聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる

文字の大きさ
7 / 17
本編

第七節 管理と監視

 王子の書斎にて――。

「聖水の準備はできているか」
「はっ。万端でございます」
「そうか」
「……」
「では、聖水の配布と引き換えに、職種や年収、病歴、友人など、出来る限り個人情報を引き出せ。それを国民番号に紐付ける」

 言うまでもないが、国民番号とは、民一人一人に割り当てられた一意の番号のことだ。民の行動は、そのすべてを管理する必要がある。それは、神に選ばれし支配者としての責任であろう。その責任を、ようやく全うすることができるのだ……。

「もし聖水を飲まない者を見つけたら、国から金を出さないと脅せ」
「はっ。それでも聖水を拒む者がいるなら……」
「国民番号をマークしておけ」

 俺の意に沿わない反乱分子が、この国にどれだけいるのか……。言わば、これは踏み絵だった。あの聖女のように、余計な勘をはたらかせられる者がいないとも限らないのだ。いや、むしろいると考えるべきだろう。頭の回る優秀な人材はもちろん必要だが、それは俺に従う者に限った話だ。そうでない者は、見つけ次第、早めに潰しておくべきだろう……。

「すべて、順調でございますね」
「ああ……。やはり、一番恐れていたのは民が蜂起することだった。民の数に比して、我々支配者の数は、あまりにも少ない。その矛を、いかに我々に向けさせないか。それが、支配者としての腕の見せ所、という訳だ」
「彼らは、互いに仮面をかぶっていないなどと言って、いがみ合っていますからね。面白いものです」

 この仮面……実は、教典では奴隷の証なのだ。それを民がこぞって付けているなど、滑稽で仕方がない。

「それに、会食や会合を自粛させることで、反乱分子の組織の結成や、組織内の相談を未然に防げるようになりましたからね」
「ああ。それに、どさくさに紛れて、いくつもの法案が通ってしまったぞ。病とは本当に便利なものだな」
「実は、本当に大したことのない病だというのに……。その分、シナリオ作りと扇動は、本当に頑張りました」
「うむ、大義であった」

 この病は、偶然見つかった、感染力の極めて高く、そして人体への影響が極めて低いものであった。その感染力と潜伏力の高さは、あの歴代最高とされる聖女でも手を焼いたほどなのだ。あの聖女にすべての病原菌を消し去られていれば、危ないところだった……。
 実は、この病を消す方法は、奇蹟の力だけでなく、もう一つある。それは――この病を、ことである。その瞬間、この病は風邪という概念に凋落ちょうらくする。新聞などは、まったく哀れな道化となることだろう。だが、実際には、そのどちらもが現実となることはなかった。そう、我々の勝利なのだ。

「ふはっ……」
「後任の聖女が何か仕出かさないかと懸念がありましたが……杞憂でございましたね」
「当然だ。そのために、もっとも神聖力の低い見習いを聖女へと押し上げたのだからな。教会の奴らもお墨付きだ。して、その聖女は、今どうしている?」


 ――――


「ん……ぅ……」

 ミラは惰眠にふけっていた。性欲と食欲と睡眠欲を貪るその姿を見て、これが聖女ですと言われて信じられる民が、この国に果たしてどれだけいるだろうか? 言わずもがな、エリスの一番の付き人であったルゥも、その一人であった。
 ルゥは、眠りこけるミラの姿をぼうと見下ろしていた。

「……」

(なぜ……なぜ、私はこのような人の世話をしているのです……。私が真にお仕えするのは、エリス様、ただ一人なのに……)

(エリス様が追放されるとき、私は監禁され、御一緒することが叶わず……。ようやく監禁が終わったと思いきや、ミラ様のお世話を命令される始末……)

(エリス様……今頃、どこで心細い思いをしておられることやら……。そのことを考えるだけで胸が痛みます……。貴女は、きっとウォルデンに行かれているのでしょう?)

 ルゥは意を決したように、抱えていた洗濯物を手放した。
 早く旅の支度をしなければならない。そうは思っていても、彼女は最後に、この聖女へ何か一言でも文句を言ってやらなければ気が済まなかった。ルゥはミラの襟首を引っ掴んだ。


 パンッ


 頬を叩く音が響いた。
 目を覚ましたミラは、一体何が起こっているのか、まったく理解できていない顔付きをしていた。

「貴女は聖女なんかじゃありません!」

 言い捨てるや否や、ルゥは走り去った。

「ぇ……?」

 残された聖女は、侍女の去った扉の向こうを、痛む頬を押さえながら見つめていた。
感想 4

あなたにおすすめの小説

殿下、妃殿下。貴方がたに言われた通り、前世の怨みを晴らしに来ましたよ

柚木ゆず
恋愛
「そんなに許せないのなら、復讐しに来るといいですわ。来世で」 「その日を楽しみに待っているぞ、はははははははははっ!」  濡れ衣をかけられ婚約者ヴィクトルと共に処刑されてしまった、ミリヤ・アリネス。  やがてミリヤは伯爵家令嬢サーヤとして生まれ変わり、自分達を嵌めた2人への復讐を始めるのでした。

