運命の糸

おっくん

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運命の糸

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 久しぶりの休暇であきらは駅前の商店街に来ていた。目的があったわけではない。せっかくの休暇を布団のうえで過ごすのはもったいない、六畳の窓から見える空は、そうおもわせるような晴天だったのだ。日差しに誘われたのはあきらだけではなかったようで、商店街は売る人、買う人、笑う人の、花の咲いたような活気が満ちていて、あきらの足取りもそれにつられて軽快だった。

 あきらの目の前を背広を着た男が颯爽と歩いている。背広の生地は張りがあって、陽を吸い込んだように光っている。どこか良いところの商社マンだろうかとあきらはおもった。
 ――――――錯覚か?
 突然、その背中がモゾモゾと動いたのだ。
 ――――――っ!
 あきらは息を呑んだ。
 そいつは節のついた六本の脚が胴体から伸びていて、全体が黒く細かい体毛でおおわれている。作り物ではない。その証拠に、男の背中からずり落ちないように、ときおりグンと突っ張ったり緩まったりして動いているのだ。
 ――――――デケェ!
 ぷるんとした巨大なクモが、男の背中に張りついていた。
 手を広げても脚がはみでるくらいの大きさだった。目の前にいて、どうして今まで気がつかなかったのか不思議なくらいの大きさだ。男も背中の異常事態に気づかないのだろうか。
 ――――――ちょっとした事件だろ!
 あきらが男に声をかけようとした瞬間、クモは大きくジャンプをした。通行人の頭上を放物線を描いて道の端まで飛んだ。そしてそのまま、薄い肩を見せている女の背中に、ガシッと飛びついた。女は異変に気づいたのか、足を緩めてあたりをみまわした。若い女だった。背中のクモには気がつかない。背広男が足を止めると、女は彼の存在に気づいた様子で、意味深な戸惑いを見せたあと、殻をやぶったような笑みを浮かべた。あきらは二人の間にキラキラと金色に光るクモの糸があるのを見た。二人はやがてラブホテルに消えていった。

 クモは駅前の陸橋を登っている男の背中にもいた。うしろから男を迷惑そうに押しのけて、女が階段を登っていった。
 ――――――あっ!
 その背中にクモはピョイとジャンプをしたのだ。
 すると突然、男は階段を早足で登りはじめ、その女の横につくとなんやかやと声をかけはじめた。女は急いでいるのか、急いでいるふりをしているのか、男には一切反応せずにスタスタと改札を抜けていった。女の背中にジャンプしたはずのクモは、もうどこかに行ってしまったようだった。男はきまりわるそうにニヤニヤしていたが、その男もそのうち雑踏に消えていった。
 男から伸びた金色の糸が、所在なさげに宙を舞っていた。

 大学生とおぼしきカップルにクモのいた形跡があった。二人の間に、陽の光をうけてキラキラと光る金色の糸があったのだ。
 ――――――あのクモの糸か
 あきらは商店街を見て回った。クモは一度気がつくと至る背中に潜んでいて、ときおり、あきらの頭上を大ジャンプで飛び越えていった。街はクモであふれていたのだ。クモの仲介を受けた男女は軽やかな談笑のあと、ほとんどが近くのラブホテルに消えていった。
 ――――――いいなぁ
 あきらが女の粘膜を感じたのはずいぶん前のことだ。それこそ蜘蛛の巣が張っている状態だったから、ラブホテルに消えていく男女を見るとうらやましくてしかたがなかった。

 向こうからベリーショートの鶴のようにほっそりとした女の子が歩いてきた。私服の高校生だろうか。表情を抑えているが、活力と好奇心が目元からこぼれているようにみえた。周囲の喧騒を引き連れて凜と歩く彼女の姿に、あきらは歳の差を超えて釘付けになった。
 ――――――可愛い子だなぁ!
 あきらはおもわず自分の背中にクモがいないか振りかえった。


 背後でガタイの良い兄さんが、意味深な笑みを浮かべていた。
「やらないか?」
「やらねぇよ!」
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