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第22話 筆の家に、もう一棟
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冷たい露が草葉を紫に染める頃、リュウは思わず息を呑んだ。かつて畑だった一角はすっかり更地となり、地面には整地魔法の痕跡がまだうっすらと光を放っている。空中には、小さな建設精霊たちが忙しなく飛び交い、まるで工房の精巧な機械音のような「ウィーン……トントントン!」というリズミカルな音色が響き渡った。
「……いや、これ……もう家じゃなくて、“村”じゃない?」
リュウがつぶやくと、背後からルナが設計図を差し出した。手元のページには、彼自身が原稿帳に走り書きした構想が、丁寧なイラストつきで描かれている。
筆の家・従業員寮の設計は、六つの個室を中心に据え、広々とした共用食堂、男女別の浴場、そして洗濯室や談話室を完備しています。特に、明るい窓には緑のカーテンが揺れ、朝日が室内に差し込むように工夫されており、住む人々の日常に希望が宿る場所となるように設計されていた。
「うん、間違いない。俺、こんな“人に優しい寮”を書くはずじゃなかった……」
自戒を込めた声に、ルナは目を輝かせて応じる。
「何言いよっと。最高たい!」
「うむ、まるで“社会福祉建築賞”にでも応募できそうな設計だな」
ミランダとティアも思わず顔をほころばせる。
「というか、もはやうちの異世界運営、王国より福祉進んでない……?」
リュウが感嘆交じりに言うと、バズがはち切れんばかりの笑顔で頷いた。
数日後
青空の下、完成したばかりの寮が陽光に輝いていた。外観は「筆の家」と同じログハウス調だが、中に一歩足を踏み入れれば、温かい木の香りとともに新築特有の清潔感が鼻腔をくすぐる。
個室には、ふかふかのベッド、仕事机、収納棚、本棚が完備され、壁にはそれぞれの名前が刻まれた木製プレートが掛けられている。共用食堂には大きな丸テーブルが置かれ、十人分の椅子が並んでいる。お昼時にはその香りが部屋いっぱいに広がる。談話室には天窓があり、夜には星空を眺めながら語り合え、リュウの趣味である漫画棚が一角に設置され、誰もが自由に手に取って読めるようになっていた。また洗濯室にはミランダ特製の草精石回転式脱水機が鎮座しており、回すたびに微かな草の香りが立ち上がる仕掛けです。
「わー! ここ、オレの部屋!? ふかふかベッドだー!!」
ロメオがはしゃぎながら跳ね回り、バズは扉を開けては閉め、窓から差し込む光を満喫している。
「アマネちゃんの部屋、すごく静かでいい香り……」
ロッテが優しく囁くと、アマネは少し照れたように微笑んだ。
「この机、前の家より広い……書きもの、はかどりそうです」
ミーガンはノートを出し、早速書き込みを始めた。
「よかった……みんなが喜んでくれるのが、一番ばい」
ルナの声には、揺るがぬ優しさが宿っていた。それを聞いたリュウは、天井の木目を見上げて小さく呟く。
「これで……これでようやく……引きこもれる……かも……」
「否。寮の世話係と新人教育により、あなたの自由時間は当面ゼロです」
ティアの鋭いツッコミが、あっけなくリュウの夢を打ち砕いた。
「どわああああ!!」
暖色のランプが灯る食堂に、筆の家メンバーが持ち寄った料理がずらりと並ぶ。香ばしいパン、彩り豊かなサラダ、自家製のスープにローストチキン、まるで祝宴のような光景だ。
「はい、乾杯ばい! これからうちは家族ばい!」
ルナの音頭で、皆がグラスを掲げる。
「かんぱーい!」
ロメオはスープ皿を抱えたままノドを鳴らし、バズは鶏肉にかぶりつく音を響かせる。ミーガンは効率重視で帳簿片手に食事記録をつけ、アマネは窓辺で静かにトマトを噛む。ロッテとミィは仲良くサラダを盛り付けながら笑い声を交わしている。
リュウはその賑わいを見つめ、ノートを開いてそっと筆を走らせた。
新しい家に、6つの灯りが灯った。
