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21話 Cecil
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授業が始まってからも、セシルはずっと七海の事を考えていた。
ゴーストに襲われていた彼女の姿が蘇る。
目に涙を湛えながら、ギリギリまで誰にも助けを求めなかった。彼女が放った『たすけて』という声は、常人には聞き取れない程に小さくか細かった。恐らく、本人も助けを呼ぶつもりは無かったのだろう。あれはきっと無意識に漏れ出た声だったのだ。
彼女はゴーストが消えた今でも、決して声には出さず、ずっと助けを求めている。
何とかして、この現状を変えなければ。かと言って、教師は当てにならない。
彼女は他の生徒が書いた汚い言葉で埋め尽くされた机で今も授業を受けている。授業を受け持つ教員達が、彼女の机の惨状に気付いていない筈がない。しかし、そこには一切触れようとしない。
白百合先生も彼等の陰惨極まりない仕打ちを、見て向ぬ振りをしているのだろうか。白百合先生に限ってはそうであって欲しくない。
授業間の中休みに入っても、彼女への嫌がらせは続いた。
居た堪れなくなった僕は、彼女の手を無理矢理引いて、隣の空き教室へ入った。
「僕は彼等があなたに行う仕打ちを許せません。必ず彼等を黙らせてみせますから、僕を頼って下さい」
「お願いだから私の事は放っておいて。あの人達は人の仮面を被った悪魔。何を言っても通用しないのだから・・・」
「そう言われたからって放ってはおけません。他の生徒が無抵抗なあなたに対して、寄って集って精神的に追い詰める姿は苦しくて見てられません。なにも、あなたが我慢する必要なんてないんです」
「いいの。もう慣れたから・・・」
「こんなのに慣てはいけません。自分を誤魔化していると、いつかきっとあなたの心は壊れてしまいます」
「私の心はとっくに壊れてる・・・。これ以上、私に構わないで」
ここまで拒絶されては、為す術が無い。僕のお節介を彼女は快く思わないのだから。
肩を落とす僕に対して、初めて彼女が僅かに顔を上げた。
「でも・・・。私なんかを庇ってくれてありがとう・・・」
伏し目がちに少しはにかんだその笑顔は、まるで木漏れ日の様に僕を優しく包んだ。
その刹那、激しく心が波立ち、心臓が早鐘を打つ。同時に彼女を見る目が変わった自分に気付く。こんなにも、むず痒い気持ちを抱いたのは生まれて初めてだ。
きっと僕は、この瞬間に彼女を好きになってしまったんだと知った。
教室に戻って間もなく、授業が始まった。
彼女の事で頭が一杯になってしまった僕は、授業など上の空だった。
昼休みになると、彼女は鞄から弁当箱を取り出して、足早に教室から去って行った。
慌てて後を追ったが、彼女の後ろ姿を途中で見失い、やむなく食堂に足を向けた。
食堂に入り、定食を盆に乗せ、空いている席が無いか探していると、友人二人と食事をしていた陽菜さんがこっちこっちと手を振った。
陽菜さんの正面の席に座ると、彼女から早速、二人の女友達を紹介され、軽く会釈を交わした。
「セシルくん、なんだか浮かない顔してるけど、クラスの子達とは上手くいってる?」
つくづく、彼女には下手な誤魔化しは通用しないのだなと感じる。
「上手く行っているとは言い難いのですが、問題視する程でもありません」
「実はね、ここだけの話・・・」
陽菜さんは周囲をキョロキョロと見回し、小さく手招きする仕草で、テーブルの中程まで顔を近付ける様に合図した。口元に手を当て、小声で話し始める。
「二年五組ってちょっと変なの。何が変かって言うと、不思議な事に、性格が去年までとガラリと変わっちゃった子ばかり居るのよ。小学校から一緒で、凄く温厚だった子が、進級してあのクラスになった途端、冷酷な性格に変わっちゃったの。どうしてそうなったのか理由は分からない。あのクラスにはそうやって変わってしまった子ばかり、きっと人を変えてしまう何かがあるんだわ」
