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間章2【マリア様は今日も呑気】
【幕裏2】03.愛しの“兄さん”は今
しおりを挟む「…………マリアさま」
「なあに、アグネス」
「…………ジェルマンさまのあのご質問って……」
「却下ね」
「…………本当に、却下できるのですか……?」
実を言うと却下できない。巫女の処遇に関する事柄は、神々としても積極的に周知したいものであるからだ。だがこの質問は、違う意味で却下にできる。
つまり、すでに問われて返答を得た事柄は、重ねて問うことはできないのだ。
だがそれをそのままジェルマンへの回答とすることはできない。なにしろ教団が巫女の婚姻を認めておらず、それは過去の神々からの回答によるものだと公的に発表しているからである。なのに、神々にいつその質問をしたのか、いつその回答を得たのか、記録に残されておらず誰も知らないのだ。
だから巫女の婚姻禁止が本当に神々の意なのかどうか、教団内でも議論が尽きることはない。
そしてマリアは自らの質問として、「その質問はいつ行われて、どういう回答をしたのか」を聞いている。だがその質問をしたこと自体を対外的に伏せているため、マリアがその答えを知っていることを誰も知らないのだ。
質問した時はなんの気なしに興味本位で、答えが得られたことで満足してそれっきりだったのだが、こんな事ならさっさと公表しておくべきだったか。いやだがしかし、公表したらしたで教団の上層部のメンツが丸潰れになる。
ちなみに得た回答によれば、その質問をしたのは初代巫女で、回答は『婚姻可能』である。そのため初代巫女は在任中に結婚している。初代だけでなく、初期の頃の巫女たちは軒並み結婚して子を成していたりする。
だがいつの頃からか、教団の上層部が巫女を神秘的に祭り上げるようになっていき、巫女に関しても「神々に身を捧げ生涯神々に尽くす巫女は、いわば神々と婚姻したようなもの。ゆえに人の身の夫を持つことはない」などと言い出して、それがそのまま現代まで踏襲されている。だから巫女は死去を除いて退任できず、生涯婚姻もできないことになっているのだ。
なんなのそのブラック労働条件は。まるで前世の陛下みたいじゃないの。いや待って、陛下は結婚できるんだから陛下より酷いわ。そんなこと事前に教えられていたら、絶対に巫女なんかにならなかったのに。
⸺なんて憤ったマリアは、だから前述の質問を神々にぶつけたのだ。そして明確に『婚姻?え、そんなのまでいちいち神々の許可要るの?』と言われたものだから、マリアは在任中に結婚する気満々である。お相手は当然、兄と慕うかつての仲間である冒険者アルベルトだ。
だが彼は長いことラグから出てこなかったし、マリアも基本的には巫女神殿から出られない。それで結婚どころかお付き合いも、それ以前に告白すらまだ出来ていない。さすがにマリアも30歳を越えて結婚のタイムリミットが近付いてきているのでちょっと焦っている。
そんな中で彼が蒼薔薇騎士団に雇われてラグを出たのだ。そして出たはいいが竜骨回廊をどんどん南下して行くではないか。あんまり遠ざかられても会いに行けなくなるし、イリシャ国内にいるうちに何とか隙を見つけて抜け出すしかない。
そうして彼がイリシャ連邦最初の国イリュリアで止まったものだから、早速会いに行ったのだ。まあその結果として、可愛い後輩にして当代勇者パーティの法術師であるミカエラの命を救えたし、それもあって勝手に抜け出したお咎めもほぼ帳消しにできたのだから、世の中何がどう転ぶか分かったものではない。
もっとも、結婚の申込みはやんわりと拒否されてしまったのだが。
まあ仕方ないよね!今さらオッケーしてもらえるくらいなら、解散パーティーのあたりで結婚できてたはずだもんね!
