『チート作家の異世界執筆録 〜今日も原稿と畑で世界を綴る〜』

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第30話 舞踏会、開幕。輝きの中の毒と陰謀

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 その夜、王都ルミアステラの王宮は、魔晶灯の幻想的な輝きに包まれていた。純白の大理石の床には、無数の光の粒が映り込み、天井はまるで星空のようにきらめく。壁際には各国から集まった貴族令嬢たちが、色とりどりの華やかなドレスを纏って並び立ち、その光景はまさに一枚の美しい絵画のようだった。静かに始まったオーケストラの伴奏が、厳かながらも優雅な空間を演出する。舞踏会の幕が、静かに、そして華やかに上がった。
 
 王宮の厨房、その最奥。そこでは、筆の家スタッフ全員が、まるで磨き抜かれた舞台役者のように、無駄のない動きで一列に並び、それぞれの持ち場を完璧にこなしていた。
 
「はい、次! 鴨のソテー、木の実ソース仕上がったよー! 次のテーブルへ!」
「前菜、貝の香草焼き追加きたばい! 急いで!」
「ロメオ、皿運びのスピード早すぎ! もう分身でもしてるのか!?」
 
 厨房は、熱気と活気に満ちた阿鼻叫喚の渦中。しかし、筆の家のチームは、一切の手を止めることなく、舞踏会という名の戦場で、優雅に、しかし正確に、料理を供給し続けていた。彼らの動きには、無駄がなく、流れるようだった。
 
「やばい、間に合ってる……! 強化されたスタッフ布陣が、もはや化け物じみてる……!」
 
 リュウは、感嘆のため息を漏らしながら呟いた。本日のために、ルナの的確な指揮、ティアによる料理の衛生結界魔法、エルドの食材温度管理スクロール、ミランダのベテラン料理長としての魂、そして魔族三姉妹の「無限補助力」が、完璧に噛み合っていたのだ。
 
「マオ様のおやつはこの後で~! 今は料理の盛り付けに全集中~!」
「うむ、ならばそのサラダにジャガイモを足すがよい。色合いも完璧になるぞ!」
「天才かよ! マオ様、まさかこんなところで料理のセンスを発揮するとは!」
 
 舞踏会が佳境に差し掛かる頃。各国の貴族の間では、すでに「この料理、筆の家製らしいぞ」という噂が、あっという間に飛び交っていた。
 
「まさか……あの店の料理が、王宮でいただけるなんて……!」
「これほど新鮮な魚介を使った料理は、生まれて初めてだ!」
「娘の嫁入りよりも、この味に出会えたことの方が重要ですわ!」
 
 そんな祝福ムードの裏で、リュウはある違和感を覚えていた。
 ――ある特定の料理だけ、極端に減りが遅い。
 ――厨房への補充指示に、わずかな混乱が起きている。
 ――一部の皿の色合いが、いつもとわずかに違う。
 
「……これ、差し替えられてる……?」
 
 リュウがその可能性に気づいた瞬間、ミィが血相を変えて駆け寄ってきた。
 
「リュウさん! 一人のお客様が、サラダを口にした瞬間に倒れました!」
「なっ……!?」
 
 リュウは即座にその料理を回収し、ティアが魔法検査を行う。緊張が走る。
 
「毒です。ごく微量ですが、検出されました」
「くそっ……狙いは、レオ王子か!?」
 
 エルドが間髪入れずに毒痕跡解析スクロールを展開した。浮かび上がった魔法文字が、事件の全貌を明らかにする。
 
「痕跡あり。厨房スタッフの一人に貴族派の刺客が混入していた模様。毒は個別に仕込まれており、特定の人物を狙ったもののようです」
 
 報告を聞いた内大臣と警備隊が、即座に動いた。王宮内は一時騒然としたが、迅速な対応により、犯人は現行犯で拘束された。
 
「……許せない。こんな華やかな日になぜ、こんなことを……!」
 
 リュウは怒りを抑えつつ、残りの料理全ての再チェックと、必要であれば完全な差し替えを指示した。
 
「全部差し替えろ! いける、うちなら間に合う!」
 
 事件は未遂に終わり、舞踏会は表向き、何事もなかったかのように再開された。楽士の奏でるワルツが再び響き渡る中、リュウは静かに、しかし確かな決意を込めて呟いた。
 
「……さて、最後の一皿を運ぶぞ」
 
 そして、舞踏会のフィナーレ。人々の拍手が鳴り響く中、レオ王子が静かにリュウの元へと歩み寄り、その手を取った。
 
「リュウ、君の料理で今日は救われた。本当にありがとう」
「いやいや、おれは踊ってないからね!? 料理の功績だからね!?」
 
 リュウは照れ隠しにツッコミを入れるが、レオは穏やかな笑顔を崩さない。
 
「次は、僕が君の助けになる番だ」
 
 その横顔は、いつもより少しだけ、王子様らしく輝いていた。単なる社交辞令ではない、彼なりの誠意がこもった言葉だった。
 華やかな舞踏会の影で交わされた小さな約束が、やがて新たな物語を紡ぎ始める――。それは、リュウの望むスローライフとは異なる、しかし確かな絆の物語だった。
 
