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1章 20年目の憂い
フォンゼル対エネット
しおりを挟む「一つ言っておく。場に戻った時は私が対処する。」
殿下は帰路で私に釘をさしていた。
生憎大人しく庇われるわけにはいきませんけれど。
まさしく現在進行形で私に圧をかけている殿下の背中に先程の返事を心でする。
この状況を本来喜ぶべきなのでしょうが、、、。
殿下の背中越しに見えるのは余興を楽しんでいる貴族達の姿だった。
令嬢達が弓で的当てを楽しんでいる。
席から余興を観戦していた陛下へ騎士が耳打ちをしたことでこちらに気付いた。
「ウィルヘム、ご苦労であった。」
陛下は待っていたとばかりの顔でウィルヘム殿下に声をかけた。
「父上、只今戻りました。そしてシャリア嬢も。」
殿下が私に振り返って目配せをする。
大人しくしていろ、目がそう念を押している。
消えていたフォンゼル公爵令嬢とウィルヘム殿下が一緒に姿を現したことで、自然と皆の視線を私達は集めていた。
お父様はどうされておられるのでしょうか。
そう思って陛下の横に立つ父を見ると複雑そうな顔をしている。
そうですよね。
父は私が宣言通り早速粗相を引き起こしたと分かっているようですが、この状況を見れば陛下が全く気にされていないことは明白ですもの。
ふうっと静かに一息ついて馬上から降りる。
「シャリア嬢。」
小声で私を止めた殿下の声は聞こえないふりをし、アヴァンの手綱を引いて陛下の側まで歩み寄る。
「陛下。このような素晴らしい狩猟会にて粗相をしてしまったこと深くお詫び致します。」
最高礼をとり謝意を示す。
「粗相とは何かな?」
にこやかな陛下の声に心でため息をつく。
思った通り私は自分の喉を締めただけですか。
陛下のみならずウィルヘム殿下という予想外の強敵が現れた今、アヴァンと泉に向かったのは余計な目論見であったと後悔したくなる。
「私の馬が暴れてしまった上に、一人で森に行ったのです。公爵令嬢として相応しくない行動でした。」
「なにを申すかと思えば。報告では愛馬を宥める上で致し方なかったと聞いておる。森で迷ってしまったことも責めることにはならん。」
馬の件での騎士達が得意気な顔でこちらを見ていることに気付く。
「それにウィルヘムが無事に見つけてくれたのだから何も問題などない。」
自分の息子を称えるご機嫌な陛下に、それが一番の問題ですとこぼれそうになる。
「しかし勝手な行動であったことには間違いありません。」
「それは違いますよ。私はシャリア様から散歩をしてくると伺っておりましたので。」
フィオネ王女は陛下と似たような表情で微笑まれているような気がする。
これはもしや陛下への助け船、でしょうか。
「そうであった。そもそもフィオネが許可を出していたのでシャリア嬢は粗相などしていない。まあ、元を辿れば私がシャリア嬢の愛馬を連れて来るのを許可したのだ。これ以上粗相であったと謙虚な姿勢をとられると私も気まずくなるな。」
語尾に含みを持たせた陛下にぐっと言葉を呑み込む。
もうこの件での抵抗は無意味のようです。
これ以上悪あがきをして父の顔に泥を塗るのはしたくありません。
目の前の陛下と父を見ながらこれからの身の振り方を考える。
自分から言い出したことですけれど、、、。
父の地位や私の今後の婚約へ配慮しつつ、王妃には相応しくないと評価されるぎりぎりを突くというのは思った以上に難しいですね。
一度目を閉じて再び目を開く。
「せめてお詫びをさせていただきたく存じます。」
「お詫びか、、、、。ならば労いの言葉を頼もうか。」
「陛下!それはフィオネ殿下のお役目であります。シャリアに任せるには――。」
父が少しばかり声をはった。
それもそのはず。
狩猟会で最も功績を残した者に贈る労いの言葉は、フィオネ王女の役割である。
その手前公爵令嬢に任せるなど異例すぎる。
「私も是非にシャリア様へお願いしたいです。」
笑顔でフィオネ王女が父の言葉を遮った。
「それは惜しいことをしてしまいました。兄上に負けてしまったのが悔やまれます。」
静観していたノルア殿下が残念そうな顔でそう告げる。
「ならばこの後でウィルヘムにシャリア嬢から労いの言葉を贈ってもらおう。」
じわじわと私を追い詰める陛下ら。
そして、彼。
ほのかな笑みを携えて私を見つめている。
そんなウィルヘム殿下の姿に令嬢達が色めき立った。
(舞踏会でも令嬢に近付かないウィルヘム殿下があのように微笑まれているわ。)
(あの笑みを私に向けられたら息が出来ません。)
(まさか殿下はシャリア様に好意を寄せていらっしゃいますの?)