小さな笑い声、こぼれるスープの香り、誰かの心に「ここに居ていい」と思える場所ができた日。
それは、筆の家が“国”になる一歩だったのかもしれない。
完成したばかりの寮にも、すでに新たな物語の息吹が満ちていた。
「……うん、これも、悪くないかもな」
リュウの呟きに、どこからともなく鈴のような笑い声が響いたような気がした。
おそらくそれは、この家が“また誰かを受け入れた”証だったのだろう。
窓から漏れた光が木製の床に縞模様を描き、白い暖簾がそよ風に揺れる。厨房のドアを開け放つと、炊きたてのご飯のふんわりと甘い香りと、味噌スープの立ちのぼる湯気が迎えてくれた。
「はーい、全員起きとるねー!? 遅刻は、なしっ!」
ルナの快活な声が響き渡る。彼女はカウンター脇でタオルを肩にかけ、キラキラした瞳で皆を見渡す。
バズはまだ眠気を引きずりながら、大きな木箱をひょいと抱え上げる。
「うぅ……昨日のベッド、ふかふかすぎて危うく寝過ごすとこだったっス……」
箱の中身はルバーブや乾燥ハーブなど多彩な食材。彼の太い腕がふるふると震えているのが可愛らしい。
ミーガンは冷蔵庫の前でメモ帳を開き、野菜ひとつひとつを点検中。
「厨房、器具点検完了。食材在庫、昨日時点でジャガイモが23%消費……誤差なし」
記帳のペン先が滑るたび、かすかなインクの香りが漂う。
「ミィちゃん、今日は“星型トマト”どうする~?」
ルナが腰に手をあてて呼びかけると、ミィは包丁を持ったままパタリと顔を上げ、くるりと笑った。
「いいねいいね! ロッテちゃん、盛り付けチームに正式加入決定~!」
ロッテはすぐに飛びつき、サラダボウルに手を伸ばす。
「ふふ、まかせてね。かわいくするの得意だから♪」
ハーブの緑とトマトの赤が、まるで宝石のようにキラリと輝く。
ミランダは大きな鍋を前に、すでに主菜の仕込みを開始していた。
「アマネ、火加減は?」
アマネは無言で鍋の傍らに立ち、集中したまなざしで炎を見つめる。
「……大丈夫。中火維持、あと3分」
ミランダが頷くと、ほのかなほほえみがラミアの口元に浮かんだ。
ティアは遠くから手を小さく握りしめ、数字の入った端末を注視している。
「感情表現+3ポイント…表情成長指数、今日で大幅上昇だな」
「数値化するんやない!!」
店の外では、ロメオが熱心にチラシを撒きながら通行人に声をかける。
「いらっしゃいませ~! 今日の筆の家は、にんじんが跳ねる味だよー!!」
「“跳ねる”!?」「気になるわね!行ってみようかしら」
客の反応は上々で、にぎやかな笑い声が通りに満ちる。
ルナがそっと呟いた。
「ロメオ……あれ、天才かも」
昼の営業
厨房内はまるで正確に組まれた歯車のように動いていた。
バズが新鮮な野菜を次々と運び込み、アマネは黙々と鍋の縁をチェック。ミーガンが配膳順をコールし、ロッテとミィが手際よく色彩豊かな一皿を仕上げる。
「星型トマトサラダ二つ! にんじんスープ三つ! バズのファン団体五人分は特別盛りで!」
「それオーダーちゃうやろ!!」
大混雑の中でも誰ひとり焦ることなく、まるで長年のコンビネーションのように調和して動いている。
一方、リュウは厨房裏で原稿帳を開き、カリカリとペンを走らせている。
「リュウ! 忘れずに今日の芋コラム書いてくださいね!?“じゃが芋と王妃の秘密”特集!」
ティアの声に、「……うう……スローライフが……スローじゃない……」と呻きながらも、彼の頬には不思議と安らかな笑みが浮かんでいた。
その夜の談話室では、淡いランプの灯りの下、寮の子どもたちがテーブルを囲み、ゆったりと夕食の余韻に浸っている。
「明日もがんばろうね」
「はいっ!」
「働くって、悪くないんだね」
「うち……ここでなら、ずっと生きていけるかもって思った」
小さな声が部屋を柔らかく包み込み、その温かさがまるで新しい“家族の絆”を結んでいくかのようだった。
リュウはそっと原稿帳を開き、最後の一行を書き記した。
《筆の家に、新しい歯車が加わった。小さな背中が皿を運び、料理を盛りつけ、笑い声を届けてくれる。
