婚約者に大切にされない俺の話

ゆく

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43. 追及⑤

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 「抱いた」というのが具体的にどの行為からを指すのかは知らない。

 ただ、俺がはっきりと「宏樹に抱かれた」と断言できるのは、あの十五年前の冬だけだった。


 めずらしく瀬尾家にいた宏樹。
 来月から宏樹くんと同じ学校に行くんだよ!と、もし会えたらそう伝えたかっただけなのに、気がつけば宏樹に体を貫かれて、血まみれになるくらい項を噛みちぎられて、そして抱き潰されたあの日。

 俺がオメガとは、アルファとは、という第二性を正しく理解するきっかけになったあの出来事のことを言っているのだと瞬時に気づいて、俺は息を飲んだ。


 俺はあの日以来、どうしてもそういう雰囲気になると、あの時の痛みと宏樹の獰猛な目つきを思い出してしまって、簡単に言えば……挿入行為がどうしてもできなくなっていたから。


「俺が、お前とセックスできないから、だから俺以外のオメガを抱いたのか?」
「違うっ……それは違う、違うんだ。俺は、真緒以外を抱きたいなんて思ったことない……」
「でも、お前、ナツキくんにちんこ突っ込んでたじゃんか……」


 俺の問いを即座に否定したが、でも俺はナツキくんとの浮気現場を目撃している。あれは、どう見ても和姦だった。俺が聞いているのを気づいた上でやっていたと言っていたけど、ちんこを突っ込んでいた事実は変わらない。


 宏樹は「ナツキくん?」と困惑した表情を浮かべた。そういえばこの間のヒート初日、俺がナツキくんの名前を出しても覚えていなかった。

 調査書では少なくとも二ヶ月は付き合っていたはずなのに、どうしてもナツキくんの名前を覚えていないようだった。ナツキくんにとっては、オメガにとっては覚悟しての恋だったのに、宏樹にとっては希薄なものだった。


「……最低だとはわかってる、けど、オメガたちは真緒の代わりだった」
「……だよね」
「毎日抑制剤ガブ飲みして耐えてたけど、真緒を抱きたくて抱きたくてたまらなくて、衝動が止められなくなった。……尚樹に頼んで、抑制剤も強いものに変えてもらったけど全然効かなくなってて……毎晩、真緒と一緒に寝ながら、抱きたい抱きたいってずっと耐えてた」


 そんな時にオメガから誘われたんだ、と一言。

 最低だなと泰樹くんが小さくつぶやいて、それに宏樹は眉間にしわを寄せて困ったように唸った。赤く腫れた目で泰樹くんをぎりっとにらみつける。


「……わかってる、わかってるよ。お前が言うように俺が最低だって。俺がしてきたことは真緒への裏切りなんだって。でも――じゃあ俺はどうすれば良かったんだ。薬も効かない。かと言って真緒から離れたら尚樹が婚約者になることがわかってるから離れられない。真緒を、あの時みたいに無理やり襲いたくなんかない。俺だって、俺だって真緒に求められて繋がりたかった、お前みたいにきれいなままでいたかったよ! でも、どうしても叶わないから、真緒を傷つけたくなかったから、だから、」


 途中、声を荒らげながら嗚咽混じりで言い切った宏樹はここで話が行き詰まった。

 電池が切れたように、ぐったりと全身を怠そうに緩ませて、男泣きともいえるほどの嗚咽を繰り返す。



「だから――俺以外のオメガを抱いてたのか」



 沈黙は肯定だ。
 尚樹さんは子供のように泣きじゃくる宏樹の背を恐る恐る撫で、そして抱きしめようとしてその手を振り払われる。


「まお」

 小さく俺を呼ぶ声。
 洪水のような涙を流しながら、宏樹はただ震えながら、すがりつくように俺に向けて手を伸ばす。

「まお、まお、ごめん。ごめん。ひどいことしてごめん、……お願いだから、俺のことを嫌わないで」


 俺はその手を取るかどうか逡巡して、ふと、背後の泰樹くんを仰ぎ見た。
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