【更新中】落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる【長編】

杜野秋人

文字の大きさ
111 / 366
第三章【イリュリア事変】

3-1.スラヴィアを出てイリュリアへ(1)

しおりを挟む


 翌朝、朝食のあとアルベルトはスズに乗って商工ギルドに出向き、改装の終わったアプローズ号を引き取って戻ってきた。
 スズを単体で連れ回すのは念のためにラグシウムの衛兵隊に通告していたが、ここまでに幾度も街中で市民や観光客に目撃されていることもあってすっかり知れ渡っており何も問題がなかった。特に子供たちなどは恐れる風もなくわらわらと近寄ってきたほどだ。
 いや君たち、学校どうしたのさ?


 アプローズ号を回送して戻ってからは、各々手分けして衣服など荷物を積み込み、いつでも出発できる準備を整える。次の宿泊地までの所要時間なども考慮して、チェックアウトは昼前の朝の遅い時間にすることになった。
 今日は雨こそ降っていないが曇り空で、再び旅の空に向かうにはやや残念な天候だが、こればかりは仕方ない。期限が切られているわけではないが悠長に構えていられるわけでもないので、晴れの日まで出立を延ばすこともできない。

 というかまあそれを言うなら、世界の終末を遅らせるための蛇王封印の修正に向かう勇者一行としてはあり得ないぐらいに緊張感のない面々である。東方世界にたどり着くどころかまだスラヴィア地方からも出てさえいないのに今からガチガチに緊張されていても困りはするが、もうちょっとこう、世界の命運を背負っている自覚をですね…

「明日のことは、明日考えればいいのよっ」

 ああそうですか。
 さすがは黄加護の勇者サマ。

「今日の私たちに必要なのは、どうやってダイエットするかよねえ」

 確かに。

「とりあえず次のディオクレア、そしてその次のティルカンまではどっちも特大七7時間ぐらいかかる予定だから、それぞれで泊まるとすれば昼食の前後で少し時間は取れそうだけれどね」
「問題は天候たいねえ」
「それ…」

 まあものぐさなクレアさんには雨の中車外に出ることさえ億劫でしょうけどね、貴女が一番運動不足なんですけどね?

 とはいえ今日は雨は降っていない。今にも降り出しそうな空模様ではあるが降ってはいないのだ。だったら昼食の後にでも鍛錬の時間が取れるかも知れないし、空模様だってラグシウムを離れればもしかすると晴れてくるかも知れない。
 というか竜骨回廊にだって時には獣や魔獣が出るのだから、そういうのがもし出てくればめっけものだ。
 …まあ、出てきたところでレギーナのことだから一太刀で終わってしまうのだろうが。


 まあそんなこんなで駄弁だべりつつ準備を終えた一行は、予定通り朝の遅い時間になってチェックアウトして、従業員総出で見送られながら宿を出た。次の目的地は竜骨回廊におけるスラヴィア最後の都市ディオクレアだ。

「そういえば、私たちラグシウム辺境伯に挨拶してないわね」
「挨拶状なら西門で衛士に渡したけれど、挨拶に行くようには言われなかったわね」
「挨拶状ば渡して、その上でお呼ばれもせんやったっちゃけんよかっちゃない?」

 緊張感のない会話をしながら蒼薔薇騎士団の面々が次々にアプローズ号へ乗り込んでいく。いくら挨拶状を渡したとはいえ領主である辺境伯に目通りしてないことを今まで気にしていなかったというのは、それはそれで問題だと思うのだが。
 というかそのあたりは本来、道先案内人を務めるアルベルトが管理すべき案件のはずだが。

「多分だけど、ラグシウム辺境伯は誰とも会わないよ」
なしななんで?だいたいどこ行ったっちゃても領主は勇者に会いたがるばってんね?」

 御者台に乗り込み腰を下ろしつつ、アルベルトは左手で海を指差した。

「ラグシウム辺境伯はあそこにいるんだ」

「どこな?」
「あそこ、ってどこよ?」

 あそこ、がどこか分からなくてレギーナたちが御者台に顔を出す。
 アルベルトが指差しているのはラグシウムの沖合、大小様々な島が浮かぶ中でひとつだけ本土近くにぽつんと浮かぶ、小さな島。

「あの島におんしゃるいらっしゃると?」
「あれなんて島なの?」
「あれは…確かアクルメン島、だったかしら?」

「ラグシウム辺境伯は家族でもう10年もあの島に籠っていて、誰とも会わないんだ」


 ラグシウム辺境伯は、約10年前の伝染病の大流行で溺愛していた一人息子を失った。失意にくれる辺境伯はそれ以上家族を失うことを恐れ、周囲の反対を押し切って当時無人島になっていたアクルメン島に渡り、そこに元々建てさせていた避暑用の別邸に引き籠もってしまったのだ。愛する妻と娘、それに最低限の使用人と護衛たちだけを連れて。
 とはいえ彼は辺境伯の地位を捨てたわけでもラグシウムを見捨てたわけでもなかった。通信鏡を準備させて本土と連絡を取れるようにし、日用品や食料などを島に運ばせるついでに報告や執務書類なども頻繁に運ばせて、島で政務を執るようになったのだ。

