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第10章 王都へ
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グラシアの王都についたテレサは、こちらでの生活を形にするためまず叔母であるキリアンヌ・クレセント公爵夫人へ面会を申し出た。クレセント公爵邸は王宮の近くの貴族の館が並ぶところにあった。
流石に騎士服もどきではマナーに反するということで、着いた夜は宿でスーラに旅の汚れをすべて落とされて髪の毛や肌を磨かれた。そして久しぶりにコルセットを締めてふわふわピカピカのドレスを纏っていた。
「テレサ様、これもつけさせていただきます」
そう言ってスーラが差し出したのは、淑女を辞めると言ったときに切り落とした髪の毛だった。カチューシャのような金属に髪の毛がついていて、抑えるためだろうか編み込みに見えるところから紐のようなものも伸びていた。地毛を合わせるように、ゆるく三つ編みをいつくか作り、軽く束ねてハーフアップに仕上げていった。これで誰が見ても貴族の令嬢が出来上がっていた。
スーラもシンプルながら青い花がらのツーピースのコートを淡い青のペチコートの上にかけていた。ロビンにしてもベージュに花柄の刺繍のウエストコートに濃紺のコートをしっかりと大きなボタンが映えるように着ていた。こんな正装を初めてみたテレサはエスコートで手を差し出されると、手袋の上から感じるぬくもりにドキドキしていた。カミーラにも途中の町で買ったシンプルなシャツとウエストコート、トラウザーズとこちらもしっかりとしたものを着せていた。
宿から指し迎えの公爵家の馬車に乗り、クレセント公爵邸に着いた。執事の案内を受けて、公爵夫妻と商会の実質的経営者の商会長との面談室へ向かった。ただしカミーラは、控室で大人しく待つように、言い聞かせておいた。
「お久しぶりでございます。ローゼンバーグ王国ヨハネス・アインホルン伯爵が娘テレジア・マルガレーテ・アインホルンでございます」
足を少し下げて軽く膝を曲げてと、落ち着いてお辞儀が出来たかと心配しながら、挨拶を述べた。
「さすがユリア姉さまのお子だけありますね。こちらがラファエル・バルボン・クレセント公爵様です」
「お会いできまして光栄です。クレセント閣下」
「気楽にしてください。叔父なのですから。そのように」
「ありがとうございます。叔父様」
テレサは思いっきり甘い笑顔で、公爵に向けて微笑みながら言った。公爵も満足そうに頷いたので、この対面はうまくいった自信も出てきた。
「そうそう、忘れてはいけませんでしたね。公爵家が所有している商会の商会長です」
「お初にお目にかかります、アインホルン伯爵令嬢。公爵家の商会、バスケス商会のマキシモ・フェルナンデス・バルボンと申します。男爵をいただいておりまして、公爵家の一門のものでございます。商会のお手伝いをしていただけるというお話で、とても楽しみにしておりました」
「丁寧なご挨拶ありがとうございます。後ろにおりますのが、私とともにお世話になります護衛騎士のロビン・クラークと専属侍女のスーラ・グラフでございます。それと、もう一人カミーラ・クルス・サンチェスという少年も供として連れてまいりますこと、お許しください」
「カミーラというのはこの国の少年ということですか」
意外な展開にマキシモは眉をひそめながらも、話を聞く姿勢は崩さないでいた。そんなマキシモを見たテレサもきちんと話を通しておこうと思った。
「実は先だって国境近くの街……」
「テリィ、パルラです」
言葉に詰まったテレサへロビンが囁いた。気を取り直して、テレサは続けていた。
「バルラに寄ったとき、親と生き別れになったカミーラと出会いました。教区の教会長と話をして、私が保護をすることにしたのです。この先のことはここでの暮らしの中で決めていくつもりです。教会長さんからは身分証明書と出国許可証をいただいております」
「そういうことでしたら、ご令嬢にお任せいたします。我が商会が援助をしている教会や孤児院もございますので、様々なご相談に対応できるものと考えております」
「教会と孤児院に援助を。私も見学させていただいてよろしいでしょうか」
テレサの言葉に頷きながら笑みを浮かべたマキシモは、さっきの険しさを何処かへやっていた。
「ぜひともいらっしゃってください。良き学びにつながることでしょう」
「ありがとうございます」
マキシモは一通り話し合いが終わったのを公爵夫妻と目を合わせて確認すると、テレサに街なかの別邸へ案内をすると言った。テレサもカミーラのことがあるので、今晩から屋敷に入りたかったと説明した。テレサの一行は商会の馬車で、別邸へ向かうことになった。
「叔父様、叔母様。お招きいただきありがとうございました」
「今度は一緒に食事をいたしましょう。供の子どもについても、あちらの屋敷には管理人夫妻もいますし、安心なさい」
