混血の守護神

篠崎流

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闇に羽ばたく者

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ある程度技術習得と有効性を確認した後フィルとヤオとで本格的にキリスト教への接触を図る

これも過去の事例と同じく、大宗教の教皇とは言え極端に監視が厳しいとかそういう事でもない、この辺りの時代でも政治に関わっているとは云っても、皇帝側、公権力側とは違いガチガチでもない

元々の教理もあるが、来る者拒まずの部分が強くこれはなんのジャンルのモノでも同じで広めるならヘタな規制や制限は文字通り信仰の制限になる

教会にメリットはそもそも無く二人も「見た目」は子供だから得に怪しまれる事もない、そのまま教会の手伝いの類を行い、後は事前情報の通り、事が起こるまで待つ事となった

「上手くいっているようね」
「うむ、フィルの能力云々に関わらず元々西洋人なのが大きい、見た目年齢的にも不審がられない」
「ところでもう残り日時が少ないのだけど、イマイチはっきりしないわね?」
「円の方か?」
「ええ」
「うーん‥確かに未だに別働の方は謎のままじゃ、多分だが本筋の妨害、或いはウチには関わってないのかも知れない、この時期まで不確定となればのう」

「なるほど、つまり別働隊を用意したけど本題のローマ教皇の妨害は実際関わらない、ついでにヤオにも関わってない」
「その線が強いの、予想予知が明確であるか無いかというのは歴史への干渉がウチへの干渉、これが強い程ハッキリする、その二点が元々少ないとも云えるのだろう」
「なら私が分かれて動く必要もないような」
「いや、今更変える必要も無いな、幸いと言っては何だが本筋の妨害に強力なモノも感じないし、今の所はだが」

「私の行動が無駄に成っても構わない、という訳ね、ヤオとフィルだけで十分いけると」
「おそらくな」
「なら、そのままでいいか‥」

と、して当初の方針のまま時期を待った

そこから数日、先に述べた「シャロンの戦い」の戦端がフランス北で開かれる、両軍、フン族と欧州連合の戦いは正統的な決戦が展開

所謂、正統陣形、中央、左翼、右翼三陣同士でのぶつかり合いから、当初はフン族側が優位に展開した

双方合わせて五万程度の戦力で規模は大きいのだが決戦自体は長期戦にはもつれなかった

欧州連合側参戦右翼がフン族連合左翼を崩して押し返し、そのまま敵中央本体を側面攻撃を掛け崩し、フン族のアッティラ大王が後退から一旦戦場を離脱

戦術的撤退を比較的早期に果たした事で一応、欧州連合が戦術的勝利という形で終る事になる

戦死者が両軍合わせて一万という大きな被害でローマ側も追撃は出来ず、双方痛み分けでの決着に近い戦果だった

そうなった理由も双方被害が多い事もあるが、フン族のアッティラ大王の明確な方針もある「戦史」と云うのは多くあるが大抵の場合、明確な戦略目的と戦術的結果が結びつく事は近代まで少ない

最初の理由も結果も偶発的なモノが非常に多く国家的利益に成る事も殆ど無いが、アッティラ大王のやった事だけ見れば彼が王としてだけでなく軍人、戦略家としても優秀である事が伺える

戦力を集めて西に仕掛け、無意味に支配や殲滅を行わず、欧州各国に攻め、首都を包囲、賠償金を得たら素直に引いて、再び別な国に仕掛ける、という事を徹底して行った事にある

つまり最初から戦略に置ける目的「明確な利益」があって戦術面での結果、自軍に疲弊を極力避けるが当初から行われている事、故に「徹底抗戦」の愚策は行わなかった事にある

そして、この決戦の後、直ぐにローマへ再進行を南から行い、再びローマへの包囲作戦を行った、ここでようやくヤオらの出番と成った

問題は先に述べた通り複数の絡みの予想予知が残った、そしてそれが明確で無い事である

ある意味、本題を担当するヤオとフィルは不安要素は少ないのだが別働を担当する円はそうではないという事だろう

シャロンの戦いから更に10日後にはフン族は西への侵攻、予知の通り、ローマ教皇レオ一世が相手と接触する為に、少数、馬車と護衛等含め十人程で出立する事になる

これにフィルが潜り込み同行、ヤオは身隠しのまま離れて同行し、円は先行してフン族の本軍へ単身向かった、臨機応変な対応の面で言えば、これが適切であろう

教皇の旅にしては少数ではあり、聊か軽率にも見えるがこれには事情がある。フン族のアッティラ大王はローマ教皇からの親書を受け、元から外交に関しては受ける意思を見せていて寧ろ歓迎すらしていた事

これも先に述べた通り、アッティラ大王は覇者には違い無いのだが冷静で戦略に秀でている

平和外交の使者を忙殺する様な事をしてもメリットもなく、一定の条件で戦わず引くなら寧ろ美味しいとすら考えられる、まして相手はローマ教皇だ恩を売って損もない。

円は当日には早駆けで東軍の本陣を正面に確認した所で一旦離れ、周囲警戒しつつ気での探りを行う、あまり集団に近いと魔の類を探すのも混ざって探知がし難い事、別働隊なら必ず本隊とは離れて動くだろうと考えた。

この読みは正解であったが問題もあった。相手が人と違いが無い場合、円の気での探りはジャンの様な使徒の類では気質に違いが無い為紛れられると探すのは難しい事である

翌夕方にはローマから発った教皇の一団は夜半の移動を避けて、一旦平地街道付近にキャンプを張って滞在ここで先に「干渉」が現れる

時間にして零時くらいだろう
ヤオは予知が明確に分ったこの時点でフィルと共に野営場所から抜け出し北にある河川周辺の林に向かった、そしてヤオが伝える前にフィルが分った

