14 / 27
14.ドレスのプレゼント(前編)
しおりを挟む
馬車に二人で乗ると、御者が馬を走らせ始めた。
伯爵家が普段使用しているのと違って、クッションが違うのか、ほとんど揺れない。
あるいは街道の整備が行き届いているからだろうか。
旦那様の手腕をこういう細かなところでも感じる。きっと領民たちにとって素晴らしい領主に違いない。来た時と同様、領民たちは楽しそうには働いている。
「伯爵領のみんなは大丈夫かしら……」
「君の領地か」
「はい。悪口のように聞こえたら申し訳ありません。ご不快かもしれませんが、伯爵家はこの旦那様ほど優れた政策を実行はできていませんでしたので。重税に民は苦しんでいました。一方で妹や両親たちは贅沢三昧で。いくらやめるように言っても……折檻が待っているばかりで……」
「シャノンのように民を思いやる心が少しでも生まれていることを祈るばかりだが」
「そうですね。私は信じています。実の妹と両親ですから」
「ひどい目にあわされていたと聞いているが、それでもか?」
「はい」
例えそうだとしても、肉親なのだ。だから彼らの事を最後まで信じたい。その気持ちを失いたくないのだ。
「すみません、せっかくお出かけに誘って頂いたのに、こんな話題を。つい、この街の人々の明るい顔を見ていると思い出してしまったのです」
「領主の妻として当然のことだろう。謝ることではない。むしろ、今までの令嬢どもときたら贅沢することしか頭にない女狐ばかりで……、いややめよう。もう到着する」
「え、はい」
城を出てしばらく走った先で馬車が止まる。
仕立て屋さんに入ると、広々とした空間にたくさんの見本となる既製品のドレスの他、色とりどりの美しい細工が施された生地が並べられていた。見たこともない夢のような空間だ。
「まぁまぁ、ようこそいらっしゃいました。公爵様。今日は突然の御用向き、光栄に存じますわ」
「突然ですまなかったなマダム。ぜひ彼女に似合うドレスを仕立ててもらいたくてな。色々な予定があったと思うが」
「いえいえ。公爵様のたっての希望とあれば、このミーナリア、万難を排することに否はありえません。それにしても」
マダムと呼ばれた仕立て屋の女主人は、私の方をじろじろと見る。
(せっかく公爵様が連れて来た女が、私のような地味でやせぎすの女だと思っているに違いないわ)
ああ、早速旦那様に恥をかかせてしまった。
私に似合うドレスなんてそもそもあるはずないのに。
申し訳ない。
仕立て屋のミーナリアさんも困惑しているのだろう。
そんな気持ちでいっぱいになり、瞳を伏せがちになってしまいそうになったところで、
「これは磨けば光る素晴らしい原石ですわ。ああ、もう、ついに見つけられたんですね! うふふふふ」
「馬鹿が、そんなんじゃない」
「もー、隠さなくたっていいじゃないですか。そもそも、わざわざこのお店に女性を連れて来たのだって初めてで」
「いい加減に口を閉じろ。お前の仕事は何だった?」
「あらあら、分かりましたとも、さぁさぁ、奥様、こちらへどうぞ」
「は、はい」
原石とか、このお店に連れて来た女性は初めてだとか聞こえた気がするが、一瞬で色々なやりとりがされて、どういう意味かまでは分からなかった。
ともかく私は言われるがままに、ミーナリアさんの元まで近づく。
「ほら、やっぱりお奇麗。奥様、お初にお目にかかります。ミーナリアと申します。公爵様がやっとお気に入りの女性を連れてきてくださって、仕立て屋冥利に尽きるというものです」
「い、いえ。お気に入りとかでは。『そんなんじゃない』と旦那様も先ほどおっしゃられてましたので」
「それこそ『そういう意味ではない』と思いますよ、うふふふ」
「え?」
私はマダムのおっしゃることがよくわからず、キョトンとしますが、彼女はますます微笑みを深めるばかりです。
「さて、おしゃべりはこれくらいにしまして、そうですね」
彼女は幾つかの生地を並べながら説明してくださります。
「美しいパステルカラーのドレスも素敵だと個人的には思うのだけど、奥様の性格では少し着心地が悪いかもしれないわね」
「性格ですか?」
「そうですよ。清楚でお美しい奥様には、少し奥ゆかしい……。ある意味聖女が着るようなドレスがいいかもしれませんね。淡い感じのライラックがいいかしら。デコルテが陶器の様にお奇麗なので出しましょう。首と肩回りは透ける布で覆いましょうね。刺繍も布と同色の糸で余り目立たさず、かつ、上品に仕上げるのでどうでしょう? スカートの裾は二重にしまして、外側は少し長めで、薄手のオーガンジーで少し透過するデザインにしたいと思います。内側は膝ほどの丈までとしますが、デザイン的に全く下品さはない仕上がりにしますのでご安心くださいませ。奥ゆかしくて美しい奥様の心根をデザインに落とし込みますからね」
