拝啓、259200秒後の君へ

野々峠ぽん

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一章

2,ナイフが死因はありますか

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 べつに、普通の日だったはずなんだ。
 いつもどおり学校に行って、友達とおしゃべりしながら、お弁当を食べて。部活でも、気になる先輩と近づけそうで、近づけなかったりしちゃってさ。
 まさに、日常の一ページってやつだったのに。
 それがどうして、その日の夜には、お腹にナイフが刺さっていたりするんだろ。まったくもってわかんないよね。

「ホノカさん。ナイフで刺されて、人って死ぬんですかね」
「は? 何よそれ」
「いや、だって。胸だと即死っぽいけど、お腹ってなんか微妙じゃないですか。手術とかで切ったりしても、死なないし。だから、わたしワンチャン生きてたり」
「するわけないわよ。腹でも刺されりゃ、普通に死ぬっつーの。手術のときはね、途中で死なないように処置してんのよ」
「あああ、やっぱり」
「やめてよね、本当くだらない」

 ホノカさんは、足を組みなおすとそっぽを向いてしまった。どうやら、機嫌を損ねてしまったみたいで、声をかけても無視される。まずったなあ、と思いつつ、正面のスピーカーに見るとはなしに目をやった。

『――フジウツギ、ハタノマルニチョウ、〇〇―×××、ハラグチ、ユウゾウーーフジウツギ、ハタノマルニチョウ、〇〇―×〇、ハライ――』

 聞こうと思ってないときに限って、よく聞こえたりするもので。
 スピーカーが読み上げてる人たちの住所。案外うちのご近所で、なんとなく気まずかった。
 そう言えば、さっきからずっと『フジウツギ』から始まる住所が呼ばれてる気がする。ひょっとすると、この部屋にいる人って、みんな藤空木市に住んでる(た?)人なのかもしれない。じゃあ知り合いとか、見つけることもあるのかな。それは、あんまり嬉しくないけど。
 ホノカさんも、藤空木に住んでいたのかな。もしご近所さんだったなら、道ですれ違うくらいしてたのかも。そう思うと、ちょっと滅入った。

「ホノカさん、ホノカさん」
「…………」
「ごめんなさい、馬鹿なこと言って。さみしいんでお喋りしましょう」

 せっかく知り合えたんだし、縁ってやつは大事にしたい。そりゃ死んでなきゃ、もっと良かったけど。
 ホノカさんは、深い深いため息をついた。

「もう、本当に苛々するったら」
「ごめんなさい」
「別に、あんたのせいだけど、あんたのせいじゃないわよ。あたしはね、こんなことになったこと自体、不愉快極まりないんだもの」

 ホノカさんは、わたしにからだ半分向き直った。

「あたし、後悔とか未練とか嫌いなの。なんか、そういうのってみみっちいでしょう。自分に先がないって言ってるも同然で」
「ああ、そんな感じですよね」

 大量生産じゃなさそうな、お洒落なスーツとか。堂々としてるところとか。いかにもカッコいい、出来る女のイメージだ。

「そのあたしが、なんでって思ってるのよ。『なんでこんなことに』って。サイテーに屈辱的で、苛々するわ」

 ホノカさんは、苛立たし気に自分の腿をぶった。スピーカーは、名前を呼び続けてる。わたしは、なんて言ったらいいかわからなかった。

『フジウツギ、サカノウエミドリチョウ、×△〇ー××、フカザワ、ホノカーー』

 ひゅん。

「えっ」

 ホノカさんが消えた。
 立ち上がって、空っぽの隣を凝視する。すぐに、ホノカさんは「呼ばれた」んだって、じわじわ理解が追いついた。

「ちょっとお、空気読んでよっ!」

 わめいた拍子に、ひゅんと人影が現れた。だれかが補充されたみたい。
 新しいお隣さんは、すごく太った男の人。肌がぱんぱんに膨れてて、紫色のたらこみたい。「おえっ」とえづきそうになって、慌てて顔を背ける。
 わたしは、大人しく自分のスペースに腰を下ろした。
 ホノカさんに、今すぐ戻ってきてほしかった。

 ふと、隣に気配を感じた。
 お隣さんとは、逆の方。怪訝に思って、顔を上げる。
 すると、女の子が一人立っていた。
 看護師さんみたいな、白衣を着てる。髪形は、頬のあたりで切りそろえられた、丸いショートボブ。顔はとても小さくて、なぜか真っ黒いアイマスクを装着してた。
 女の子は、無表情な声で言った。

