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1章 20年目の憂い
公爵令嬢の覚悟
しおりを挟む屋敷へ戻ると使用人達が見送りの時以上に心配そうな顔で待ち構えていた。
ジアは屋敷を出る時も馬車が見えなくなるまで見送り続け、シャリアが帰宅する前にも今か今かと帰りを待っていた。
「お嬢様、おかえりなさいませ。」
玄関先で執事長のゲオルに出迎えられるとただいま戻りましたと返事をする。
初めてのこのやり取りにむず痒いような気持ちがしてしまうのは私が長年引きこって皆に心配をかけていたからでしょう。
「心配をかけてしまいごめんなさいね。」
「お嬢様!」
一際大きく声を上げたほうを見ると目を潤ませたジアが近づいてくる。
まあまあ、いつも静かなジアが感情的になって。
「お嬢様、ご無事でなによりです。」
「ジア、私は戦場には赴いていないのよ。」
「何を申されますか。王宮はいろいろとありますでしょう。社交界にも出られていないお嬢様がいきなり王女殿下に招待なされるなど。心配で心配で。」
少々失礼なことを言っていることにジア本人は自覚していない。心の底から言葉通りにシャリアを想っての発言である。
それを分かっているシャリアはジアを戒めなければ、ゲオルらも自分等の気持ちを代弁するジアを止めることはしなかった。
「大丈夫よ。王女殿下はとても良きお方でございましたの。」
安心させるように微笑んだつもりなのに逆にジアの涙腺を緩ませてしまったよう。
「なんと。いつの間にこんなに立派になられて。ミリア様もお喜びになられているでしょう。」
私の知らない母の名をジアが語れば何を言うべきかと口をつぐんでしまう。
ジアは乳母として私の母代わりを務めてきてくれた。
きっとジアの頭には母の生前の姿が浮かんでいるのだろう。
そう思うと少し胸の痛みを感じる。
「お嬢様、お疲れでしょう。どうぞ中へ。」
ジアとの間を割って入ったゲオルに促され中へ入る。
ゲオルも長いことフォンゼル家に仕えているので母のこともよく知っているだろう。
ミリア・フォンゼル、私のお母様ですものね。
――――――――――――――
「王女殿下とのお茶会はどうだった?」
仕事から戻り夕飯を共にする席で父は愉快げに話題をふる。
今朝だってあんなに心配していたのに。
王宮で私達の様子を聞いたのでしょうか。
「とても有意義な時間を過ごさせていただきました。」
淡々とした私の返事に落ち込む様子をみせる父にふふっと声を出して笑う。
「シャリア。意地悪かい?」
「王女殿下との様子を勝手に王宮で探るほうがひどいのです。」
図星だったセネルは頭を抱える。
シャリアは昔からよく出来た子だった。
ミリアを亡くして母の存在を知らない中、立派な令嬢へ成長してくれた。
ただ年頃になってもドレスや舞踏会に興味を抱かず、夜な夜な屋根裏部屋にこもるのはやはり母のいない傷を負っているのだと心を痛めたものだ。
これまでシャリアと接する時にはミリアの話題を避けてきたが、今はこの歳の娘の扱いをどうすればよいのかと尋ねたくなる。
セネルの頭には若き姿のままで止まった愛すべき妻の笑みが浮かんでいた。
心配故の行動が裏目に出たことをどう謝るべきかとセネルの眉間の皺が深まったところでシャリアはもう一度ふふっと笑う。
「お父様が心配してくださってのことだと分かっていますよ。そのようにお悩みになられないでください。」
「シャリア。」
感激した顔でこちらを見る父に、こうやって外でのお話をするなんてつい最近まで思ってもみなかったと感慨深くなる。
「王女殿下はとても愛らしいお方でお優しい心をお持ちです。故セシリア王女への追悼の言葉も真摯に向き合い悩んでおられるようでしたので、私がお支えできればよいのですが。」
「王妃様は病弱であらせられ中々会うことも難しいと聞いている。心を開ける存在が少ないのではないかと杞憂していたのだ。誠心誠意お支えしてあげなさい。」
「はい。フォンゼルの名にかけて。」
セネルは今回王女殿下への随行をなぜうちの娘にと疑問を抱いていた。
陛下にお聞きしても「シャリア嬢が適任だから。」の一点張り。
今のシャリアの話を聞き少し府に落ちたところもある一方で不安も生まれた。
陛下は時折シャリアの様子を尋ねることがあった。
「相変わらず屋敷にこもりっきりですが親から見ても立派な令嬢へ成長しております。」と答えると、その度に「うちの息子に嫁がせたい。」と嘆くのでかわすのに精神をすり減らした。
似たような境遇のシャリアと王女殿下を照らし合わせて心の拠り所を作ってあげたいという親心か。
もしくは。
「それと今度の王家主催狩猟会に是非お越しくださいと申されまして。」
お父様を見ると悩ましげに何かを考えていらっしゃる様子。
婚約話がもちかけられるのではと危惧しているのでしょう。
王家主催の狩猟会とあれば名だたる家の令息も参加されますので婚約者のいない私にとっては、やっとフォンゼル公爵令嬢が婚約者探しに乗り出したと周りから思われるのは確実。
何やらぶつぶつと熟考している父を見て思い出す。
お父様とお母様は政略結婚ではあったもののお互い愛し合っていたと小さい頃にジアから聞いたことがありましたね。
あえてお母様の話をしないのは私のためなのでしょうけど。
気を遣わせてしまい申し訳ないわ。
お母様とも向き合わなければなりません。
もう20年が経とうとしているのですもの。
こたびの独立祭への随行もシャリアとして前に進むため過去を清算するいい機会。
彼を想うのもあの場所へ行くまでと独立祭への随行を承諾した日に決めておりました。
ですからフォンゼル公爵令嬢としての定めに覚悟を決めております。
「狩猟会への出席は私から断って―――。」
「是非に出席させていただきますとお返事を。」
「それがどういう影響を及ぼすのか分かっているのか。」
「はい。もちろんです。」
「フォンゼル公爵令嬢は婚約者がいない。これは周知の事実だ。」
「はい。」
「未だに婚約者を設けていない有力貴族の令息も多い。現に私のところに絶え間なく婚約の申し出は来ている。」
「存じております。」
「婚姻したいのか?」
核心をつくお父様の声はいつもより重々しくその目は真剣そのもの。
「もうすぐ私も20歳になります。この歳まで平穏に暮らせていたのはお父様が私のことを想って大切に育ててくださったからです。今後のことを色々考えてはいたのです。家庭教師になるか神に人生を捧げるか。しかし私はキャベリア国で最も名の知れたフォンゼル公爵家に生まれたのですもの。フォンゼル公爵家と縁続きになりたい貴族は多いものです。どうかお父様のために私を使ってくださいませ。」
「シャリアそれは。」
「私の我儘を今まで許していただいた恩返しと思ってください。」
お父様は肯定も否定もしない。
相変わらず娘を想う父の姿で「出席は私の方から返事をしておく。」とだけ言うと口を閉ざした。
お父様は娘を甘やかし過ぎですよという言葉も私は口にしなかった。
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