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5.やはり公爵様には嫌われてしまいました
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ロベルタ公爵様はグランハイム公爵家の前当主様に奥様が事故で急逝されたために、急遽当主の座につかれた方です。
そのためまだ二十歳と若く、その歳でこの広大な領土を治めなくてはならなくなりました。
にも関わらず、公爵様は立派にその後を継ぎ、むしろ前当主様よりも領土を発展させていらっしゃる素晴らしい方です。
その見目も美しく、流れるような銀色の髪と、吸い込まれるようなアイスブルーの瞳。背丈も高く、ほっそりとされていますが、剣術も国で相当の腕前らしく、王家おかかえの騎士団長レベルと言われています。そのためその長身と麗しい見た目とは裏腹にあふれ出るような覇気も同時に持ち合わせているのでした。
そんなロベルタ様がお部屋をいきなり訪ねて来られたので、さすがの私も驚いてしまいました。
夫婦ならいきなり女性の部屋を訪ねるのはご法度ではないとは思いますが、まだ正式な結婚式も上げてはいませんので、少し驚いたのです。
そのため自己紹介が遅れてしまいました。
「失礼しました。またベッドに横たわったままで申し訳ありません。少し体調を悪くしてしまいまして。すぐに起きます」
「別にそのままで構わない。どうせすぐに出て行くつもりだったからな」
冷え切った返事がかえってきました。
どうやら、噂で聞いていた通り、女性に対して冷たい方なのでしょうか?
ですが、そんな冷たい対応をされたにも関わらず、私は慌てて口を開きました。
「もう行ってしまわれるのですか!?」
「そうだ。俺は忙しい。お前のような女に構っている暇はない。どうせお前もすぐに出て行くだろうからな」
取りつく島もなさそうです。なら、
「でしたら、お願いがあります!」
私はさらに焦って口を開きました。
すると、ロベルタ様は先ほどよりも更に冷え切った瞳でこちらをご覧になります。
その瞳の色とあいまって、震えあがるほど温度が下がったような気がします。
「来たばかりで早速要求とは、図々しい女だ。これだから貴族令嬢というのは……」
腹立たしそうに言い捨てます。
その通りですね。いきなり来た女が、公爵様に向かってお願いをするのですから、図々しいにも程があります。でも、
「明日にも出てゆかされるかもしれない身だと心得ています。なので、これだけは伝えておかなければいけないんです」
「なんだと? 何を言っている?」
ロベルタ様は怪訝な表情を浮かべます。
私ははっきりとお願いしました。
「私のことは捨てて頂いて構いません! ですが、メイドのアンのことは何とかここに置いてくださいませ! いえ、もし難しいようでしたら、違う仕事を斡旋くださるだけでもいいです。とにかく、アンが路頭に迷わないようにして欲しいのです!」
よし。
私は内心でガッツポーズをとったと思います。
いくじなしの私ですが、ちゃんとアンのことをお願いすることが出来ました。
でも、ロベルタ様の反応はどうでしょうか?
