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9.旦那様との初めての朝食 その2
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「おはようございます、ロベルタ様」
「……」
食堂には既にロベルタ様が着席されていた。
旦那様より先に来るべきなのに、ある準備をする必要があって、旦那様よりも来るのが遅れてしまった。でも、それは遅れていい理由にはならない。
なので、素直に謝罪の言葉を口にする。
「遅くなってしまって、申し訳ありませんでした」
「ふん。俺の公務の時間を削るとは、いい度胸ではないか。まぁいい」
辛辣な言葉をかけられてしまう。
一方で、旦那様の容貌は寝起きの朝だというのに、一層美しい。
その銀髪はガラス窓から差し込む朝日にキラキラと輝き、すぐにでも公務に行けるよう着こまれた貴族服が凛々しくとても良く似合っていた。そして何よりもアクアマリンの宝石よりも、なお澄んだ美しい色のアイスブルーの瞳に見惚れない女性はいないだろう。
そうこうしている間に、順番に食事が運ばれてくる。といっても、朝なのでパンや野菜、スープを中心とした軽めのものだが。
「このたびは私などを朝食にお呼び頂きありがとうございました」
まだお礼を言えていなかったことを思い出して口にする。
「ふん。なかなか尻尾を出さないのでな。いっそ直接話してみるかと思ったまでだ」
「尻尾、ですか?」
何のことか分からず、申し訳なく思って私は顔を伏せる。
でも、そのこと自体は助かった。
旦那様の容姿はずっと正視できないほど美しいものだったから。
「なぜホッとしている」
「いえ、その、あの……」
ふん、やはり怪しいな……、と旦那様の心の声が聞こえた気がした。
確かに見とれてしまう自分のやましい気持ちを伝える訳にもいかず、沈黙してしまう。もしかしたら、顔は赤くなってしまっているかもしれない。
(はしたない。隠せてればいいんだけど……)
カチャ、カチャ。
食器の当たる音だけが響く。なんとも重苦しい空気の朝食になってしまった。
ロベルタ様のお誘いされた理由が何であれ、私が原因には違いない。
本当に申し訳ないなと思う。
そうこうしている間に、料理が全て出し終わった。
「これで終わりだな」
旦那様が席を立とうとされる。その時、
「ああ、お待ちください、公爵様。最後に一品、本日は料理がございます」
「何?」
そう言ったシェフが運んできたのは、出来立ての林檎ケーキであった。
「なんだ、新しいメニューか? だが菓子とは珍しいな?」
「いえ、こちらは」
シェフが私の方を見ながら言いました。
「奥様が早朝からいらっしゃってお作りになったものです。朝は冷えるにも関わらず、心を込めて公爵様のために作られました」
そう。せめて、何か恩返しがしたいと思って、自分に出来ることを考えたのだ。
私は何もできない、出来損ないの人間だけど、シェフの方にお願いして林檎ケーキの作り方を教えてもらっていたのだ。
これくらいのことで恩返しがかなうとは思ってはいないけど……。
しかし、
「ふん、とうとう尻尾を出したか」
「え?」
「まだ嫁いできたばかりの外部の人間だ。うまく部下たちにとりいっているようだが俺は騙されんぞ。お前が俺に尽くす理由はない。俺を殺そうとしている可能性もある。そんな怪しい奴の料理が食べられるものか!」
そう言うと旦那様は不機嫌そうに席を立たれます。
「私はまだここに置いて頂いているだけで感謝していて……」
私はすぐに理由をお伝えしようとしますが、
「嘘を言うな! どの貴族令嬢もそうだった。お前も一緒だな。全く信用ならん!!」
聞く耳を持っては頂けず、旦那様は、カツカツと靴音を立てて退室されていったのでした。
後には早朝から作った林檎ケーキと、みじめな私。そして、哀れむような表情を浮かべるシェフだけが残されたのでした。
