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第二章後半【いざ東方へ】
2-31.無自覚人外系勇者パーティ(1)
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「スズには許してもろうたかいね?」
くたびれた表情でコテージの居間に戻ってきたアルベルトに、ミカエラが労うように声をかけた。
「うん、何とかね。でも商工ギルドまで使って閉店後の肉屋を何軒も働かせたから、ちょっと予算かかっちゃったんだけど…」
「そげなん気にせんでちゃ良かよ。もうスズも蒼薔薇騎士団の一員なんやけん、使うた餌代は全部出すてさっきも言うた通りばい?」
「いやでも、俺が忘れてさえなければもっと安く抑えられたはずだからね…」
「忘れてたのは私たちみんなだもの。あなただけのせいじゃないわよ」
「そう言ってもらえると、少しは気が楽になるよ。ありがとう」
ミカエラとレギーナにそれぞれ宥められ、それでようやくアルベルトも笑顔になった。
「それにしても、今日は色々あったなあ」
「まあある意味“いつものこと”やばってんね」
「えっ、いつもこんな感じなのかい?」
「いつもじゃないわよ、時々よ」
「まあ、レギーナは何かとトラブルを引き寄せやすくはあるわね」
「えっ、何?私のせいなの?」
「ひめは、もうちょっと自覚して…」
「ホントに!?」
ヴィオレとクレアに口々に突っ込まれ、レギーナの顔が驚きに染まる。どうやらこれも自覚はなさそうだ。
さすがに子供の落水事故まで彼女のせいにしてしまうのは少々可哀想だが、そもそもの話、あの親子も含め多くの住民や観光客たちを引き連れて街中から遊覧船まで人々を惹き付けて回ったのは彼女なのだから、そのくらいは自覚しておいて欲しいものである。
ていうか貴女色々と自覚なさ過ぎです。
「ところで、レギーナさんのあの魔術なんだけど」
「私の?」
「うん。あれって何の術式なんだい?あんな風に宙を自在に駆ける魔術なんてあったかい?」
レギーナが海に落ちた子供を救うために使った、海の上の空中を疾走した姿。おそらくはザムリフェの手前で翼竜を斬った時にも使っていた、虚空を踏みしめて飛び上がる魔術の応用なのだろうが、あれほど自在に空中を動き回れる魔術というのはアルベルトの記憶には心当たりがない。
白属性の[飛空]は特定方向への移動がメインで小回りが利かないし、黄属性の[空歩]はよく似ているが、いちいち足場を作ってからそこに踏み出す必要があってあれほど素早くは動けない。
「ああ。あれはね、[空歩]をベースにして術式を組み替えた私のオリジナルよ。[空舞]って名付けてるわ」
「ええっ!?オリジナル魔術なんて作れるのかい!?」
魔術は基本的には術式を組んで効果や範囲を設定しておき、それをきちんと発動させられるように詠唱が規定されている。そこまで組み上げられているからこそ、詠唱さえすれば「誰でも発動できる」のだ。
分かりやすく言えば術式とはプログラムであり、プログラム通りに組めば同じ効果が発揮されるのは自明の理である。だからそれを組み替えると当然、効果などの内容が変えられるのだ。
だが今ある魔術の術式は過去の天才魔術師たちが組み上げ、時代とともに改良を重ねられて完成されたものばかりで、ひとつ手を入れるとどこかしら歪みが出るものばかりだ。だからそれを敢えてさらに改造しようとする者はそう多くはない。特にレギーナは勇者であって本職の魔術師ではないのだから、それが本職のように術式の書き換えまでやれるとなるととんでもないことだ。
「組み換えたのは、クレアだけど…」
「あっちょっとクレア!余計なことは言わなくていいの!」
あっ、やっぱり本職の天才の手を借りてましたか。さもありなん。
ていうかまだ未成年の身で術式の組み換えまでできるというのも、よく考えたら恐るべき事態ではあるんですが、それは。
黄属性の魔術の[空歩]は空中に魔力で見えない足場を作り固めることで、そこに足を踏み出せば乗ることができる。巨人が体重をかけても壊れない強度で設定されているので、それに乗れば落ちることはない。ただしあくまでも「作った足場に乗る」ため、一回一回作らねばならず、しかも不可視の魔力の足場のため踏み外せば当然落ちてしまう。