「…………マリアさま?」
「あっ、うんごめん、考えごとしてた」
ひとりで長々と回想に耽っていたのをアグネスが訝しんでいる。だがまあいちいち正直に打ち明けるつもりもない。
「それで、どうなさるのですか?侍祭さまのあのご質問」
「そうねえ……」
顎先に指を添え、少しだけ虚空を見上げて思案するマリア。
「ま、あれはあれで確定で潰せるから問題ないわ」
そうして彼女は、何でもないことのようにニッコリと笑った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後もマリアの日常は、特に変わりなく過ぎて行く。毎日、朝と昼にお勤めと称して神託の間に篭って神々と雑談に興じ、その合間に教団が許可した接見をこなし、次期巫女候補である付き人のアグネスに教育を施し、さらにそのスケジュールの隙間を縫ってジズとフローレンティアの街を練り歩く。
もちろん[追跡]のマーキングを施した“兄さん”ことアルベルトの動向は欠かさずチェックしていて、彼が蒼薔薇騎士団とともにアナトリア皇国に入ったことも承知している。
「やっぱり兄さん、あの子たちにくっついて蛇王の封印所まで行くつもりなんだわ」
蒼薔薇騎士団に彼が同行しているのは道先案内人として雇われたからで、それはマリアもティルカン滞在中に聞いてはいるのだが、彼女は彼女で彼の目的を正しく理解している。
「やっぱり、ナーシャ姉さんの敵討ちに行くつもりなのね」
アルベルトの幼馴染であり、ユーリとともに“輝ける虹の風”を立ち上げたひとりでもある魔術師アナスタシア。彼女は封印所にて蛇王との戦闘中、蛇王に殺されそうになったアルベルトを庇って、彼とマリアの目の前で死んだのだ。それも、アナスタシア自身の持つ膨大な霊力を暴走させる形で。
その威力は凄まじく、それまで劣勢だった戦局を覆して一気に勝利を手繰り寄せるほどの劇的な一手となった。もちろんアルベルトも、ユーリもマリアも、他の仲間であるネフェルやナーンまでも守り切った上で、蛇王に致命傷級のダメージを負わせたのだ。
だが蛇王は神話に語られている通りに不死身の存在であった。どう見ても存在を維持できているのが不思議としか思えないほどの状態だったのに、意識はしっかり保っていたしユーリやアナスタシアを呪詛する言葉も吐いていた。一方でアナスタシアの方は全霊力を燃やし尽くして瀕死に陥り、マリアの必死の[治癒]も虚しくその若い命を散らしたのだ。
マリアはあの時ほど、自分の無力を痛感したことはなかった。マリアが[治癒]を失敗したのはあの時だけだったが、それでも失敗してはいけない時に失敗したという事実は、その後のマリアに大きな陰をもたらした。
だって自分が癒せなかったばかりに、大好きな兄さんに立ち直れないほどの精神的ダメージを負わせてしまったのだから。
あの時、真っ先にアナスタシアを抱きかかえて封印所を飛び出した彼は、ユーリとマリアが苦心しながら封印を再構築するのを焦れつつ待って、昼夜を問わずに蛇封山を駆け下り脚竜車で王都アスパード・ダナまで戻った。そして王都の黄神殿からラグの黄神殿まで[転移]の間を使ってまで戻った上で、すでに事切れていたアナスタシアの[蘇生]を試みたのだ。
だが王都アスパード・ダナから蛇封山のあるレイテヘランまでの道のりがそもそも片道3日ほどかかるのだ。強行軍してさえ下山に半日、王都帰還に丸2日以上かかっており、アルベルトがラグ神殿にたどり着いた時にはもうタイミング的に[蘇生]時限ギリギリだった。それで結局アナスタシアの蘇生は叶わず、大切な幼馴染を失ったアルベルトは失意に暮れてパーティすらも脱退してしまった。
そう。マリアは瀕死のアナスタシアを救えなかったばかりか、アルベルトの心を癒やしてやることさえできなかったのだ。
そのアルベルトが、今再び蛇王の封印所へ向かっているのだ。あれから18年、最後に会ってからでも10年ぶりに会った彼は、その目の奥に確かに決意の炎を灯していた。
年若い勇者レギーナや法術師ミカエラたちではきっと分からないだろう。だがマリアにはもちろん、ユーリやあの時の仲間たちの目にもきっと明らかな、確かな激情がそこにはあった。
だからマリアは彼を止めなかった。彼の気の済むまでやらせてあげたい。それがきっと、彼を救うことになるのだから。
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