「あの集団?」と距離にして2km程先の暗闇を指して云った
「見えるのか?」
「うん、3人かな、兵隊ぽい」
「呆れた視力じゃの‥」
「寧ろ夜のが見えるよ」
「ま、闇の眷属には違い無いし、不思議では無いか」

そう云った通り吸血鬼は寧ろ夜の方が力が増す。快晴の日の夜で月はあるが、略真っ暗闇で刺客も火等焚きはしない、それでもフィルには昼間より見えるのだ

「よし、行けるか?」
「だいじょうぶ、相手を戦闘不能にすればいいんだよね?」
「うむ、取り付いている人間、器が動けなくなれば本体も外に出ざる得ない、だが、やりすぎも困るぞ」
「多分大丈夫」

フィルは云った前に駆けた。駆けたというよりは飛んだだろうか、何しろ殆ど地面に着いていない

燕の様に低く滑空する様に走った元々飛べるヤオでも付いて行くのがやっとの程のスピードだ

それも当然だろう、これはフィルと円の戦いでも明らかだ、円ですらまともに捉えるのが難しい程なのだから、まして今は「夜中」

「しかしこれは悪くないのう‥隠密任務にはピッタリじゃ」そうヤオも云うくらいだ
「ヤオは見える?」
「目では見えんな、だが、人とそうでない奴は感じる事は出来る」
「三人横並びだけど取り付いてる奴はどれ?」
「真ん中の奴じゃろう」
「分った」
「どうするんじゃ?」
「無関係な人だけ先に戦闘不能にする」
「???」

フィルは一度、スッと地面に片膝、両手を着く格好で降りて力を溜めて発射される弾丸の様にまた飛ぶ

目標の相手との距離300Mに収まった所で空中で体勢を変えた

左前構えに右手を思いっきり引いて「フッ!」と小さく息を吐いて振りかぶって何かを投げた。そう、着地した瞬間拾った五センチ角の「石」二個、これを相手と接近戦する前に投擲した

そしておそらく当ったのだろうヤオにも全く見えなかったが静かな夜の闇の中、確かに悲鳴の様なものを遠くに聞いたのだ

フィルは遠くに響いた「声」の先に辿り着いたのは僅か30秒。前に駆けた勢いのまま、滑りながら残った相手の面前に降り立った

残った一人、「兵隊」と云った通り鎧兜の若武者だった、相手も余りの出来事に狼狽したが。咄嗟「狙撃された」事を察して両刃の片手剣を抜き面前に飛んできたフィルを略条件反射的に横に切った

この状況でこの行動が行えるだけでも大したものだろう。だが、それでも相手が悪過ぎた

横に払った剣はフィルの残像を切って空振り、勢い余って踏鞴を踏んで前に体勢を崩した瞬間右手に持っていた剣ごと腕を後ろ手に捻られ前にうつ伏せに倒されて地面に張り付けにされる

「な!?」としか武者も出なかった

当人が何か云えたのはそれが最初で最後だった、フィルは武器を奪うと同時背中から圧し掛かった状態で首に手刀を入れて相手を失神させて終わったからだ

余りにも鮮やかで無駄の無いフィルの手並みにヤオも、半ばボーゼンとしていたが、ハッと我に返って

咄嗟地面に捕縛された相手に退魔術を展開、今回は乗り移った相手の姿すら認知出来ないまま宝玉に闇が吸い込まれて、完遂となった

二人は立ってフィルは興味深そうにヤオの宝玉を見ていた

「それが?」
「うむ、出て来る前に終ってしまったので何かすら確認出来んかったがそうじゃ」
「そっか」
「おっと、まだやる事はある」

とヤオは周囲を確認、横に転がって呻く他の二人の兵も診断し問題無い事を確認して一応軽く治癒術を入れた後、前後を記憶を消して眠らせる

「だいじょうぶ?」
「うむ、両方共膝が折れたが一応治して記憶も消しておいた」
「そっか」
「しかし、あの距離から石投げて足を狙って当てて砕くとはの‥ものすごいコントロールとスピードだ、確信は有ったのか?」
「んー‥なんとなく」
「‥あのなぁ」
「え?あの‥ちゃんと下狙って投げたから、外れても気を逸らすくらいになるのかなと」
「ヘタに当ったら死ぬぞ‥」
「あ、その、ごめんなさい‥」

「だがまあ、結果的には文句のつけようがないし狙った、というならそうなんじゃろう‥ご苦労さんじゃったな」
「うん‥、それでこれで終わり?」
「うむ、分岐、予想予知の分かれ道も消えた、正常な歴史に戻る」
「でも、円おねえちゃんの方は?」
「干渉が見えない以上、おそらく次も無い、別働も諦めた、故、道も消えた、という事になるかの?」
「そーなんだ、じゃあ戻ろうかお腹すいたし」
「うーむ‥本来は必要ないが、一応戻って教皇の一団と合流するか」
「必要ないの?」

「このまま離脱した方が後々の面倒が無いのだが確かにフィルの云う通り、円の方の心配も残るしの」
「予想予知ていうのは後で変わったりしないの?」
「あくまで「予想」であるから絶対ではない、その意味フィルの言う事にも一理ある、最後まで見届けてから離脱しても良いだろう」
「わかった」

として二人はそのまま深夜の内に再び教皇の野営場所に戻った。

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