不可視にするのは敵に使われるのを防ぐためで、だから[空歩]を使う時はなるべく[感知]も併用することが望ましいとされている。
レギーナの[空舞]は、彼女が踏み出す足の下、もしくは身体の中でもっとも“下”になる部分のすぐ下に、自動的に不可視の足場が形成されるというものだ。自動だからいちいち作る手間が要らず、足を伸ばした先にどんどん作られるのだから地上と同じように空中を疾走することが可能になる。その代わり消費霊力は当然[空歩]の比ではなく、形成された足場は短時間で消えるため基本的にはその場に留まることができない。
なお「もっとも下」というのは地上つまり大地に一番近い部位という意味であり、例えば空中でV字バランスをすれば尻の下に足場が形成される。だからあの時、子供を掴むために海面に身を投げ出した際には身体の下、海面スレスレに足場が形成されていたから彼女は海に落ちなかったし、その後に海面に座っていられたのは尻の下に足場が断続的に形成され続けていたからであった。
そしてこの術式の効果範囲はあくまでも「空中」であり、だから海中に差し込んだ腕の先には足場は形成されず、しっかりと子供の腕を掴むこともできたわけだ。
「でもそれって、消費霊力がすごいことになりそうだよね?」
「まあね。だから多用は出来ないし長時間発動させ続けるのもちょっとキツいわね。戦闘中だと特に防御魔術を3種とも起動させっ放しになるから…」
「えっ、3種とも!?」
防御魔術3種とはいずれも無属性魔術で、物理攻撃のダメージを防ぐ[物理防御]、魔術による直接攻撃を防ぐ[魔術防御]、魔術による間接攻撃や精神攻撃、毒や呪いなどに抵抗する[魔力抵抗]の3種である。
戦闘中はこれらを状況に応じて適宜使い分けることが防御の基本であり、どれをどんなタイミングで使うかは経験や戦術の差によって人それぞれ変わる。低レベルの術師だとひとつも使えないことも珍しくなく、高レベルであっても全て起動させ続けるのは至難の業である。
それをレギーナは「起動させっ放し」だと言ったのだ。
「レギーナさんって、霊力いくつあるの?」
「私?今は6あるわね」
「そんなに!?」
くたびれた表情でコテージの居間に戻ってきたアルベルトに、ミカエラが労うように声をかけた。
「うん、何とかね。でも商工ギルドまで使って閉店後の肉屋を何軒も働かせたから、ちょっと予算かかっちゃったんだけど…」
「そげなん気にせんでちゃ良かよ。もうスズも蒼薔薇騎士団の一員なんやけん、使うた餌代は全部出すてさっきも言うた通りばい?」
「いやでも、俺が忘れてさえなければもっと安く抑えられたはずだからね…」
「忘れてたのは私たちみんなだもの。あなただけのせいじゃないわよ」
「そう言ってもらえると、少しは気が楽になるよ。ありがとう」
ミカエラとレギーナにそれぞれ宥められ、それでようやくアルベルトも笑顔になった。
「それにしても、今日は色々あったなあ」
「まあある意味“いつものこと”やばってんね」
「えっ、いつもこんな感じなのかい?」
「いつもじゃないわよ、時々よ」
「まあ、レギーナは何かとトラブルを引き寄せやすくはあるわね」
「えっ、何?私のせいなの?」
「ひめは、もうちょっと自覚して…」
「ホントに!?」
ヴィオレとクレアに口々に突っ込まれ、レギーナの顔が驚きに染まる。どうやらこれも自覚はなさそうだ。
さすがに子供の落水事故まで彼女のせいにしてしまうのは少々可哀想だが、そもそもの話、あの親子も含め多くの住民や観光客たちを引き連れて街中から遊覧船まで人々を惹き付けて回ったのは彼女なのだから、そのくらいは自覚しておいて欲しいものである。
ていうか貴女色々と自覚なさ過ぎです。
「ところで、レギーナさんのあの魔術なんだけど」
「私の?」
「うん。あれって何の術式なんだい?あんな風に宙を自在に駆ける魔術なんてあったかい?」
レギーナが海に落ちた子供を救うために使った、海の上の空中を疾走した姿。おそらくはザムリフェの手前で翼竜を斬った時にも使っていた、虚空を踏みしめて飛び上がる魔術の応用なのだろうが、あれほど自在に空中を動き回れる魔術というのはアルベルトの記憶には心当たりがない。
