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第四章【騒乱のアナトリア】
4-38.万事休す
しおりを挟むイライラ、イライラ。
レギーナは表情や態度にこそ出さなかったが、いい感じに飽ききって苛立っていた。
何しろ皇太子の“挨拶”が長過ぎるのだ。すでに話し始めて三刻ほども過ぎ、今ようやく第三王朝、現在のオスマオウル朝の勃興に差し掛かったところだ。
いや今までの話必要あった!?同じ“アナトリア皇国”の名を使ってるだけで、第一王朝も第二王朝も事実上別の国じゃないの!
《あー長い。長すぎるわ》
レギーナがダレているのを目ざとく察知したクレアが発動させた[念話]のおかげで、さっきからずっとレギーナの愚痴を聞かされている他三名である。
《はーやれやれ。国の歴史やら、ここにおる人みんな知っとろうけどねえ》
《もしかするとこれ、私たちがいるからわざわざ聞かせてやってるとかなのかしらね?》
《えー、めいわく…》
まあ愚痴られるばかりではなくて、全員が愚痴り合っているわけだが。
「そして現在、聖陛下トルグト4世の御代である!我らは陛下の御代をさらに光り輝くものにすべく、さらなる領土拡大と世界への霸権を確固たるものにせねばならぬ!」
あ、やっと現代に辿り着いた。
そっと周りを伺ってみても直立不動で聞いてはいるが、その顔はどれも虚無である。であるが、ようやく終わりが見えてきて、どこか安堵する雰囲気も感じられる。
やっぱり皆我慢して聞いているらしい。
まあそりゃそうだろう。家格の低い者たちなどは昼の早い時間から会場入りしているのだから、事実上特大五近くも待たされた上でのこの長広舌を聞かされているのだ。
「そこで!」
皇太子がひときわ声を張り上げる。嬉々としているのはおそらくこの男だけだろう。
「聖陛下の御代をいよいよ盤石のものとすべく、我が国に新たに縁を繋ぐこととする!よって余はここに皇太子妃の交代を告げる!」
《あ。》
《あーあ、言うてしもうたばい》
《結局誰も止められなかったのねえ……》
《ひめ、深呼吸》
「余はここに宣言する!現皇太子妃アダレトに代わり、それなる勇者にしてエトルリア王女レギーナ・ディ・ヴィスコットを新たに皇太子妃とする!」
「だからお断りだと言っているでしょう!」
胸を張り、得意満面に声高らかに宣言した皇太子の言葉に、被せるようにレギーナが否定の声を上げた。
なお現皇太子妃アダレトはぱっと見は無反応だったが、手に持った扇を開いては閉じての仕草を繰り返しているので、どうやら相当にお冠のご様子である。
「ほほほ。今はこのように恥ずかしがっておるが、すでに了承も得ておるでの」
「あんたの耳腐ってんの!?拒否しかしてないでしょうが!」
「この通りどうにも恥ずかしがりでの。エスコートも辞退するほどじゃが、まあ余は寛大じゃから」
「いっぺん死にたいの!?さっきも威圧ひとつで泣いて漏らして逃げたくせに!」
さすがに皇太子がピシリと固まった。レギーナのとんでもない暴露に、さすがに周囲からもざわめきがこぼれ始める。
「ふ、ふん。気の強い女も嫌いではないが、そろそろ大人しく言うことを聞かねば」
「もう本国へは連絡済みですからね。すぐに正式な抗議があるはずよ。貴方、皇太子降ろされるんじゃない?」
ザワリと周囲がどよめいた。アナトリアがいくら大国とはいえ、古代ロマヌム帝国の直接の末裔を名乗る八裔国のひとつエトルリアと事を構えるとなると、さすがに分が悪い。
まあ本国へ連絡したというのは咄嗟に出てきたブラフなのだが、そんな事を悟らせるほどレギーナも粗忽ではない。とはいえ蒼薔薇騎士団に割り当てられた居住空間は最初から厳重に管理されていて信書は発送できなかったし、魔術による妨害も確認できていたから城内はともかく国外に魔術で連絡することも難しかった。だから、少し調べられればすぐにバレてしまうのだが。
「ふほほ、口から出まかせを言うでないわ」
やや引きつりながらも皇太子は嘘だと断じた。いやこの様子だと確信は持てていないかも知れない。
「というか、ヴィスコット王家の婚姻承諾書ならこの通り、得ておる」
そう言って皇太子が懐から取り出した封書に、今度はレギーナたちの方が唖然とする。
それは確かにエトルリア王家の用いる書簡の形式で、封蝋もヴィスコット家のそれに見える。まあ距離があるから一見しては判断がしづらいが。
皇太子は封書から書面を取り出して広げ、掲げてみせる。それも確かに一見すると本物の書式に見えるし印璽も確認できる。
《うわ、偽造されたばい》