そう思って、相手の顔を見上げます。すると、なぜか彼は理解できない者を見るような、怪訝な表情をしていて、
「それは……正気で言っているのか?」
「はい?」
私は首を傾げます。
彼は言葉を続けました。
「自分が捨てられると分かっていながら、メイドの今後のことをお前は俺に嘆願したのか? お前の身の保証などではなく?」
「え? あ、はい。そうですが」
ロベルタ様はなぜか額に指をあてると、
「なぜだ? まずは自分のことを優先すべきだろう? メイドなど二の次のはずだ」
「そう、なんでしょうか? そう、かもしれませんね」
ロベルタ様のおっしゃりたいことが分からないほど、私も察しが悪くはない。
普通は自分の保身や身の保証を求めるものだ。
特に、私はもう帰る場所もない。
公爵家から追い出されたら、あとは野垂れ死ぬだけだろうという確信がある。
ただ、それでも、
「私のせいで。自分のせいで周りの人が不幸になるのは嫌ですから」
「ふん、とんだ傲慢な考え方だな。反吐が出そうだ」
「厳しい現実と戦っておられるロベルタ公爵様におかれましては、そう思われるのが当然かと思います。私の願いが私の身勝手な思いであることも承知しています」
そう言うと、ロベルタ様は先ほど前の絶対零度と言っていい視線を緩めた。
相変わらずその瞳と口調は冷たいままだったけど、
「……メイドの一人や二人、俺の力で何とでもなる」
「ありがとうございます。ふう。ごほごほ! し、失礼を」
「……咳か。どうした?」
「いえ、身体が弱いものでして。安心したら、我慢していた咳が出てしまいました。本当に不束者で申し訳なく思います」
「……咳くらい誰でもするだろう」
「お優しいんですね。あ……」
私はグラリと目の前の光景が回転するのを感じた。そのまま、ベッドにボフっと倒れ込む。
「おい、大丈夫なのか?」
「は、はい。どうやら、安心したら、体調まで悪化したみたいです。すみません、意識が遠く……」
ああ、なんということでしょう。
そのまま意識がフェードアウトしていきます。
でも、アンのことはお願いできたので、もう別に不安なことは一つもありません。
公爵様の前で眠ってしまうような失態をおかしたから、明日には出て行かされるかもしれませんけれど、その前にアンのことをお願い出来ておいてよかった。
そこまで考えて、私の意識は夢の中に落ちてゆくのでした。
そのさなか、ロベルタ様の声がぼんやりと聞こえた気がしました。
「眠った、のか? まったく、なんなんだこの女は。調子の狂う……」
『ばさり』
布団をかけてくださったのでしょうか?
「それにどうして伯爵令嬢なのに、こんな地味な恰好なんだ? あれだけのドレスを用意してあるというのに。今までの令嬢どもは……。それに、こいつはなぜこれほど痩せているんだ? もう少し栄養をつければ……」
そんな言葉が聞こえたような聞こえなかったような気がしましたが、それを最後に私の意識は完全にぷっつりと途切れたのでした。
そのためまだ二十歳と若く、その歳でこの広大な領土を治めなくてはならなくなりました。
にも関わらず、公爵様は立派にその後を継ぎ、むしろ前当主様よりも領土を発展させていらっしゃる素晴らしい方です。
その見目も美しく、流れるような銀色の髪と、吸い込まれるようなアイスブルーの瞳。背丈も高く、ほっそりとされていますが、剣術も国で相当の腕前らしく、王家おかかえの騎士団長レベルと言われています。そのためその長身と麗しい見た目とは裏腹にあふれ出るような覇気も同時に持ち合わせているのでした。
そんなロベルタ様がお部屋をいきなり訪ねて来られたので、さすがの私も驚いてしまいました。
夫婦ならいきなり女性の部屋を訪ねるのはご法度ではないとは思いますが、まだ正式な結婚式も上げてはいませんので、少し驚いたのです。
そのため自己紹介が遅れてしまいました。
「失礼しました。またベッドに横たわったままで申し訳ありません。少し体調を悪くしてしまいまして。すぐに起きます」
「別にそのままで構わない。どうせすぐに出て行くつもりだったからな」
冷え切った返事がかえってきました。
どうやら、噂で聞いていた通り、女性に対して冷たい方なのでしょうか?
