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第二章
十話
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ウォルカはシグルドの説明を聞き終えると、眉をわずかにひそめた。状況は予想を遥かに超える複雑さを帯びていたが、彼の表情は冷静さを保ち、耳だけが微かに震えていた。
「……なるほど。リコリス王妃は殿下とリューゴ様の両方を狙っている。我々が今朝襲われたのも、その一環というわけか」
隣に座るティーガへ視線を走らせ、理解を確かめるように一瞥してから、再びアリオスへと目を戻す。
「一つお尋ねしたい。王妃がそこまで執拗に手を伸ばす理由は何です? 竜神を捕獲する真の目的は? そして殿下自身がリューゴ様を追う任務に就かれたのはなぜか。王妃の命令だったとしても、殿下自らが出向かれるのはあまりに不自然だ」
視線を向けられたアリオス、リューゴ、シグルドの三人は、一瞬のうちに目配せを交わした。やがてリューゴが小さく頷き、重い口を開く。
「……我の神使の力を欲しておるのだ。これまで我は、国王となる者を神使として選んできた。本来なら今の神使はゼイオン王、次はこのアリオスのはずであった」
その言葉はどこか曖昧で、核心を避けているようだった。
ウォルカとティーガはこれまで、神使とはリューゴを通じて竜脈と繋がり、傷や病を癒す不死に近い力を得るものだと聞いていた。だが魔法を操る王妃にとって、それだけのことが、国を挙げて追うほどの魅力があるとは思えない。
ウォルカは、全てを明かしたはずのリューゴを鋭く睨みつけた。今はティーガが神使なのだ。隠し事は決して許さない。
アリオスはウォルカの視線に肩をすくめ、説明を引き継ぐ。
「王宮だけの秘密だから、他では黙っててくれよ。竜神の神使には、竜脈そのものを操作する力があるんだ。どこから生命力を集めるか、どこに使うか……全部選べる。つまり政治だけじゃなく、物理的にこの国を支配できるってことだ」
ウォルカの喉が、微かに鳴った。
その時、シグルドの穏やかな笑みの奥で、瞳が一瞬だけ鋭く光った。
「ところで、竜神様が他国でご健在とは幸運なこと。……新たな神使様は、こちらのティーガ殿でよろしいですか?」
ティーガは少し言いづらそうに頷いた。
「ああ、まあ……そうだな。竜脈の操作ってのは、今初めて聞いたけどよ」
「なんだよリューゴ! 俺たちライオンを見捨てて虎に乗り換えかよ!」
「ええいうるさい! お主らが頼りないからこうなっておるんだろうが!」
ウォルカは二人のやり取りを聞き流しながら、頭の中で情報を整理していく。
竜脈の操作……それを魔法を操る者が手に入れれば、国を完全に意のままにできるのかもしれない。そして今、その力をティーガが背負わされている。
「殿下。理由については理解できました。だが、なぜ殿下自身が動かれたのですか」
そう言いながら、ティーガの肩に手を置き、不安を鎮めるようにそっと力を込めた。リューゴをじっと見据え、無言で「本当に全てを明かしたのか」と問いかける。
シグルドが静かに口を開いた。
「それは私がお答えしましょう。竜神様の追跡は、王妃ではなくゼイオン陛下のご下命です。追跡とは建前。陛下は王妃の魔の手からアリオス殿下を国外へ逃がすため、あえて私を供として、この任務を授けられたのです。アリオス様が竜神様と合流できるように、と」
「え!? そうだったの!?」
再び驚きの声を上げたのはアリオスだけではない。リューゴも目を丸くしていた。
「なんだと……? ゼイオンはあの雌狐の操り人形と化していたはず。そんな選択ができたのか?」
「陛下は王妃の魔法に支配されておいでですが、その力が弱まる時期がございます。陛下は竜神様のことを誰よりもよくご存じでした。貴方様がヴェルガルドの竜神を頼ることも、陛下は見抜いておられたのです」
リューゴはテーブルに視線を落とし、小さな身体を震わせた。アリオスも感極まったように目を潤ませる。
「なんだと……あやつ、ゼイオンめ……」
「お、親父……」
