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メイベルちゃん
常連になった魔術師
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シオン・マルグリフは、最近ちょっとした習慣を持つようになった。
王都の魔術院で勤務を終えたあと、午後の紅茶を飲むような顔で《アマリエ》を訪れる。
もちろん指名は、メイベル一択だ。
「わぁ、また来てくれたんですねシオンさん。今日もお疲れさまですっ」
笑顔で迎えられるその一瞬。魔術師としての面目や日々の疲れが全部吹き飛ぶ。
最近は二人で図書館を巡ったり、日が傾く王宮の裏道を散歩したり──。
距離も、会話も、だんだん自然になってきた気がする。
(……これは、たぶん、進展してる)
自分の中だけで小さくガッツポーズを決めながら、シオンはメイベルの言葉に耳を傾ける。
「そういえばね、昨日はちょっと面白い話を聞いてね──魔法道具の話なんだけど……」
その一言に、胸の奥がぴくりと引きつった。
──昨日の話?別の客か?
言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかる。
いや、理解していた。ただ、理解したくなかっただけだ。
「……昨日も、働いてたの?」
「うん、まあ、お昼の枠だけですけど」
「そう、なんだ」
何気ないふりをして返す。でも、声は乾いていた。
──そりゃそうだ。メイベルは人気の彼女だ。シオンだけのものじゃない。
そんなこと、頭では百も承知していた。
けれど、なぜかその日は、胸の中に小さな鉛の塊ができたようだった。
それから数日後。
メイベルが他の客と歩いているところを偶然見かけてしまった。
(うわ、最悪なタイミング……)
相手は、年の近そうな好青年。笑いながら歩く二人は、どう見ても自然なカップルだ。
ふわりと風に揺れるメイベルの金髪が、まぶしくて直視できなかった。
──気にするな。プロとしての仕事だ。ただの契約。
何度も心で唱えるけれど、感情は勝手にざわつく。
……あんなふうに笑うのは、俺だけにじゃなかったのか。
その夜、《アマリエ》を訪れたシオンは、いつもより言葉が少なかった。
「……今日、どうかしたの?」
「……いや、別に」
「ふうん……じゃあ、少し歩こっか」
並んで歩く石畳の小道。
夏の夜風が心地よく、足元を照らすランタンが、二人の影を寄せ合うように揺らした。
「シオンくんって、最近すっかり常連さんですね」
「……気に障る?」
「え? ううん、ぜんっぜん。嬉しいに決まってるじゃないですか」
メイベルが笑う。その笑顔を見て、また胸が軋む。
「……なんでだろうな。君の笑顔、誰にも見せたくないって、つい思っちゃう」
ふと、声が漏れた。
言ってしまったあとで、軽く舌打ちしたくなる。
メイベルが目をぱちくりと瞬いたあと、ふわっと笑った。
「え、それってもしかして──妬いちゃってる?」
「ち、ちが……っ、いや、そう……かも……」
言葉に詰まるシオンを見て、彼女は小さく肩をすくめた。
「そう言われるの、実は何人かから聞いたことあります。ふふ、男の人って分かりやすいなあ」
からかうような調子。でも、メイベルの声はやわらかく、責めるような色はなかった。
「でも……嬉しいです。そう思ってもらえるってことは、それだけ信頼されてるってことだし」
「……信頼、だけ、じゃないんだけどな……」
ぽそりと漏れた言葉に、彼女は一瞬だけ目を見開いた。
でも、それ以上は何も言わず、いつものように明るい笑顔を浮かべた。
「うん、それでも十分。大切にしますね、その気持ち」
シオンは俯きながら、そっとその横顔を盗み見る。
──この人は、誰にでも優しい。
でも、自分だけがもらった“何か”も、きっとあった。そう思いたかった。
だから、今はまだこの関係を壊したくない。
「好きだ」と言うかわりに、シオンはそっと手を差し出した。
メイベルは、少しだけためらって、それでも笑顔で手を取ってくれた。
夜風が、二人の間をそっと撫でた。
王都の魔術院で勤務を終えたあと、午後の紅茶を飲むような顔で《アマリエ》を訪れる。
もちろん指名は、メイベル一択だ。
「わぁ、また来てくれたんですねシオンさん。今日もお疲れさまですっ」
笑顔で迎えられるその一瞬。魔術師としての面目や日々の疲れが全部吹き飛ぶ。
最近は二人で図書館を巡ったり、日が傾く王宮の裏道を散歩したり──。
距離も、会話も、だんだん自然になってきた気がする。
(……これは、たぶん、進展してる)
自分の中だけで小さくガッツポーズを決めながら、シオンはメイベルの言葉に耳を傾ける。
「そういえばね、昨日はちょっと面白い話を聞いてね──魔法道具の話なんだけど……」
その一言に、胸の奥がぴくりと引きつった。
──昨日の話?別の客か?
