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15.ドレスのプレゼント(後編)
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今着ているドレスを脱がされて採寸されていく。
混乱しながらだけど、やっと言葉が口をついて出た。
「あ、あの、困ります。私などにそんなお金を使って頂くわけには。領民の方々が治められた貴重な資源ですから」
でも、彼女はしっとりとした表情で微笑んで、
「この国がこうして安泰なのは、あのぶっきらぼうで不器用な公爵様のおかげなんですよ。それを知らない領民はいません。それに比べて、婚約してやってきた令嬢様がたの散財がどれだけ酷かったことか。しかし公爵様は全てそれらを追放されました。領民のことを思われたからです」
「でしたら、私も同じように贅沢は控えるべきかと思います」
(それに、そのうち、他の令嬢の方々と同様、追放される身なわけですし……)
そこまでは秘密なので言えないが。
しかし。
「ですが逆に公爵様は余りにも優秀であり過ぎ、そしてストイックな方なのです。完璧に見える方ですが、どこかでやはり息抜きが必要です。だから、こうして愛する美しい奥様を着飾ろうとご来訪されたことが、領民の一人として、本当に嬉しいのですよ。ホッといたしました。奥様。どうぞ公爵様に寄り添い、助けてあげてください」
そうお願いされます。でも、
「私なんて何もできませんし、何の力も持っていません。旦那様を助けるなんてとても……」
しかし、いいえ、とミーナリアは首を横に振り、
「何者にもおかされない美しい心を持つあなたが隣にいるだけでいいのです。それだけで公爵様の癒しになり、活力になることでしょう。彼の周りにはまだまだ敵が多い。実際そのせいで公爵様は限られた者にしか心を開かない。ですが、奥様と先ほどお話させて頂き、どのような方か僭越ながら自然と伝わってまいりました。その清らかな心根で、凍ってしまった公爵様の心を溶かして差し上げて下さいませ。領民の一人として深くお願い致します」
そうまっすぐ私を見て、お願いをしてくるのでした。
まるで私が聖女か何かのように祈るようで、私は戸惑いつつも、旦那様に恩返しをしたい気持ちに嘘はなかったので、つい頷いてしまったのでした。
と、その時、
「おい、まだなのか?」
旦那様をずいぶんお待たせしてしまったようです。
「あら、すみません。公爵様にはもったいない奥様ですね、という話をしていたのですよ」
「ふん! だからまだ正式な結婚はしていないと言っているだろう、まったく!」
旦那様の声が響きます。
ですが、
(え? まだ?)
それは聞きようによっては、そのうち結婚式を挙げるような言い回しです。もちろん、それは言葉の綾《あや》であり、勘違いするわけはないのですけれど、それでも、一瞬心臓が激しく動悸をうったのでした。
でも勘違いしてはいけません。
雨の中、折れた翼で飛び続けることしかできなかった私が、束の間の休息をとれる温かな宿り木になってくださる旦那様には感謝しかありませんが、でもここからいつでも追い出される覚悟もしておかないといけないのです。あくまで私の体調がよくなるまで仮住まいさせて頂いているだけ。
(でも、最近、それが少し苦しい)
そんなことを思ってはいけないのに……。
そんなやりとりをしているうちに、採寸も終わり、だいたいのイメージもミーナリアさんの頭の中では完成したようです。
「1週間ほどで完成致しますので、直接城へお届けに参ります。お楽しみにしていてくださいね」
「ありがとうございました。私などのためにドレスを仕立てて頂いて。一生の思い出になりました」
正直な感想を述べます。きっとこれがドレスを仕立ててもらう最後の機会になるでしょうから。
しかし、
「まるであれが最後のような言い草だな」
と旦那様がなぜか口を挟まれました。
「お前はもっと色々なものを求めてもいいと思うのだがな」
「いえ、十分です。ここにきてから沢山のものを頂きましたから」
「……そうか。……お前のような女もいるのだな」
「え?」
「なんでもない。俺も楽しかった。その、なんだ……」
旦那様は珍しく、言いよどまれると、頬をかきながら、
「また、つきあってくれるか?」
とおっしゃったのでした。
「え?」
「いやなのか?」
「いえ、滅相もないです」
むしろ。
「私などと出かけられて旦那様は嫌ではなかったですか? 私のような口下手な、話も面白くない女と一緒にいて……」
そう正直に、ご無理をなさっているであろう旦那様にお尋ねします。しかし、
「嫌ならば誘ったりしない。当たり前だろう」
ちょっと、不機嫌そうにですが、意外な言葉が返ってきます。
嫌では……ないのですか?
