『チート作家の異世界執筆録 〜今日も原稿と畑で世界を綴る〜』

MKT

文字の大きさ
40 / 43

第40話 求人にクセ者続々!? 夢の味噌帝国、人材難!!

しおりを挟む
 味噌工場と寮が完成してから数日後。朝靄の残る雑貨屋と厨房亭の掲示板には、大きく「味噌製造スタッフ募集!」の張り紙がはためいていた。見出しの下には、住み込み可・食事付き・未経験歓迎の文字。筆の家のロゴと可愛らしい味噌玉のイラストが、人々の視線を誘う。
 
「住み込み? 食事つき? 味噌? なにそれ超イケてるじゃん!」
「味噌に命を懸けてるんです! 麹の香りで目が覚めたいんです!!」
「……お湯で溶かして毎朝飲んでたら肩こりが治ったので、一生恩返ししたい」
 
 張り紙を目にした応募者たちの情熱は、想像をはるかに超えて、もはや狂気にも近い熱意を帯びていた。
 筆の家本部ログハウス。ハンモックに揺られて面接資料をチェックするリュウの目が、ひとり目の履歴書に留まった。その内容に、彼は思わず眉をひそめる。
 
「……“発酵美学研究家(自称)”…? “お味噌ちゃんと結婚したい”……??」
 
 そこへ、興奮気味のモモが扉をパッと開け放ち、第一号の応募者を迎えた。
 
「リュウさん、来てますよ~。応募者一号です!」
 
 現れたのは、細身の黒いスーツに身を包んだ若者。口元には常にニヤリと笑みをたたえ、瞳はどこか焦点が合っていない。
 
「初めまして! 発酵を愛し、味噌に殉じ、味噌玉に敬礼する者、クロワ・アズールと申します!」
「敬礼しなくていいよ!? なんか宗教じみてるってば!」
「麹と塩の奇跡を、もっと世界に広めたいんです……! あ、味噌玉を神棚にお供えしてもよろしいでしょうか?」
「目がガチすぎて逆に怖い!!」
 
 リュウは眉間を深く刻みつつ、ノートにびっしり“要観察。むしろ警戒対象”とメモを残した。
 二人目のドアが開くと、ふわりとした雰囲気の女性が現れた。だが、その背中には直径一メートルはありそうな巨大な木桶を背負っている。その姿に、リュウは思わず言葉を失った。
 
「こんにちは~……私、マリナ・バレルといいます。趣味は味噌、特技は味噌の味比べです……」
「えっ、味噌の違いがわかるの!?」
「もちろん。アレンジ調味料のレシピも手掛けていました」
「即採用じゃん!? この子、プロじゃん!」
 
 ティアがそっとリュウの耳元に身を寄せ、ささやいた。
 
「リュウさん、この方、“元・宮廷料理開発室”にいらしたと噂の方です」
「そんな部署あるの!? 王宮、食事にどんだけ本気なの!?」
 
 リュウとルナは、思わず目を見合わせて絶句した。
 三人目は、厨房亭からフィナに連れて来られた小柄な少女だった。畳んだ履歴書をしっかりと抱え、目を伏せたまま小さな声で申し出る。
 
「えっと……私はスラム出身で、真面目に働くって評判でした。名前はネリです」
「はじめまして、ネリさん。どうして応募してくれたの?」
「わたし、味噌が大好きで……あの、あったかい匂いが、なんだかほっとするんです……」
 
 ネリの声には真っ直ぐな熱意が込められていた。その純粋な瞳に、リュウはにこりと微笑み、そっと頷いた。
 
「大丈夫。ここでは、味噌も人も、大事に育てるからね」
「はいっ!」
 
 こうして、個性豊かな“味噌愛”あふれる変人たちと、純粋な情熱を携えた新しい仲間が、筆の家に集い始めた。
 ログハウスの掲示板には、ミランダの走り書きが追記されている。
 
『※“味噌と結婚したい系”は面接で選別してね。特に味噌に話しかけるタイプは要注意!』
 
 その夜、ハンモックの下からエルドがひょっこり顔を出した。その目は、獲物を探すかのようにぎらついている。
 
「リュウくん……幼女、いや若い女の子の応募は……?」
「普通に働く子ばっかりだったよ?」
「くっ……味噌は好きでも、僕には冷たい世界……!」
「お前に発酵臭は無理だって! 逆に腐敗だから!!」
 
 リュウのツッコミがこだまする中、“味噌帝国”への第一歩を踏み出した筆の家は、スローライフどころか、今日もまた大きく舵を切り直しているのだった。

 朝陽が昇りきらぬうちから、味噌工場には賑やかな声と蒸気が満ちていた。大きな鉄釜では昨夜から浸水させた大豆がぐらぐらと煮え、湯気が濛々と立ち上る。麹と塩を合わせる台の上には、艶々と光る大豆が、所々透き通るように輝いている。
 
「はい、次のお仕事! つぶした大豆を麹と塩としっかり混ぜ合わせてくださーい!」
 
 リズミカルな掛け声に応じ、従業員寮から集まったスタッフたちが手早く作業台に向かう。手のひらで大豆と麹をミリ単位で調整する彼らの手つきは、まさに熟練の技。その場には、味噌の旨味を左右する、神聖な空気が漂っていた。
 
