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序章 崩壊
プロローグ
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「お前、何の真似だ?」
核戦争崩壊から253年。残された人類と技術が寄せ集まり、形成されてきた大都市。その中心部にある高層マンションの一室で、一つの事件が起こった。それは一人の兵器研究者の男性が、息子の手によって殺害されたというもの。
「ふざけた事は止めろ。今すぐに」
それはある日の夕暮れ。街の発展と世界の復興に勤しむ人々が業務を終え、交通機関が慌ただしさを増し、繁華街に明かりが灯る。そんないつもと変わらない、復興都市の一日の終わり。
夕陽に照らされた幾つもの摩天楼の中に紛れる、一棟の高層マンションのある一室。橙色の眩しい光が差し込む広いリビングで、大きな影と小さな影が、互いの未来を賭けて対峙していた。
「───ッ‼それをこっちに向けるな。 早く下ろせ ‼」
黒光りする、消音器のついた自動拳銃。その小さな銃口を、ボロボロの服を身に纏った少年が、スーツの上に白衣を羽織り、四角い眼鏡をかけた男に向けていた。
少年の体には新しい物から古い物まで、無数のアザや切り傷があった。酷く惨めで、高給取りの息子とは思えないような風貌。だがそうしたのは、そしてこの状況を作り出したのは他でもなく父であり、少年の唯一の身寄りであるこの男だったのだ。
「下ろせと言ってるだろう‼」
男は凄みを効かせた、部屋全体に響き渡るような大声で怒鳴った。常人なら、大人でも飛び上がってしまいそうな迫力。
だが少年は聞こえぬとでも言うように表情一つ変えず、機械のような無駄の無い動作で銃の安全装置を解除し、遊底を引いて本体を構え直す。
「おいっ‼止めろと言って──」
男はそう叫び、右手を前に突き出した。が───
トスッ────‼
こ気味のいい、サプレッサーによって極限まで削ぎ落とされた銃の発射音。
排莢口から飛び出した空薬莢は、小さな金属音を立てながら大理石の床を跳ねて転がり、やがて部屋の片隅で止まる。そして微かな硝煙の匂いが、二人の間に漂い始めた。
少年は銃を構えたまま動かず、男は半歩後退って自分の体を見下ろした。男の目に映ったのは銃弾が衣服を焦がし、突き抜けて自分の胸に空けた小さな穴と、そこを中心に白衣がじわじわと赤く染まってゆくところだった。
「き、貴様───」
眼鏡の奥で憤怒していた男の表情は、瞬く間に驚愕と恐怖の入り混じったものへと変貌した。そして数秒遅れてやってきた焼けるような胸の痛みに、両手をあてがう。手の平から伝わるヌルリとした生暖かい感触と、指の合間から止め処無く零れ落ちる液体が何を意味するのか。男は直ぐに理解した。
自分はこのまま、出血多量で死ぬのだろうと。
だが、それは男の短絡的な考えであった。少年がこれまで耐えてきた苦痛と屈辱。それに対する恨みと憎しみが、一体どれほどのものだったのか、男にはまるで分かっていなかったのだ。
少年は閉ざしていた口を僅かに動かし、消え入るような、小さな声で言い放つ。
「これで───終わりじゃ─────ない──────」
トスッ──トスッ────‼
その言葉の意味を理解する前に、引き金が二回引かれた。
胸に加えて右肩。そして左足に弾丸を撃ち込まれた男は、声にならないような悲鳴を上げて激痛に身をよじり、床に崩れ落ちて体を縮み込ませた。
「かっ────かはっ──────」
込み上げてきた血の塊を吐き出し、弱々しい喘ぎを繰り返す。手足は小刻みに震えてまともに傷口を押さえる事もできず、痛みのあまりに意識が飛んでしまいそうであった。だが、沸々と沸き上がる怒りは収まることなく、立ち尽くす息子の姿を恨めしそうに、睨むことだけは止めなかった。
少年はその視線に気づくと、血みどろで死にかけた父の姿を見下ろした。そして感情のこもっていない、まるで心の無いロボットのような目で、その目を見つめ返した。
その冷たい視線に、男は改めて恐怖した。こいつは人間じゃない。人に銃弾を撃ち込み瀕死に追いやっても何も感じない、人間の皮を被った悪魔だと。
自分のしてきた息子への惨い仕打ちを棚に上げ、そんな愚かな考えをしていたのであった。少年をこのような人間にしてしまった張本人が自分自身であると、死ぬ間際になっても、自覚する事は無く。
「クソ────が─────」言い残したその言葉と息子に向けられた怨念が、この男の下劣さを、浅ましさを物語っていた。
少年は、目を見開いたまま血溜まりの中で動かなくなった父の姿を、しばらく見つめていた。自分でも今の気持ちが分からなかった。たった今、自分が人を殺したという実感が湧かないのだ。それはこの男を親として、人間として認識していなかったからなのか。それとも自分がただ非常識で、非人間的でおかしいだけなのか。それすらもよく分からなかった。
だだ、確かな事は一つある。それは今自分は生きていて、自由を手に入れたということ。もう目の前にはなんの障害もない。自分を縛る者も、否定する者も、危害を加える者もいない。そう、自由が。
それを再認識した少年は父の亡骸から視線を外し、奥にある、内鍵の掛かった玄関扉に目をやった。
「自由───」
そう呟いた少年は夢中で男の死体を漁り、血にまみれた鍵をポケットから見つけて取り出した。そしてそれを固く握ったまま、扉に吸い寄せられたかのように、いつになく軽い足取りで玄関に向かって歩き出す。