「……すみません」
つい謝ってしまいます。
すると、旦那様は美しい銀髪を揺らしながら嘆息されて、
「謝るな。こういう時はな」
「はい」
「ありがとう、と言え。その方が俺も嬉しい」
そう、私の目を見て、はっきりとおっしゃいました。
はしたなくも、グッと寄せられた彼の表情に、私は思わず赤面してしまいました。目の前に、彼の美しいアイスブルーの瞳があるのですから、不可抗力というものです。
一方で、私のその表情に気づいた彼も、なぜかそっぽをむいたのでした。
もう、日はかたむきかけていて、彼の顔もまるで赤面しているかのように赤く見えたのです
「……本当に奇麗になったな」
彼の視線の先には窓があって、その先には夕日に沈む街並が見えます。
「ええ、本当に美しい風景ですね」
「……」
「あの?」
突然無言になった旦那様。何かご気分を害すようなことを言ってしまったのだろうか?
「……はぁ、まあいいさ。さあ、帰ろうか」
なぜか呆れられてしまった。
でも彼は優しくて、帰りもしっかりとエスコートしてくださる。
私は改めて来た時と同様、馬車でお城まで帰ったのだった。
まるでお姫様みたいだな、と勘違いしてしまうような、夢見心地の気持ちで。
混乱しながらだけど、やっと言葉が口をついて出た。
「あ、あの、困ります。私などにそんなお金を使って頂くわけには。領民の方々が治められた貴重な資源ですから」
でも、彼女はしっとりとした表情で微笑んで、
「この国がこうして安泰なのは、あのぶっきらぼうで不器用な公爵様のおかげなんですよ。それを知らない領民はいません。それに比べて、婚約してやってきた令嬢様がたの散財がどれだけ酷かったことか。しかし公爵様は全てそれらを追放されました。領民のことを思われたからです」
「でしたら、私も同じように贅沢は控えるべきかと思います」
(それに、そのうち、他の令嬢の方々と同様、追放される身なわけですし……)
そこまでは秘密なので言えないが。
しかし。
「ですが逆に公爵様は余りにも優秀であり過ぎ、そしてストイックな方なのです。完璧に見える方ですが、どこかでやはり息抜きが必要です。だから、こうして愛する美しい奥様を着飾ろうとご来訪されたことが、領民の一人として、本当に嬉しいのですよ。ホッといたしました。奥様。どうぞ公爵様に寄り添い、助けてあげてください」
そうお願いされます。でも、
「私なんて何もできませんし、何の力も持っていません。旦那様を助けるなんてとても……」
しかし、いいえ、とミーナリアは首を横に振り、
「何者にもおかされない美しい心を持つあなたが隣にいるだけでいいのです。それだけで公爵様の癒しになり、活力になることでしょう。彼の周りにはまだまだ敵が多い。実際そのせいで公爵様は限られた者にしか心を開かない。ですが、奥様と先ほどお話させて頂き、どのような方か僭越ながら自然と伝わってまいりました。その清らかな心根で、凍ってしまった公爵様の心を溶かして差し上げて下さいませ。領民の一人として深くお願い致します」
そうまっすぐ私を見て、お願いをしてくるのでした。
まるで私が聖女か何かのように祈るようで、私は戸惑いつつも、旦那様に恩返しをしたい気持ちに嘘はなかったので、つい頷いてしまったのでした。
と、その時、
「おい、まだなのか?」
旦那様をずいぶんお待たせしてしまったようです。
「あら、すみません。公爵様にはもったいない奥様ですね、という話をしていたのですよ」
「ふん! だからまだ正式な結婚はしていないと言っているだろう、まったく!」
旦那様の声が響きます。
ですが、
(え? まだ?)
