150 / 366
第三章【イリュリア事変】
3-40.ここだけの話(3)
しおりを挟む「話は変わるのだけれど」
ヴィオレがポツリと話し出す。よろしくない雰囲気にしてしまった負い目があるのか、彼女は切り替えるように口を開いた。
「少し、昔話でもしましょうか」
「昔話?ヴィオレの?」
「私が以前に聞いた話になるのだけれどね」
そうして彼女は話し始めた。
「マジャルとヴァルガンの国境地帯に、かつて小さな国があったのを憶えているかしら?」
自由自治州スラヴィアの東にある王政マジャルとヴァルガン王国の国境地帯には、いくつかの小国がある。それらは自由自治州に組み込まれなかった都市国家群で、南北の大国に挟まれて政治的に危うい綱渡りをしながらも何とか永らえていた国々だ。
その小国のひとつに、ある時ひとりの姫が生まれた。姫は成長するにつれて素晴らしい美貌と聡明な頭脳とで名が知られるようになり、多くの国々や有力者たちから求婚を受けることとなった。
吹けば飛ぶような小国において、美貌の姫は政略の駒以外の何物でもない。父王はじめ母の妃も重臣達も誰もが、彼女をより有力な男に嫁がせようと躍起になった。もしも大国の王子にでも輿入れできれば、それは自国の安泰に直結するからだ。
そしてそのことは、もうすぐ成人を迎えようとする姫自身にも痛いほどよく分かっていた。成人と同時に嫁がなければならないことも、祖国にとって最良の相手を選ばねばならないことも。
だがそれでも彼女は、できることなら自ら選んだ好ましい良人の元へ嫁ぎたいと考えていた。
だから姫は、日を追うごとに増えてゆく求婚者たちにひとつの試練を課した。曰く、求婚者が自分自身の力で姫のために成し遂げた、もっとも高い功績を示した殿方の元へ参ります、と。
「だけれどそれは、悲劇の始まりだったわ。彼女は人の醜さや浅ましさを知らない、無垢で愚かな娘だったのよ」
求婚者たちの間にまず起こったのは、相手を辞退させようとする動き。地位、権力、武力、財力、権謀術数、あるいは非合法な手段まで用いて、彼らはライバルを減らしにかかった。極端な話、求婚者がひとりになれば姫は自動的にその者の元へ嫁ぐのだから、わざわざ功績を立てる必要などないのだ。
地位や権力、財力を大して持たない求婚者たちは実力で排除されるのを恐れて次々と辞退していった。だが腕に覚えのある者、あるいは地位や権力を頼みにする者たちは退かなかった。
「そして本当の悲劇は、そこからだったのよ」
求婚者たちの間に物理的な諍いが起こった。それまでのような水面下での、表に見えない駆け引きではなく、互いの意地とプライドを賭けた抗争に発展したのだ。そして地力に劣るものから実力で排除され始め、中には命さえ奪われるものすら出始めた。
とある小国の王子がそうやって武力でもって暗殺され、それに憤ったその国の王が軍を率いて姫の国に攻め込んだ。王子が死ぬことになったのは彼女に求婚などしたせいだと、賠償を要求したのだ。
八つ当たりに等しい言い掛かりであったが、そこへ同じく求婚者である中堅国の王子が、姫とその国を救うという大義名分をかざして、軍を率いて後背から襲いかかった。
たちまちにして、小国は全土が戦場と化した。自らの権力で軍を動かせる王や王子たちの求婚者を中心に、遅れてはならじと次々と参戦して、もはや誰が敵味方かも分からない泥沼の乱戦が沸き起こった。小国にはそれを止めるだけの武力も、国民を逃がせるような安全地帯も存在しなかった。
「その話は聞いたことがあるわ。わずか数日でその国は滅び去ったのよね」
「ウチもよう知っとうばい。大神殿で治癒術師団が大至急組織されて、取るもんも取りあえず現地さい向かってくとば子供ん頃見たことのあるもん」
あの時救援拠点になったとは、確かイリシャの北部国境やったげなね、とミカエラは付け加えた。
「そう。だけれど戦争はあまりに苛烈を極めたわ。かろうじて助け出された国民は、全人口の1割にも満たなかったの」
小国はいともあっさりと、簡単に滅んだ。マジャルもヴァルガンも国境線を封鎖して小国の救援を拒み、そのために戦地の只中に取り残された人々は哀れにも巻き添えになって多くが虐殺されていった。
これが世にいう『ドゥノニアの悲劇』である。人口わずか1万にも満たない小国が、その数十倍もの軍に蹂躙され滅んだ、歴史上に残る虐殺劇だった。
「ここまでは誰でも知っている話。そして語りたいのはここからよ」
ヴィオレは表情のない顔と声でそう告げた。そのあまりの感情のなさに、思わず全員が息を呑む。
「生き残った旧国民たちはね、戦争を引き起こした責任を亡国の王家に求めたの。具体的には姫本人にね。彼女があんな条件を出して煽ったりするからこうなったのだ、と」
「………なんそれ。ただの言いがかりやん」
「責任があるのは軍を出して戦争した求婚者たちでしょ?なんでそうなるのよ!」
「なんの力もない亡国の難民たちでは、他の国に責任を求めても無視されるか力で黙らせられるだけだったのよ」
自国の生き残りたちに責められた旧王家にはなす術もなかった。もとよりすでに国は滅び、自分たちも難民として保護される身である。そして保護したはずのイリシャでは、その賠償責任が飛び火するのを恐れて旧王家の人々を難民たちと同じキャンプへと放り込んだのだ。
そこからは凄惨のひと言に尽きる。家族を、友人を、恋人を、仲間をそして仕事や財産、故郷さえも失った旧国民たちは暴徒と化し、旧王家を虐殺してまわった。やり場のない怒りを、悲しみを、自分たちを守るどころか悲劇と絶望に追いやった旧王家に直接ぶつけたのである。なにしろ旧王家だけは誰ひとり欠けることなく、全員が助け出されていたのだから。
王も、王妃も、宰相を務めていた王弟も、王太子も乱刃の中血まみれの肉塊となって息絶えた。王家だけでなく国を導くべき大臣たちも騎士たちも生き残りは同様の目に遭った。
「だけれどね、肝心の姫だけがどこにもいなかったの」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
完結 シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣
織部
ファンタジー
ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。
背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。
母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。
セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。
彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。
セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。
「セラ、ウミ」
「ええ、そうよ。海」
ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します!
カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
追放されたら無能スキルで無双する
ゆる弥
ファンタジー
無能スキルを持っていた僕は、荷物持ちとしてあるパーティーについて行っていたんだ。
見つけた宝箱にみんなで駆け寄ったら、そこはモンスタールームで。
僕はモンスターの中に蹴り飛ばされて置き去りにされた。
咄嗟に使ったスキルでスキルレベルが上がって覚醒したんだ。
僕は憧れのトップ探索者《シーカー》になる!
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる