『チート作家の異世界執筆録 〜今日も原稿と畑で世界を綴る〜』

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第21話 引きこもりたいんだ俺は!

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 王都の賑わいに包まれた表通り。
 石畳を踏むたび、リュウの革靴に伝わる振動が、異世界来訪の実感を呼び覚ます。商店の軒先には色鮮やかな布が翻り、屋台の香辛料と焼き肉の香りが入り混じる。だがその喧騒をかき消すかのように、一行の視線はひときわ端正な建物へと吸い寄せられた。そこだけ、まるで別の世界のように、静かで厳かな空気を纏っていた。

「……ここ、奴隷商って聞いてたけど、まるで高級ホテルたい」

 白大理石の外壁は朝日に反射し、まばゆい輝きを放つ。まるで、そこが弱き者を救う聖域であるかのように。柱頭飾りには王国の紋章が厳かに掲げられ、両脇の等間隔に並ぶ噴水からは、透明な水が優雅に滴り落ちる。その光景は、リュウが抱いていた「奴隷商」の暗いイメージを軽やかに打ち砕いていく。

 磨き抜かれたガラス扉には、金色のレリーフで「庇護者紹介所」と刻まれている。まるで招かれる者を慈しむかのような書体は、不安と期待が入り混じったリュウの胸をそっとくすぐった。

 ティアが手にした小さな羊皮紙を確認しながら囁く。
「王都では“奴隷”という言葉をあえて廃し、“庇護契約者”と呼ぶよう法改正されているの。人権保護の観点から一昔前とは大きく違うみたいね」

「それにしても……清潔感、ありすぎやなかと?」
 ルナが眉を寄せる。その疑問は、リュウの心にも深く響いた。背後では、ミランダが軽く頷きながら白い手袋を整えていた。

 リュウは心の中で、昔読んだダークファンタジー小説に出てくる「鎖に繋がれた奴隷市」を思い描いていたが、そんな想像は見事に裏切られていた。ここは、光と希望に満ちた場所のように見えた。
 
 “ポンッ”

 重厚な扉が内側に開く音とともに、一行は迎賓ホールのような大空間に足を踏み入れる。吹き抜け天井からは柔らかな光が差し込み、壁面を彩るタペストリーには歴代の庇護契約者たちの姿が、誇らしげに描かれている。

「いらっしゃいませ」
 カウンターに現れたのは、銀髪を後ろで束ねた初老の紳士。整った白髭と深い襞の入った顔には、長年の慈愛が滲んでいた。手には繊細な刺繍入りの革手袋、触れるものすべてに敬意を払うかのようだ。その穏やかな佇まいは、リュウたちの緊張を優しく解きほぐしていく。

「庇護契約をご希望でしょうか? ご紹介可能な方々をご案内いたします」
 その声は穏やかで、聴く者の緊張をほどくように包み込む。

「は、はい。できれば……若くて、将来を選べる子がいれば、と」
 リュウはやや小声で答えた。喉の奥に残るわずかな緊張を、カウンターの曲線が和らげてくれるようだった。彼自身、まだこの制度の実態を完全に把握しきれていない不安があった。

「ご安心を。我々の方針は“職業選択の自由と教育の提供”。働きながら学び、希望があれば王都の各種学校への進学も可能です」
 初老の紳士は微笑みながら一礼する。その言葉は、リュウの心に温かい希望を灯した。

 ティアの瞳がきらりと輝いた。
「……この国、本当に未来の社会福祉が進んどるな……」
「なんか、うちより詳しくない……?」

 案内されたのは、吹き抜けに面した中庭風の大広間。四角く刈り込まれた生け垣が縁取り、中央の大きな噴水からは清涼な水音が静かに響いている。床には淡い青のタイルが敷かれ、爽やかな風とともにほのかな緑の香りが漂った。そこには、静かで穏やかな時間が流れていた。

 石のベンチに腰掛けた6人の少年少女は、制服のようなシンプルなローブをまといながらも、それぞれの個性がにじみ出ている。皆、戦災で家族を失った孤児たち──だが、その瞳はどこかしっかりとした芯を宿していた。未来を見据える彼らの瞳に、リュウは静かに心を打たれた。