それは聞きようによっては、そのうち結婚式を挙げるような言い回しです。もちろん、それは言葉の綾《あや》であり、勘違いするわけはないのですけれど、それでも、一瞬心臓が激しく動悸をうったのでした。
でも勘違いしてはいけません。
雨の中、折れた翼で飛び続けることしかできなかった私が、束の間の休息をとれる温かな宿り木になってくださる旦那様には感謝しかありませんが、でもここからいつでも追い出される覚悟もしておかないといけないのです。あくまで私の体調がよくなるまで仮住まいさせて頂いているだけ。
(でも、最近、それが少し苦しい)
そんなことを思ってはいけないのに……。
そんなやりとりをしているうちに、採寸も終わり、だいたいのイメージもミーナリアさんの頭の中では完成したようです。
「1週間ほどで完成致しますので、直接城へお届けに参ります。お楽しみにしていてくださいね」
「ありがとうございました。私などのためにドレスを仕立てて頂いて。一生の思い出になりました」
正直な感想を述べます。きっとこれがドレスを仕立ててもらう最後の機会になるでしょうから。
しかし、
「まるであれが最後のような言い草だな」
と旦那様がなぜか口を挟まれました。
「お前はもっと色々なものを求めてもいいと思うのだがな」
「いえ、十分です。ここにきてから沢山のものを頂きましたから」
「……そうか。……お前のような女もいるのだな」
「え?」
「なんでもない。俺も楽しかった。その、なんだ……」
旦那様は珍しく、言いよどまれると、頬をかきながら、
「また、つきあってくれるか?」
とおっしゃったのでした。
「え?」
「いやなのか?」
「いえ、滅相もないです」
むしろ。
「私などと出かけられて旦那様は嫌ではなかったですか? 私のような口下手な、話も面白くない女と一緒にいて……」
そう正直に、ご無理をなさっているであろう旦那様にお尋ねします。しかし、
「嫌ならば誘ったりしない。当たり前だろう」
ちょっと、不機嫌そうにですが、意外な言葉が返ってきます。
嫌では……ないのですか?
「……すみません」
つい謝ってしまいます。
すると、旦那様は美しい銀髪を揺らしながら嘆息されて、
「謝るな。こういう時はな」
「はい」
「ありがとう、と言え。その方が俺も嬉しい」
そう、私の目を見て、はっきりとおっしゃいました。
はしたなくも、グッと寄せられた彼の表情に、私は思わず赤面してしまいました。目の前に、彼の美しいアイスブルーの瞳があるのですから、不可抗力というものです。
一方で、私のその表情に気づいた彼も、なぜかそっぽをむいたのでした。
もう、日はかたむきかけていて、彼の顔もまるで赤面しているかのように赤く見えたのです
「……本当に奇麗になったな」
彼の視線の先には窓があって、その先には夕日に沈む街並が見えます。
「ええ、本当に美しい風景ですね」
「……」
「あの?」
突然無言になった旦那様。何かご気分を害すようなことを言ってしまったのだろうか?
「……はぁ、まあいいさ。さあ、帰ろうか」
なぜか呆れられてしまった。
でも彼は優しくて、帰りもしっかりとエスコートしてくださる。
私は改めて来た時と同様、馬車でお城まで帰ったのだった。
まるでお姫様みたいだな、と勘違いしてしまうような、夢見心地の気持ちで。
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