確かにクラスメイトの雰囲気は異様とも取れる。
人間の性質を変えるという意味では、闇魔法が思い浮かんだ。闇魔法を例にしても、効果の持続時間は術者の能力にもよるが、持って三日といった所だ。半永久的に効果を持続させるなど果たして可能なのだろうか。効果が切れ掛かった時に、また新たに効果の上書きしていると考えるのが自然ではなかろうか。
生徒達が複数回に渡り、闇魔法に類する何らかの影響を受けて人格が変わってしまったと考えるなら、その残り香の様なものに当てられた教師達は、直接的な手段には出ずとも、彼等の悪行に対して黙認するだけに留まっているとも考えられる。
だったらどうして七海さんだけがあのクラスの中に居ながら、無事で居られたのだろうか。
いや、もしかすると。
一つの嫌な考えが頭に浮かんだ。荒唐無稽な話であると打ち消そうとするが、その反証もまた思いつかない。
三年五組というクラスは、七海さんを苦しめる為に、何者かによって用意された舞台なのではなかろうか。
これらが人為的な闇魔法に類するものであるなら、下手人は上書きの時期が近付くと、三年五組に何らかの接触を図るだろう。そこで尻尾を掴めれば、光明が見えるかもしれない。
「僕が見た所、どうやら三年五組の異質性の矛先は七海さんに向いていると思われます。どうして彼女が標的となってしまったのか、何か思い当たる事はありませんか?」
陽菜さんの隣に座る女子生徒が、おずおずと口を開いた。
「私、七海ちゃんとは一年、二年と同じクラスだったんだけど・・・」
「へ~。面白そうな話をしてんなぁ。俺も混ぜてくれ」
にやけ顔の男が彼女の肩に手を置いた。
ビクンと肩を震わせ、後ろを振り向いた彼女は絶句した。
彼の顔には見覚えがある。教室で七海さんの机をひっくり返した男だ。
彼は適当に空いた椅子を手に取り、七海さんと女子生徒の間に割って入った。
「どうぞ、俺に構わず続けてくれ」
女子生徒はすっかり怯えきってしまい、彼が去った後も再び口を開く事は無かった。
ゴーストに襲われていた彼女の姿が蘇る。
目に涙を湛えながら、ギリギリまで誰にも助けを求めなかった。彼女が放った『たすけて』という声は、常人には聞き取れない程に小さくか細かった。恐らく、本人も助けを呼ぶつもりは無かったのだろう。あれはきっと無意識に漏れ出た声だったのだ。
彼女はゴーストが消えた今でも、決して声には出さず、ずっと助けを求めている。
何とかして、この現状を変えなければ。かと言って、教師は当てにならない。
彼女は他の生徒が書いた汚い言葉で埋め尽くされた机で今も授業を受けている。授業を受け持つ教員達が、彼女の机の惨状に気付いていない筈がない。しかし、そこには一切触れようとしない。
白百合先生も彼等の陰惨極まりない仕打ちを、見て向ぬ振りをしているのだろうか。白百合先生に限ってはそうであって欲しくない。
授業間の中休みに入っても、彼女への嫌がらせは続いた。
居た堪れなくなった僕は、彼女の手を無理矢理引いて、隣の空き教室へ入った。
「僕は彼等があなたに行う仕打ちを許せません。必ず彼等を黙らせてみせますから、僕を頼って下さい」
「お願いだから私の事は放っておいて。あの人達は人の仮面を被った悪魔。何を言っても通用しないのだから・・・」
「そう言われたからって放ってはおけません。他の生徒が無抵抗なあなたに対して、寄って集って精神的に追い詰める姿は苦しくて見てられません。なにも、あなたが我慢する必要なんてないんです」
「いいの。もう慣れたから・・・」
「こんなのに慣てはいけません。自分を誤魔化していると、いつかきっとあなたの心は壊れてしまいます」
「私の心はとっくに壊れてる・・・。これ以上、私に構わないで」
ここまで拒絶されては、為す術が無い。僕のお節介を彼女は快く思わないのだから。