 王都ルミアステラの空は、翌朝、まるで昨夜の出来事など何もなかったかのように澄み渡っていた。だが、筆の家だけは例外だ。
 
「おい誰だー! また冷蔵庫の芋ぜんぶマオ様用に移したやつー! 勝手に専用スペース作るな!」
「魚介の在庫、倍に増えとるやん! 誰のせいー! こんなにどうすんだよ!」
「王宮から感謝状が届いたってよーーー!!」
「いらねえええええええええええええええええ!!!!!」
 
 リュウの魂の叫びが、厨房の壁に木霊した。舞踏会の成功と引き換えに、新たな騒動の種が持ち込まれたのだ。
 ルナが、豪華な蝋封が施された封筒を開き、ティアとともに呆れ顔で報告する。
 
「ほんとに来たんだ、感謝状。しかも“筆の家全体”じゃなく、“リュウ殿個人宛”だって……」
「王様、筆の家を“国家レベルの宝”って呼んでたらしいよ?」
 
 リュウは封筒を握りしめ、重苦しくため息をついた。
 
「王族イベント、二度と関わりたくない……!」
 
 すると、その瞬間、玄関の扉が静かに開いた。そこに立っていたのは、昨日別れたばかりの王子レオ。
 
「やぁ、リュウ」
「うおっ、まじで来た!? 護衛は!? 護衛どこ行った!?」
 
 リュウは思わず警戒するが、レオは気にした様子もなく微笑む。
 
「近くにいるよ。今日は一人で話がしたくて、ちょっとだけ抜け出してきたんだ」
 
 レオはスッと、別の手紙を差し出す。それは、王宮からのものとは違う、彼個人の紋章が入ったものだった。
 
「これは僕個人から。君たちに助けられたお礼と……それから、舞踏会の件、ちょっと話があるんだ」
 
 リュウとレオは、軒先の縁側に並んで座り、静かにお茶を啜った。昨日の喧騒が嘘のような、穏やかな落ち着きがそこにはあった。
 
「結局、僕は踊ったけど……誰とも“決まらなかった”よ」
「そうなんだ。……まぁ、なんかそういう気はしてたけどな」
 
 リュウは正直に答える。レオが乗り気でないのは、彼も薄々感じていた。
 
「うん。でもそれでよかったと思うんだ。誰かを“選ばされる”より、いつかちゃんと自分の意思で“選びたい”って気持ちを大事にしたかったから」
 
 レオの言葉に、リュウは少し照れ笑いを浮かべる。
 
「……なんか、大人になったな。……あ、年齢は元から俺より下だけどな」
 
 リュウの軽口に、レオがクスリと笑った。そして、リュウの手にそっと自分の手を重ねる。
 
「君の料理があって、君の仲間がいて……そして、君自身がいたから、僕はあの夜、ちゃんと王子としての責任を果たせたよ。本当に感謝している」
「……そっかよ」
 
 リュウはぶっきらぼうに答えるが、その声には、どこか温かさが滲んでいた。
 
「でも、君は君のままでいていいと思う。スローライフを目指す筆の家の主。僕の憧れの人だ」
「やめろやめろ、くすぐったいから!」
 
 リュウは慌てて湯呑みを顔に寄せるが、彼の頬は少し高揚していた。
 
 夜。屋根の上ではマオが、いつものように芋を干している。月明かりの下、彼の影が長く伸びた。
 
「ふふ……この空気、やはり我の第二の魔王国にふさわしい……」
「やめろって、そのネーミング!!」
 
 リュウのツッコミが、焚き火の火花に混ざって夜空に飛んでいく。
 ルナはスープをかき混ぜながら、穏やかに目を細めた。
 
「でも、なんかん~……ようやく落ち着いた感じやね?」
「そうね。事件も終わったし、舞踏会も大成功。……しばらく、静かになるかしら?」
 
 ミランダの問いかけに、リュウはなぜか嫌な予感がした。
 
「いや、逆にそろそろ“次の騒動”が来そうな気がしてきたんだけど……」
「不吉な予言はやめい! 今だけは、平和を味わわせてくれ!」
 
 こうして、また一日、筆の家には賑やかで、やかましく、でも温かい日々が戻ってきた。
 スローライフには、ちょっと遠い。
 でも、それもまぁ、悪くない。
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