「そ、そんな豪華な手の込んだデザインのドレスを私のためだけに作って頂くなんて出来ません」
「あら、どうしてですか?」
「だって、せっかく領民の方々が納められたお金ですし……」
すると、ミーナリア様は公爵様の方を向いて、
「こんなことをおっしゃっていますが? どうされますか?」
と聞く。
旦那様なら分かってくれるはずです。
そう期待しました。
しかし、
「いいから、好きなものを選べ。いや、そういうことが出来ないのだな、お前は、まったく。やれやれ」
と、そう言って、首を横に振ってから、
「ここのものを全てもらおう。そのうえでマダム。シャノンに似合う服を仕立ててくれ。ただ、派手なものはどうしても気が引けるらしい。俺はどんなものでも似合うと思うのだが……。まぁ彼女が抵抗なく着れる少し上品めのものがいいのだろう。俺も……そういうのが似合うと思う」
何をおっしゃっているのでしょうか?
全部?
ここにある服を全部買う?
「まぁまぁ、ロベルタ公爵様。やはりとうとう……」
「それ以上言うな。斬るぞ」
「あらあら。怖い怖い。ほほほ。分かりました。では最高の一品を仕立てさせて頂きましょう」
「頼む」
え? え? と、私だけが戸惑っているうちに奥に連れて行かれたのでした。
(後編に続きます)
伯爵家が普段使用しているのと違って、クッションが違うのか、ほとんど揺れない。
あるいは街道の整備が行き届いているからだろうか。
旦那様の手腕をこういう細かなところでも感じる。きっと領民たちにとって素晴らしい領主に違いない。来た時と同様、領民たちは楽しそうには働いている。
「伯爵領のみんなは大丈夫かしら……」
「君の領地か」
「はい。悪口のように聞こえたら申し訳ありません。ご不快かもしれませんが、伯爵家はこの旦那様ほど優れた政策を実行はできていませんでしたので。重税に民は苦しんでいました。一方で妹や両親たちは贅沢三昧で。いくらやめるように言っても……折檻が待っているばかりで……」
「シャノンのように民を思いやる心が少しでも生まれていることを祈るばかりだが」
「そうですね。私は信じています。実の妹と両親ですから」
「ひどい目にあわされていたと聞いているが、それでもか?」
「はい」
例えそうだとしても、肉親なのだ。だから彼らの事を最後まで信じたい。その気持ちを失いたくないのだ。
「すみません、せっかくお出かけに誘って頂いたのに、こんな話題を。つい、この街の人々の明るい顔を見ていると思い出してしまったのです」
「領主の妻として当然のことだろう。謝ることではない。むしろ、今までの令嬢どもときたら贅沢することしか頭にない女狐ばかりで……、いややめよう。もう到着する」
「え、はい」
城を出てしばらく走った先で馬車が止まる。
仕立て屋さんに入ると、広々とした空間にたくさんの見本となる既製品のドレスの他、色とりどりの美しい細工が施された生地が並べられていた。見たこともない夢のような空間だ。
「まぁまぁ、ようこそいらっしゃいました。公爵様。今日は突然の御用向き、光栄に存じますわ」
「突然ですまなかったなマダム。ぜひ彼女に似合うドレスを仕立ててもらいたくてな。色々な予定があったと思うが」
「いえいえ。公爵様のたっての希望とあれば、このミーナリア、万難を排することに否はありえません。それにしても」
マダムと呼ばれた仕立て屋の女主人は、私の方をじろじろと見る。
(せっかく公爵様が連れて来た女が、私のような地味でやせぎすの女だと思っているに違いないわ)
ああ、早速旦那様に恥をかかせてしまった。
私に似合うドレスなんてそもそもあるはずないのに。
申し訳ない。
仕立て屋のミーナリアさんも困惑しているのだろう。
そんな気持ちでいっぱいになり、瞳を伏せがちになってしまいそうになったところで、
「これは磨けば光る素晴らしい原石ですわ。ああ、もう、ついに見つけられたんですね! うふふふふ」
「馬鹿が、そんなんじゃない」
「もー、隠さなくたっていいじゃないですか。そもそも、わざわざこのお店に女性を連れて来たのだって初めてで」
「いい加減に口を閉じろ。お前の仕事は何だった?」
「あらあら、分かりましたとも、さぁさぁ、奥様、こちらへどうぞ」
「は、はい」
原石とか、このお店に連れて来た女性は初めてだとか聞こえた気がするが、一瞬で色々なやりとりがされて、どういう意味かまでは分からなかった。