「ぜひ、ゆっくりお話をいたしとうございます」
叔母たちと別れて、街なかを周って屋敷についた。街の風景は貴族の屋敷街を出ると一変した。上級の市民の居住区を走っているはずなのに、どこか侘しさを感じる町並みで、テレサは違和感を覚えていた。マキシモも同席している馬車の中では、違和感を話さないように一応わきまえていると、華やかな世界についてのみ言うマキシモには淑女の笑みで対応するしかなかった。ようやく屋敷の門をくぐると、大人しく話を聞いていたことをスーラに褒めてもらいたくなっていた。
屋敷では管理人夫妻に出迎えを受け、居住棟へ入った。管理人夫妻とマキシモに先導されて、応接室に入ると公爵邸の華やかさと違い、シンプルながら上質な家具や置物に安心していた。
「素敵なお部屋ですね。他の部屋もそうなのかしら」
テレサがふと呟くと、マキシモはとても嬉しそうな顔をした。
「さすがお目が高い。装飾をなくした分、物の質にはこだわりました。良いものは長持ちしますからね」
管理人夫妻がそんなマキシモをじっと見ていたのに、やっと気がついたようだった。
「テレジア嬢、こちらが滞在中お手伝いをいたします管理人の、ヒューゴ・モレノとゾーイ・モレノです」
「テレジア・アインホルンです。こちらにおります、ロビン、スーラ、カミーラ共々よろしくお願いします」
「皆様。短い間ではございますが、ご気楽にお過ごしいただけるよう、お手伝いをさせていただきます」
ヒューゴがそう言うと、ゾーイも合わせてお辞儀をした。
「そうそう、ご滞在の間商会がこちらを使う用事はございませんので、ご自由にお使いください。では、お疲れでしょうからお部屋へご案内を。私はこれにて失礼いたします」
マキシモが出ていくと、女性と男性に分かれて部屋に案内された。テレサとスーラは1階の台所や水場なども周って、部屋へと行った。荷物は小間使いが別にいて、運んでくれた。
「あぁ、やっと気が抜ける。とりあえず水瓶とクッキーを置いてくれてるのは助かる~」
テレサはテーブルセットのソファに座って、だらしなく座っていた。スーラがお茶を用意すると言ったのを止めさせて、水とクッキーでいいと答えていた。
「これからはひとりでやっていくのよ。でも、ドレスを脱ぐのは手伝ってね」
スーラは衣装ケースからシンプルな部屋着のワンピースを出すと、テレサのドレスを脱がし着替えるのを手伝った。
「お風呂はどうしますか」
「お湯を運ぶの大変でしょう。体を簡単に拭くから今日はいいわ。もう眠いし」
「わかりました。それではおやすみなさいませ」
スーラは自分の荷物を持って、コネクティングルーム用のドアから隣の自室へと行った。見送ったテレサは明日からのしたいことを、メモ書きするともう眠気に勝てそうもないとベッドに潜り込んだ。
流石に騎士服もどきではマナーに反するということで、着いた夜は宿でスーラに旅の汚れをすべて落とされて髪の毛や肌を磨かれた。そして久しぶりにコルセットを締めてふわふわピカピカのドレスを纏っていた。
「テレサ様、これもつけさせていただきます」
そう言ってスーラが差し出したのは、淑女を辞めると言ったときに切り落とした髪の毛だった。カチューシャのような金属に髪の毛がついていて、抑えるためだろうか編み込みに見えるところから紐のようなものも伸びていた。地毛を合わせるように、ゆるく三つ編みをいつくか作り、軽く束ねてハーフアップに仕上げていった。これで誰が見ても貴族の令嬢が出来上がっていた。
スーラもシンプルながら青い花がらのツーピースのコートを淡い青のペチコートの上にかけていた。ロビンにしてもベージュに花柄の刺繍のウエストコートに濃紺のコートをしっかりと大きなボタンが映えるように着ていた。こんな正装を初めてみたテレサはエスコートで手を差し出されると、手袋の上から感じるぬくもりにドキドキしていた。カミーラにも途中の町で買ったシンプルなシャツとウエストコート、トラウザーズとこちらもしっかりとしたものを着せていた。
宿から指し迎えの公爵家の馬車に乗り、クレセント公爵邸に着いた。執事の案内を受けて、公爵夫妻と商会の実質的経営者の商会長との面談室へ向かった。ただしカミーラは、控室で大人しく待つように、言い聞かせておいた。
「お久しぶりでございます。ローゼンバーグ王国ヨハネス・アインホルン伯爵が娘テレジア・マルガレーテ・アインホルンでございます」
足を少し下げて軽く膝を曲げてと、落ち着いてお辞儀が出来たかと心配しながら、挨拶を述べた。
「さすがユリア姉さまのお子だけありますね。こちらがラファエル・バルボン・クレセント公爵様です」
「お会いできまして光栄です。クレセント閣下」
「気楽にしてください。叔父なのですから。そのように」
「ありがとうございます。叔父様」
テレサは思いっきり甘い笑顔で、公爵に向けて微笑みながら言った。公爵も満足そうに頷いたので、この対面はうまくいった自信も出てきた。
