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四章 異世界旅行編 2 トカ国

363 眠りへ誘う歌声

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 一方カズは船を降りて濃い霧の中に入り、幽霊以外の反応を探した。

 島にもその周囲にも反応はないか。
 ならもう少し範囲を広くして……これは海中のモンスターだから違う……こっちもそうか……ん? こんな所に複数の反応があるぞ。
 場所的にこれは船だな。
 ゆっくりと徐々に、運搬船に近付いて来ていた。
 この霧で見つかることないだろうからちょうどいい、反応のある所に行ってみるか。

 カズは《隠密》のスキルを『ON』にして〈フライ〉を使い上空から反応のあった場所に向かった。
 飛んでいる間も、周りには無数の幽霊が漂っている、ただ触れることも触れられることもない。
 五分程飛び続けると霧を抜け、視線の少し先の湖上に小さな明かりを灯した船を見つけた。
 カズのように《暗視》のスキルでもなければ、深夜の湖上で船一隻を目視で発見するのは困難であろう。
 船は乗ってきた運搬船より少し小さく、風を受ける帆はない。
 船首近くに動く人影が見え、水面の上ギリギリに下りて船後方に近付き、船の側面に隠れながら人影が見えた船首に向かい移動。
 船首に近付くにつれて、野太い男達の話す声が聞こえてきた。

「そろそろやらせるか?」

「もう少し近くの方がいいだろ。離れて過ぎてると、この前みたいになりかねえ」

「だな」

「じゃあ良い声が出るように、少し打っておくか」

「やめとけ。お前はやり過ぎる癖がある。リーダーにも言われただろ」

「ちっ、わかってらあ」

 男達の話を聞く限りでは、誰かに命令をして、何かをやらせようとしているようだった。
 男の舌打ちをした後バチンと甲板に何かを叩き付ける音がした。
 すると怯えるか細い女性の声が聞こえ、不思議なことに魔力が込もっていた。
 カズは船縁ふなべりからそっと顔を出して覗いた。
 甲板には声の数と同じく人族の男が四人と、船首に座る女性が一人。
 女性の両腕には鎖の付いた枷がはめられ、その鎖の先は杭で甲板に固定され、逃げられないようになっていた。
 その間も船はゆっくりと運搬船を取り囲む霧に近付いて行く。

「この辺りでいいだろ」

「そうだな」

「今度オレ達に向けたら、わかってるだろうな。おら歌え」

 男の一人が持っていた鞭を甲板に打ち付け、船首に座る女性を脅し命令する。
 女性は震えるながら頷き、霧に向かって歌いだす。
 すると女性の声に込もっていた魔力量が急激に増えた。


 運搬船で警戒して待つアレナリアの元にも、女性の美しい歌声が聞こえてきた。

「これ…まさか! 全員この歌を聞いてはダメっ!」

 アレナリアの声が届くよりも早く、起きていた全員がその場で倒れて深い眠り落ちた。
 両手で両耳を塞ぐアレナリアだったが、魔力の込められた歌声には意味をなさない。
 両手に魔力を込めて入り込む歌声を遮断する、が時既に遅し。
 アレナリアのまぶたは重くなり、集中力が途切れ両手に込めた魔力が霧散する。
 魔力の込もった歌声を防ぐことは出来なくなり、アレナリアも深い眠りへと落ちた。


 眠気を誘われ湖に落ちそうになるのを、船縁に捕まりカズは堪えていた。
 暫く迫る眠気にあらがっていると、カズは眠りの耐性を獲得した。
 四人の男と船首に座り歌う女性を《分析》した。
 男達は予想通りの盗賊だったが、違ったのは冒険者崩れだということだった。
 分析する際に女性をよく観察すると、髪で隠れて半分しか見えなかった耳は変わった形をしていた。
 そのまま視線を下げると、腰の辺りに鱗のような模様が見えた。
 結果女性の種族は『セイレーン』と出た。

 盗賊達の実力としては、一緒に運搬依頼を受けて来たヤカとアスチルと同程度。
 怪力千万の従業員がゴツいといっても、武器を持ったCランクの相手は厳しいだろ。
 今回運搬船に乗って来た中で、無傷で対処出来そうなのはカズとアレナリアだけ。

 危ない危ない、もう少しでフライが解けるところだった。
 この分じゃあ、向こうはほぼ眠らされただろうな。
 運搬船には乗ってきた人以外の反応はないから、眠らされていても今のところは大丈夫だろ。
 アレナリアはこの歌で眠らさせずに起きててくれ……てればいいんけど。