肩を落とす僕に対して、初めて彼女が僅かに顔を上げた。
「でも・・・。私なんかを庇ってくれてありがとう・・・」
伏し目がちに少しはにかんだその笑顔は、まるで木漏れ日の様に僕を優しく包んだ。
その刹那、激しく心が波立ち、心臓が早鐘を打つ。同時に彼女を見る目が変わった自分に気付く。こんなにも、むず痒い気持ちを抱いたのは生まれて初めてだ。
きっと僕は、この瞬間に彼女を好きになってしまったんだと知った。
教室に戻って間もなく、授業が始まった。
彼女の事で頭が一杯になってしまった僕は、授業など上の空だった。
昼休みになると、彼女は鞄から弁当箱を取り出して、足早に教室から去って行った。
慌てて後を追ったが、彼女の後ろ姿を途中で見失い、やむなく食堂に足を向けた。
食堂に入り、定食を盆に乗せ、空いている席が無いか探していると、友人二人と食事をしていた陽菜さんがこっちこっちと手を振った。
陽菜さんの正面の席に座ると、彼女から早速、二人の女友達を紹介され、軽く会釈を交わした。
「セシルくん、なんだか浮かない顔してるけど、クラスの子達とは上手くいってる?」
つくづく、彼女には下手な誤魔化しは通用しないのだなと感じる。
「上手く行っているとは言い難いのですが、問題視する程でもありません」
「実はね、ここだけの話・・・」
陽菜さんは周囲をキョロキョロと見回し、小さく手招きする仕草で、テーブルの中程まで顔を近付ける様に合図した。口元に手を当て、小声で話し始める。
「二年五組ってちょっと変なの。何が変かって言うと、不思議な事に、性格が去年までとガラリと変わっちゃった子ばかり居るのよ。小学校から一緒で、凄く温厚だった子が、進級してあのクラスになった途端、冷酷な性格に変わっちゃったの。どうしてそうなったのか理由は分からない。あのクラスにはそうやって変わってしまった子ばかり、きっと人を変えてしまう何かがあるんだわ」
確かにクラスメイトの雰囲気は異様とも取れる。
人間の性質を変えるという意味では、闇魔法が思い浮かんだ。闇魔法を例にしても、効果の持続時間は術者の能力にもよるが、持って三日といった所だ。半永久的に効果を持続させるなど果たして可能なのだろうか。効果が切れ掛かった時に、また新たに効果の上書きしていると考えるのが自然ではなかろうか。
生徒達が複数回に渡り、闇魔法に類する何らかの影響を受けて人格が変わってしまったと考えるなら、その残り香の様なものに当てられた教師達は、直接的な手段には出ずとも、彼等の悪行に対して黙認するだけに留まっているとも考えられる。
だったらどうして七海さんだけがあのクラスの中に居ながら、無事で居られたのだろうか。
いや、もしかすると。
一つの嫌な考えが頭に浮かんだ。荒唐無稽な話であると打ち消そうとするが、その反証もまた思いつかない。
三年五組というクラスは、七海さんを苦しめる為に、何者かによって用意された舞台なのではなかろうか。
これらが人為的な闇魔法に類するものであるなら、下手人は上書きの時期が近付くと、三年五組に何らかの接触を図るだろう。そこで尻尾を掴めれば、光明が見えるかもしれない。
「僕が見た所、どうやら三年五組の異質性の矛先は七海さんに向いていると思われます。どうして彼女が標的となってしまったのか、何か思い当たる事はありませんか?」
陽菜さんの隣に座る女子生徒が、おずおずと口を開いた。
「私、七海ちゃんとは一年、二年と同じクラスだったんだけど・・・」
「へ~。面白そうな話をしてんなぁ。俺も混ぜてくれ」
にやけ顔の男が彼女の肩に手を置いた。
ビクンと肩を震わせ、後ろを振り向いた彼女は絶句した。
彼の顔には見覚えがある。教室で七海さんの机をひっくり返した男だ。
彼は適当に空いた椅子を手に取り、七海さんと女子生徒の間に割って入った。
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