シグルドはアリオスの肩に手を置き、優しく宥めるように頷いた。
「リュゴニアの命運は殿下とリューゴ様に託されました。既にヴェルガルドの国王へは子細を伝え、謁見を申し入れてあります。助力を願い、竜神様と共に国を取り戻すのです」
アリオスは顔を上げ、きりっとした表情を見せた――かと思いきや、すぐにまただらしなく崩れてしまった。
「えー?それは嫌だな。俺にはそんなことできないよ。何も分からねーもん。ティーガが神使ならティーガがやってよ」
「き、貴様! このチャラ王子! 父と国の大事によくもそんなことを! だから我はお主を神使にできんのだぞ!? この、万年童貞め!」
「えー、童貞関係ないじゃん! うるさい、スケベトカゲ!」
「あるのだ! お主の精にはまるで覇気がないのだ!」
アリオスのやる気のなさに、リューゴが怒り狂って羽で頭を叩き回す。二人はぎゃあぎゃあと子供のように喧嘩を始めたが、シグルドは微動だにせず、穏やかな笑みを浮かべたままウォルカとティーガに向き直った。
「……と、まあこのような有様で。残念ながら我が主はまだ発展途上です。リューゴ様は既にティーガ殿をお選びになりました。お二方、どうかご協力いただけませんか。私一人では殿下を導くには力不足なのです」
ティーガは二人の喧嘩を横目で見ながら、困ったように肩をすくめた。
「つまり、お前らを守ればいいのか? 国がどうとかは俺にはさっぱりだけど、護衛くらいなら……まあ」
シグルドは頷き、素早くリューゴを捕らえる。
「リューゴ様。アリオス殿下が立派な国王としてお力を示された暁には、もちろん殿下と再契約をしていただけるのですね? そうなれば、ティーガ殿は解放されますね?」
「……それは、そうだ。ティーガに王になれなどと言う気はない。アリオスがまともになるまでだ」
ウォルカはティーガの肩に手を置き、静かに握りしめた。
「ティーガ。彼らを守り国を取り戻すことは、お前が神使の契約から解放される道でもあるらしい」
リューゴをじっと見据え、ウォルカは続けた。
「リューゴ様。我々は目的達成の手助けをしましょう。ですが、それが終わればティーガは自由の身となる。それでよろしいですね?」
リューゴが「この竜神に二言はない!」と宣言すると、シグルドがぱちぱちと拍手をした。当のアリオスは不満げに口を尖らせる。
「えー? それって俺次第ってこと? やる気出ないなあ」
その瞬間、ウォルカの堪忍袋の緒が切れた。
紅い瞳が鋭く輝き、テーブルを拳で軽く叩く。
「殿下。その無責任な態度は、もう十分です」
立ち上がり、アリオスを真っ直ぐに見据えた。声は低く、しかし確かな威圧感を帯びている。
「我々は今、リュゴニアの存亡に関わる重大な局面に立っている。このティーガは、殿下の代わりに神使という重荷を背負い、命の危険にさらされています。それでも殿下を守ると申し出ました。その覚悟を、殿下はどう受け止めるおつもりですか?」
シグルドへ視線を移し、護衛騎士としての礼をわずかに示しながら言葉を継ぐ。
「シグルド殿。殿下の教育はこれまでどのように行われてきたのですか? 王族としての自覚が、あまりにも欠如しているように見えますが」
そして、再びアリオスに向き直り、核心を突く。
「殿下は、ご自分がどれほど多くの者に守られているかお分かりですか? 国王陛下の決断、シグルド殿の忠誠、リューゴ様の期待……そして我々の協力。それら全てを無駄にするおつもりですか?」
ティーガの手を握りしめ、決意を込める。そして、一度深く息を吸った。
「我々の協力は、殿下自身が王として立つ覚悟をお持ちの場合に限ります。でなければ……契約がどうなろうと、ティーガをこれ以上危険にさらすつもりはない」
一瞬の沈黙が部屋を満たした。
「こ、怖い……。この人めちゃくちゃ言うじゃん、俺王子なのに……」
「はっはー! この狼の口うるささは我も閉口するほどだ! 言ってやれ言ってやれ!」
アリオスはすっかり怯え、リューゴは横で楽しんでいる。だがシグルドがにやりと笑ったのを、ウォルカは見逃さなかった。