ともかく私は言われるがままに、ミーナリアさんの元まで近づく。
「ほら、やっぱりお奇麗。奥様、お初にお目にかかります。ミーナリアと申します。公爵様がやっとお気に入りの女性を連れてきてくださって、仕立て屋冥利に尽きるというものです」
「い、いえ。お気に入りとかでは。『そんなんじゃない』と旦那様も先ほどおっしゃられてましたので」
「それこそ『そういう意味ではない』と思いますよ、うふふふ」
「え?」
私はマダムのおっしゃることがよくわからず、キョトンとしますが、彼女はますます微笑みを深めるばかりです。
「さて、おしゃべりはこれくらいにしまして、そうですね」
彼女は幾つかの生地を並べながら説明してくださります。
「美しいパステルカラーのドレスも素敵だと個人的には思うのだけど、奥様の性格では少し着心地が悪いかもしれないわね」
「性格ですか?」
「そうですよ。清楚でお美しい奥様には、少し奥ゆかしい……。ある意味聖女が着るようなドレスがいいかもしれませんね。淡い感じのライラックがいいかしら。デコルテが陶器の様にお奇麗なので出しましょう。首と肩回りは透ける布で覆いましょうね。刺繍も布と同色の糸で余り目立たさず、かつ、上品に仕上げるのでどうでしょう? スカートの裾は二重にしまして、外側は少し長めで、薄手のオーガンジーで少し透過するデザインにしたいと思います。内側は膝ほどの丈までとしますが、デザイン的に全く下品さはない仕上がりにしますのでご安心くださいませ。奥ゆかしくて美しい奥様の心根をデザインに落とし込みますからね」
「そ、そんな豪華な手の込んだデザインのドレスを私のためだけに作って頂くなんて出来ません」
「あら、どうしてですか?」
「だって、せっかく領民の方々が納められたお金ですし……」
すると、ミーナリア様は公爵様の方を向いて、
「こんなことをおっしゃっていますが? どうされますか?」
と聞く。
旦那様なら分かってくれるはずです。
そう期待しました。
しかし、
「いいから、好きなものを選べ。いや、そういうことが出来ないのだな、お前は、まったく。やれやれ」
と、そう言って、首を横に振ってから、
「ここのものを全てもらおう。そのうえでマダム。シャノンに似合う服を仕立ててくれ。ただ、派手なものはどうしても気が引けるらしい。俺はどんなものでも似合うと思うのだが……。まぁ彼女が抵抗なく着れる少し上品めのものがいいのだろう。俺も……そういうのが似合うと思う」
何をおっしゃっているのでしょうか?
全部?
ここにある服を全部買う?
「まぁまぁ、ロベルタ公爵様。やはりとうとう……」
「それ以上言うな。斬るぞ」
「あらあら。怖い怖い。ほほほ。分かりました。では最高の一品を仕立てさせて頂きましょう」
「頼む」
え? え? と、私だけが戸惑っているうちに奥に連れて行かれたのでした。
(後編に続きます)
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています
木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。
少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが……
陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。
どちらからお読み頂いても話は通じます。
一年だけの夫婦でも私は幸せでした。
クロユキ
恋愛
騎士のブライドと結婚をしたフローズンは夫がまだ婚約者だった姉を今でも想っている事を知っていた。
フローズンとブライドは政略結婚で結婚式当日にブライドの婚約者だった姉が姿を消してしまった。
フローズンは姉が戻るまでの一年の夫婦の生活が始まった。
更新が不定期です。誤字脱字がありますが宜しくお願いします。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ヒロインと結婚したメインヒーローの側妃にされてしまいましたが、そんなことより好きに生きます。
下菊みこと
恋愛
主人公も割といい性格してます。
アルファポリス様で10話以上に肉付けしたものを読みたいとのリクエストいただき大変嬉しかったので調子に乗ってやってみました。
小説家になろう様でも投稿しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる