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第四章【騒乱のアナトリア】
4-4.早速の“お出迎え”
しおりを挟む「この船はイリシャ船籍で、貨物船は他にもう一隻、アナトリア船籍の船があるそうよ。客船の方は両国とも二隻ずつ保有していると聞いたわ」
「ふうん。要するに負担が偏らないように折半してるってわけね」
「まあそげんせんと揉めろうけんねえ」
国境を分かって緊張状態にあるとはいえ、元々ビュザンティオンとコンスタンティノスはひとつの都市である。国の上層部の思惑はさておくとしても、前線で実際に敵対する両市民は決して争い合いたいわけではなかった。
何しろ多くの市民が、両都市に親族や知己を分断されているのだ。西半分がイリシャに占領されたのはもう100年ほど前になるので、直接的に互いを知っているという人はもうほとんど残っていない。だが従兄弟同士、あるいははとこ同士、あるいはかつてのご近所さんだとか取引先だとか。関係性は様々ではあるが、本来なら敵対するはずのなかった人たちだ。都市が大きすぎるがゆえに同じ市域内ではあるが家族と離れてひとり暮らしをしていて、それで家族と分断されたケースさえもある。
そんな状態だったから、平時でも戦時でも民間レベルでの交流は活発であった。本音を言えば両市民とも出入国許可証など持たずとも行き来したいのである。だが属する国家が異なり海峡に国境線が引かれた現状ではそういうわけにもいかない。またそうした両市民の心情を抜きにした頭上の部分で、両国政府がともに自国の不利益を抑えようと躍起になっている。
そういうわけで、この両都市は海峡の両岸に埠頭を整備し国境連絡船を走らせて両国民の渡航を許可し、船の建造も沿岸の警備も密入国の監視も何もかも、それぞれ完全に折半(自国の地域は自国で、国境を跨ぐものは折半で)ということにして、連絡船の運行で得られる利益さえも折半なのだ。
話しているとあっという間に連絡船は対岸までたどり着く。距離にして10スタディオンほどなので、船に揺られている時間もごくわずかなのだ。
船は埠頭のすぐ外でゆっくりと旋回し、船尾からじわじわと桟橋へ寄っていく。船体が大きいので接岸に失敗すると船体のみならず桟橋さえ破壊しかねないので、接岸は船長及び船員たちの操船の腕の見せ所だ。
しばらく待っていると、船内アナウンスが流れて接岸が完了したことが告げられた。わずか中一あまりの国境越え、このあと下船して管理塔で入国手続きを終えればいよいよアナトリア皇国での旅が始まる。
だがまあ、まずはコンスタンティノスを抜けなくてはならない。ヴィオレが泊まりたくないと言う以上、コンスタンティノスからしばらく進んだ辺りで今夜は野営になるだろう。
レギーナたち蒼薔薇騎士団とアプローズ号は乗客たちの中でも下船が最後になった。まあ最初に乗り入れたのだし、後から乗り込んだ脚竜車が全部出てしまわないと出られなかったのだから当然だ。
ヴィオレは一足先に管理塔へ入国手続きに向かい、アルベルトは御者台に上がって順番を待つ。その間にレギーナ、クレア、ミカエラはそそくさと車内に乗り込んで室内で早速寛ぎ始めている。
順番が来て、アルベルトがスズに指示を入れて車体の旋回を始める。するとアプローズ号は思ったよりもかなり小さな旋回で180度向きを変えてしまった。
そう言えば、確か全輪操舵も取り付けたと言ってたっけ、とアルベルトはラグ商工ギルドの職長の顔を思い浮かべた。最新式のシステムだそうでアルベルトにはいまいち効果が分からなかったが、この大きな車体がこれほど小回りが利くのなら、その効果が相当高いと分かる。むしろ大きな車体だからこそ高い効果になったのだろう。
「え、何今の。その場で回転しなかった?」
よほど驚いたのだろう、レギーナがわざわざ御者台に顔を出してきた。その彼女の眼前には開かれた後部乗船ハッチ、そしてアナトリアの空が見えている。
「さすがにその場でというほどではなかったけど、ずいぶん小回りが利くみたいだねこの車体」
「あー、もしかして職人たちが言ってた、あのよく分からない説明で言ってたやつ?」
「そうだね、今まではあまり実感してなかったんだけど」
「ふうん。まあ便利な機能なら問題ないわね」
それだけ言うと、満足したのか彼女は引っ込んでしまった。それに苦笑しつつもアルベルトはゆっくりとアプローズを下船させると、停車場に一旦停めてヴィオレの戻りを待つ。
しばらく待っていると手続きを終えたヴィオレが戻ってきて、問題なくアナトリア入国が認められたと国内通行許可証を見せてきた。彼女はそのまま御者台の連絡ドアから車内に入ってゆき、アルベルトは許可証をポケットにしまってスズを歩ませる。埠頭の外れにある入国ゲートをくぐって外に出れば、いよいよアナトリア皇国である。
こうして、蒼薔薇騎士団はアナトリアでの第一歩を踏み出したのであった。
「お待ちしておりました勇者様!アナトリア皇国皇帝トルグト4世が名代、この外務宰相ブニャミン・カラスがわざわざお出迎えに参りましたぞ!さあさあ、ご尊顔を拝ませて下され!」
耳触りな甲高い金切り声で喚きたてる、ピンと細く整えたカイゼル髭の細身細目の、やたら勲章をたくさん付けた豪奢な礼服を身に纏った目障りな男が立っていたのは、まさしくその入国ゲートをくぐって出たすぐの場所であった。
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