言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかる。
いや、理解していた。ただ、理解したくなかっただけだ。
「……昨日も、働いてたの?」
「うん、まあ、お昼の枠だけですけど」
「そう、なんだ」
何気ないふりをして返す。でも、声は乾いていた。
──そりゃそうだ。メイベルは人気の彼女だ。シオンだけのものじゃない。
そんなこと、頭では百も承知していた。
けれど、なぜかその日は、胸の中に小さな鉛の塊ができたようだった。
それから数日後。
メイベルが他の客と歩いているところを偶然見かけてしまった。
(うわ、最悪なタイミング……)
相手は、年の近そうな好青年。笑いながら歩く二人は、どう見ても自然なカップルだ。
ふわりと風に揺れるメイベルの金髪が、まぶしくて直視できなかった。
──気にするな。プロとしての仕事だ。ただの契約。
何度も心で唱えるけれど、感情は勝手にざわつく。
……あんなふうに笑うのは、俺だけにじゃなかったのか。
その夜、《アマリエ》を訪れたシオンは、いつもより言葉が少なかった。
「……今日、どうかしたの?」
「……いや、別に」
「ふうん……じゃあ、少し歩こっか」
並んで歩く石畳の小道。
夏の夜風が心地よく、足元を照らすランタンが、二人の影を寄せ合うように揺らした。
「シオンくんって、最近すっかり常連さんですね」
「……気に障る?」
「え? ううん、ぜんっぜん。嬉しいに決まってるじゃないですか」
メイベルが笑う。その笑顔を見て、また胸が軋む。
「……なんでだろうな。君の笑顔、誰にも見せたくないって、つい思っちゃう」
ふと、声が漏れた。
言ってしまったあとで、軽く舌打ちしたくなる。
メイベルが目をぱちくりと瞬いたあと、ふわっと笑った。
「え、それってもしかして──妬いちゃってる?」
「ち、ちが……っ、いや、そう……かも……」
言葉に詰まるシオンを見て、彼女は小さく肩をすくめた。
「そう言われるの、実は何人かから聞いたことあります。ふふ、男の人って分かりやすいなあ」
からかうような調子。でも、メイベルの声はやわらかく、責めるような色はなかった。
「でも……嬉しいです。そう思ってもらえるってことは、それだけ信頼されてるってことだし」
「……信頼、だけ、じゃないんだけどな……」
ぽそりと漏れた言葉に、彼女は一瞬だけ目を見開いた。
でも、それ以上は何も言わず、いつものように明るい笑顔を浮かべた。
「うん、それでも十分。大切にしますね、その気持ち」
シオンは俯きながら、そっとその横顔を盗み見る。
──この人は、誰にでも優しい。
でも、自分だけがもらった“何か”も、きっとあった。そう思いたかった。
だから、今はまだこの関係を壊したくない。
「好きだ」と言うかわりに、シオンはそっと手を差し出した。
メイベルは、少しだけためらって、それでも笑顔で手を取ってくれた。
夜風が、二人の間をそっと撫でた。
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