「殿下。ウォルカ殿はこのように熱いお方。必ずや殿下を導いてくださいます。ほら、お二人の熱い手の繋ぎよう。殿下もそばで学べば、そちらの方面にもきっと学びがありますよ。ご指導をお願いされてはいかがですかな」
「あー、本当だ。こんなに熱々に手繋いじゃって……いいな、俺もつがいが欲しいなー。ウォルカだっけ、じゃあ新しい教育係に任命だな」
「それではこちらの任命書へご調印を。ウォルカ殿を一時的に教育係として召し上げましょう。ティーガ殿は護衛としてですね」
シグルドが懐から取り出した羊皮紙に、アリオスが刻印入りの指輪をぽんと捺した。
あまりに鮮やかな手際に、ウォルカは言葉を失った。
――ハメられた。
この執事は、護衛だけでなく教育まで自分に押し付けるつもりだったのだ。
ウォルカは羊皮紙を睨みつけ、紅い瞳に苛立ちを宿らせる。
「……見事な手際ですね、シグルド殿。王家の印章による任命……拒否する余地はない、ということか」
アリオスを厳しく見据えて続けた。
「殿下。俺は殿下の教育係など本意ではありません。ですが、任命された以上、相応しいお方へと導くのが務めとなります。覚悟しておいてください」
ティーガの温もりが、苛立ちを静めてくれる。
「この契約がティーガの解放につながるなら、仕方がありません。ですが、殿下にまるで見込みがないと判断すれば、私は躊躇なくティーガを連れて去ります。それを承知の上でお願い致します。王としての礼儀、政治、戦術……そして殿下の『覇気のない精』とやらを鍛える特別な指導で、よろしいのでしょうか?」
「覇気のない精とか言わないで! 俺のやつすごいから!若々しいから!」
「なにがすごいんだ。まだ誰の相手も満足にできたことがないくせに」
アリオスが口を尖らせると、すかさずリューゴの野次が飛ぶ。
ウォルカは小さく息を吐き、静かに告げた。
「殿下。まずはこの場で一つお約束を。国を取り戻すまで、無茶な行動はお控えください。それが王子としての自覚の、第一歩です」
喚き散らすトカゲと、情けない声を上げるライオン。そして、それらを涼しい顔で操る食えない執事。
予想もしなかった賑やかな、そして厄介な一行の誕生に、ウォルカは人知れず深い溜め息を吐いた。だが、その瞳には教育係としての、あるいは騎士としての、決して折れない光が宿っていた。
「……なるほど。リコリス王妃は殿下とリューゴ様の両方を狙っている。我々が今朝襲われたのも、その一環というわけか」
隣に座るティーガへ視線を走らせ、理解を確かめるように一瞥してから、再びアリオスへと目を戻す。
「一つお尋ねしたい。王妃がそこまで執拗に手を伸ばす理由は何です? 竜神を捕獲する真の目的は? そして殿下自身がリューゴ様を追う任務に就かれたのはなぜか。王妃の命令だったとしても、殿下自らが出向かれるのはあまりに不自然だ」
視線を向けられたアリオス、リューゴ、シグルドの三人は、一瞬のうちに目配せを交わした。やがてリューゴが小さく頷き、重い口を開く。
「……我の神使の力を欲しておるのだ。これまで我は、国王となる者を神使として選んできた。本来なら今の神使はゼイオン王、次はこのアリオスのはずであった」
その言葉はどこか曖昧で、核心を避けているようだった。
ウォルカとティーガはこれまで、神使とはリューゴを通じて竜脈と繋がり、傷や病を癒す不死に近い力を得るものだと聞いていた。だが魔法を操る王妃にとって、それだけのことが、国を挙げて追うほどの魅力があるとは思えない。
ウォルカは、全てを明かしたはずのリューゴを鋭く睨みつけた。今はティーガが神使なのだ。隠し事は決して許さない。
アリオスはウォルカの視線に肩をすくめ、説明を引き継ぐ。
「王宮だけの秘密だから、他では黙っててくれよ。竜神の神使には、竜脈そのものを操作する力があるんだ。どこから生命力を集めるか、どこに使うか……全部選べる。つまり政治だけじゃなく、物理的にこの国を支配できるってことだ」
ウォルカの喉が、微かに鳴った。
その時、シグルドの穏やかな笑みの奥で、瞳が一瞬だけ鋭く光った。
「ところで、竜神様が他国でご健在とは幸運なこと。……新たな神使様は、こちらのティーガ殿でよろしいですか?」
ティーガは少し言いづらそうに頷いた。