 店主は、一人ずつ丁寧に紹介していく。

 アルタス(22歳/犬獣人・男性)
 大柄でがっしりとした体躯。鋭い視線が一瞬こちらを威圧するが、不意に見せる柔らかな手つきは繊細そのものだ。
「……刃物は得意です。剥き物、包丁、研ぎ……厨房補助に向いていると思います。」

 ミーガン(20歳/人族・男性)
 知的な眼鏡越しに論理的な微笑みを浮かべる。数字を扱う手つきは滑らかで、在庫管理や会計業務で力を発揮しそうだ。
「効率は常に求めます。料理も経営も、基本は論理。“無駄”が嫌いです。」

 ロッテ(19歳/人族・女性)
 柔らかな栗色の髪を揺らしながら微笑む姿は、まるでお菓子のように甘く温かい。裁縫や接客、家事全般をそつなくこなせる才媛だ。
「小さい頃、おばあちゃんにドレス作りを教わったの。リフォームや装飾なら私にお任せくださいね♪」

 バズ(16歳/犬獣人・男性)
 眉目秀麗とは言い難いが、その屈託のない笑顔に誰もが心を許す。持ち前のパワーで荷運びは無敵。
「どんな荷物でも一発で運ぶっス! あとスープの味見も得意っス!」

 アマネ(15歳/人族・女性)
長い黒髪で顔を半分覆った、影のような静かな少女。言葉少なだが、その視線は厨房の火加減すら読み取る。
「……火加減、ずれてます。焦げますよ」
 ミランダがすかさず頷き、太鼓判を押す。その言葉には、確かな信頼が込められていた。

 ロメオ(12歳/人族・男性)
 無邪気な笑顔を振りまく小柄な少年。飲食店の空気にもすぐ馴染み、客の心を掴む天性のコミュ力がある。
「お兄ちゃんお姉ちゃん、料理うまい? おれ、食器集めなら誰にも負けないぜー!」

 紹介を終えた店主は、ゆっくりと深呼吸をしてから静かに口を開いた。その言葉には、彼らへの深い愛情と、新たな人生への願いが込められていた。

「どの子も、過去には痛みや悲しみを抱えています。ですが“今”を大切に生きたいと願う純粋な心が、皆に共通しています。彼らには、ただの雇い主ではなく、“居場所”と“仲間”を与えてくれる方が必要なのです」
 
 リュウは、ベンチの前に立つ彼らの顔を順にじっと見つめた。
 笑顔の裏に淀む孤独、俯く瞳に宿る強さ。自分は、この子たちに何を与えられるだろう? 心の中に、温かい感情が芽生える。
 胸を締めつけられるような思いと同時に、ある確信が芽生えた。
 
「全員、うちで引き取るよ」
 リュウは迷いなく告げた。その声には、一切の躊躇いがなかった。

 店主の目が一瞬、大きく見開かれたが、すぐに深い安堵の色を帯びて頷き、ゆっくりと頭を下げた。その表情は、心からの感謝を表していた。

「……この子たちの“次の章”を、ぜひあなたの筆で紡いでください。皆、あなたとともに歩みたいと願っています」
 
 夕陽が王都の屋根瓦を黄金色に染める中、足取りはいつになく軽かった。新たな家族を迎える喜びが、疲労を忘れさせてくれるようだった。

 ルナがぽつりと、小さな声で呟く。
「また、大家族になるばいね……」
「これで……俺、引きこもれる……?」
 リュウは後ろを振り返りながら問いかけた。その表情には、どこか期待と不安が入り混じっていた。

「無理やけどな」
 ティアとミランダがほぼ同時にツッコミを入れる。軽妙な舌戦の合間に、6人の孤児たちの笑顔が、まるで心の中に温かな灯をともすかのように蘇る。彼らの笑顔は、リュウの新たな生活を明るく照らすだろう。

 そう、ここから始まるのは、引きこもり宣言をする男と、彼が見つけた〈かけがえのない大家族〉の物語。次なる「居場所」が、すでに動き出していた。
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