すぐさま[強化]で視力を上げたミカエラが見抜いて呟く。そもそもこの数日で海を隔てたエトルリアと親書の交換などできたはずがなく、物理的に不可能だ。魔術を用いたのなら不可能ではないが、その場合は必ず本国からレギーナに事実確認が来ているはずである。そしてもちろん、そんなものは来ていない。
だが、彼女やレギーナであれば見慣れているから偽造などひと目で見破れるが、会場の人々には真偽の判断などつかないだろう。
「ヴィスコット王家の了承を得ておいでなら……」
「ああ、何も問題はないだろう」
「オスマオウル家とヴィスコット家の婚姻とは」
「いやはや、これはわざわざ参じた甲斐があったというもの」
ざわめきに包まれる会場も、次第に状況を受け入れ祝福ムードが広がり始める。これはまずい流れだ。
だが偽物だと証明しようにも、皇太子のいる壇上へはそもそも会場から上がれない。そして近寄って見なければ真偽も、何が書いてあるかすらも判明しないのだ。しかも偽物と見抜かれては困るので皇太子も降りてこない。
レギーナであれば皇太子のいる壇上までならジャンプひとつで飛び上がれるが、さすがにこんな公の場でそのようなはしたない真似は憚られる。というか皇太子がキモいので近寄りたくない。
《詰んだ…?》
《非常に厳しいと言わざるを得ないわね》
偽造書面が一見してそれらしく見えるのは、アナトリアとエトルリアとで過去に幾度も書面のやり取りをしているからだ。国交があり、これまでに南海の海上交易権などを巡って幾度も使者の往来もあるのだから当然、何通も本物が残されているわけで、そのお手本を見ながら作るのだからいくらでも精巧なものが作れたはずである。
もっとも本物には偽造防止の魔術プロテクトがかかっているため、魔術による完璧な複製まではできないが。だがそれでも、準備期間を考えれば見た目だけなら見分けのつかないものが出来上がっているだろう。
だがそもそも仮に偽造が真実だとしても、この婚姻を嫌がっているレギーナや蒼薔薇騎士団がそうと言い立てたところでそれが真実だと納得させうる根拠に乏しかった。万人に認められる明確な証拠を提示せねばならないだろうが、ここまで周到に用意しておいて果たしてそんな雑なミスをするだろうか。下手をすれば婚姻を嫌がるあまりに嘘八百を述べたてている、などと思われかねない。
そして当然、今レギーナの手元には国王親書の本物などあるわけがない。彼女は今、エトルリア王女としてではなく勇者としてこの国を訪れているのだから。
というか、これは予測しておいて然るべきであった。レギーナたちは皇太子が「勇者」を縛り付けるものと考えていたが、まさか「エトルリア王女」としてのレギーナを縛り付けに来るとは想定していなかった。
王族同士の、国家間の婚姻など政略抜きにはあり得ない。政略ありきなのだから家と家の合意さえあればよく、当事者間の合意の有無は問題ではないのだ。だからこの場でレギーナがいかに拒否しようとも、皇太子の持つそれを偽物と証明しないことには婚姻が成立してしまう。
パチ、パチ、パチ。
不意に拍手の音が響く。
出処を探して目線を彷徨わせれば、なんと現皇太子妃アダレトである。憮然としたその表情を見る限り、おそらくは彼女は偽造だと見抜いている。だがその一方で、皇太子のこの計画が成功すれば国益に繋がることも理解できてしまったのだろう。
そして彼女が認めてしまえば、もうその流れは止められなかった。
ひとり、またひとりと拍手の手が増えていき、波のように広がってゆく。そしてついには万雷の拍手がレギーナを、蒼薔薇騎士団を包む。ちょうど物理的にも会場の真ん中にいた彼女たちは、文字通り拍手と祝福の檻に囚われてしまって逃げ出せない。
満面に笑みを浮かべる皇太子アブドゥラは、手を上げて会場中の祝福と賞賛に応えている。皇帝トルグト4世でさえももはや覆らないと考えたのかゆったりと拍手を始め、皇帝が認めたことで第六妃ララも第四皇子イルハンも渋々ながら拍手の波に乗ってしまった。
孤立無援、万事休す。
今や拍手をしていないのは蒼薔薇騎士団の4人だけだ。
悔しげに顔を歪めながらレギーナが皇太子を見上げる。それを見下ろす皇太子の顔は、勇者を屈服させたと確信したのか喜色に満ち溢れ、念願の美姫を我が物とすることへの昏い欲望を隠そうともしていなかった。
「……………分かったわ」
とうとう観念したのか、レギーナがため息とともに声を上げた。
「その求婚、受けましょう」
そしてついに、皇太子の策略の前に屈した。
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