「おおっ、この感触……まるで味噌の胎動を感じるみたいだ!」
 
 作業着姿のクロワ・アズールは、陶酔したように手のひらいっぱいに大豆をすくい上げる。その手つきはまるで宝石を愛でるかのようだ。
 
「クロワさん、そんなに目を閉じないで! 作業が止まっちゃうから!!」
「味噌様……今日もお美しい……!」
「だから黙ってぇ!!」
 
 見学用の通路からその光景を見下ろしていたリュウは、やわらかな蒸気に包まれた工場全体をしばらく眺めてから、しみじみとつぶやいた。
 
「……すごいな。みんな、本当に働いてる。俺がいなくても、味噌が生まれてるんだ」
 
 隣に立つルナは、胸を張りながら微笑む。
 
「努力の結晶たいね。スローライフは確かに遠のいたけど、これが“安定”ってやつかもしれんね」
 蒸気でメガネのレンズが曇ったティアは、それを拭き取りつつ感慨深げに言った。
 
「こうやって発酵の文化が根付いていく……本当に尊いことですね」
「なんか宗教みたいになってない、これ!?」

 寮の談話室では、マリナ・バレルが熱心に新人たちに味噌保存の極意を教えていた。彼女の言葉には、宮廷で培われた経験と、味噌への深い愛情が滲み出ている。
 
「ここで覚えておくべきは、塩分濃度と室温の管理。そして何より大切なのは、樽の木目を見て、湿度を感じることです」
「……湿度を感じるって、本気で!?」
「ええ。そして、樽にも話しかけてあげてね。『おいしくなぁれ』って」
「それ、詠唱みたいでヤバいよ……」
 
 まさに“発酵詠唱”のワークショップ。初日から笑いと戸惑いが飛び交い、筆の家らしい賑やかな日常が生まれていた。
 だが、その午後、工場から突然の騒音が響いた。
 
「わっちゃー!? 味噌が樽の外で爆発した!?」
「エルドがまた暴走したんじゃないか!?」
「くぅぅぅ……発酵が、爆ぜたぁぁぁ!」
 
 甘酸っぱい香りに混ざって、甘く焦げた匂いが鼻をつく。慌てて駆けつけたリュウが見たのは、飛び散った味噌とひっくり返った樽、そして無表情に立ち尽くすエルドだった。彼の周りには、焦げ付いたような味噌の痕跡が飛び散っている。
 
「エルド、お前が爆ぜてろ!」
「はわわ……僕、何もしてません……! 味噌の精霊が、僕を呼んだだけです……」
 
 混乱を収束させながら、リュウはまた深く息を吐く。彼のスローライフは、相変わらず一筋縄ではいかないようだ。
 
「……俺が寝ても、味噌は作られる。でもな……味噌の匂いで起き、味噌の香りに包まれて眠る毎日って……」
 
 ふとハンモックに飛び乗り、薄青い空を仰ぐ。
 
「最高やろ?」
 ルナが背後から優しく声をかける。
「最高だな。……でも」
 
 リュウは拳を握りしめ、小さく叫んだ。
「結局、俺……スローライフする“ヒマ”なんて、まったくないじゃんかぁぁぁぁぁ!!」
 
 その声は工場の発酵室から「ぷしゅぅ……」と、小さな泡の弾ける音のように返ってきた。
 発酵は、今日も明日も、止まらない。そしてリュウのスローライフへの道もまた、はるか遠い。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

男が英雄でなければならない世界 〜男女比1:20の世界に来たけど簡単にはちやほやしてくれません〜

タナん
ファンタジー
 オタク気質な15歳の少年、原田湊は突然異世界に足を踏み入れる。  その世界は魔法があり、強大な獣が跋扈する男女比が1:20の男が少ないファンタジー世界。  モテない自分にもハーレムが作れると喜ぶ湊だが、弱肉強食のこの世界において、力で女に勝る男は大事にされる側などではなく、女を守り闘うものであった。  温室育ちの普通の日本人である湊がいきなり戦えるはずもなく、この世界の女に失望される。 それでも戦わなければならない。  それがこの世界における男だからだ。  湊は自らの考えの甘さに何度も傷つきながらも成長していく。  そしていつか湊は責任とは何かを知り、多くの命を背負う事になっていくのだった。 挿絵:夢路ぽに様 https://www.pixiv.net/users/14840570 ※注 「」「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。

唯一無二のマスタースキルで攻略する異世界譚~17歳に若返った俺が辿るもう一つの人生~

専攻有理
ファンタジー
31歳の事務員、椿井翼はある日信号無視の車に轢かれ、目が覚めると17歳の頃の肉体に戻った状態で異世界にいた。 ただ、導いてくれる女神などは現れず、なぜ自分が異世界にいるのかその理由もわからぬまま椿井はツヴァイという名前で異世界で出会った少女達と共にモンスター退治を始めることになった。

初期スキルが便利すぎて異世界生活が楽しすぎる!

霜月雹花
ファンタジー
 神の悪戯により死んでしまった主人公は、別の神の手により3つの便利なスキルを貰い異世界に転生する事になった。転生し、普通の人生を歩む筈が、又しても神の悪戯によってトラブルが起こり目が覚めると異世界で10歳の〝家無し名無し〟の状態になっていた。転生を勧めてくれた神からの手紙に代償として、希少な力を受け取った。  神によって人生を狂わされた主人公は、異世界で便利なスキルを使って生きて行くそんな物語。 書籍8巻11月24日発売します。 漫画版2巻まで発売中。

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

鬼死回生~酒呑童子の異世界転生冒険記~

今田勝手
ファンタジー
平安時代の日本で魑魅魍魎を束ねた最強の鬼「酒呑童子」。 大江山で討伐されたその鬼は、死の間際「人に生まれ変わりたい」と願った。 目が覚めた彼が見たのは、平安京とは全く異なる世界で……。 これは、鬼が人間を目指す更生の物語である、のかもしれない。 ※本作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ネオページ」でも同時連載中です。

異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~

松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。 異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。 「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。 だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。 牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。 やがて彼は知らされる。 その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。 金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、 戦闘より掃除が多い異世界ライフ。 ──これは、汚れと戦いながら世界を救う、 笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

処理中です...