黄色い声に混じったのはよからぬ言葉であった。
(「私を見てはくれないか。」)
泉での彼の瞳がよぎり返事が遅れた。
「、、、私には――。」
「恐れながら、陛下はシャリア様を特別扱いされすぎではございませんか?」
人混みの中で鶴の一声を上げたのはエネット公爵夫人であった。
「私の判断を間違っていると申しているのか?」
陛下の言葉にたじろぐ素振りもせず、夫人は口元を手で押さえ微笑した。
「そこまでは申しておりませんわ。ただ、どうしてフィオネ王女殿下がいらっしゃるのに公爵令嬢であるシャリア様に任せるのかと疑問に思ってしまいまして、、、。」
語尾に続くであろう言葉はきっと、「このような場で王女殿下の代わりを務めさせるのは、シャリア様を王太子殿下の婚約者にされたいということですか。」だろう。
「お詫びをしたいというシャリア嬢の申し出に労いの言葉が良いと判断した、それだけのことだ。」
「それだけ、でしょうか?此度の独立祭への随行もシャリア様がされると伺っております。同じ公爵令嬢であるオルヴィでも十分にその任を為せるはずです。社交界に出ておられなかったシャリア様には肩の荷が重いでしょうし、万が一にでもキャベリア国の恥に繋がってしまったら――。」
そこまでで夫人は言い止めた。
夫人の言い分は正しい。
他家があえて沈黙して私の資質を吟味している中で、フォンゼルと並ぶエネット公爵家が表だって反対してくれれば殿下の婚約者にならずに済むかもしれない。
「オルヴィ嬢はシャリア嬢よりも優れていて、絶対にキャベリアの恥にはならない。そう言っているのか?」
「勿論でございます。オルヴィは文武両道。そしてフィオネ王女殿下の女官を務めさせていただいている私の娘ですから、礼儀作法も淑女として完璧でございます。」
「完璧、、、か。」
夫人の言葉を繰り返すように呟いて遠い目をする。
陛下は私をちらっと見たものの考えるように下を向いた。
「ではこうしよう。あの的当てへの結果で労いの言葉と独立祭への随行をシャリア嬢かオルヴィ嬢、どちらに任せるかを決めることにする。」
「余興の一環で決めてしまうのですか?」
フィオネ王女が疑問を呈したものの陛下は気にすることなく父へ話を振った。
「いいだろうフォンゼル宰相?」
父を宰相呼びした陛下が本気であることは誰の目から見ても明白である。
“どうする?”
父のそう問いかける視線に頷くと宰相の顔に変わった。
「問題ございません。」
「なら決まりだ。シャリア嬢。オルヴィ嬢。しかと見届けよう。」
名家の者らが囁き合っている。
「こんな勝負で独立祭への随行までもを決めるのか。」と。
私にとっては思ってもみない好機に違いありませんが。
矢をわざと外してオルヴィの優秀さに箔をつければ今後名家は彼女を王妃にと推薦することだろう。
ただ、なぜ陛下はこんなことを――。
今しがた私の抵抗に気付いたはずの陛下がこちらへ決定権を委ねるような行為に疑問を抱きもする。
「シャリア様。このようなことになってしまうとは思っておらず。」
困惑したような表情を貼り付けたエネット夫人がすり寄って来た。
「王家に仕える公爵家同士、国を想うお気持ちは痛い程分かります。」
私に好機を与えてくれた夫人へ牽制せずに微笑む。
「流石はフォンゼル公爵令嬢ですわね。(こういう時だけ公爵家を語られてもね。)」
毒のある言い回しをしつつ自分の娘の勝ちを確信している夫人に、私は公爵令嬢らしい笑みだけを返した。
そして――――。
「、、、は、、外れです。」
シャリアの矢は的を逸れて刺さった。
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