「ああ、まあ……そうだな。竜脈の操作ってのは、今初めて聞いたけどよ」
「なんだよリューゴ! 俺たちライオンを見捨てて虎に乗り換えかよ!」
「ええいうるさい! お主らが頼りないからこうなっておるんだろうが!」
ウォルカは二人のやり取りを聞き流しながら、頭の中で情報を整理していく。
竜脈の操作……それを魔法を操る者が手に入れれば、国を完全に意のままにできるのかもしれない。そして今、その力をティーガが背負わされている。
「殿下。理由については理解できました。だが、なぜ殿下自身が動かれたのですか」
そう言いながら、ティーガの肩に手を置き、不安を鎮めるようにそっと力を込めた。リューゴをじっと見据え、無言で「本当に全てを明かしたのか」と問いかける。
シグルドが静かに口を開いた。
「それは私がお答えしましょう。竜神様の追跡は、王妃ではなくゼイオン陛下のご下命です。追跡とは建前。陛下は王妃の魔の手からアリオス殿下を国外へ逃がすため、あえて私を供として、この任務を授けられたのです。アリオス様が竜神様と合流できるように、と」
「え!? そうだったの!?」
再び驚きの声を上げたのはアリオスだけではない。リューゴも目を丸くしていた。
「なんだと……? ゼイオンはあの雌狐の操り人形と化していたはず。そんな選択ができたのか?」
「陛下は王妃の魔法に支配されておいでですが、その力が弱まる時期がございます。陛下は竜神様のことを誰よりもよくご存じでした。貴方様がヴェルガルドの竜神を頼ることも、陛下は見抜いておられたのです」
リューゴはテーブルに視線を落とし、小さな身体を震わせた。アリオスも感極まったように目を潤ませる。
「なんだと……あやつ、ゼイオンめ……」
「お、親父……」
シグルドはアリオスの肩に手を置き、優しく宥めるように頷いた。
「リュゴニアの命運は殿下とリューゴ様に託されました。既にヴェルガルドの国王へは子細を伝え、謁見を申し入れてあります。助力を願い、竜神様と共に国を取り戻すのです」
アリオスは顔を上げ、きりっとした表情を見せた――かと思いきや、すぐにまただらしなく崩れてしまった。
「えー?それは嫌だな。俺にはそんなことできないよ。何も分からねーもん。ティーガが神使ならティーガがやってよ」
「き、貴様! このチャラ王子! 父と国の大事によくもそんなことを! だから我はお主を神使にできんのだぞ!? この、万年童貞め!」
「えー、童貞関係ないじゃん! うるさい、スケベトカゲ!」
「あるのだ! お主の精にはまるで覇気がないのだ!」
アリオスのやる気のなさに、リューゴが怒り狂って羽で頭を叩き回す。二人はぎゃあぎゃあと子供のように喧嘩を始めたが、シグルドは微動だにせず、穏やかな笑みを浮かべたままウォルカとティーガに向き直った。
「……と、まあこのような有様で。残念ながら我が主はまだ発展途上です。リューゴ様は既にティーガ殿をお選びになりました。お二方、どうかご協力いただけませんか。私一人では殿下を導くには力不足なのです」
ティーガは二人の喧嘩を横目で見ながら、困ったように肩をすくめた。
「つまり、お前らを守ればいいのか? 国がどうとかは俺にはさっぱりだけど、護衛くらいなら……まあ」
シグルドは頷き、素早くリューゴを捕らえる。
「リューゴ様。アリオス殿下が立派な国王としてお力を示された暁には、もちろん殿下と再契約をしていただけるのですね? そうなれば、ティーガ殿は解放されますね?」
「……それは、そうだ。ティーガに王になれなどと言う気はない。アリオスがまともになるまでだ」
ウォルカはティーガの肩に手を置き、静かに握りしめた。
「ティーガ。彼らを守り国を取り戻すことは、お前が神使の契約から解放される道でもあるらしい」
リューゴをじっと見据え、ウォルカは続けた。
「リューゴ様。我々は目的達成の手助けをしましょう。ですが、それが終わればティーガは自由の身となる。それでよろしいですね?」
リューゴが「この竜神に二言はない!」と宣言すると、シグルドがぱちぱちと拍手をした。当のアリオスは不満げに口を尖らせる。
「えー? それって俺次第ってこと? やる気出ないなあ」