「ノレフさん。申し訳ありませんでした。せっかくご無理を言って色々と教えてもらっていたのに」
「と、とんでもございません、奥様! それよりお咳が……。厨房に立たれていた時も、お熱があるようでしたのに……」
「せっかく旦那様に。ロベルタ様に恩返しできる機会かと思ったもので」
「奥様……」
「部屋に戻ります。大変美味しかったです。それに、いつも私の療養のために、優しい味付けにしてくれてありがとう」
「そ、そんな! 恐れ多いですよ!」
「コホ。すみません。どうも本当に熱が出て来たみたいです。すみませんが、アンを呼んで来てもらえますでしょうか?」
「大変だ。はい。かしこまりました、奥様」
まったく。私ったら。
思わず自己嫌悪に陥《おちい》る。
何かしようとしても、周りに迷惑をかけてばかり。
旦那様に少しでも栄養をつけて頂きたかったのだけど、それも裏目に出てしまった。
(旦那様がおっしゃる通り、私のような怪しい、身なりもみすぼらしい女が、料理を作ってもご迷惑に決まっているのに……)
そう感じるのと同時に、
「どうして、旦那様はあれほど警戒されていらっしゃるのかしら。それに、それほど警戒されているなら、さっさと私のような女は放り出されればいいのに……」
私は自分がうけた仕打ちなどすぐに忘れてしまって、ついつい旦那様がなぜあれほど警戒心を持たれているのか、ということが気にかかって来たのでした。
少しして、駆けつけたアンに部屋に連れて帰ってもらって、ベッドで眠らせてもらった後も、そのことがとても気にかかったのです。
そして、今日あった出来事と、その疑問を、夜に心配して様子を見に来てくれたルーダさんにお伝えしたのでした。
すると、ルーダさんは何も言わず、私に深く頭を下げて退室して行かれたのです。
さすがに私の身勝手な行為と考えに、呆れてしまわれたのかもしれないわね。
そんなことを思いながら、まだ熱のある身体を改めてベッドに横たえるのでした。
……しかし数日後。なぜか改めて旦那様から朝食のお誘いを頂いたのです。
「……」
食堂には既にロベルタ様が着席されていた。
旦那様より先に来るべきなのに、ある準備をする必要があって、旦那様よりも来るのが遅れてしまった。でも、それは遅れていい理由にはならない。
なので、素直に謝罪の言葉を口にする。
「遅くなってしまって、申し訳ありませんでした」
「ふん。俺の公務の時間を削るとは、いい度胸ではないか。まぁいい」
辛辣な言葉をかけられてしまう。
一方で、旦那様の容貌は寝起きの朝だというのに、一層美しい。
その銀髪はガラス窓から差し込む朝日にキラキラと輝き、すぐにでも公務に行けるよう着こまれた貴族服が凛々しくとても良く似合っていた。そして何よりもアクアマリンの宝石よりも、なお澄んだ美しい色のアイスブルーの瞳に見惚れない女性はいないだろう。
そうこうしている間に、順番に食事が運ばれてくる。といっても、朝なのでパンや野菜、スープを中心とした軽めのものだが。
「このたびは私などを朝食にお呼び頂きありがとうございました」
まだお礼を言えていなかったことを思い出して口にする。
「ふん。なかなか尻尾を出さないのでな。いっそ直接話してみるかと思ったまでだ」
「尻尾、ですか?」
何のことか分からず、申し訳なく思って私は顔を伏せる。
でも、そのこと自体は助かった。
旦那様の容姿はずっと正視できないほど美しいものだったから。
「なぜホッとしている」
「いえ、その、あの……」
ふん、やはり怪しいな……、と旦那様の心の声が聞こえた気がした。
確かに見とれてしまう自分のやましい気持ちを伝える訳にもいかず、沈黙してしまう。もしかしたら、顔は赤くなってしまっているかもしれない。
(はしたない。隠せてればいいんだけど……)
カチャ、カチャ。
食器の当たる音だけが響く。なんとも重苦しい空気の朝食になってしまった。