 ただ伝染病の恐怖からか、辺境伯は本土からそれ以上の上陸を決して許そうとしなかったし、自らも本土へ戻ろうとはしなかった。連れてきた使用人や護衛たちも別邸には住まわせず、島に元々住んでいた住人たちが残した家を修復させて住まわせる徹底ぶりだった。
 数年して本土でも伝染病が完全に沈静化して人々が安心して暮らすようになったのを確認して、ようやく辺境伯は使用人の一部を別邸に住み込みさせるようになり、半ば無理やり家族と引き離した護衛たちにも家族を呼び寄せることを許可した。だがそこまでで、辺境伯は市外からやってくる観光客や来客を島に上げることは絶対にしない。数年に一度開かれるスラヴィア各地の辺境伯が集まる会合にも決して出席しようとしないのだ。

「そうなん。まあ気持ちは分からんでもないばってん」
「何なのよいつまでもうじうじして。情けない男ね」
「人はときに悲しみに耐えられないものよ。察してあげなさいな」
「かわいそう…」

 四者四様の反応だが、彼女たちだってその伝染病のことならよく知っている。西方世界全土を数年にわたって席巻し、夥しい死者を出して猛威を奮った病だったからだ。


黒死病ペスト
 原因は不明、拡大する要因も不明、治療法も不明。そしてひとたび感染すれば3人のうち1人から2人は死に至る。感染すれば全身が黒ずんでいき、苦しみ悶えて死に至るのでこの名で呼ばれている。
 研究とデータの蓄積によって、患者と同じ室内に長く留まっていたり患者の体液に触れたりすれば感染するのが判明していて、だから罹患したと分かれば即座に隔離される。だが分かっているのはそれだけだ。

 感染の最初は都市の下水に棲む毒鼠と呼ばれる一般的なサイズの鼠だと言われていて、実際に毒鼠を放置した都市が過去に短期間で全滅した事例があって、それでどこの都市でも定期的に下水の清掃と毒鼠の駆除を冒険者ギルドが請け負っている。
 ちなみに毒鼠というのは通称であって正式な種名ではない。ないが、誰もが毒鼠としか呼ばないので種名は学者ぐらいしか知るものがおらず、学校でさえ毒鼠と教えるほどである。さらに言えば黒死病を媒介するのは下水に棲む複数種類いる鼠の中でも一部に過ぎないが、一般市民は鼠の見分けなどできないのでどの鼠も全て“毒鼠”と呼ばれていたりする。

 十数年から数十年おきに繰り返し流行するこの病は、突然に流行を始めて多くの人の命を奪い、そして唐突に終息する。魔術で治療しようにも[解癒]が効かないため毒や呪いの類ではなく、[治癒]も効かないため怪我の類でもない。黒属性の[回復]は効くが、体力を回復させるだけで根本要因の除去には至らず、結局衰弱して死に至る。
 それでも[回復]を続ければ病魔への抵抗力をつけた身体が持ち直すことがあり、現状それが唯一と言っていい対処法になっている。



しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

追放されたら無能スキルで無双する

ゆる弥
ファンタジー
無能スキルを持っていた僕は、荷物持ちとしてあるパーティーについて行っていたんだ。 見つけた宝箱にみんなで駆け寄ったら、そこはモンスタールームで。 僕はモンスターの中に蹴り飛ばされて置き去りにされた。 咄嗟に使ったスキルでスキルレベルが上がって覚醒したんだ。 僕は憧れのトップ探索者《シーカー》になる!

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気がつくと、見知らぬ部屋のベッドの上で、状況が理解できず混乱していた僕は、鏡の前に立って、あることを思い出した。 ここはリュカとして生きてきた異世界で、僕は“落ちこぼれ貴族の息子”だった。しかも最悪なことに、さっき行われた絶対失敗出来ない召喚の儀で、僕だけが失敗した。 そのせいで、貴族としての評価は確実に地に落ちる。けれど、両親は超が付くほど過保護だから、家から追い出される心配は……たぶん無い。 問題は一つ。 兄様との関係が、どうしようもなく悪い。 僕は両親に甘やかされ、勉強もサボり放題。その積み重ねのせいで、兄様との距離は遠く、話しかけるだけで気まずい空気に。 このまま兄様が家督を継いだら、屋敷から追い出されるかもしれない! 追い出されないように兄様との関係を改善し、いざ追い出されても生きていけるように勉強して強くなる!……のはずが、勉強をサボっていたせいで、一般常識すら分からないところからのスタートだった。 それでも、兄様との距離を縮めようと努力しているのに、なかなか縮まらない! むしろ避けられてる気さえする!! それでもめげずに、今日も兄様との関係修復、頑張ります! 5/9から小説になろうでも掲載中

処理中です...