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第三章【イリュリア事変】

3-31.旅の再開

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 その後マリアは、アルベルトと約束したとおりに帰って行った。

「じゃ、私、帰るね~。
あ、けどミカエラちゃんはホントにちゃんと療養して?私が帰ったあと容態が急変して死んじゃったりしたら私何言われるか分かんないんだからね?」
「いやマリア様の施術受けといて死にゃあせんですて」
「えーこんないい加減な人信用してていいの~?」

 いや自分で言うな自分で。
 てか仮にも勇者パーティのメンバーだったんだから、施術に問題があったらそれはそれでヤバい話なんですがね?

 そしてマリアは口の中で詠唱して[転移]を起動させる。

「あーあ。もっとのんびり遊んでたかったな~」
「本音漏れてるからねマリア?」

 気持ちは分かるけども。でもそれ言っちゃダメなやつ。

「ていうかマリア様って、確か『こっそり抜け出してきた』って言ってなかったかしら?」
「言うとったけど、それがどげしたんどうしたの姫ちゃん?」
「いや、こっそり抜け出してきた時に[転移]を使ったのなら、今[転移]で帰ったら抜け出した方法がバレるんじゃないかな、って」

「……………あ、そっか。じゃあやーめたっと」

 レギーナのその何気ない言葉で、マリアはあっさりと詠唱を破棄して発動を止めてしまった。

「待ってマリア?結局居座るとか言うんじゃないだろうね?」
「居座っていいならそうしますけどぉ、兄さんに怒られるのは嫌だからちゃんと帰りますって」

 マリアはティルカンの黄神殿から帰ると話した。
 神教神殿の黄神殿には、どこも必ず[転移]の方陣が[固定]された部屋がある。神殿で然るべき料金を収めれば、誰でも目的地の近くの黄神殿まで転移させてもらえるのだ。
 そして彼女は中央大神殿に隣接している巫女神殿へ帰るのだから、ティルカンの黄神殿から中央大神殿の黄神殿に、で戻ればいいだけなのだ。すでにティルカンに来ていることは通告してあるし、ティルカンの神殿長からは毎日様子伺いの使者が来る。だったら帰還も黄神殿を使って大神殿に通告してもらえば話が早い。
 ちなみに、神殿同士の遠距離連絡を可能にする[通信]の設備も黄神殿にはある。

「うん、マリアがそれでいいなら構わないんじゃないかな」
「ていうかその方が私も霊力使わなくて楽ですし♪」

 なるほど、それが本音か。
 まあ、抜け出す手段がバレたくないというのも本音だろうけど。

 ともかく、こうしてマリアは大人しく帰って行った。
 ………まあ、それまでに何度も隙を見てはアルベルトに抱きつこうとして、デコピンで返り討ちにされてはいたが。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ミカエラの療養には、その後さらに4日を費やした。彼女自身は何度も「もう大丈夫」と言い張っていたが、レギーナもヴィオレもクレアも頑として受け付けなかった。
 実のところ3日目にはすでに普通に出歩けるようになっていたのだが、レギーナの「ずっとベッドに寝てて足腰鈍ってるでしょ!歩く練習して体力戻さないとダメよ!」という主張に押し切られて、最後の1日はひたすら王城内の庭園を散歩させられていたのだった。

 ということで、ティルカン滞在は計10日間に及んだ。当初予定ではティルカンには一泊のみの予定だったから、大幅な遅延でミカエラにとっては頭が痛い。旅程が延びれば延びるほど経費が嵩んでいくのだから、パーティの経理も担当する身としては頭を抱えるほかはない。しかもそれが半分は自分のせいなのだから、誰にも文句が言えないのが辛いところである。
 まあ、王城滞在中はアルベルトの手料理を食べずに済んだので、そういうところも含めて痛し痒しといったところである。ただアルベルト自身は世話になっているお礼と称して王城の使用人たちや王家の人々に自慢の腕を何度か揮っていて、余計なファンを増やしたものである。
 なお撃ち抜かれて血に染まったミカエラの法衣は、この10日の間に新しいものが大神殿からティルカン黄神殿経由で送られてきている。一般の法衣ならともかく、高位の侍祭司徒の法衣は大神殿にしか備蓄がないのでこれは有り難かった。


 今回の騒動に関しては、第三王子ティグランの誘拐未遂事件として処理されることになり、蒼薔薇騎士団はで解決に協力してくれた、という形で収められる事になった。クレアが誘拐されたことも、ミカエラが瀕死の重傷を負ったことも公式にはにされた。
 しかもこれは騒動が露見した場合の『公的見解』であり、対外的には騒動自体がなかったこととされ箝口令が敷かれた。ただし神教教団やイリシャ本国、勇者の関係者など一部には隠し通せなかった、というか隠してはならない重大事件だったため、必要最低限の周知はなされた。それゆえイリシャ連邦によるイリュリア王家に対する処分はなされる見込みである。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ともあれようやく、蒼薔薇騎士団とアルベルトはアプローズ号に乗り込んでティルカンを出発した。この10日間厩舎でひたすら食餌を供されるばかりだったスズも、久々に身体を動かせて心なしか嬉しそうである。
 一方でアルベルトが予定外の滞在でいくつか駄目になった食材が出てしまったことを嘆いたりしていたが、まあそこはそれ。

 一行はイリュリア国内をヴロラ、オンヘスモスと宿泊しながら青海沿いに南下し、イリシャ連邦の中央部に位置するテッサリア王国に入ってユスティニアヌスへと到着する。竜骨回廊はここから二手に分かれ、このまま南下すると南部の連邦宗主国アカエイア王国に至り、レギーナが行きたがったアーテニへ、そこからさらに南下して竜骨回廊を離れればラケダイモーンへと行くことができる。

「ねえ、本当にラケダイモーンには行かないの?」
「行かんて。しつこかよ姫ちゃん」

 本当はイリシャ本国であるアカエイアの王家からも是非にとラケダイモーンへ招待されていたのだが、ミカエラがレギーナにも告げずに断っていた。そのあたり彼女は容赦なかった。
 まあ、行けば行ったで絶対色々と面倒くさい事になるのは分かっていたので、これは正解だろう。ただアカエイア王家が勇者パーティのご機嫌取りに必死なのは分かっていたから、そちらに瑕疵を求めるつもりはないとくどいほどミカエラが説明する羽目になった。





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