか? おはよう……」
 
 そう、ルシフを助けた彼はルシフにとっては旧知の仲なのだ。王国魔術団の黒い軍服に漆黒のマントを羽織った暑苦しい服装をしたいかにも悪役といった彼はルシフの元上司である。

「元上司に向かってお前とは……お前はなんにもかわらないのな? あとこんな時はありがとうとでも言ってもらえるとお前の成長を実感できるのだがな」
「ありがとう? ……ってことは俺は助かったのか?」
 
 まさか自分が生きているなどと思っていなかったルシフは驚きをかくせない。なによりも懐かしい人物に会えたことがいまだかつてないほどの励みになった。
 しかし、こんな暖かい気候の中でも制服を脱がない彼のそのスタンスだけは気分が悪くなるルシフ。

「で? お礼は?」
「……お前、まだその服着てるのか?」
「おい! お礼は?」
「王国魔術師団の中で制服を着ている奴なんてお前くらいだぞ?」
「――――は、話を聞け?」

 彼の杖から閃光のような電撃が走る。折角の命をルシフはこの時無駄にしてしまったのだ。

「………イテ!」

 電撃量は明らかに致死量に達しているといっても過言ではないが、ルシフにとってそれは大したことではなかった。彼が全力で魔法を放ったのだろう。

「そんなもんで済むわけないだろう? まったくお前の体はどうなっているんだ?」

 その問いに答えるルシフはいつにもまして自身に満ち溢れており、何より大声を出す時よりも大きく息を吸い込んだ。その時間はあまりにも長く、まさに数十秒の間息を吸い込んでいる。その様子は彼も少しあきれ気味でため息をついていた。

「それは? あんたに何度も教育されたからだ?」

 そう自信満々に言い放った。もちろん自慢できることなどではない。

「おいおい、お前は俺をバカにしてるのか? 折角助けてやったていうのによう……はぁ、こんなことなら助けなければよかったぜ……ってそんなわけにもいかないんだけどな!」
 
 ルシフの元上司である彼は、一人で突っ込みとボケと突っ込みを繰り返して一人で大爆笑するという離れ業をやって見せた。
 もちろんこんな上司だからこそルシフは信頼を置いてバカにしているわけだが、彼はそんなことは知る由もない。だからこそバカにされるたびに教育という名のパワハラを繰り返していた。
 それがかえってルシフから信頼される要因となったのだ。

「それで……俺に何か用なのか?」

 ルシフの問に急に慌て始めた彼を見ると事態が急を要するということはよくわかった。それだけにルシフは王都に戻った3人のことが心配でならない。もし、今回の連絡がルシフ自身にあてられた緊急連絡だとなれば、おそらくダンダリオンが関わっていることは間違いないだろう。

「あいつらから聞いているとおもうが、ダンダリオンの軍勢が予想よりも早く攻めてきた。おそらく帝国騎士団だけじゃ数日と持たないだろう……」

 ルシフの予想は悪くも的中してしまった。しかも予想よりも悪い。

「聖者が4人もいるのに!?」

 ダンダリオンの強さは戦ったことのあるルシフが一番よく知っているが、それでも聖者4人に対して圧倒できるほどの戦闘力はない。
 ルシフは少し考えが甘かったようだ。おそらくダンダリオンの軍勢の中に悪魔が数体いるのだろう。
 だが、ルシフにはわからないことがある。どうして魔術師団の一行がルシフを迎えに来た理由だ。ルシフ自身は大した実力のない人物であり、何よりも王国騎士団が一番頼ることが出来ない悪魔の刻印を持つものなのだ。そんなものを頼って助かったとしても王国騎士団にとっては名誉を失うだけに他ならない。

「言いたいことはわかるが、悪魔の数があまりにも多い。もちろん俺たちも共に戦うべきなのだろうが……。俺たちはどう考えても戦力外だ……っ! だがお前なら…………お前と一緒ならあるいは――――――」

 彼の言い分はわかるルシフだが、たった一人が増えたところでなに一つ変わらないだろう。そうそれはあの時と同じなのだ。

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