僕らの物語は、またページをめくる。
それはきっと、誰かの未来を照らす“灯”になるだろう》
また、明日も書こう。
リュウの筆が、静かな夜の帳を照らすように、優しく走っていた。
「……いや、これ……もう家じゃなくて、“村”じゃない?」
リュウがつぶやくと、背後からルナが設計図を差し出した。手元のページには、彼自身が原稿帳に走り書きした構想が、丁寧なイラストつきで描かれている。
筆の家・従業員寮の設計は、六つの個室を中心に据え、広々とした共用食堂、男女別の浴場、そして洗濯室や談話室を完備しています。特に、明るい窓には緑のカーテンが揺れ、朝日が室内に差し込むように工夫されており、住む人々の日常に希望が宿る場所となるように設計されていた。
「うん、間違いない。俺、こんな“人に優しい寮”を書くはずじゃなかった……」
自戒を込めた声に、ルナは目を輝かせて応じる。
「何言いよっと。最高たい!」
「うむ、まるで“社会福祉建築賞”にでも応募できそうな設計だな」
ミランダとティアも思わず顔をほころばせる。
「というか、もはやうちの異世界運営、王国より福祉進んでない……?」
リュウが感嘆交じりに言うと、バズがはち切れんばかりの笑顔で頷いた。
数日後
青空の下、完成したばかりの寮が陽光に輝いていた。外観は「筆の家」と同じログハウス調だが、中に一歩足を踏み入れれば、温かい木の香りとともに新築特有の清潔感が鼻腔をくすぐる。
個室には、ふかふかのベッド、仕事机、収納棚、本棚が完備され、壁にはそれぞれの名前が刻まれた木製プレートが掛けられている。共用食堂には大きな丸テーブルが置かれ、十人分の椅子が並んでいる。お昼時にはその香りが部屋いっぱいに広がる。談話室には天窓があり、夜には星空を眺めながら語り合え、リュウの趣味である漫画棚が一角に設置され、誰もが自由に手に取って読めるようになっていた。また洗濯室にはミランダ特製の草精石回転式脱水機が鎮座しており、回すたびに微かな草の香りが立ち上がる仕掛けです。
「わー! ここ、オレの部屋!? ふかふかベッドだー!!」
ロメオがはしゃぎながら跳ね回り、バズは扉を開けては閉め、窓から差し込む光を満喫している。
「アマネちゃんの部屋、すごく静かでいい香り……」
ロッテが優しく囁くと、アマネは少し照れたように微笑んだ。
「この机、前の家より広い……書きもの、はかどりそうです」
ミーガンはノートを出し、早速書き込みを始めた。
「よかった……みんなが喜んでくれるのが、一番ばい」
ルナの声には、揺るがぬ優しさが宿っていた。それを聞いたリュウは、天井の木目を見上げて小さく呟く。
「これで……これでようやく……引きこもれる……かも……」
「否。寮の世話係と新人教育により、あなたの自由時間は当面ゼロです」
ティアの鋭いツッコミが、あっけなくリュウの夢を打ち砕いた。
「どわああああ!!」
暖色のランプが灯る食堂に、筆の家メンバーが持ち寄った料理がずらりと並ぶ。香ばしいパン、彩り豊かなサラダ、自家製のスープにローストチキン、まるで祝宴のような光景だ。
「はい、乾杯ばい! これからうちは家族ばい!」
ルナの音頭で、皆がグラスを掲げる。
「かんぱーい!」
ロメオはスープ皿を抱えたままノドを鳴らし、バズは鶏肉にかぶりつく音を響かせる。ミーガンは効率重視で帳簿片手に食事記録をつけ、アマネは窓辺で静かにトマトを噛む。ロッテとミィは仲良くサラダを盛り付けながら笑い声を交わしている。
リュウはその賑わいを見つめ、ノートを開いてそっと筆を走らせた。
新しい家に、6つの灯りが灯った。
小さな笑い声、こぼれるスープの香り、誰かの心に「ここに居ていい」と思える場所ができた日。
それは、筆の家が“国”になる一歩だったのかもしれない。
完成したばかりの寮にも、すでに新たな物語の息吹が満ちていた。
「……うん、これも、悪くないかもな」
リュウの呟きに、どこからともなく鈴のような笑い声が響いたような気がした。