ロベルタ様のお誘いされた理由が何であれ、私が原因には違いない。
本当に申し訳ないなと思う。
そうこうしている間に、料理が全て出し終わった。
「これで終わりだな」
旦那様が席を立とうとされる。その時、
「ああ、お待ちください、公爵様。最後に一品、本日は料理がございます」
「何?」
そう言ったシェフが運んできたのは、出来立ての林檎ケーキであった。
「なんだ、新しいメニューか? だが菓子とは珍しいな?」
「いえ、こちらは」
シェフが私の方を見ながら言いました。
「奥様が早朝からいらっしゃってお作りになったものです。朝は冷えるにも関わらず、心を込めて公爵様のために作られました」
そう。せめて、何か恩返しがしたいと思って、自分に出来ることを考えたのだ。
私は何もできない、出来損ないの人間だけど、シェフの方にお願いして林檎ケーキの作り方を教えてもらっていたのだ。
これくらいのことで恩返しがかなうとは思ってはいないけど……。
しかし、
「ふん、とうとう尻尾を出したか」
「え?」
「まだ嫁いできたばかりの外部の人間だ。うまく部下たちにとりいっているようだが俺は騙されんぞ。お前が俺に尽くす理由はない。俺を殺そうとしている可能性もある。そんな怪しい奴の料理が食べられるものか!」
そう言うと旦那様は不機嫌そうに席を立たれます。
「私はまだここに置いて頂いているだけで感謝していて……」
私はすぐに理由をお伝えしようとしますが、
「嘘を言うな! どの貴族令嬢もそうだった。お前も一緒だな。全く信用ならん!!」
聞く耳を持っては頂けず、旦那様は、カツカツと靴音を立てて退室されていったのでした。
後には早朝から作った林檎ケーキと、みじめな私。そして、哀れむような表情を浮かべるシェフだけが残されたのでした。
「ノレフさん。申し訳ありませんでした。せっかくご無理を言って色々と教えてもらっていたのに」
「と、とんでもございません、奥様! それよりお咳が……。厨房に立たれていた時も、お熱があるようでしたのに……」
「せっかく旦那様に。ロベルタ様に恩返しできる機会かと思ったもので」
「奥様……」
「部屋に戻ります。大変美味しかったです。それに、いつも私の療養のために、優しい味付けにしてくれてありがとう」
「そ、そんな! 恐れ多いですよ!」
「コホ。すみません。どうも本当に熱が出て来たみたいです。すみませんが、アンを呼んで来てもらえますでしょうか?」
「大変だ。はい。かしこまりました、奥様」
まったく。私ったら。
思わず自己嫌悪に陥《おちい》る。
何かしようとしても、周りに迷惑をかけてばかり。
旦那様に少しでも栄養をつけて頂きたかったのだけど、それも裏目に出てしまった。
(旦那様がおっしゃる通り、私のような怪しい、身なりもみすぼらしい女が、料理を作ってもご迷惑に決まっているのに……)
そう感じるのと同時に、
「どうして、旦那様はあれほど警戒されていらっしゃるのかしら。それに、それほど警戒されているなら、さっさと私のような女は放り出されればいいのに……」
私は自分がうけた仕打ちなどすぐに忘れてしまって、ついつい旦那様がなぜあれほど警戒心を持たれているのか、ということが気にかかって来たのでした。
少しして、駆けつけたアンに部屋に連れて帰ってもらって、ベッドで眠らせてもらった後も、そのことがとても気にかかったのです。
そして、今日あった出来事と、その疑問を、夜に心配して様子を見に来てくれたルーダさんにお伝えしたのでした。
すると、ルーダさんは何も言わず、私に深く頭を下げて退室して行かれたのです。
さすがに私の身勝手な行為と考えに、呆れてしまわれたのかもしれないわね。
そんなことを思いながら、まだ熱のある身体を改めてベッドに横たえるのでした。
……しかし数日後。なぜか改めて旦那様から朝食のお誘いを頂いたのです。
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