「そうそう、忘れてはいけませんでしたね。公爵家が所有している商会の商会長です」
「お初にお目にかかります、アインホルン伯爵令嬢。公爵家の商会、バスケス商会のマキシモ・フェルナンデス・バルボンと申します。男爵をいただいておりまして、公爵家の一門のものでございます。商会のお手伝いをしていただけるというお話で、とても楽しみにしておりました」
「丁寧なご挨拶ありがとうございます。後ろにおりますのが、私とともにお世話になります護衛騎士のロビン・クラークと専属侍女のスーラ・グラフでございます。それと、もう一人カミーラ・クルス・サンチェスという少年も供として連れてまいりますこと、お許しください」
「カミーラというのはこの国の少年ということですか」
意外な展開にマキシモは眉をひそめながらも、話を聞く姿勢は崩さないでいた。そんなマキシモを見たテレサもきちんと話を通しておこうと思った。
「実は先だって国境近くの街……」
「テリィ、パルラです」
言葉に詰まったテレサへロビンが囁いた。気を取り直して、テレサは続けていた。
「バルラに寄ったとき、親と生き別れになったカミーラと出会いました。教区の教会長と話をして、私が保護をすることにしたのです。この先のことはここでの暮らしの中で決めていくつもりです。教会長さんからは身分証明書と出国許可証をいただいております」
「そういうことでしたら、ご令嬢にお任せいたします。我が商会が援助をしている教会や孤児院もございますので、様々なご相談に対応できるものと考えております」
「教会と孤児院に援助を。私も見学させていただいてよろしいでしょうか」
テレサの言葉に頷きながら笑みを浮かべたマキシモは、さっきの険しさを何処かへやっていた。
「ぜひともいらっしゃってください。良き学びにつながることでしょう」
「ありがとうございます」
マキシモは一通り話し合いが終わったのを公爵夫妻と目を合わせて確認すると、テレサに街なかの別邸へ案内をすると言った。テレサもカミーラのことがあるので、今晩から屋敷に入りたかったと説明した。テレサの一行は商会の馬車で、別邸へ向かうことになった。
「叔父様、叔母様。お招きいただきありがとうございました」
「今度は一緒に食事をいたしましょう。供の子どもについても、あちらの屋敷には管理人夫妻もいますし、安心なさい」
「ぜひ、ゆっくりお話をいたしとうございます」
叔母たちと別れて、街なかを周って屋敷についた。街の風景は貴族の屋敷街を出ると一変した。上級の市民の居住区を走っているはずなのに、どこか侘しさを感じる町並みで、テレサは違和感を覚えていた。マキシモも同席している馬車の中では、違和感を話さないように一応わきまえていると、華やかな世界についてのみ言うマキシモには淑女の笑みで対応するしかなかった。ようやく屋敷の門をくぐると、大人しく話を聞いていたことをスーラに褒めてもらいたくなっていた。
屋敷では管理人夫妻に出迎えを受け、居住棟へ入った。管理人夫妻とマキシモに先導されて、応接室に入ると公爵邸の華やかさと違い、シンプルながら上質な家具や置物に安心していた。
「素敵なお部屋ですね。他の部屋もそうなのかしら」
テレサがふと呟くと、マキシモはとても嬉しそうな顔をした。
「さすがお目が高い。装飾をなくした分、物の質にはこだわりました。良いものは長持ちしますからね」
管理人夫妻がそんなマキシモをじっと見ていたのに、やっと気がついたようだった。
「テレジア嬢、こちらが滞在中お手伝いをいたします管理人の、ヒューゴ・モレノとゾーイ・モレノです」
「テレジア・アインホルンです。こちらにおります、ロビン、スーラ、カミーラ共々よろしくお願いします」
「皆様。短い間ではございますが、ご気楽にお過ごしいただけるよう、お手伝いをさせていただきます」
ヒューゴがそう言うと、ゾーイも合わせてお辞儀をした。
「そうそう、ご滞在の間商会がこちらを使う用事はございませんので、ご自由にお使いください。では、お疲れでしょうからお部屋へご案内を。私はこれにて失礼いたします」
マキシモが出ていくと、女性と男性に分かれて部屋に案内された。テレサとスーラは1階の台所や水場なども周って、部屋へと行った。荷物は小間使いが別にいて、運んでくれた。
「あぁ、やっと気が抜ける。とりあえず水瓶とクッキーを置いてくれてるのは助かる~」
テレサはテーブルセットのソファに座って、だらしなく座っていた。スーラがお茶を用意すると言ったのを止めさせて、水とクッキーでいいと答えていた。
「これからはひとりでやっていくのよ。でも、ドレスを脱ぐのは手伝ってね」
スーラは衣装ケースからシンプルな部屋着のワンピースを出すと、テレサのドレスを脱がし着替えるのを手伝った。
「お風呂はどうしますか」
「お湯を運ぶの大変でしょう。体を簡単に拭くから今日はいいわ。もう眠いし」
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