わたくしを追い出した王太子殿下が、一年後に謝罪に来ました

柚木ゆず
ファンタジー
 より優秀な力を持つ聖女が現れたことによってお払い箱と言われ、その結果すべてを失ってしまった元聖女アンブル。そんな彼女は古い友人である男爵令息ドファールに救われ隣国で幸せに暮らしていたのですが、ある日突然祖国の王太子ザルースが――アンブルを邪険にした人間のひとりが、アンブルの目の前に現れたのでした。 「アンブル、あの時は本当にすまなかった。謝罪とお詫びをさせて欲しいんだ」 現在体調の影響でしっかりとしたお礼(お返事)ができないため、最新の投稿作以外の感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

愛する妹が理不尽に婚約破棄をされたので、これからお礼をしてこようと思う

柚木ゆず
ファンタジー
※12月23日、本編完結いたしました。明日より、番外編を投稿させていただきます。  大切な妹、マノン。そんな彼女は、俺が公務から戻ると部屋で泣いていた――。  その原因はマノンの婚約者、セガデリズ侯爵家のロビン。ヤツはテースレイル男爵家のイリアに心変わりをしていて、彼女と結婚をするためマノンの罪を捏造。学院で――大勢の前で、イリアへのイジメを理由にして婚約破棄を宣言したらしい。  そうか。あの男は、そんなことをしたんだな。  ……俺の大切な人を傷付けた報い、受けてもらうぞ。

格上の言うことには、従わなければならないのですか? でしたら、わたしの言うことに従っていただきましょう

柚木ゆず
恋愛
「アルマ・レンザ―、光栄に思え。次期侯爵様は、お前をいたく気に入っているんだ。大人しく僕のものになれ。いいな?」  最初は柔らかな物腰で交際を提案されていた、リエズン侯爵家の嫡男・バチスタ様。ですがご自身の思い通りにならないと分かるや、その態度は一変しました。  ……そうなのですね。格下は格上の命令に従わないといけない、そんなルールがあると仰るのですね。  分かりました。  ではそのルールに則り、わたしの命令に従っていただきましょう。

結婚式当日に私の婚約者と駆け落ちした妹が、一年後に突然帰ってきました

柚木ゆず
恋愛
「大変な目に遭ってっ、ナルシスから逃げてきたんですっ! お父様お姉様っ、助けてくださいっ!!」  1年前、結婚式当日。当時わたしの婚約者だったナルシス様と駆け落ちをした妹のメレーヌが、突然お屋敷に現れ助けを求めてきました。  ふたりは全てを捨ててもいいから一緒に居たいと思う程に、相思相愛だったはず。  それなのに、大変な目に遭って逃げてくるだなんて……。  わたしが知らないところで、何があったのでしょうか……?

魅了の魔法をかけられていたせいで、あの日わたくしを捨ててしまった? ……嘘を吐くのはやめていただけますか?

柚木ゆず
恋愛
「クリスチアーヌ。お前との婚約は解消する」  今から1年前。侯爵令息ブノアは自身の心変わりにより、ラヴィラット伯爵令嬢クリスチアーヌとの関係を一方的に絶ちました。  しかしながらやがて新しい恋人ナタリーに飽きてしまい、ブノアは再びクリスチアーヌを婚約者にしたいと思い始めます。とはいえあのような形で別れたため、当時のような相思相愛には戻れません。  でも、クリスチアーヌが一番だと気が付いたからどうしても相思相愛になりたい。  そこでブノアは父ステファンと共に策を練り、他国に存在していた魔法・魅了によってナタリーに操られていたのだと説明します。 ((クリスチアーヌはかつて俺を深く愛していて、そんな俺が自分の意思ではなかったと言っているんだ。間違いなく関係を戻せる))  ラヴィラット邸を訪ねたブノアはほくそ笑みますが、残念ながら彼の思い通りになることはありません。  ――魅了されてしまっていた――  そんな嘘を吐いたことで、ブノアの未来は最悪なものへと変わってゆくのでした――。

どうやらこのパーティーは、婚約を破棄された私を嘲笑うために開かれたようです。でも私は破棄されて幸せなので、気にせず楽しませてもらいますね

柚木ゆず
恋愛
 ※今後は不定期という形ではありますが、番外編を投稿させていただきます。  あらゆる手を使われて参加を余儀なくされた、侯爵令嬢ヴァイオレット様主催のパーティー。この会には、先日婚約を破棄された私を嗤う目的があるみたいです。  けれど実は元婚約者様への好意はまったくなく、私は婚約破棄を心から喜んでいました。  そのため何を言われてもダメージはなくて、しかもこのパーティーは侯爵邸で行われる豪華なもの。高級ビュッフェなど男爵令嬢の私が普段体験できないことが沢山あるので、今夜はパーティーを楽しみたいと思います。