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05.次はお義姉さま
しおりを挟む元婚約者は筆頭公爵家の乗っ取りを企んだとして司法院でも有罪と認定され、陛下の御裁可も賜り縛り首に処されることになりました。
貴族に庶民と同じ処刑方法を下すのはもっとも重い罰、つまり貴族としての誇りさえ殺すということに他なりません。それを宣告された時の彼は半狂乱で暴れたそうですが、もはやなんの感慨もありませんわ。そもそも自業自得ですしね。
そしてそれに関連して、父にもその教唆罪が適用されました。だってあの男をわたくしの婚約者に決定したのは父なのです。
いくらわたくしががまだ未成年で、当主たる母がすでに薨じた後だったとはいえ、きちんと調査していれば彼の企みなど見抜けたはず。それを知ってか知らずか父は婚約者に定め、あまつさえ彼の放蕩を放置して、妹と仲良くしてもそれを咎めることもありませんでした。
つまりそれは、彼の企みを黙認したも同然。たとえ実際には共謀の事実がなかろうとも、黙認したと認定された時点で共犯者と扱われるのです。
そんなわけで、父は公爵代理⸺本人はずっと公爵を自称してましたが⸺から一転して罪人落ちです。まあわたくしが少々嘆願したので死一等は減ぜられたものの、わが領の片隅で生涯禁錮生活を送ってもらいますわ。
もちろん父の愛人も同様です。処遇を告げたらそれまで公爵夫人として何不自由ない生活だったのに軟禁生活だなんて耐えられない、絶対に嫌だと喚くので、愛人が今まで使い込んだ公爵家の財産を取引記録から事細かに再現して目録にしたものを突きつけたら、黙ってしまいましたわね。
どうして嘆願したのか、って?
だってあれでも一応、血の繋がった父親なんですのよ。このわたくしと、養妹のね。
父と愛人は速やかに荷物をまとめさせて領地に出発させました。公爵家の財産で購入したものは一切持ち出させませんでしたから、あのふたりの荷物は旅行鞄にして2、3個分しかなかったそうです。
さすがに新築は用意できませんでしたからひとまずは公爵家の別邸に押し込めて、専用の住居が完成したらそこに移ってもらいましょう。使用人たちはひと通りつけてあげるし予算も配分してあげるから生活には困らないし、文句もないでしょう。まあ付ける使用人は全て監視員ですけれどね。
なお元婚約者の実家である侯爵家は、陰謀への加担はなかったと認定されました。元々王家の縁戚でもありますし、彼の父である侯爵が仰天してすぐさま彼を除籍し、その上で陛下に爵位の返上を願い出たことで連座を免れ、伯爵位に降爵しただけで赦されました。
ですがこの先、重犯罪人を出した家ということで苦労なさるでしょうね。ご長男はおそらく離縁されるでしょうし、最悪の場合は次代までで断絶するやも知れません。
わたくしが公爵位を継いでからおよそ半年後、つまりあの婚約破棄騒動から半年経って元婚約者の処刑が実行されました。公開処刑ではなく、首都近郊にある監獄の処刑室で、わずかな関係者だけの立会のもと実行されたそうです。
わたくしはもちろん立ち会っておりません。もっとも、仮に希望したとしても許可されなかったでしょうけれど。死は穢れですから、高貴な身からは遠ざけられるものですからね。
それを見届けてから、養妹は婚約を結びました。お相手はもちろん護衛騎士の彼ですわ。
婚約式は本人たちの希望もあって身内とわずかな招待者だけの慎ましやかな式でしたが、この半年でゆっくりと心を絆されていった養妹は本当に心からの笑顔で。ようやく将来に希望を持てるようになってきたのだろうと思えば、わたくしも少々涙腺が緩んでしまいましたわ。
「次はお義姉さまの番ですよ!」
婚約式後のこれまたささやかな披露宴で、養妹は駆け寄ってきてわたくしに笑顔を向けてくれます。でもわたくしは……正直まだいいかな、と思うのよね。まだ16歳なのだし、継いだばかりの公爵位を確たるものにしなければならないし、この先2、3年はきっと忙しいもの。
伴侶を探すのはそれからでも遅くないわ。というかわたくしの隣が空いていれば、それはそれで政略の手札になるもの。
「ダメですよ!お義姉さまも政略抜きで幸せになって頂かないと!」
あれ以来、この子は本当にわたくしを慕うようになってくれて。それはそれで嬉しいのだけれど、それまでさほど親しくもなかったからちょっとだけ戸惑ってしまうわね。
「ご歓談中に失礼。よければ、私も加えて頂けないだろうか」
そこへ不意にかけられるお声。振り向けば、養妹の婚約式に王家の名代としてご出席下さった、王弟家の第三王子殿下のお姿が。
わたくしと養妹、その婚約者がサッと臣下の礼を執ります。第三王子殿下はそれをスッと手で制されて、「私的な席なのだし、堅苦しい挨拶は抜きにしよう」と仰って下さいました。
本当、どうしてこの方いまだに独身を通されておられるのでしょうか。特に瑕疵もなく、それどころか政務も話術も武術も魔術も人並み以上にお出来になって、本来なら引く手あまたでしょうに。王族が未婚でいるのは確かに政略上有為ですけれど、それでも然るべき時に適切に切るべき手札ですのにね。殿下、確かもう25歳ですわよね?
「はは。嫁の来手もない男を、そんなに値踏みしないでくれ」
「……これは、失礼を致しましたわ」
「まあ女公爵が、独身暮らしの先達として私を手本にしようとするのなら、それはそれでやぶさかではないが」
「そ、そんなことは……」
できません、とは咄嗟に言えませんでしたわ。だって本当に、どうしてこの方が独身のままいられていれるのか、気になってしまっているのは事実ですもの。
って、ちょっと養妹!そんなに目をキラキラさせて殿下を拝してはダメよ!不敬ですわよ!?
「……うーん。妹君にはもう見抜かれちゃったか」
「…………えっ?」
「ああいや、こちらの話だよ」
と言いながらスッと目を逸らす殿下。心なしか頬を染めていらっしゃるような……。
えっもしや殿下、養妹に懸想されてらっしゃるのでは!?
などと驚いていたら、なんと養妹が殿下の腕を取って引っ張っていくではありませんか!慌てて止めようとしたのに、当の殿下ご自身が苦笑なさって「ああ、大丈夫。咎めたりしないから」と仰るので少し安堵しましたが……。
それにしても、養妹ったらもう婚約者のある身なのに他の殿方、それも殿下にああも寄り添うなんて。
「お嬢様……」
「ああ、ごめんなさいね。あの子ったらせっかくの晴れやかな場で貴方を差し置いて殿下に懸想するだなんて」
「いえ…………その、気付いておられないので?」
「…………何を?」
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