その瞬間、ウォルカの堪忍袋の緒が切れた。
紅い瞳が鋭く輝き、テーブルを拳で軽く叩く。
「殿下。その無責任な態度は、もう十分です」
立ち上がり、アリオスを真っ直ぐに見据えた。声は低く、しかし確かな威圧感を帯びている。
「我々は今、リュゴニアの存亡に関わる重大な局面に立っている。このティーガは、殿下の代わりに神使という重荷を背負い、命の危険にさらされています。それでも殿下を守ると申し出ました。その覚悟を、殿下はどう受け止めるおつもりですか?」
シグルドへ視線を移し、護衛騎士としての礼をわずかに示しながら言葉を継ぐ。
「シグルド殿。殿下の教育はこれまでどのように行われてきたのですか? 王族としての自覚が、あまりにも欠如しているように見えますが」
そして、再びアリオスに向き直り、核心を突く。
「殿下は、ご自分がどれほど多くの者に守られているかお分かりですか? 国王陛下の決断、シグルド殿の忠誠、リューゴ様の期待……そして我々の協力。それら全てを無駄にするおつもりですか?」
ティーガの手を握りしめ、決意を込める。そして、一度深く息を吸った。
「我々の協力は、殿下自身が王として立つ覚悟をお持ちの場合に限ります。でなければ……契約がどうなろうと、ティーガをこれ以上危険にさらすつもりはない」
一瞬の沈黙が部屋を満たした。
「こ、怖い……。この人めちゃくちゃ言うじゃん、俺王子なのに……」
「はっはー! この狼の口うるささは我も閉口するほどだ! 言ってやれ言ってやれ!」
アリオスはすっかり怯え、リューゴは横で楽しんでいる。だがシグルドがにやりと笑ったのを、ウォルカは見逃さなかった。
「殿下。ウォルカ殿はこのように熱いお方。必ずや殿下を導いてくださいます。ほら、お二人の熱い手の繋ぎよう。殿下もそばで学べば、そちらの方面にもきっと学びがありますよ。ご指導をお願いされてはいかがですかな」
「あー、本当だ。こんなに熱々に手繋いじゃって……いいな、俺もつがいが欲しいなー。ウォルカだっけ、じゃあ新しい教育係に任命だな」
「それではこちらの任命書へご調印を。ウォルカ殿を一時的に教育係として召し上げましょう。ティーガ殿は護衛としてですね」
シグルドが懐から取り出した羊皮紙に、アリオスが刻印入りの指輪をぽんと捺した。
あまりに鮮やかな手際に、ウォルカは言葉を失った。
――ハメられた。
この執事は、護衛だけでなく教育まで自分に押し付けるつもりだったのだ。
ウォルカは羊皮紙を睨みつけ、紅い瞳に苛立ちを宿らせる。
「……見事な手際ですね、シグルド殿。王家の印章による任命……拒否する余地はない、ということか」
アリオスを厳しく見据えて続けた。
「殿下。俺は殿下の教育係など本意ではありません。ですが、任命された以上、相応しいお方へと導くのが務めとなります。覚悟しておいてください」
ティーガの温もりが、苛立ちを静めてくれる。
「この契約がティーガの解放につながるなら、仕方がありません。ですが、殿下にまるで見込みがないと判断すれば、私は躊躇なくティーガを連れて去ります。それを承知の上でお願い致します。王としての礼儀、政治、戦術……そして殿下の『覇気のない精』とやらを鍛える特別な指導で、よろしいのでしょうか?」
「覇気のない精とか言わないで! 俺のやつすごいから!若々しいから!」
「なにがすごいんだ。まだ誰の相手も満足にできたことがないくせに」
アリオスが口を尖らせると、すかさずリューゴの野次が飛ぶ。
ウォルカは小さく息を吐き、静かに告げた。
「殿下。まずはこの場で一つお約束を。国を取り戻すまで、無茶な行動はお控えください。それが王子としての自覚の、第一歩です」
喚き散らすトカゲと、情けない声を上げるライオン。そして、それらを涼しい顔で操る食えない執事。
予想もしなかった賑やかな、そして厄介な一行の誕生に、ウォルカは人知れず深い溜め息を吐いた。だが、その瞳には教育係としての、あるいは騎士としての、決して折れない光が宿っていた。
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