おそらくそれは、この家が“また誰かを受け入れた”証だったのだろう。
窓から漏れた光が木製の床に縞模様を描き、白い暖簾がそよ風に揺れる。厨房のドアを開け放つと、炊きたてのご飯のふんわりと甘い香りと、味噌スープの立ちのぼる湯気が迎えてくれた。
「はーい、全員起きとるねー!? 遅刻は、なしっ!」
ルナの快活な声が響き渡る。彼女はカウンター脇でタオルを肩にかけ、キラキラした瞳で皆を見渡す。
バズはまだ眠気を引きずりながら、大きな木箱をひょいと抱え上げる。
「うぅ……昨日のベッド、ふかふかすぎて危うく寝過ごすとこだったっス……」
箱の中身はルバーブや乾燥ハーブなど多彩な食材。彼の太い腕がふるふると震えているのが可愛らしい。
ミーガンは冷蔵庫の前でメモ帳を開き、野菜ひとつひとつを点検中。
「厨房、器具点検完了。食材在庫、昨日時点でジャガイモが23%消費……誤差なし」
記帳のペン先が滑るたび、かすかなインクの香りが漂う。
「ミィちゃん、今日は“星型トマト”どうする~?」
ルナが腰に手をあてて呼びかけると、ミィは包丁を持ったままパタリと顔を上げ、くるりと笑った。
「いいねいいね! ロッテちゃん、盛り付けチームに正式加入決定~!」
ロッテはすぐに飛びつき、サラダボウルに手を伸ばす。
「ふふ、まかせてね。かわいくするの得意だから♪」
ハーブの緑とトマトの赤が、まるで宝石のようにキラリと輝く。
ミランダは大きな鍋を前に、すでに主菜の仕込みを開始していた。
「アマネ、火加減は?」
アマネは無言で鍋の傍らに立ち、集中したまなざしで炎を見つめる。
「……大丈夫。中火維持、あと3分」
ミランダが頷くと、ほのかなほほえみがラミアの口元に浮かんだ。
ティアは遠くから手を小さく握りしめ、数字の入った端末を注視している。
「感情表現+3ポイント…表情成長指数、今日で大幅上昇だな」
「数値化するんやない!!」
店の外では、ロメオが熱心にチラシを撒きながら通行人に声をかける。
「いらっしゃいませ~! 今日の筆の家は、にんじんが跳ねる味だよー!!」
「“跳ねる”!?」「気になるわね!行ってみようかしら」
客の反応は上々で、にぎやかな笑い声が通りに満ちる。
ルナがそっと呟いた。
「ロメオ……あれ、天才かも」
昼の営業
厨房内はまるで正確に組まれた歯車のように動いていた。
バズが新鮮な野菜を次々と運び込み、アマネは黙々と鍋の縁をチェック。ミーガンが配膳順をコールし、ロッテとミィが手際よく色彩豊かな一皿を仕上げる。
「星型トマトサラダ二つ! にんじんスープ三つ! バズのファン団体五人分は特別盛りで!」
「それオーダーちゃうやろ!!」
大混雑の中でも誰ひとり焦ることなく、まるで長年のコンビネーションのように調和して動いている。
一方、リュウは厨房裏で原稿帳を開き、カリカリとペンを走らせている。
「リュウ! 忘れずに今日の芋コラム書いてくださいね!?“じゃが芋と王妃の秘密”特集!」
ティアの声に、「……うう……スローライフが……スローじゃない……」と呻きながらも、彼の頬には不思議と安らかな笑みが浮かんでいた。
その夜の談話室では、淡いランプの灯りの下、寮の子どもたちがテーブルを囲み、ゆったりと夕食の余韻に浸っている。
「明日もがんばろうね」
「はいっ!」
「働くって、悪くないんだね」
「うち……ここでなら、ずっと生きていけるかもって思った」
小さな声が部屋を柔らかく包み込み、その温かさがまるで新しい“家族の絆”を結んでいくかのようだった。
リュウはそっと原稿帳を開き、最後の一行を書き記した。
《筆の家に、新しい歯車が加わった。小さな背中が皿を運び、料理を盛りつけ、笑い声を届けてくれる。
僕らの物語は、またページをめくる。
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リュウの筆が、静かな夜の帳を照らすように、優しく走っていた。
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