白属性の[飛空]は特定方向への移動がメインで小回りが利かないし、黄属性の[空歩]はよく似ているが、いちいち足場を作ってからそこに踏み出す必要があってあれほど素早くは動けない。
「ああ。あれはね、[空歩]をベースにして術式を組み替えた私のオリジナルよ。[空舞]って名付けてるわ」
「ええっ!?オリジナル魔術なんて作れるのかい!?」
魔術は基本的には術式を組んで効果や範囲を設定しておき、それをきちんと発動させられるように詠唱が規定されている。そこまで組み上げられているからこそ、詠唱さえすれば「誰でも発動できる」のだ。
分かりやすく言えば術式とはプログラムであり、プログラム通りに組めば同じ効果が発揮されるのは自明の理である。だからそれを組み替えると当然、効果などの内容が変えられるのだ。
だが今ある魔術の術式は過去の天才魔術師たちが組み上げ、時代とともに改良を重ねられて完成されたものばかりで、ひとつ手を入れるとどこかしら歪みが出るものばかりだ。だからそれを敢えてさらに改造しようとする者はそう多くはない。特にレギーナは勇者であって本職の魔術師ではないのだから、それが本職のように術式の書き換えまでやれるとなるととんでもないことだ。
「組み換えたのは、クレアだけど…」
「あっちょっとクレア!余計なことは言わなくていいの!」
あっ、やっぱり本職の天才の手を借りてましたか。さもありなん。
ていうかまだ未成年の身で術式の組み換えまでできるというのも、よく考えたら恐るべき事態ではあるんですが、それは。
黄属性の魔術の[空歩]は空中に魔力で見えない足場を作り固めることで、そこに足を踏み出せば乗ることができる。巨人が体重をかけても壊れない強度で設定されているので、それに乗れば落ちることはない。ただしあくまでも「作った足場に乗る」ため、一回一回作らねばならず、しかも不可視の魔力の足場のため踏み外せば当然落ちてしまう。
不可視にするのは敵に使われるのを防ぐためで、だから[空歩]を使う時はなるべく[感知]も併用することが望ましいとされている。
レギーナの[空舞]は、彼女が踏み出す足の下、もしくは身体の中でもっとも“下”になる部分のすぐ下に、自動的に不可視の足場が形成されるというものだ。自動だからいちいち作る手間が要らず、足を伸ばした先にどんどん作られるのだから地上と同じように空中を疾走することが可能になる。その代わり消費霊力は当然[空歩]の比ではなく、形成された足場は短時間で消えるため基本的にはその場に留まることができない。
なお「もっとも下」というのは地上つまり大地に一番近い部位という意味であり、例えば空中でV字バランスをすれば尻の下に足場が形成される。だからあの時、子供を掴むために海面に身を投げ出した際には身体の下、海面スレスレに足場が形成されていたから彼女は海に落ちなかったし、その後に海面に座っていられたのは尻の下に足場が断続的に形成され続けていたからであった。
そしてこの術式の効果範囲はあくまでも「空中」であり、だから海中に差し込んだ腕の先には足場は形成されず、しっかりと子供の腕を掴むこともできたわけだ。
「でもそれって、消費霊力がすごいことになりそうだよね?」
「まあね。だから多用は出来ないし長時間発動させ続けるのもちょっとキツいわね。戦闘中だと特に防御魔術を3種とも起動させっ放しになるから…」
「えっ、3種とも!?」
防御魔術3種とはいずれも無属性魔術で、物理攻撃のダメージを防ぐ[物理防御]、魔術による直接攻撃を防ぐ[魔術防御]、魔術による間接攻撃や精神攻撃、毒や呪いなどに抵抗する[魔力抵抗]の3種である。
戦闘中はこれらを状況に応じて適宜使い分けることが防御の基本であり、どれをどんなタイミングで使うかは経験や戦術の差によって人それぞれ変わる。低レベルの術師だとひとつも使えないことも珍しくなく、高レベルであっても全て起動させ続けるのは至難の業である。
それをレギーナは「起動させっ放し」だと言ったのだ。
「レギーナさんって、霊力いくつあるの?」
「私?今は6あるわね」
「そんなに!?」
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