ですが、そんな冷たい対応をされたにも関わらず、私は慌てて口を開きました。
「もう行ってしまわれるのですか!?」
「そうだ。俺は忙しい。お前のような女に構っている暇はない。どうせお前もすぐに出て行くだろうからな」
取りつく島もなさそうです。なら、
「でしたら、お願いがあります!」
私はさらに焦って口を開きました。
すると、ロベルタ様は先ほどよりも更に冷え切った瞳でこちらをご覧になります。
その瞳の色とあいまって、震えあがるほど温度が下がったような気がします。
「来たばかりで早速要求とは、図々しい女だ。これだから貴族令嬢というのは……」
腹立たしそうに言い捨てます。
その通りですね。いきなり来た女が、公爵様に向かってお願いをするのですから、図々しいにも程があります。でも、
「明日にも出てゆかされるかもしれない身だと心得ています。なので、これだけは伝えておかなければいけないんです」
「なんだと? 何を言っている?」
ロベルタ様は怪訝な表情を浮かべます。
私ははっきりとお願いしました。
「私のことは捨てて頂いて構いません! ですが、メイドのアンのことは何とかここに置いてくださいませ! いえ、もし難しいようでしたら、違う仕事を斡旋くださるだけでもいいです。とにかく、アンが路頭に迷わないようにして欲しいのです!」
よし。
私は内心でガッツポーズをとったと思います。
いくじなしの私ですが、ちゃんとアンのことをお願いすることが出来ました。
でも、ロベルタ様の反応はどうでしょうか?
そう思って、相手の顔を見上げます。すると、なぜか彼は理解できない者を見るような、怪訝な表情をしていて、
「それは……正気で言っているのか?」
「はい?」
私は首を傾げます。
彼は言葉を続けました。
「自分が捨てられると分かっていながら、メイドの今後のことをお前は俺に嘆願したのか? お前の身の保証などではなく?」
「え? あ、はい。そうですが」
ロベルタ様はなぜか額に指をあてると、
「なぜだ? まずは自分のことを優先すべきだろう? メイドなど二の次のはずだ」
「そう、なんでしょうか? そう、かもしれませんね」
ロベルタ様のおっしゃりたいことが分からないほど、私も察しが悪くはない。
普通は自分の保身や身の保証を求めるものだ。
特に、私はもう帰る場所もない。
公爵家から追い出されたら、あとは野垂れ死ぬだけだろうという確信がある。
ただ、それでも、
「私のせいで。自分のせいで周りの人が不幸になるのは嫌ですから」
「ふん、とんだ傲慢な考え方だな。反吐が出そうだ」
「厳しい現実と戦っておられるロベルタ公爵様におかれましては、そう思われるのが当然かと思います。私の願いが私の身勝手な思いであることも承知しています」
そう言うと、ロベルタ様は先ほど前の絶対零度と言っていい視線を緩めた。
相変わらずその瞳と口調は冷たいままだったけど、
「……メイドの一人や二人、俺の力で何とでもなる」
「ありがとうございます。ふう。ごほごほ! し、失礼を」
「……咳か。どうした?」
「いえ、身体が弱いものでして。安心したら、我慢していた咳が出てしまいました。本当に不束者で申し訳なく思います」
「……咳くらい誰でもするだろう」
「お優しいんですね。あ……」
私はグラリと目の前の光景が回転するのを感じた。そのまま、ベッドにボフっと倒れ込む。
「おい、大丈夫なのか?」
「は、はい。どうやら、安心したら、体調まで悪化したみたいです。すみません、意識が遠く……」
ああ、なんということでしょう。
そのまま意識がフェードアウトしていきます。
でも、アンのことはお願いできたので、もう別に不安なことは一つもありません。
公爵様の前で眠ってしまうような失態をおかしたから、明日には出て行かされるかもしれませんけれど、その前にアンのことをお願い出来ておいてよかった。
そこまで考えて、私の意識は夢の中に落ちてゆくのでした。
そのさなか、ロベルタ様の声がぼんやりと聞こえた気がしました。
「眠った、のか? まったく、なんなんだこの女は。調子の狂う……」
『ばさり』
布団をかけてくださったのでしょうか?
「それにどうして伯爵令嬢なのに、こんな地味な恰好なんだ? あれだけのドレスを用意してあるというのに。今までの令嬢どもは……。それに、こいつはなぜこれほど痩せているんだ? もう少し栄養をつければ……」
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