「フジウツギ、ハタノマルサンチョウメ、〇〇―×××、フジマ、ヒカリ」
「え、はい」

 反射的に返事をすると、女の子はひとつ頷いた。

「ついて来なさい。あなたは、別の部屋に行かねばならない」
「あっ、えっ」

 キョドるわたしをよそに、女の子はすでに踵を返してた。慌てて、その後を追いかける。
 そのとき、はじめて気づいたんだけど。わたし、この部屋に来てずっと、前しか見てなかったんだよね。
 うしろの壁には、赤いエレベーターがなんと二台設置されてたの。消える以外の移動手段が、あったのかって驚いた。
 促されて乗ってみると、なんか古いホテルのエレベーターみたいだった。狭くて、タクシーみたいな匂いが充満してて、ギシギシ軋んだ音がする。女の子は無表情で、ボタンの前に立っていた。

「あの、これって一体どういう」
「あとで」
「はい」

 女の子はつれなかった。

 やがて、チンと安っぽい音を立てて、エレベーターが止まった。
 下りてみると、うって変わって立派なエレベーターホールだった。
 ふかふかの絨毯が敷き詰められてて、壁際の小さな飾り棚の上には、立派なお花を活けた花瓶。ただ、窓だけがない。
 一つだけある扉を抜けて、ムードたっぷりの間接照明が設置された、長い廊下を歩いていく。
 女の子の足が速すぎて、ほぼ小走りでついて行った。それにしても、やわらかい絨毯って、歩きにくいんだね。

 たどり着いたのは、豪奢な片開のドアの前。
 艶々の赤い木の、ロココチックって言うのかな。とにかく豪華な飾りのついたドアには金色の、由来ありげに錆びたノッカーが付いていた。
 女の子は、ドアを三回、拳で強めに叩いた。

「部長どの。特例の魂をつれてきた」

 すると、中からのんびりと返事が返ってくる。

「はあい、ご苦労様。入って入って~」

 開かれたドアの向こうを見て、わたしは息をのんだ。
 すごく、広い。
 教室ふたつぶんより広い部屋は、さっきのホールよりもっと豪華な、真っ赤な絨毯が敷きつめられていた。ドアの正面には、がっしりとした造りの執務机と、赤い革張りの椅子がある。こっちに背を向けているけど、あれはたぶん社長椅子ってやつ。部屋のあちこちにある高そうな調度品と言い、ここはまるで――。

「生徒会室じゃんっ!」

 この部屋は、漫画とか少女小説にある、生徒会室のイメージにぴったりだ。感動にうち震えていると、女の子に怪訝そうにされた。
 そのとき、出し抜けに、高らかな笑い声が部屋に響いた。

「あはははは。今度の子も、ずい分おかしな子だねえ」

 社長椅子が、ぐるん、と勢いよく振り返る。
 ぎょっとした。
 椅子には、若い男の人が座ってる。
 第一印象は、とにかく「赤」。
 ゆるくウェーブした赤い髪の、長い長いポニーテールを両肩に流してて。服装は、チャイナドレスなのかバンドマンなのか、判別不能の赤いロングコート。顔は綺麗な細面。でも、変なマスクを着けていて、目元はぜんぜん見えなかった。
 印象を総合すると「真っ赤で変な服の人」は、にこにこと愛想よく話しかけてきた。

「こんにちは、フジマヒカリさん。僕は、死人管理局の役人をしている、フォロンというものだよ。まあ役員っても持ち回りだし、大して偉かないけどね。しかし、この僕は君にとって、かなり重要なニュースをもたらす存在であるには違いないよ。それは、毛ほどの疑いもなく。満月が欠けていることもないようにね!」

 ぱちんとウインクを飛ばしそうに、とことん陽気な調子でぺらぺら喋ってくる。
 わたしは、はあ、と生返事した。死人管理局とか役人とか、なにやら知らないことばっかだし。
 男の人――フォロンさんは、のべつ喋り倒していた。でも、女の子の気配が尖っていくのを察して、大げさに肩を竦め、「ニュース」を告げた。

「では、単刀直入に言おうかな。フジマヒカリさん。君はね、まだ”本当には”死んでいないんだ。だから、生き返れる。君にその気があるなら、だけど」

 わたしは、あんまりさらっと言われたもので、しばらくぼけっとなっちゃった。
 なにを言われたのか、よくわかんなかったって感じ。三秒ぐらい、咀嚼して、やっとドスンと腑に落ちて。

「まじで」

 思わず、座り込んだよね。死んでないって、なにそれ本当?
 ちょっと待ってよ、ホノカさん。
 腹では死なないみたいです。
 
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