 カズの期待は外れ、そのアレナリアも眠らされてしまい、対処出来るのはカズ一人だけとなっていた。

「よし。あれを止めろ」

 盗賊のリーダーが船内の仲間に命令を出すと、運搬船の周囲に現れていたまやかしの幽霊は消え去り、霧が徐々に薄くなり始めた。

「船を動かせ」

 運搬船がうっすら見えると、盗賊は船を近付ける。

「もう少し左から寄せろ」

 盗賊のリーダーが船の進路を指示し、少し離れた所から運搬船を目視で確認する。

「チョロいもんだぜ。船を着けて荷と高く売れそうな奴を運び込め」

 島に着岸して陸から荷物を運び出さないのは、足跡などの痕跡を残さないため。
 いつも通り獲物の船に乗り込み、手早くロープで縛り船を固定し、金目の物と女を奪い去るだけの至極簡単なことだった。
 甲板で倒れてる人影を見ると、仲間全員に指示を出す盗賊のリーダー。
 船が停止すると同時に、盗賊の一人が船を固定するため、ロープを持ち運搬船に飛び乗ろうとジャンプした。
 だが笑みがこぼれるその盗賊は、運搬船に乗ることは出来ず湖に落下。

「だっはっは! なにやってんだ」

「だっせー。乗り損ねてやんの」

「オレが船を固定させとくから、あいつを引き上げてやれ」

 他の盗賊がロープを持ち運搬船に飛び乗ろうとする。
 が、一人目と同様、空中で弾かれ湖に落ちる。
 さすがにおかしいと盗賊のリーダーは運搬船全体を観察し、薄い膜のようなものに包まれていると気付いた。
 盗賊が運搬船に入れないのは、霧が消え去ると同時にカズが密かに〈バリア・フィールド〉を使っていたから。

「おまえら周りを調べろ。誰か隠れてるぞ」

「リーダば……」

「おい、どうした?」

 盗賊のリーダーが振り返ると、湖から上がった二人を含む五人の盗賊が、カズに殴られ気絶させられていた。

「誰だてめぇ!」

「賊に名乗る名前なんかない」

「ふざけやがって。おら、奴にお前の歌を聞かせてやれ!」

 盗賊のリーダーが船首に駆け出し、セイレーンに繋がれた鎖を強く引っ張り、歌えと強制する。
 怯えるセイレーンは盗賊の言うがまま、魔力を込めた歌を現れたカズに向けて歌った。
 眠らされ倒れると思っていた盗賊のリーダーだったが、カズの歩みは止まらない。
 近付いて来るカズを見た盗賊のリーダーは、懐からナイフを取り出し、セイレーンにもっと歌に魔力を込めろと脅す。
 震える怖がるセイレーンは、声を張り上げて限界まで歌に魔力を込める。
 しかしカズは一向に眠る気配はなく、あと数歩という所まで近付いて来ていた。

「クソ役立たずが!」

 盗賊のリーダーは、持ってたナイフをセイレーンに向けて振り下ろす。
 セイレーンは死を覚悟して目を閉じる。
 が、一向にナイフが刺さったときの苦痛がない。
 恐る恐る目を開けたセイレーンの視界には、自分を殺そうとしていた盗賊のリーダーが、現れたカズに放り投げられ空中で逆さまになっているのが目に映った。

「大丈夫? 共通語は話せる?」

「え……あ、はい(誰? 人族? 助けてくれたの?)」

「そう。もうちょっと待ってて(盗賊がスキルかアイテムで、セイレーンの言葉を話してたわけじゃなかったんだな)」

 投げ飛ばされた盗賊のリーダーは起き上がると、船内に入って行き武装して出て来る。

 その腹部と両腕には魔鉄で作られた鎧と手甲を装備し、両手には赤と薄い緑の色の玉がはめられた短剣を持っていた。

 カズは即座に《鑑定》を使用。

 魔鉄で作られた手甲には電撃耐性、鎧には装備者の任意で使用することの出来る、回数限定のヒーリングが付与がされていた。
 両手に持つ短剣のつかには、それぞれ火属性と風属性の水晶がはめられており、魔力を込めることで低位ではあるが両属性の魔法が使える。
 更に装備してるだけで、身体強化が付くおまけ付き。
 だが身体強化の欠点は、自動的に装備者の魔力を使い効果を発揮するというもの。
 余程自分の魔力量に自信がないと使えない代物。
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