これまで自分を捕らえてきた監獄の扉の向こう側。
外の世界に向かって。
核戦争崩壊から253年。残された人類と技術が寄せ集まり、形成されてきた大都市。その中心部にある高層マンションの一室で、一つの事件が起こった。それは一人の兵器研究者の男性が、息子の手によって殺害されたというもの。
「ふざけた事は止めろ。今すぐに」
それはある日の夕暮れ。街の発展と世界の復興に勤しむ人々が業務を終え、交通機関が慌ただしさを増し、繁華街に明かりが灯る。そんないつもと変わらない、復興都市の一日の終わり。
夕陽に照らされた幾つもの摩天楼の中に紛れる、一棟の高層マンションのある一室。橙色の眩しい光が差し込む広いリビングで、大きな影と小さな影が、互いの未来を賭けて対峙していた。
「───ッ‼それをこっちに向けるな。 早く下ろせ ‼」
黒光りする、消音器のついた自動拳銃。その小さな銃口を、ボロボロの服を身に纏った少年が、スーツの上に白衣を羽織り、四角い眼鏡をかけた男に向けていた。
少年の体には新しい物から古い物まで、無数のアザや切り傷があった。酷く惨めで、高給取りの息子とは思えないような風貌。だがそうしたのは、そしてこの状況を作り出したのは他でもなく父であり、少年の唯一の身寄りであるこの男だったのだ。
「下ろせと言ってるだろう‼」
男は凄みを効かせた、部屋全体に響き渡るような大声で怒鳴った。常人なら、大人でも飛び上がってしまいそうな迫力。
だが少年は聞こえぬとでも言うように表情一つ変えず、機械のような無駄の無い動作で銃の安全装置を解除し、遊底を引いて本体を構え直す。
「おいっ‼止めろと言って──」
男はそう叫び、右手を前に突き出した。が───
トスッ────‼
こ気味のいい、サプレッサーによって極限まで削ぎ落とされた銃の発射音。
排莢口から飛び出した空薬莢は、小さな金属音を立てながら大理石の床を跳ねて転がり、やがて部屋の片隅で止まる。そして微かな硝煙の匂いが、二人の間に漂い始めた。
少年は銃を構えたまま動かず、男は半歩後退って自分の体を見下ろした。男の目に映ったのは銃弾が衣服を焦がし、突き抜けて自分の胸に空けた小さな穴と、そこを中心に白衣がじわじわと赤く染まってゆくところだった。
「き、貴様───」
眼鏡の奥で憤怒していた男の表情は、瞬く間に驚愕と恐怖の入り混じったものへと変貌した。そして数秒遅れてやってきた焼けるような胸の痛みに、両手をあてがう。手の平から伝わるヌルリとした生暖かい感触と、指の合間から止め処無く零れ落ちる液体が何を意味するのか。男は直ぐに理解した。
自分はこのまま、出血多量で死ぬのだろうと。
だが、それは男の短絡的な考えであった。少年がこれまで耐えてきた苦痛と屈辱。それに対する恨みと憎しみが、一体どれほどのものだったのか、男にはまるで分かっていなかったのだ。
少年は閉ざしていた口を僅かに動かし、消え入るような、小さな声で言い放つ。
「これで───終わりじゃ─────ない──────」
トスッ──トスッ────‼
その言葉の意味を理解する前に、引き金が二回引かれた。
胸に加えて右肩。そして左足に弾丸を撃ち込まれた男は、声にならないような悲鳴を上げて激痛に身をよじり、床に崩れ落ちて体を縮み込ませた。
「かっ────かはっ──────」
込み上げてきた血の塊を吐き出し、弱々しい喘ぎを繰り返す。手足は小刻みに震えてまともに傷口を押さえる事もできず、痛みのあまりに意識が飛んでしまいそうであった。だが、沸々と沸き上がる怒りは収まることなく、立ち尽くす息子の姿を恨めしそうに、睨むことだけは止めなかった。
少年はその視線に気づくと、血みどろで死にかけた父の姿を見下ろした。そして感情のこもっていない、まるで心の無いロボットのような目で、その目を見つめ返した。
その冷たい視線に、男は改めて恐怖した。こいつは人間じゃない。人に銃弾を撃ち込み瀕死に追いやっても何も感じない、人間の皮を被った悪魔だと。
自分のしてきた息子への惨い仕打ちを棚に上げ、そんな愚かな考えをしていたのであった。少年をこのような人間にしてしまった張本人が自分自身であると、死ぬ間際になっても、自覚する事は無く。
「クソ────が─────」言い残したその言葉と息子に向けられた怨念が、この男の下劣さを、浅ましさを物語っていた。
少年は、目を見開いたまま血溜まりの中で動かなくなった父の姿を、しばらく見つめていた。自分でも今の気持ちが分からなかった。たった今、自分が人を殺したという実感が湧かないのだ。それはこの男を親として、人間として認識していなかったからなのか。それとも自分がただ非常識で、非人間的でおかしいだけなのか。それすらもよく分からなかった。
だだ、確かな事は一つある。それは今自分は生きていて、自由を手に入れたということ。もう目の前にはなんの障害もない。自分を縛る者も、否定する者も、危害を加える者もいない。そう、自由が。
それを再認識した少年は父の亡骸から視線を外し、奥にある、内鍵の掛かった玄関扉に目をやった。
「自由───」
そう呟いた少年は夢中で男の死体を漁り、血にまみれた鍵をポケットから見つけて取り出した。そしてそれを固く握ったまま、扉に吸い寄せられたかのように、いつになく軽い足取りで玄関に向かって歩き出す。
これまで自分を捕らえてきた監獄の扉の向こう側。
外の世界に向かって。
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